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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-
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「――――中々に厳重そうだね、当日の警備は」
「それに塀も高い。さっきノエルが言ってた通り、塀を乗り越えての侵入は難しそうだな」
カフェを出て、セーフハウスの前に路上駐車していた蒼いプジョー・308GTiに乗り込んでから、おおよそ一時間と少し後。パリの郊外にあるジルベール・シャンペーニュの邸宅の周りをぐるりと見て回り、下見を終えた帰り道の車内で。プジョーのステアリングを握るノエルと、隣に座る零士とが下見のことを思い出しながら、そんな風に相談めいた具合で言葉を交わし合っていた。
「彼女……ミリィ・レイスの情報だと、屋敷の裏に地下への通用口があるって書いてあった。警備は居るだろうけれど、そこからの侵入で考えておいても良いかもね」
右手を走らせ、プジョーのギアを一段高いところへと切り替えながらでノエルが言う。零士もそれに「だな」と同意する相槌を打った。
「恐らく当日は、招待状が無けりゃ正面からは入れない。それにボディチェックもある程度される可能性もあるから、武器の持ち込みは難しいだろうな」
「ベアトリス・ブランシャールみたいなのが居る時点で、それは痛いね……」
「痛いというか、出来る限りはしたくない。ちょっと特殊な.22口径の仕込み銃もあるにはあるが、準備してる時間はないだろうな」
「レイ、それってアレの……"マイクロガン・ヘリオス"のこと?」
きょとん、と首を傾げながらで訊いてくるノエルに、零士は「そうだ」と頷き返す。
「使ったことがあるのか?」
「シャーリィとの訓練で、何度かね。便利だよね、分解すれば靴底に隠せるんだもん」
「いつか、使う機会もあるだろうさ」
零士は言って、プジョーのサイドシートの背もたれに深く身体を預けた。周囲の視線に気を付けながらで現場の下見を敢行するのは、中々に骨が折れることだった。それが故の疲労感だろう。幸いにして昼間だから、見つかったとしても観光で迷い込んだとか適当な言い訳で誤魔化せるが、顔が覚えられてしまうのは頂けない。
「まあ、侵入ルートはノエルの案でほぼ決定かもな。戻ってからもう一回、ゆっくりと見取り図を精査したいところだけど。見た感じ、あそこが一番手っ取り早くてリスクの少ない入り口だとは俺も思う」
「当日は、ミリィ・レイスが監視カメラとかの無効化はしてくれるんだよね?」
「ああ」と、頷く零士。
「その辺に関しては抜かりなし、だ。ミリィほど信頼できる奴は他に居ない。俺たちはカメラとかを気にせずに暴れ放題ってコトだ。全く頼れるぜ、毎度のことだが」
「凄いよね、色んな意味で」
「色んな意味?」
「……だってさ、言っちゃ悪いけど、あの見た目で僕らより明らかに年上っぽいんだから」
「ああ……」
その件に関しては、ノエルに完全同意だ。あんなあどけない容姿をしていて、どう考えても自分たちより歳は上なのだから。零士はシャーリィの関係でミリィ・レイスとの付き合いも――それこそ、彼女がアメリカ西海岸に居る頃からと長い付き合いだが、それでも未だに信じられないぐらいだ。よく考えてみれば、あの頃からミリィの容姿はほぼほぼ変わっていなかったような気がする。
「まるで魔女だな」
そのことを思い出せば、零士は思わずそんなことを呟いていた。「ふふっ、かもね」とノエルもまた吹き出すように小さく笑う。
「……まあ、これで下見も無事に終わりだ。どうかなレイ、この後はパリ観光の続きでも」
「前も言ったが、俺も一応は何度かこの街に来てる」
零士はそう言った後で、「……だがまあ」と肩を竦めながらで続け、
「観光って奴は、未だ嘗てさっぱりだ。昨日、君にアパートから歩いて行ける範囲を案内して貰って、それが初めてってぐらいには。地元のノエルなら、観光ガイドにはうってつけだろ?」
「まあね」と、笑顔でノエル。「一通りの場所なら、案内出来る自信はあるよ。レイ、折角だし行ってみる?」
「お願いしよう」
「じゃあ、決まりだ」
横顔で柔らかく微笑めば、ノエルは途端にプジョーの蒼いノーズが進む進路を切り替えて。舵を一路、パリの中心部へと取れば、セーフハウスとは全く別方向へと向けてプジョーを走らせ始めた。
「シャンゼリゼから凱旋門へ、定番コースから回ろっか♪」
そんな具合に、頭を完全に観光案内モードへと切り替えたノエルの横顔は、何だか普段よりもずっと楽しげで。鼻歌なんか歌い出しそうな勢いでステアリングを回すノエルを横顔に見ていれば、零士まで何だか表情が綻んでしまいそうだった。
とりあえず、今のところは観光を楽しむことにしよう。仕事のことも、暗殺対象の二人のことも忘れて。今はただ、サイファーとしてではなく椿零士として、純粋にパリ観光を楽しむことにする。誰かに連れられながら、とりわけノエルのような娘に連れられながらというのも、存外に悪くないものだ。
晴れ渡る、昼下がりのパリの空。青々としたキャンバスが一面に広がる空を仰ぎながら、零士は今日一日、ノエルに任せてパリ観光を楽しむことに専念することにした。
「それに塀も高い。さっきノエルが言ってた通り、塀を乗り越えての侵入は難しそうだな」
カフェを出て、セーフハウスの前に路上駐車していた蒼いプジョー・308GTiに乗り込んでから、おおよそ一時間と少し後。パリの郊外にあるジルベール・シャンペーニュの邸宅の周りをぐるりと見て回り、下見を終えた帰り道の車内で。プジョーのステアリングを握るノエルと、隣に座る零士とが下見のことを思い出しながら、そんな風に相談めいた具合で言葉を交わし合っていた。
「彼女……ミリィ・レイスの情報だと、屋敷の裏に地下への通用口があるって書いてあった。警備は居るだろうけれど、そこからの侵入で考えておいても良いかもね」
右手を走らせ、プジョーのギアを一段高いところへと切り替えながらでノエルが言う。零士もそれに「だな」と同意する相槌を打った。
「恐らく当日は、招待状が無けりゃ正面からは入れない。それにボディチェックもある程度される可能性もあるから、武器の持ち込みは難しいだろうな」
「ベアトリス・ブランシャールみたいなのが居る時点で、それは痛いね……」
「痛いというか、出来る限りはしたくない。ちょっと特殊な.22口径の仕込み銃もあるにはあるが、準備してる時間はないだろうな」
「レイ、それってアレの……"マイクロガン・ヘリオス"のこと?」
きょとん、と首を傾げながらで訊いてくるノエルに、零士は「そうだ」と頷き返す。
「使ったことがあるのか?」
「シャーリィとの訓練で、何度かね。便利だよね、分解すれば靴底に隠せるんだもん」
「いつか、使う機会もあるだろうさ」
零士は言って、プジョーのサイドシートの背もたれに深く身体を預けた。周囲の視線に気を付けながらで現場の下見を敢行するのは、中々に骨が折れることだった。それが故の疲労感だろう。幸いにして昼間だから、見つかったとしても観光で迷い込んだとか適当な言い訳で誤魔化せるが、顔が覚えられてしまうのは頂けない。
「まあ、侵入ルートはノエルの案でほぼ決定かもな。戻ってからもう一回、ゆっくりと見取り図を精査したいところだけど。見た感じ、あそこが一番手っ取り早くてリスクの少ない入り口だとは俺も思う」
「当日は、ミリィ・レイスが監視カメラとかの無効化はしてくれるんだよね?」
「ああ」と、頷く零士。
「その辺に関しては抜かりなし、だ。ミリィほど信頼できる奴は他に居ない。俺たちはカメラとかを気にせずに暴れ放題ってコトだ。全く頼れるぜ、毎度のことだが」
「凄いよね、色んな意味で」
「色んな意味?」
「……だってさ、言っちゃ悪いけど、あの見た目で僕らより明らかに年上っぽいんだから」
「ああ……」
その件に関しては、ノエルに完全同意だ。あんなあどけない容姿をしていて、どう考えても自分たちより歳は上なのだから。零士はシャーリィの関係でミリィ・レイスとの付き合いも――それこそ、彼女がアメリカ西海岸に居る頃からと長い付き合いだが、それでも未だに信じられないぐらいだ。よく考えてみれば、あの頃からミリィの容姿はほぼほぼ変わっていなかったような気がする。
「まるで魔女だな」
そのことを思い出せば、零士は思わずそんなことを呟いていた。「ふふっ、かもね」とノエルもまた吹き出すように小さく笑う。
「……まあ、これで下見も無事に終わりだ。どうかなレイ、この後はパリ観光の続きでも」
「前も言ったが、俺も一応は何度かこの街に来てる」
零士はそう言った後で、「……だがまあ」と肩を竦めながらで続け、
「観光って奴は、未だ嘗てさっぱりだ。昨日、君にアパートから歩いて行ける範囲を案内して貰って、それが初めてってぐらいには。地元のノエルなら、観光ガイドにはうってつけだろ?」
「まあね」と、笑顔でノエル。「一通りの場所なら、案内出来る自信はあるよ。レイ、折角だし行ってみる?」
「お願いしよう」
「じゃあ、決まりだ」
横顔で柔らかく微笑めば、ノエルは途端にプジョーの蒼いノーズが進む進路を切り替えて。舵を一路、パリの中心部へと取れば、セーフハウスとは全く別方向へと向けてプジョーを走らせ始めた。
「シャンゼリゼから凱旋門へ、定番コースから回ろっか♪」
そんな具合に、頭を完全に観光案内モードへと切り替えたノエルの横顔は、何だか普段よりもずっと楽しげで。鼻歌なんか歌い出しそうな勢いでステアリングを回すノエルを横顔に見ていれば、零士まで何だか表情が綻んでしまいそうだった。
とりあえず、今のところは観光を楽しむことにしよう。仕事のことも、暗殺対象の二人のことも忘れて。今はただ、サイファーとしてではなく椿零士として、純粋にパリ観光を楽しむことにする。誰かに連れられながら、とりわけノエルのような娘に連れられながらというのも、存外に悪くないものだ。
晴れ渡る、昼下がりのパリの空。青々としたキャンバスが一面に広がる空を仰ぎながら、零士は今日一日、ノエルに任せてパリ観光を楽しむことに専念することにした。
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