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Execute.02:巴里より愛を込めて -From Paris with Love-
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――――三日後。
深夜の成田空港を飛び立ったエールフランス航空のボーイング・777-200ER旅客機が、およそ一二時間半にも及ぶフライトを終え、パリ近郊にあるシャルル・ド・ゴール空港に降り立ったのは、フランス現地時間で明け方頃のことだった。
その日のパリは、深い雨模様だった。打ち付ける雨音を遠くに聞きながら、黒いスーツにロングコートをビシッと決めた格好の椿零士は、雨の降る明け方のシャルル・ド・ゴール空港、国際線到着ロビーに降り立つ。
「時差、確かマイナス七時間だったか」
日本時間との時差を確認しつつ、腕時計の自動補正された針の位置をチラリと一瞥し。そうして旅客機から降りた零士は税関やら諸々を通り、検疫やら入国審査やら面倒な手続きをパスすれば、それからやっとこさ国際線到着ゲートの外側へと出て行こうと歩き出した。
そうして、手荷物のない零士が手ぶらで身軽な格好で出て行けば。人の数も疎らな到着ゲートのすぐ目の前にぽつんとひとりきりで立っている、そんな少女と偶然、眼を合わせた。
いや、そうして互いにアイ・コンタクトを取ったのは、もしかすれば必然であったのかもしれない。どちらにせよ、その少女――純粋なプラチナ・ブロンドの短い髪を微かに揺らしながら立ち尽くす、そんな彼女の顔は、零士にとっても見覚えのあるものだった。そして逆に零士の顔は、彼女にとっても。
「……君が、サイファー?」
ゲートから出てきた零士に歩み寄り、流暢な日本語でその少女が話しかけてくる。彼女の顔は、三日前にシャーリィから渡された資料、その中に入ってた写真で見た彼女と、全く同じ顔をしていた。
「そういう君は、ミラージュか」
零士が訊き返せば、彼女はうんと小さく頷いて肯定する。可憐ながらも何処か凛とした顔立ちや立ち振る舞いなせいか、そんな彼女の仕草は妙に可愛らしく見えてしまう。
(ミラージュ……)
彼女の顔を見て、そして彼女の返答を耳にして。零士は胸の内でひとりごちれば、ほんの微かにだが微妙な顔を浮かべていた。
「……?」
そうすれば、彼女――コードネーム・"ミラージュ(蜃気楼)"。ノエル・アジャーニは、一瞬だけそんな零士の仕草を気にするような素振りを見せてから。しかし追求するのも野暮だと思ったのか、敢えて深くは突っ込まずにこう言った。
「まあいいさ。知っているとは思うけれど、改めて名乗っておくね。
――――僕はノエル・アジャーニ。あ、ノエルで良いよ?」
ニコッと小さく微笑みながらで零士に向かって名乗った彼女、ノエルの風貌は、写真で見るよりもずっと可憐だった。
襟足が首の付け根ぐらいまである、そんな比較的短めに切り揃えた髪色は透き通るようなプラチナ・ブロンドで、明らかに混じりっけの無い本物の金髪であることは疑いようもない。肌は白人特有の白すぎるほどの肌で、双眸はアイオライトのように深い蒼をしているからか、眼を合わせただけでその奥の奥へと引き込まれそうな錯覚に陥ってしまう。女の子らしく可憐ながらも、同時に気高さすら感じさせる凛とした顔立ちは、きっとすれ違えば誰も彼もが振り向くに違いない。
また、体躯の方もそんな美しい顔立ちに見合っていて。全体的にはスラッと華奢なスレンダー系なものの、出るところはそれなりに出て、そして締まるべきところはきゅっと締まっている。手先もほっそりと華奢で長く、ピアノなんか弾かせたらそれこそ映えるだろう綺麗な指先だ。
背丈の方は、一七五センチ前後な零士が自分の身長を基準に推測すると、ノエルの背丈は大体一六四センチぐらいだろうか。零士とは目測換算で、大体一〇センチ差ぐらいだった。
そんなノエルの格好は、黒いブラウスの上から袖を折ったジャケットを羽織っていて、そして赤系の多少短めなスカートに黒い膝上丈のニー・ハイソックスで細く長い両脚が強調されている。ブラウスの開いた襟から垣間見える胸元には、小さな金のロザリオが揺れていた。
「それで……えーと、君は?」
と、こんな具合なノエルの風貌をぼうっとした顔で零士が眺めていれば。小さく腰を折りながらで首を傾げる彼女にそう訊かれ、ハッとした零士は我に返るとともに名乗り返した。
「零士だ、椿零士」
「レイジ・ツバキか……良い名前だね、とっても綺麗な響きだ」
反芻するように呟いた後で、ノエルが嬉しげに小さく微笑みを向けてくる。
「じゃあ、これからは君のこと、レイって呼ばせて貰うよ」
「レイ……か」
懐かしい響きだった。その呼ばれ方は、零士にとってはとてつもなく懐かしい響きで。しかし何だか複雑な思いに駆られてしまい、零士はまた微妙に渋い顔をし。そして此処ではない何処か遠くを眺めるように、ほんの僅かに眼を細めていた。
「ん、どうしたの?」
そんな零士の奇妙な様子を機敏に感じ取ったノエルが、怪訝そうに、少しだけ心配するような声音で問いかけてくる。しかし零士は「いや」と首を横に振って誤魔化し、
「それより、この後はどうする気だ?」
と、話の流れを一気に切り替えるようにして、目の前に立つノエルに訊いた。
「あー、なら一旦セーフハウスの方に行こうよ。君宛の荷物もあるし、色々積もる話もあるからね。何はともあれ、詳しいことはそれからだ」
じゃあ、行こうか。
最後にふふっ、と微かに微笑みを向けた後で、ノエルは零士を誘うようにして歩き出す。零士は「分かった」と相槌めいた承諾をすれば、そのままノエルの導きに従って、空港ターミナルの中を彼女と横並びになって歩き出した。
(ミラージュ。それにレイ、か……)
――――偶然なのか、それとも必然なのか。出来すぎている偶然にしても必然にしても、時にそれはあまりに残酷なのやもしれない。
「レイ、これからよろしくねっ?」
ロングコートの長い裾を翻しながら歩き、真横を共に歩く彼女の横顔と微笑みをチラリと横目に見て。零士はやはり、何とも云えないような、そんな表情を浮かべていた。
……左眼に走る傷跡に。片側だけ垂らす長い前髪に隠すようにした、過去の記憶と復讐の誓いが刻まれたその傷跡に、妙な疼きを感じながら。
深夜の成田空港を飛び立ったエールフランス航空のボーイング・777-200ER旅客機が、およそ一二時間半にも及ぶフライトを終え、パリ近郊にあるシャルル・ド・ゴール空港に降り立ったのは、フランス現地時間で明け方頃のことだった。
その日のパリは、深い雨模様だった。打ち付ける雨音を遠くに聞きながら、黒いスーツにロングコートをビシッと決めた格好の椿零士は、雨の降る明け方のシャルル・ド・ゴール空港、国際線到着ロビーに降り立つ。
「時差、確かマイナス七時間だったか」
日本時間との時差を確認しつつ、腕時計の自動補正された針の位置をチラリと一瞥し。そうして旅客機から降りた零士は税関やら諸々を通り、検疫やら入国審査やら面倒な手続きをパスすれば、それからやっとこさ国際線到着ゲートの外側へと出て行こうと歩き出した。
そうして、手荷物のない零士が手ぶらで身軽な格好で出て行けば。人の数も疎らな到着ゲートのすぐ目の前にぽつんとひとりきりで立っている、そんな少女と偶然、眼を合わせた。
いや、そうして互いにアイ・コンタクトを取ったのは、もしかすれば必然であったのかもしれない。どちらにせよ、その少女――純粋なプラチナ・ブロンドの短い髪を微かに揺らしながら立ち尽くす、そんな彼女の顔は、零士にとっても見覚えのあるものだった。そして逆に零士の顔は、彼女にとっても。
「……君が、サイファー?」
ゲートから出てきた零士に歩み寄り、流暢な日本語でその少女が話しかけてくる。彼女の顔は、三日前にシャーリィから渡された資料、その中に入ってた写真で見た彼女と、全く同じ顔をしていた。
「そういう君は、ミラージュか」
零士が訊き返せば、彼女はうんと小さく頷いて肯定する。可憐ながらも何処か凛とした顔立ちや立ち振る舞いなせいか、そんな彼女の仕草は妙に可愛らしく見えてしまう。
(ミラージュ……)
彼女の顔を見て、そして彼女の返答を耳にして。零士は胸の内でひとりごちれば、ほんの微かにだが微妙な顔を浮かべていた。
「……?」
そうすれば、彼女――コードネーム・"ミラージュ(蜃気楼)"。ノエル・アジャーニは、一瞬だけそんな零士の仕草を気にするような素振りを見せてから。しかし追求するのも野暮だと思ったのか、敢えて深くは突っ込まずにこう言った。
「まあいいさ。知っているとは思うけれど、改めて名乗っておくね。
――――僕はノエル・アジャーニ。あ、ノエルで良いよ?」
ニコッと小さく微笑みながらで零士に向かって名乗った彼女、ノエルの風貌は、写真で見るよりもずっと可憐だった。
襟足が首の付け根ぐらいまである、そんな比較的短めに切り揃えた髪色は透き通るようなプラチナ・ブロンドで、明らかに混じりっけの無い本物の金髪であることは疑いようもない。肌は白人特有の白すぎるほどの肌で、双眸はアイオライトのように深い蒼をしているからか、眼を合わせただけでその奥の奥へと引き込まれそうな錯覚に陥ってしまう。女の子らしく可憐ながらも、同時に気高さすら感じさせる凛とした顔立ちは、きっとすれ違えば誰も彼もが振り向くに違いない。
また、体躯の方もそんな美しい顔立ちに見合っていて。全体的にはスラッと華奢なスレンダー系なものの、出るところはそれなりに出て、そして締まるべきところはきゅっと締まっている。手先もほっそりと華奢で長く、ピアノなんか弾かせたらそれこそ映えるだろう綺麗な指先だ。
背丈の方は、一七五センチ前後な零士が自分の身長を基準に推測すると、ノエルの背丈は大体一六四センチぐらいだろうか。零士とは目測換算で、大体一〇センチ差ぐらいだった。
そんなノエルの格好は、黒いブラウスの上から袖を折ったジャケットを羽織っていて、そして赤系の多少短めなスカートに黒い膝上丈のニー・ハイソックスで細く長い両脚が強調されている。ブラウスの開いた襟から垣間見える胸元には、小さな金のロザリオが揺れていた。
「それで……えーと、君は?」
と、こんな具合なノエルの風貌をぼうっとした顔で零士が眺めていれば。小さく腰を折りながらで首を傾げる彼女にそう訊かれ、ハッとした零士は我に返るとともに名乗り返した。
「零士だ、椿零士」
「レイジ・ツバキか……良い名前だね、とっても綺麗な響きだ」
反芻するように呟いた後で、ノエルが嬉しげに小さく微笑みを向けてくる。
「じゃあ、これからは君のこと、レイって呼ばせて貰うよ」
「レイ……か」
懐かしい響きだった。その呼ばれ方は、零士にとってはとてつもなく懐かしい響きで。しかし何だか複雑な思いに駆られてしまい、零士はまた微妙に渋い顔をし。そして此処ではない何処か遠くを眺めるように、ほんの僅かに眼を細めていた。
「ん、どうしたの?」
そんな零士の奇妙な様子を機敏に感じ取ったノエルが、怪訝そうに、少しだけ心配するような声音で問いかけてくる。しかし零士は「いや」と首を横に振って誤魔化し、
「それより、この後はどうする気だ?」
と、話の流れを一気に切り替えるようにして、目の前に立つノエルに訊いた。
「あー、なら一旦セーフハウスの方に行こうよ。君宛の荷物もあるし、色々積もる話もあるからね。何はともあれ、詳しいことはそれからだ」
じゃあ、行こうか。
最後にふふっ、と微かに微笑みを向けた後で、ノエルは零士を誘うようにして歩き出す。零士は「分かった」と相槌めいた承諾をすれば、そのままノエルの導きに従って、空港ターミナルの中を彼女と横並びになって歩き出した。
(ミラージュ。それにレイ、か……)
――――偶然なのか、それとも必然なのか。出来すぎている偶然にしても必然にしても、時にそれはあまりに残酷なのやもしれない。
「レイ、これからよろしくねっ?」
ロングコートの長い裾を翻しながら歩き、真横を共に歩く彼女の横顔と微笑みをチラリと横目に見て。零士はやはり、何とも云えないような、そんな表情を浮かべていた。
……左眼に走る傷跡に。片側だけ垂らす長い前髪に隠すようにした、過去の記憶と復讐の誓いが刻まれたその傷跡に、妙な疼きを感じながら。
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