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Execute.03:ノエル・アジャーニ -Noelle Adjani-
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気怠い午後の課程も終わりを告げ、チャイムの音色とともにホームルームが終わりを告げれば。西の方が茜色に染まり始めた夕暮れ空を背景に、やっとこさ学園生徒たちにとっての解放――即ち、放課後が訪れていた。
「あ、零士――――」
そうして学園から解放されれば、途端に小雪はガタッと音を立てて席から立ち上がり。隣席で尚も読書に耽っている零士に対し、いつものように遊びの誘いを掛けようとする。
「終わったね。……さてレイ、帰ろっか?」
だが、そんな風に小雪が話しかけるよりも早く。真新しい後席からスッと肩越しに零士の方に身を乗り出したノエルが、背中越しに零士へと話しかけていた。
「ん、もうそんな時間か」
とすれば、零士は読んでいた文庫本に栞を挟み、読みかけのそれをパタンと閉じ。ポキポキと骨を鳴らし小さく伸びをしてから帰り支度を手早く終える。
「ささっ、早く早くっ」
「分かったよ、そう急かすな」
ニコニコと笑顔で急かしてくるノエルを適当にいなしつつ、帰り支度を終えた零士は席を立ち。肩に重いスクールバッグを掛ければ、そこに来て漸く小雪の方へと振り向いた。
「……それで小雪、何だった?」
「えっ!? あ、えーと」
零士にやっとこさ話しかけられ、しかし小雪は何となくバツの悪そうな顔を浮かべる。舌も、呂律も回らない。しどろもどろと身振り手振りでしてしまうのと連動するように、彼女の視線も右往左往として落ち着かないでいる。
「あー……もしかして、邪魔しちゃったかな?」
そんな小雪の微妙な顔と妙な態度を見て、彼女の意図に何となく気付いたノエルが、申し訳なさそうな視線と表情で彼女に詫びる。まさか小雪まで零士に声を掛けてくるとは思っていなかったような、そんな裏表のない、純粋な謝意が透き通る声から滲み出ているようだった。
「えっ? あっ、ううん! 大丈夫大丈夫! べっ、別に大した用事じゃないから!」
小雪はそんなノエルに、慌ててブンブンと大袈裟な手振りを交えながらで否定した。が、それは半分口から出任せで。実際のところは、嘘だった。
本音としては、零士を今日もゲームセンターに連れて行こうと、そう小雪は思っていたのだ。いつも通りに、普段と変わらずに。
だが、そうもいかないと知れば、小雪はぶんぶんと首を横に振ることしか出来なかった。それが自分にとっての大きな間違いであることに、自分の気持ちに嘘をついてしまうことを、嫌というほどに分かっていても。
それでも、小雪は咄嗟に身を引いてしまった。ノエルと、そして他でもない彼――零士との間に、ただならぬ何かがあるのを感じて。
その正体を、小雪は知らない。その繋がりの正体を、互いにサイファーとミラージュという名を持つ二人であるが故の繋がりであるということを、小雪が知るよしもない。ひょっとすれば、双方向的な恋愛感情が芽生えているのではないのかと、そんな……ある意味では見当違いでもあることを、独り勝手に思ってしまっているだけだった。
その考えは、ある意味では間違いで。しかしまたある意味では正解だった。しかしそのことに、小雪はおろか零士本人ですら気付いていない。今はまだ、誰一人としてそのことに気付いていなかった。
「なんか、ごめんね?」
ぶんぶんと首を横に振る小雪を見て、またノエルは申し訳なさそうに詫びた。彼女の気持ちを知らないまま、しかし小雪に遠慮させてしまったことだけは、彼女の仕草と眼の色から悟って。
「それで、えーと……小雪ちゃん、だっけ?」
「わ、私?」
続けてノエルに訊かれれば、まさか自分に話を振ってくるとは考えもしていなかったのか、小雪が困惑して眼を白黒させる。
「えーと……私は物部小雪だよっ。ノエルちゃんだったよね、確か。えへへ、これからよろしく」
暫く眼をぱちくりさせた後で、やっとこさ状況を呑み込むと。小雪はいつもの調子に戻り、そうやってノエルに名乗ってみせた。
「こちらこそ」と、ノエルはそんな小雪に握手の手を差し伸べる。「友達になれそうだね、僕たち」
「そ、そうかな?」
ノエルの言葉に戸惑いながら、彼女の差し出した手を握り返し、握手を交わせば。ノエルは「うん」と笑顔で頷いて、白く華奢な手できゅっと小雪の手を小さく握り返す。
「なんか、そんな気がする」
「よく分かんないけど……そうだね、私もノエルちゃんとはお友達になりたいかも」
笑顔で小雪の言ったその言葉は、半分は真実で。しかしもう半分は、まだ嘘だった。
ノエル・アジャーニと良い女友達になれそうだと思ったのは、紛れもない小雪自身の本心だ。こうして少し触れただけでも、彼女が素敵な人柄をしていると、同性の目線からでもそう思う。クラスの男子どもどころか、同じ女子連中までああも夢中になり、はしゃぎ立てるのも納得というものだ。
しかし、それと同時に小雪は、彼女に対して複雑な思いも抱いていた。
(ノエルちゃん、確かに素敵な娘だけどさ……)
――――零士を見る目だけが、零士に注ぐ視線の色だけが、明らかに違う。
そのことが、ノエルに対し小雪が複雑な感情を抱いてしまう、最大の理由だった。
何せ、既に今の時点で彼のことを、彼女が親しげに"レイ"と呼んでいる当たりからも明らかだ。零士はノエルのことを知り合いみたいなものとはぐらかしていたが、その程度の繋がりではないことぐらい、何も知らない小雪の立場からだって何となく察せられてしまう。
勿論、ノエルはともかくとして、当の零士自身にそんな気は――少なくとも、今のところは無いのだが。しかしそんな事情を、小雪が知るよしもないのだ。零士がサイファーであり、そしてノエルがミラージュであることは、この学園でシャーリィ以外の誰にも知られてはならないことなのだから。
そういう意味で、ノエルとは良い友達になれそうだと思うと同時に。今まで決して現れることのなかった、謂わば恋敵のような立場だと小雪は認識していた。いや、認識してしまった。そう認識せざるを得なかったのだ。
だからこそ、小雪はノエルに対して妙な感情を抱いてしまう。目の前から零士を盗られてしまうような気がして。自分の方がずっとずっと長く、ずっとずっと深く彼のことを知っているはずなのに。それなのに……。
だが、その認識は誤りだ。小雪は彼のことを知っているようで、その実は椿零士という人間を何も知らない。寧ろ、同じ世界に立つノエルの方がよく知っているぐらいだ。住む世界の違いとは、それほどまでに大きな溝を生んでいた。
それを知らぬコトは、ある意味で小雪にとっての幸福で。しかしそれを知らされぬことは、同時に途方もないような不幸でもあった。零士が物部小雪の身を案じたが故に起きてしまう悲劇。小雪の平穏な生を願うが故に生じた、これは亀裂だ。小さな小さな亀裂は、きっとノエルが居なくても、いつかは起こるものだったに違いない。
「…………」
そんなことを、少しばかり零士の方も察してしまっているからこそ。零士は小雪から顔を逸らし、彼女には見えないような向きで、ひどく渋い顔を浮かべていた。悔いるような、しかしやりきれないような、そんな表情を。
「レイ……」
酷い顔をした零士を、しかしノエルはチラリと横目に見てしまっていたから。だからこそ、小雪に聞こえない程度の小声で、ポツリと彼の名を呼ぶ。その身を案じ、小さく小さく、願うように。
「……そうだ、小雪。今度レイも一緒に、僕たち三人で何処かに遊びに行こう」
零士の苦悩を、ほんの欠片程度ぐらいは察せられて。故にノエルは今までと変わらぬ明るい微笑みで、小雪に向かいそんな提案を投げ掛けていた。誤魔化しにも似た、その場凌ぎのような提案を。
「私と零士と、ノエルちゃんで?」
「うん。レイはともかく、小雪とも仲良くなりたいし。……駄目かな?」
「いやいやいや! 駄目じゃない、駄目じゃないって! 寧ろ大歓迎、いつでもウェルカムだよっ!」
小雪もまた、胸の内に募るモヤッとした暗雲めいた感情を振り払いたくて、敢えて明るくノエルに応じた。今は色々なことを抜きにして、彼女と友達になりたい気持ちの方が強かったから。
「ふふっ、なら決まりだね。……レイも、それでいいよね?」
「……俺に拒否権はない、だろ?」
「まあ、そうなるねっ♪」
やれやれと零士が肩を竦める横で、ノエルがクスッと笑う。
「じゃあ、そういうことで。またね小雪、これからよろしく。……さ、行こうよレイっ!!」
とすれば、ノエルは小雪に別れを告げて。零士の手を強引に引っ張れば、「待て、待て待て引っ張るな!」と狼狽する零士を強引に引きずり、教室を出て行ってしまった。
「今度、三人で一緒にか……」
そんな二人を、その場に立ち尽くしたままで見送りながら。小雪は独り、またも複雑な思いに駆られていた。
「あ、零士――――」
そうして学園から解放されれば、途端に小雪はガタッと音を立てて席から立ち上がり。隣席で尚も読書に耽っている零士に対し、いつものように遊びの誘いを掛けようとする。
「終わったね。……さてレイ、帰ろっか?」
だが、そんな風に小雪が話しかけるよりも早く。真新しい後席からスッと肩越しに零士の方に身を乗り出したノエルが、背中越しに零士へと話しかけていた。
「ん、もうそんな時間か」
とすれば、零士は読んでいた文庫本に栞を挟み、読みかけのそれをパタンと閉じ。ポキポキと骨を鳴らし小さく伸びをしてから帰り支度を手早く終える。
「ささっ、早く早くっ」
「分かったよ、そう急かすな」
ニコニコと笑顔で急かしてくるノエルを適当にいなしつつ、帰り支度を終えた零士は席を立ち。肩に重いスクールバッグを掛ければ、そこに来て漸く小雪の方へと振り向いた。
「……それで小雪、何だった?」
「えっ!? あ、えーと」
零士にやっとこさ話しかけられ、しかし小雪は何となくバツの悪そうな顔を浮かべる。舌も、呂律も回らない。しどろもどろと身振り手振りでしてしまうのと連動するように、彼女の視線も右往左往として落ち着かないでいる。
「あー……もしかして、邪魔しちゃったかな?」
そんな小雪の微妙な顔と妙な態度を見て、彼女の意図に何となく気付いたノエルが、申し訳なさそうな視線と表情で彼女に詫びる。まさか小雪まで零士に声を掛けてくるとは思っていなかったような、そんな裏表のない、純粋な謝意が透き通る声から滲み出ているようだった。
「えっ? あっ、ううん! 大丈夫大丈夫! べっ、別に大した用事じゃないから!」
小雪はそんなノエルに、慌ててブンブンと大袈裟な手振りを交えながらで否定した。が、それは半分口から出任せで。実際のところは、嘘だった。
本音としては、零士を今日もゲームセンターに連れて行こうと、そう小雪は思っていたのだ。いつも通りに、普段と変わらずに。
だが、そうもいかないと知れば、小雪はぶんぶんと首を横に振ることしか出来なかった。それが自分にとっての大きな間違いであることに、自分の気持ちに嘘をついてしまうことを、嫌というほどに分かっていても。
それでも、小雪は咄嗟に身を引いてしまった。ノエルと、そして他でもない彼――零士との間に、ただならぬ何かがあるのを感じて。
その正体を、小雪は知らない。その繋がりの正体を、互いにサイファーとミラージュという名を持つ二人であるが故の繋がりであるということを、小雪が知るよしもない。ひょっとすれば、双方向的な恋愛感情が芽生えているのではないのかと、そんな……ある意味では見当違いでもあることを、独り勝手に思ってしまっているだけだった。
その考えは、ある意味では間違いで。しかしまたある意味では正解だった。しかしそのことに、小雪はおろか零士本人ですら気付いていない。今はまだ、誰一人としてそのことに気付いていなかった。
「なんか、ごめんね?」
ぶんぶんと首を横に振る小雪を見て、またノエルは申し訳なさそうに詫びた。彼女の気持ちを知らないまま、しかし小雪に遠慮させてしまったことだけは、彼女の仕草と眼の色から悟って。
「それで、えーと……小雪ちゃん、だっけ?」
「わ、私?」
続けてノエルに訊かれれば、まさか自分に話を振ってくるとは考えもしていなかったのか、小雪が困惑して眼を白黒させる。
「えーと……私は物部小雪だよっ。ノエルちゃんだったよね、確か。えへへ、これからよろしく」
暫く眼をぱちくりさせた後で、やっとこさ状況を呑み込むと。小雪はいつもの調子に戻り、そうやってノエルに名乗ってみせた。
「こちらこそ」と、ノエルはそんな小雪に握手の手を差し伸べる。「友達になれそうだね、僕たち」
「そ、そうかな?」
ノエルの言葉に戸惑いながら、彼女の差し出した手を握り返し、握手を交わせば。ノエルは「うん」と笑顔で頷いて、白く華奢な手できゅっと小雪の手を小さく握り返す。
「なんか、そんな気がする」
「よく分かんないけど……そうだね、私もノエルちゃんとはお友達になりたいかも」
笑顔で小雪の言ったその言葉は、半分は真実で。しかしもう半分は、まだ嘘だった。
ノエル・アジャーニと良い女友達になれそうだと思ったのは、紛れもない小雪自身の本心だ。こうして少し触れただけでも、彼女が素敵な人柄をしていると、同性の目線からでもそう思う。クラスの男子どもどころか、同じ女子連中までああも夢中になり、はしゃぎ立てるのも納得というものだ。
しかし、それと同時に小雪は、彼女に対して複雑な思いも抱いていた。
(ノエルちゃん、確かに素敵な娘だけどさ……)
――――零士を見る目だけが、零士に注ぐ視線の色だけが、明らかに違う。
そのことが、ノエルに対し小雪が複雑な感情を抱いてしまう、最大の理由だった。
何せ、既に今の時点で彼のことを、彼女が親しげに"レイ"と呼んでいる当たりからも明らかだ。零士はノエルのことを知り合いみたいなものとはぐらかしていたが、その程度の繋がりではないことぐらい、何も知らない小雪の立場からだって何となく察せられてしまう。
勿論、ノエルはともかくとして、当の零士自身にそんな気は――少なくとも、今のところは無いのだが。しかしそんな事情を、小雪が知るよしもないのだ。零士がサイファーであり、そしてノエルがミラージュであることは、この学園でシャーリィ以外の誰にも知られてはならないことなのだから。
そういう意味で、ノエルとは良い友達になれそうだと思うと同時に。今まで決して現れることのなかった、謂わば恋敵のような立場だと小雪は認識していた。いや、認識してしまった。そう認識せざるを得なかったのだ。
だからこそ、小雪はノエルに対して妙な感情を抱いてしまう。目の前から零士を盗られてしまうような気がして。自分の方がずっとずっと長く、ずっとずっと深く彼のことを知っているはずなのに。それなのに……。
だが、その認識は誤りだ。小雪は彼のことを知っているようで、その実は椿零士という人間を何も知らない。寧ろ、同じ世界に立つノエルの方がよく知っているぐらいだ。住む世界の違いとは、それほどまでに大きな溝を生んでいた。
それを知らぬコトは、ある意味で小雪にとっての幸福で。しかしそれを知らされぬことは、同時に途方もないような不幸でもあった。零士が物部小雪の身を案じたが故に起きてしまう悲劇。小雪の平穏な生を願うが故に生じた、これは亀裂だ。小さな小さな亀裂は、きっとノエルが居なくても、いつかは起こるものだったに違いない。
「…………」
そんなことを、少しばかり零士の方も察してしまっているからこそ。零士は小雪から顔を逸らし、彼女には見えないような向きで、ひどく渋い顔を浮かべていた。悔いるような、しかしやりきれないような、そんな表情を。
「レイ……」
酷い顔をした零士を、しかしノエルはチラリと横目に見てしまっていたから。だからこそ、小雪に聞こえない程度の小声で、ポツリと彼の名を呼ぶ。その身を案じ、小さく小さく、願うように。
「……そうだ、小雪。今度レイも一緒に、僕たち三人で何処かに遊びに行こう」
零士の苦悩を、ほんの欠片程度ぐらいは察せられて。故にノエルは今までと変わらぬ明るい微笑みで、小雪に向かいそんな提案を投げ掛けていた。誤魔化しにも似た、その場凌ぎのような提案を。
「私と零士と、ノエルちゃんで?」
「うん。レイはともかく、小雪とも仲良くなりたいし。……駄目かな?」
「いやいやいや! 駄目じゃない、駄目じゃないって! 寧ろ大歓迎、いつでもウェルカムだよっ!」
小雪もまた、胸の内に募るモヤッとした暗雲めいた感情を振り払いたくて、敢えて明るくノエルに応じた。今は色々なことを抜きにして、彼女と友達になりたい気持ちの方が強かったから。
「ふふっ、なら決まりだね。……レイも、それでいいよね?」
「……俺に拒否権はない、だろ?」
「まあ、そうなるねっ♪」
やれやれと零士が肩を竦める横で、ノエルがクスッと笑う。
「じゃあ、そういうことで。またね小雪、これからよろしく。……さ、行こうよレイっ!!」
とすれば、ノエルは小雪に別れを告げて。零士の手を強引に引っ張れば、「待て、待て待て引っ張るな!」と狼狽する零士を強引に引きずり、教室を出て行ってしまった。
「今度、三人で一緒にか……」
そんな二人を、その場に立ち尽くしたままで見送りながら。小雪は独り、またも複雑な思いに駆られていた。
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