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Execute.01:少年、ゼロの狭間に揺蕩う -Days of Lies-
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「それでシャーリィ、要件は?」
「また仕事だ、今度はSIAからの正式な任務。出来るか?」
「シャーリィの命令なら、俺は大概のことには従うさ」
本題に入り、シャーリィの確認めいた問いかけに零士がニヤリと笑いながら頷くと。シャーリィは同じく不敵な笑みを湛えながら「結構」と満足げに頷き返してきた。
「なら、君は了承したってコトで。話を進めさせて貰うよ」
封を切った新しい煙草の箱からマールボロ・ライトを一本取り出し、口に咥えたそれにジッポーで火を付けてから。シャーリィは、件の任務とやらの詳細について話し始めた。
「三日後、君にはフランス……パリに出向いて貰うことになる」
「パリ、か。知らない街じゃない」と、零士。「それで、俺に何をしろと?」
「資産家のジルベール・シャンペーニュが今日から五日後、自分の大邸宅で大きなパーティを開くそうなんだ。君にはそこに潜入して貰う」
「潜入して、その後は?」
まあ焦るな、とシャーリィは零士を宥め、口から離した煙草の灰を、デスクの上にある灰皿でトントン、と叩いて落とした。咥え直し、一息ついてから。それからシャーリィは言葉を続けていく。
「ターゲットは、ジルベール・シャンペーニュと他にもう一人。パーティに招待された賓客の一人、傭兵のベアトリス・ブランシャールだ。君には会場に潜入し、この二人の抹殺をして貰いたいんだ」
「資産家と傭兵、か」
零士は小さく息をつき、小さく瞬きをする。「キナ臭い組み合わせだ」
「ま、その通りだね。ベアトリス・ブランシャールはシャンペーニュの資金援助を受けて、どうやら東欧で大規模なテロ活動を画策しているらしいんだ。目的は東欧情勢の混乱と、それに乗じたシャンペーニュが、ビジネスで莫大な利益を上げるってところだろうね。シャンペーニュには、リスクに見合っただけの儲けを出す算段がある」
「面倒な話だ、政治の話題はよそでやってくれ」
「別に、政治の話をしようってワケじゃないさ」
参った顔の零士が呟いた冗談っぽい言葉に、シャーリィが苦笑いで返す。
「……サイファー、君にはこれを阻止して貰いたいんだ。いたずらに情勢の混乱を招くようなことは、赦されないんだ。SIAが存在する限り、決してね」
途端に顔色をシリアスな色に切り替えて。神北学園の養護教諭兼・英語教師としてでなく、SIAの上級担当官としてのモノに切り替えてシャーリィが言うものだから、零士の方もその表情を今までのモノから、サイファーとしての深刻な色に切り替えるしかない。
――――先に述べた通り、SIAの存在意義はただひとつ、世界の微妙な均衡を保つパワーバランスの維持にあるのだ。今回のターゲットである資産家ジルベール・シャンペーニュと、そして傭兵ベアトリス・ブランシャール。この二人がしようとしていることは、確実にそれを崩す行為だ。
故に、SIAが動く。故に、最強のエージェントである椿零士、サイファーに任務が下されるのだ。微妙なバランスの元で成り立っているこの世界の安穏とした均衡を、たった二人のくだらないビジネス・チャンスの為に崩壊させられるようなことは、あってはならないのだ。
「パーティ会場だけれど、ブランシャールが連れてくると予想される少数の傭兵と、後はイギリス系の民間軍事企業、グローバル・ディフェンス社が大々的に警備を固めるそうだ。セキュリティがかなり厳重になるのは、想像に難くないね」
シャーリィの言葉通りだとしたら、これは厄介極まりないことだ。
実戦慣れした荒くれ者の傭兵は元より、民間軍事企業グローバル・ディフェンス社の警備員が会場警備を担うというのも、中々に笑えない。高度な訓練を受けた連中が、まず間違いなく帯銃した状態で警備に付くのだとしたら、潜入するだけでもかなり骨が折れそうだ。何だか、零士は一等大きな溜息をつきたい気分になっていた。
「二人をどう始末するかは、サイファー。その方法に関しては君に一任する。バックアップの情報支援要員でミリィ・レイスも君に付けるよ。君と同じ日に、現地入りする手筈だ」
「ミリィ・レイスか」零士はその名を聞いた途端、フッと表情を明るくさせた。「それは心強い」
ミリィ・レイス。これもまたシャーリィが個人的に利用している外注相手の一人で、ウィザード級の腕前を持つハッキングと情報偽装のプロフェッショナルだ。
少女のようなあどけない外見だが紛れもなく天才の内に数えられる一人で。彼女に敵う者はSIA内部ですら存在しないというほどの腕前だ。零士も度々彼女と組む機会があったが、ミリィ・レイスが後方支援に着くほど安心出来る状況を、零士は他に知らない。それほどまでの実力者なのだ、噂の彼女は。
「……それと、サイファー。今回は君に一人、協力者を用意しておいた」
と、零士が喜ぶのも束の間。シャーリィはそう、あまりに唐突な……それでいて、突拍子もないことを零士に向かって口にする。
「協力者?」
怪訝そうに首を傾げ、零士が訊き返すと。するとシャーリィは「ああ」と頷き返してくる。
「詳しいことは、現地に着いてからだ。今回の任務は、二人で協力して当たってくれたまえ」
そんなシャーリィの、何処か歯切れの悪い言葉に零士は「了解だ」と短く頷き。そして、座っていた丸椅子にもう一度、深々と座り直した。
――――また、次の任務が始まる。世界の均衡を人知れず、その裏側から護る為の任務が。
きっと、今回もまた長い欠席期間になるだろう。今度は小雪になんて言い訳をするべきだろうか。まず間違いなく問い詰めてくるに違いない。適当なカヴァー・ストーリーも用意しておかねば、小雪になんてドヤされるか分からないのだから……。
そんなことを思いつつも、しかし零士の意識は既に此処には無く。彼の意識は、もう遠く離れたパリの地に向いていた。
「これが、協力者の資料だよ」
そして、零士はシャーリィからA4サイズの茶封筒を手渡される。この中に協力者とやらの資料が入っているのだろう。一体全体、どんな奴なのだろうか……。
「彼女……ノエル・アジャーニのコードネームを教えておく」
そうして零士が、受け取ったその茶封筒の中身を検めようとした時だった。シャーリィの口から、零士にとって耳を疑うようなワードが飛び出してきたのは。
「――ミラージュ、それが彼女のコードネームだ」
――――ミラージュ。
「っ……!?!?」
その名を、もう二度と聞くはずのなかった、蜃気楼を意味するその、失われたはずの名を聞けば。驚愕に眼を見開いた零士は衝撃と動揺のあまり、手にしていた封筒を取り落としてしまう。
床に落ちた封筒から、ひらりと一枚の写真が飛び出し、宙を舞い踊った。短いプラチナ・ブロンドの髪と、アイオライトみたいに深い蒼をした双眸を湛えた、そんな彼女が。ミラージュのコードネームを持つ彼女の顔を写し撮った、その写真が。
(Execute.01『少年、ゼロの狭間に揺蕩う -Days of Lies-』完)
「また仕事だ、今度はSIAからの正式な任務。出来るか?」
「シャーリィの命令なら、俺は大概のことには従うさ」
本題に入り、シャーリィの確認めいた問いかけに零士がニヤリと笑いながら頷くと。シャーリィは同じく不敵な笑みを湛えながら「結構」と満足げに頷き返してきた。
「なら、君は了承したってコトで。話を進めさせて貰うよ」
封を切った新しい煙草の箱からマールボロ・ライトを一本取り出し、口に咥えたそれにジッポーで火を付けてから。シャーリィは、件の任務とやらの詳細について話し始めた。
「三日後、君にはフランス……パリに出向いて貰うことになる」
「パリ、か。知らない街じゃない」と、零士。「それで、俺に何をしろと?」
「資産家のジルベール・シャンペーニュが今日から五日後、自分の大邸宅で大きなパーティを開くそうなんだ。君にはそこに潜入して貰う」
「潜入して、その後は?」
まあ焦るな、とシャーリィは零士を宥め、口から離した煙草の灰を、デスクの上にある灰皿でトントン、と叩いて落とした。咥え直し、一息ついてから。それからシャーリィは言葉を続けていく。
「ターゲットは、ジルベール・シャンペーニュと他にもう一人。パーティに招待された賓客の一人、傭兵のベアトリス・ブランシャールだ。君には会場に潜入し、この二人の抹殺をして貰いたいんだ」
「資産家と傭兵、か」
零士は小さく息をつき、小さく瞬きをする。「キナ臭い組み合わせだ」
「ま、その通りだね。ベアトリス・ブランシャールはシャンペーニュの資金援助を受けて、どうやら東欧で大規模なテロ活動を画策しているらしいんだ。目的は東欧情勢の混乱と、それに乗じたシャンペーニュが、ビジネスで莫大な利益を上げるってところだろうね。シャンペーニュには、リスクに見合っただけの儲けを出す算段がある」
「面倒な話だ、政治の話題はよそでやってくれ」
「別に、政治の話をしようってワケじゃないさ」
参った顔の零士が呟いた冗談っぽい言葉に、シャーリィが苦笑いで返す。
「……サイファー、君にはこれを阻止して貰いたいんだ。いたずらに情勢の混乱を招くようなことは、赦されないんだ。SIAが存在する限り、決してね」
途端に顔色をシリアスな色に切り替えて。神北学園の養護教諭兼・英語教師としてでなく、SIAの上級担当官としてのモノに切り替えてシャーリィが言うものだから、零士の方もその表情を今までのモノから、サイファーとしての深刻な色に切り替えるしかない。
――――先に述べた通り、SIAの存在意義はただひとつ、世界の微妙な均衡を保つパワーバランスの維持にあるのだ。今回のターゲットである資産家ジルベール・シャンペーニュと、そして傭兵ベアトリス・ブランシャール。この二人がしようとしていることは、確実にそれを崩す行為だ。
故に、SIAが動く。故に、最強のエージェントである椿零士、サイファーに任務が下されるのだ。微妙なバランスの元で成り立っているこの世界の安穏とした均衡を、たった二人のくだらないビジネス・チャンスの為に崩壊させられるようなことは、あってはならないのだ。
「パーティ会場だけれど、ブランシャールが連れてくると予想される少数の傭兵と、後はイギリス系の民間軍事企業、グローバル・ディフェンス社が大々的に警備を固めるそうだ。セキュリティがかなり厳重になるのは、想像に難くないね」
シャーリィの言葉通りだとしたら、これは厄介極まりないことだ。
実戦慣れした荒くれ者の傭兵は元より、民間軍事企業グローバル・ディフェンス社の警備員が会場警備を担うというのも、中々に笑えない。高度な訓練を受けた連中が、まず間違いなく帯銃した状態で警備に付くのだとしたら、潜入するだけでもかなり骨が折れそうだ。何だか、零士は一等大きな溜息をつきたい気分になっていた。
「二人をどう始末するかは、サイファー。その方法に関しては君に一任する。バックアップの情報支援要員でミリィ・レイスも君に付けるよ。君と同じ日に、現地入りする手筈だ」
「ミリィ・レイスか」零士はその名を聞いた途端、フッと表情を明るくさせた。「それは心強い」
ミリィ・レイス。これもまたシャーリィが個人的に利用している外注相手の一人で、ウィザード級の腕前を持つハッキングと情報偽装のプロフェッショナルだ。
少女のようなあどけない外見だが紛れもなく天才の内に数えられる一人で。彼女に敵う者はSIA内部ですら存在しないというほどの腕前だ。零士も度々彼女と組む機会があったが、ミリィ・レイスが後方支援に着くほど安心出来る状況を、零士は他に知らない。それほどまでの実力者なのだ、噂の彼女は。
「……それと、サイファー。今回は君に一人、協力者を用意しておいた」
と、零士が喜ぶのも束の間。シャーリィはそう、あまりに唐突な……それでいて、突拍子もないことを零士に向かって口にする。
「協力者?」
怪訝そうに首を傾げ、零士が訊き返すと。するとシャーリィは「ああ」と頷き返してくる。
「詳しいことは、現地に着いてからだ。今回の任務は、二人で協力して当たってくれたまえ」
そんなシャーリィの、何処か歯切れの悪い言葉に零士は「了解だ」と短く頷き。そして、座っていた丸椅子にもう一度、深々と座り直した。
――――また、次の任務が始まる。世界の均衡を人知れず、その裏側から護る為の任務が。
きっと、今回もまた長い欠席期間になるだろう。今度は小雪になんて言い訳をするべきだろうか。まず間違いなく問い詰めてくるに違いない。適当なカヴァー・ストーリーも用意しておかねば、小雪になんてドヤされるか分からないのだから……。
そんなことを思いつつも、しかし零士の意識は既に此処には無く。彼の意識は、もう遠く離れたパリの地に向いていた。
「これが、協力者の資料だよ」
そして、零士はシャーリィからA4サイズの茶封筒を手渡される。この中に協力者とやらの資料が入っているのだろう。一体全体、どんな奴なのだろうか……。
「彼女……ノエル・アジャーニのコードネームを教えておく」
そうして零士が、受け取ったその茶封筒の中身を検めようとした時だった。シャーリィの口から、零士にとって耳を疑うようなワードが飛び出してきたのは。
「――ミラージュ、それが彼女のコードネームだ」
――――ミラージュ。
「っ……!?!?」
その名を、もう二度と聞くはずのなかった、蜃気楼を意味するその、失われたはずの名を聞けば。驚愕に眼を見開いた零士は衝撃と動揺のあまり、手にしていた封筒を取り落としてしまう。
床に落ちた封筒から、ひらりと一枚の写真が飛び出し、宙を舞い踊った。短いプラチナ・ブロンドの髪と、アイオライトみたいに深い蒼をした双眸を湛えた、そんな彼女が。ミラージュのコードネームを持つ彼女の顔を写し撮った、その写真が。
(Execute.01『少年、ゼロの狭間に揺蕩う -Days of Lies-』完)
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