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Execute.03:ノエル・アジャーニ -Noelle Adjani-
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「――――ちょっと来い!」
朝のホームルームが終わるなり、すぐにきゃーきゃーと黄色い声を上げる女子たちと、そして物珍しげにして好色めいた視線を注ぐ野次馬の男子たち。それらクラスメイトたちの大群に群がられ早速、転入生の洗礼のような質問責めに遭い始めていたノエルの手を無理矢理に取って、そう言って零士が強引に彼女を教室の外、廊下の方へと連れ出していた。
「……どういうことだ、何故君が此処に居る!?」
そして、教室から少し離れた、階段の踊り場付近。壁際にまで追いやったノエルの頭、そのすぐ近くに手を突きながら、零士が酷く神妙な面持ちでノエルに問いかける。いや、その語気はもう脅迫に近いのかもしれない。
「どういうことって、どういうことかな?」
しかし、そんな零士を前にしても、ノエルは涼しい顔のままで。寧ろ、その表情はこの状況を楽しんでいるかのようでもあった。桜色の瑞々しい色をした唇にそっと人差し指を添える仕草なんか、何処か色っぽくもあった。それこそ、普通の一〇代後半の男ならば、一発で恋に落ちてしまうぐらいに。可憐にして凛とした綺麗な顔立ちも相まって、ノエルの表情と仕草はそれほどまでの破壊力を秘めていた。
「質問を質問で返すんじゃない、俺は君に訊いているんだ」
だが、そんなノエルをすぐ至近で眼にしても、零士は動じるどころか。浮かべるその神妙な面持ちを、更に強くさせるだけだった。
それほどまでに、零士の胸中は焦燥と困惑に満たされていたのだ。廊下の曲がり角からこっそりと覗き見る女子たちの、きゃーきゃーと小声で騒ぐ声も。男子から注がれる羨望と嫉妬の眼差しにも。そのどちらも気にならない、いや気にすることすら出来ないほど、零士の胸はノエルに対するそんな感情に満たされていた。
「……らしいね、実に君らしいよ。レイのそういうところ、僕は魅力的だと思うな」
すると、ノエルはそう言って。小さく肩を竦めると、続けて零士に向かって小声で囁きかける。野次馬たちに聞こえてしまわないように、気を遣いながら。
「…………此処への転入は、シャーリィに言われたことなんだ」
「やっぱりアイツか」
納得すると同時に、零士は当然だとも思った。彼女を、ミラージュを零士のすぐ傍に引っ張ってくるような真似、この学園で出来るのはシャーリィ以外にあり得ない。そんな無茶な真似がノエルに対しても、そして学園に対しても出来るのは、あの女しかいないのだ。
「僕も君と同じ日に、フランスを離れたんだ。これから先はこっち……日本で過ごすことになるね」
「ま、だろうな」頷く零士。「転入だからな、わざわざ聞かなくても分かる」
「そういうことだよ」
「まだ訊きたいことは――――」
と、零士が更にノエルを問いただそうとした直後だった。一限目の始業を告げるチャイムの音色が、学園中に轟いたのは。
「おっと、時間切れみたいだね。続きはまた後で聞かせて貰うよ、レイ」
ノエルはそのチャイムを聞きつければ、壁とそこに手を突く零士の隙間をするりと華奢な身体ですり抜けて。そうして零士に背を向けると、そそくさと独りだけで階段を降り、A組の教室の方へと戻っていってしまう。
「……何て言うか、何て言うんだろうな」
独り遠ざかっていくノエルの、そんな背中を独り踊り場で見送って、見下ろして。零士は独り言のようにポツリと虚空に向かって呟けば、参ったように大きく肩を竦めた。一等大きな溜息を吐き出して、少しでも心労を霧散させたくて。
とにかく、もう一限目の授業は始まるのだ。戻らねば担当教諭にどうドヤされるか分かったものではない。ノエルがどうであれ、今はとにかく教室に戻らねば。
零士は最後にまた溜息をつくと、曲がり角から消えたノエルの背中を追いかけた。
朝のホームルームが終わるなり、すぐにきゃーきゃーと黄色い声を上げる女子たちと、そして物珍しげにして好色めいた視線を注ぐ野次馬の男子たち。それらクラスメイトたちの大群に群がられ早速、転入生の洗礼のような質問責めに遭い始めていたノエルの手を無理矢理に取って、そう言って零士が強引に彼女を教室の外、廊下の方へと連れ出していた。
「……どういうことだ、何故君が此処に居る!?」
そして、教室から少し離れた、階段の踊り場付近。壁際にまで追いやったノエルの頭、そのすぐ近くに手を突きながら、零士が酷く神妙な面持ちでノエルに問いかける。いや、その語気はもう脅迫に近いのかもしれない。
「どういうことって、どういうことかな?」
しかし、そんな零士を前にしても、ノエルは涼しい顔のままで。寧ろ、その表情はこの状況を楽しんでいるかのようでもあった。桜色の瑞々しい色をした唇にそっと人差し指を添える仕草なんか、何処か色っぽくもあった。それこそ、普通の一〇代後半の男ならば、一発で恋に落ちてしまうぐらいに。可憐にして凛とした綺麗な顔立ちも相まって、ノエルの表情と仕草はそれほどまでの破壊力を秘めていた。
「質問を質問で返すんじゃない、俺は君に訊いているんだ」
だが、そんなノエルをすぐ至近で眼にしても、零士は動じるどころか。浮かべるその神妙な面持ちを、更に強くさせるだけだった。
それほどまでに、零士の胸中は焦燥と困惑に満たされていたのだ。廊下の曲がり角からこっそりと覗き見る女子たちの、きゃーきゃーと小声で騒ぐ声も。男子から注がれる羨望と嫉妬の眼差しにも。そのどちらも気にならない、いや気にすることすら出来ないほど、零士の胸はノエルに対するそんな感情に満たされていた。
「……らしいね、実に君らしいよ。レイのそういうところ、僕は魅力的だと思うな」
すると、ノエルはそう言って。小さく肩を竦めると、続けて零士に向かって小声で囁きかける。野次馬たちに聞こえてしまわないように、気を遣いながら。
「…………此処への転入は、シャーリィに言われたことなんだ」
「やっぱりアイツか」
納得すると同時に、零士は当然だとも思った。彼女を、ミラージュを零士のすぐ傍に引っ張ってくるような真似、この学園で出来るのはシャーリィ以外にあり得ない。そんな無茶な真似がノエルに対しても、そして学園に対しても出来るのは、あの女しかいないのだ。
「僕も君と同じ日に、フランスを離れたんだ。これから先はこっち……日本で過ごすことになるね」
「ま、だろうな」頷く零士。「転入だからな、わざわざ聞かなくても分かる」
「そういうことだよ」
「まだ訊きたいことは――――」
と、零士が更にノエルを問いただそうとした直後だった。一限目の始業を告げるチャイムの音色が、学園中に轟いたのは。
「おっと、時間切れみたいだね。続きはまた後で聞かせて貰うよ、レイ」
ノエルはそのチャイムを聞きつければ、壁とそこに手を突く零士の隙間をするりと華奢な身体ですり抜けて。そうして零士に背を向けると、そそくさと独りだけで階段を降り、A組の教室の方へと戻っていってしまう。
「……何て言うか、何て言うんだろうな」
独り遠ざかっていくノエルの、そんな背中を独り踊り場で見送って、見下ろして。零士は独り言のようにポツリと虚空に向かって呟けば、参ったように大きく肩を竦めた。一等大きな溜息を吐き出して、少しでも心労を霧散させたくて。
とにかく、もう一限目の授業は始まるのだ。戻らねば担当教諭にどうドヤされるか分かったものではない。ノエルがどうであれ、今はとにかく教室に戻らねば。
零士は最後にまた溜息をつくと、曲がり角から消えたノエルの背中を追いかけた。
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