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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-
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零士とノエルが、三階の廊下を駆け抜ける。その後ろに追い縋ってくるのは激しい銃火と耳をつんざく銃声、そして尾のように続くおびただしい量の屍たち。幾多の屍を握り締めたその銃把で積み重ねながら、二人は遂に三階応接間のすぐ傍にまで迫っていた。
『もうすぐだ、ターゲット二人は未だに部屋から出ていない』
インカムから聞こえてくる、ミリィ・レイスの冷静沈着な声を聴きながら。零士は残り僅かなショットシェルをベネリM4の自動ショットガンに装填し、ノエルは空になった弾倉を投げ捨てて、新しい弾倉を装填する。二人とも、廊下を駆け抜ける両脚に迷いはない。ロングコートの裾を、千切れた青いドレスを翻し、二人は駆けていく。
『……けれど、気を付けて。ちょっと厄介な奴らが待ち構えてる』
「厄介な奴だって?」走りながら、零士が訊き返す。それに続いてノエルも「どういうこと?」とインカムに囁き返した。
『詳しいことは、僕にも。ただ、明らかに他の連中とは違う雰囲気の奴らが、応接間のすぐ前に重装備で張り付いてる。きっとグローバル・ディフェンス社じゃない、ブランシャールが連れて来た傭兵だ。気を付けてくれ零士、それにノエルも』
もしミリィの言っていることが事実なら、厄介だ。
ブランシャール――――ベアトリス・ブランシャールの連れて来た傭兵だとしたら、それは彼女とともに数多の戦場を駆け抜けてきた百戦錬磨の傭兵たちに他ならない。訓練の度合いはさておくにしても、実戦経験で言えばグローバル・ディフェンス社の警備員よりも格段に上だろう。年がら年中を戦場で過ごしているような連中、息を吸うように毎日人を殺してきた連中だ。これまでにないほどに苦戦するだろうことは、想像に難くない。
『二人とも、その先だ。……気を付けて』
ミリィに言われると同時に、差し掛かった丁字路の手前で零士は立ち止まり。そして手振りのジェスチャーでノエルもすぐ傍に止まらせると、チラリと角から奥の――応接間に通ずる、少しだけ広い廊下の空間の方を窺った。
そこは、言ってしまえば突き当たりだった。他の廊下よりも横幅が広く取られていて、その最奥に応接間へ通ずる観音開きの扉がある。遮蔽物に出来そうな物は多くなく、接近戦を仕掛けるのはリスクが高いだろう。
そんな廊下に、ミリィの言った通り三人の屈強な男たちが立っていた。タイ辺りの東南系アジア人と、中東系の浅黒い肌の男と、そしてラテン系とみられる白人の三人だ。いずれも背が高く、ガタイも良い。他の警備員と比べてラフな格好の服装から垣間見える肉体は張り詰めんばかりに筋肉が主張していて、見るからに厄介そうだ。
加えて、連中は誰も彼もが重装備だった。アジア系と中東系の男はポピュラーなAK-47自動ライフルを、そしてラテン系の白人はイスラエル製のUZIサブ・マシーンガンを携えている。二人の持っているAK-47は恐らくルーマニア製だろうが、細かいコトを気にしている場合ではない。
「っ、来たぜ!」
とすれば、アジア系の奴が覗き込んでいた零士の視線に気付き、すぐさまセイフティを解除しながら構えたAK-47をブッ放してきた。
「おわっ、っとっと!?」
銃口と眼が合った瞬間、慌てて零士が顔を引っ込める。そうすれば今の今まで零士の顔があった辺りの壁に7.62mmの短小ライフル弾が着弾し、その壁を大きく抉り飛ばしてしまう。
「レイ、大丈夫だよね!?」
「大丈夫だ、間一髪な……!」
心配するノエルにそう言いつつ、零士は提げていたベネリM4を構え直し。そうすればノエルの方を振り向いて、そして彼女の蒼いアイオライトの瞳と眼を合わせると、こう言った。
「俺が突っ込んで気を引いて、出来るなら接近戦を仕掛ける」
「待ってレイ、流石に危険だよ」
「大丈夫だ、心配するな」
零士の身を案じ、やめろと視線で訴えかけてくるノエルの肩をポンッと零士は叩いてやる。それでもノエルは「でも……」と首を横に振るから、零士は「心配するなって」とまた何度か彼女の肩に手を触れさせながらで言う。
「俺を誰だと思ってる? これぐらいの修羅場、慣れっこさ」
「レイ……」
「ノエル、君は俺のフォローを。大丈夫だ、ノエルのウデなら問題ない」
「……分かったよ、君の背中は僕が預かったんだ。何とかしてみせる」
その意気だ、と零士は小さく彼女に向かってはにかんで、そしてもう一度ベネリM4の自動ショットガンを構え直した。残りのショットシェルは銃身下のチューブ弾倉に装填した七発と、そして薬室に入っている一発の、計八発のダブルオー・バックショット散弾しかない。
だがまあ、大丈夫だろうと零士は踏んでいた。この距離で自動ライフルと撃ち合うのは面倒だが、しかし接近してしまえば逆に使い勝手は悪くなる。何らかの手段で敵を怯ませ、その隙に距離を詰めれば……その時点で、零士の勝ちは決まったも同然だ。
勝算は、ある。いや、寧ろ勝算はかなり高いと言っても良い。背中をノエルが護ってくれるのなら、尚更だ。
「何か、策があるのなら。最初に僕が弾幕を張って怯ませるから、レイ。君はその隙に、君のやりたいように」
MP5Kのセレクタをフルオート(連射)に切り替えながら、覚悟の決まった双眸でノエルが言う。それに零士は「分かった」と頷いて、
「背中は君に預けた、頼んだぜ相棒」
「頼まれるまでもなく、君と生きて此処から出るのが僕の任務だ」
「そうかい、それなら何より」
二人でニッと不敵な笑みを交わし合って、そして零士は敵の方へと意識を向ける。応接間の前で待ち構えた、三人の強敵の方へと。
「――――ロックン・ロール。やってやろうぜ、俺たちで」
銃把を握る右手に力が籠もっていくのと同時に、やがて零士の浮かべる笑みもまた、犬歯を剥き出しにした凶暴な笑みへと変わっていく。
『もうすぐだ、ターゲット二人は未だに部屋から出ていない』
インカムから聞こえてくる、ミリィ・レイスの冷静沈着な声を聴きながら。零士は残り僅かなショットシェルをベネリM4の自動ショットガンに装填し、ノエルは空になった弾倉を投げ捨てて、新しい弾倉を装填する。二人とも、廊下を駆け抜ける両脚に迷いはない。ロングコートの裾を、千切れた青いドレスを翻し、二人は駆けていく。
『……けれど、気を付けて。ちょっと厄介な奴らが待ち構えてる』
「厄介な奴だって?」走りながら、零士が訊き返す。それに続いてノエルも「どういうこと?」とインカムに囁き返した。
『詳しいことは、僕にも。ただ、明らかに他の連中とは違う雰囲気の奴らが、応接間のすぐ前に重装備で張り付いてる。きっとグローバル・ディフェンス社じゃない、ブランシャールが連れて来た傭兵だ。気を付けてくれ零士、それにノエルも』
もしミリィの言っていることが事実なら、厄介だ。
ブランシャール――――ベアトリス・ブランシャールの連れて来た傭兵だとしたら、それは彼女とともに数多の戦場を駆け抜けてきた百戦錬磨の傭兵たちに他ならない。訓練の度合いはさておくにしても、実戦経験で言えばグローバル・ディフェンス社の警備員よりも格段に上だろう。年がら年中を戦場で過ごしているような連中、息を吸うように毎日人を殺してきた連中だ。これまでにないほどに苦戦するだろうことは、想像に難くない。
『二人とも、その先だ。……気を付けて』
ミリィに言われると同時に、差し掛かった丁字路の手前で零士は立ち止まり。そして手振りのジェスチャーでノエルもすぐ傍に止まらせると、チラリと角から奥の――応接間に通ずる、少しだけ広い廊下の空間の方を窺った。
そこは、言ってしまえば突き当たりだった。他の廊下よりも横幅が広く取られていて、その最奥に応接間へ通ずる観音開きの扉がある。遮蔽物に出来そうな物は多くなく、接近戦を仕掛けるのはリスクが高いだろう。
そんな廊下に、ミリィの言った通り三人の屈強な男たちが立っていた。タイ辺りの東南系アジア人と、中東系の浅黒い肌の男と、そしてラテン系とみられる白人の三人だ。いずれも背が高く、ガタイも良い。他の警備員と比べてラフな格好の服装から垣間見える肉体は張り詰めんばかりに筋肉が主張していて、見るからに厄介そうだ。
加えて、連中は誰も彼もが重装備だった。アジア系と中東系の男はポピュラーなAK-47自動ライフルを、そしてラテン系の白人はイスラエル製のUZIサブ・マシーンガンを携えている。二人の持っているAK-47は恐らくルーマニア製だろうが、細かいコトを気にしている場合ではない。
「っ、来たぜ!」
とすれば、アジア系の奴が覗き込んでいた零士の視線に気付き、すぐさまセイフティを解除しながら構えたAK-47をブッ放してきた。
「おわっ、っとっと!?」
銃口と眼が合った瞬間、慌てて零士が顔を引っ込める。そうすれば今の今まで零士の顔があった辺りの壁に7.62mmの短小ライフル弾が着弾し、その壁を大きく抉り飛ばしてしまう。
「レイ、大丈夫だよね!?」
「大丈夫だ、間一髪な……!」
心配するノエルにそう言いつつ、零士は提げていたベネリM4を構え直し。そうすればノエルの方を振り向いて、そして彼女の蒼いアイオライトの瞳と眼を合わせると、こう言った。
「俺が突っ込んで気を引いて、出来るなら接近戦を仕掛ける」
「待ってレイ、流石に危険だよ」
「大丈夫だ、心配するな」
零士の身を案じ、やめろと視線で訴えかけてくるノエルの肩をポンッと零士は叩いてやる。それでもノエルは「でも……」と首を横に振るから、零士は「心配するなって」とまた何度か彼女の肩に手を触れさせながらで言う。
「俺を誰だと思ってる? これぐらいの修羅場、慣れっこさ」
「レイ……」
「ノエル、君は俺のフォローを。大丈夫だ、ノエルのウデなら問題ない」
「……分かったよ、君の背中は僕が預かったんだ。何とかしてみせる」
その意気だ、と零士は小さく彼女に向かってはにかんで、そしてもう一度ベネリM4の自動ショットガンを構え直した。残りのショットシェルは銃身下のチューブ弾倉に装填した七発と、そして薬室に入っている一発の、計八発のダブルオー・バックショット散弾しかない。
だがまあ、大丈夫だろうと零士は踏んでいた。この距離で自動ライフルと撃ち合うのは面倒だが、しかし接近してしまえば逆に使い勝手は悪くなる。何らかの手段で敵を怯ませ、その隙に距離を詰めれば……その時点で、零士の勝ちは決まったも同然だ。
勝算は、ある。いや、寧ろ勝算はかなり高いと言っても良い。背中をノエルが護ってくれるのなら、尚更だ。
「何か、策があるのなら。最初に僕が弾幕を張って怯ませるから、レイ。君はその隙に、君のやりたいように」
MP5Kのセレクタをフルオート(連射)に切り替えながら、覚悟の決まった双眸でノエルが言う。それに零士は「分かった」と頷いて、
「背中は君に預けた、頼んだぜ相棒」
「頼まれるまでもなく、君と生きて此処から出るのが僕の任務だ」
「そうかい、それなら何より」
二人でニッと不敵な笑みを交わし合って、そして零士は敵の方へと意識を向ける。応接間の前で待ち構えた、三人の強敵の方へと。
「――――ロックン・ロール。やってやろうぜ、俺たちで」
銃把を握る右手に力が籠もっていくのと同時に、やがて零士の浮かべる笑みもまた、犬歯を剥き出しにした凶暴な笑みへと変わっていく。
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