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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-

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 何食わぬ顔でノエルを伴い夜道を歩き、零士は屋敷に接近し。まずは正門近くをチラリと遠巻きに観察してみることにした。
「……まあ、厳重だわな」
「だね、ある意味で予想通りだ」
 当初の予想通り、やはり正面の守りはかなり強固だった。
 殆どの来場客は運転手付きの車でやって来ているようで、それでも一度門の前で警備員が停め、いちいち招待状を確認しているほどの厳重さだ。警備はもう本当に厳重の一言で、外から見えやすい門の外側に立っている連中は目立って武器を露わにしてはいないものの、その腰や脇辺りにホルスターの膨らみがあるのが見える。門の奥、敷地内の庭にチラリと見えた奴らに至っては、自動ライフルやサブ・マシーンガンで武装した奴らも居るぐらいだ。
 これだけの厳重な警備を、招待状も無しで切り抜けられるとはとても思えない。ただでさえ徒歩の時点では状況的に見てかなり不審なのだから、強引に突破を図ろうものなら、派手なドンパチに発展してしまうことは目に見えている。
「裏に行こう、そっちが一番だ」
 そういうワケで、零士はノエルにそう言われると、当初の予定通りに裏口から屋敷への侵入を図ることにした。
 広い敷地の外側を、気配を殺してぐるりと回り込み、裏側へ。零士たちはまた適当な曲がり角に身を潜め、問題の裏口の様子を探る。
「……こっちはいけそうだね、そこまで警備も厚くない」
 ノエルが小声で言った通り、裏は正面口ほど厳しい警備状況ではなかった。
 小さな階段で少しだけ下に降り、高い塀の下を潜るようにして扉がある裏口。その階段の近くには、二人ほどの黒いスーツを着た警備員の姿が見受けられる。
 だが、それ以外に警備の気配はない。街灯が淡く照らす狭い裏道のようなこの場所一帯にも人気ひとけは無く、進入路としてはうってつけだ。
「問題は、あの監視カメラか」
 それだけが、懸念材料だ。裏口と警備員たち、それらを見下ろすようにして、塀の高い位置に監視カメラが取り付けられているのが零士からも見て取れた。
 これほどの警備状況だから、複数の人員がリアルタイムでカメラの監視に当たっているのはほぼ間違いない。ザル警備でないのは確実で、下手にカメラを撃って壊そうものなら、その時点で異常事態が発覚してしまう。警備状況もかなり緊迫したモノになるだろうことは請け合いで、潜入開始の初っ端からそんな風になってしまうのは、零士としても絶対に避けたいところだった。
「……ミリィ、聞こえてるか?」
 故に、零士は彼女を頼ることにした。左耳の小さなインカムに向かって囁きかければ、すぐに『感度良好、よく聞こえてる』とミリィ・レイスの返答が返ってくる。
「裏口の監視カメラ、潰せるか?」
『二分ほど待ってて欲しいな、もうすぐメインフレームに侵入できるってところなんだ。それだけの時間を貰えれば、屋敷のネットワーク全体を僕が掌握してみせると約束しよう』
 流石はウィザード級と喩えられた神懸かり的な腕前だ。零士はミリィ・レイスの持つ類い希な実力に、改めて舌を巻いた。
 まだ彼女と別れてから、五分ばかししか経っていないはずなのに。それなのに、たったこれだけの短時間で屋敷のネットワーク全てを掌握しかけていると彼女は平気で言うのだから、本当に恐ろしい。彼女だけは敵に回したくないと、零士はおろかノエルですら同じことを思っていた。
『よーし、良い子ちゃんだ……。僕に見せてご覧よ、君の全部をね。何、別に痛くはしないさ……』
 とまあ、熱中するミリィの妙な独り言を聞きながら待つこと、ジャスト二分。
『……よし、掌握完了。屋敷のネットワークは全て僕の手のひらの上にある。待たせたね、二人とも』
 宣言通り、二分キッカリでミリィ・レイスはシャンペーニュ邸の警備ネットワークを完全に掌握してしまった。
『とりあえず、裏口のカメラには適当なループ映像を流しておくよ。暫くの間はバレないはずだ。あと八秒待ってくれ、そうしたら好きに暴れて構わない』
「流石だ、ミリィ」
『止してくれよ、褒めたって何も出やしない』
 そして、更にキッカリ八秒後。ミリィの『大丈夫だ』という言葉を合図に、二人は遂に行動を開始する。
「レイ、どうするの?」
「君は少し待っていろ、此処は俺が片付ける」
 言いながら、零士は右腰のホルスターからベレッタ・Px4ストームの自動拳銃を抜いた。一緒に懐から出した細長いサイレンサーを銃口のネジに噛ませてやれば、静かに標的を仕留めることが出来るはずだ。ノエルが用意してくれたカートリッジは亜音速ながらホロー・ポイント弾頭だから、対人威力は中々のモノだろう。
「僕も手伝おうか?」
 ノエルはそう言うが、零士は「いや」と首を横に振り、
「サイレンサーがあるんだ、俺がスマートに終わらせるさ。それに……」
「それに、なんだい?」
「折角の綺麗なドレスだ、今から汚したら勿体ない」
 ニヤリと口角を釣り上げて言えば、零士はPx4ストームのセイフティを解除し。親指で撃鉄を静かに起こせば、その場にノエルを置き去りにして、音も無く走り出した。
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