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Execute.01:少年、ゼロの狭間に揺蕩う -Days of Lies-
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朝焼けに包まれた街の中を右へ左へと旋回し、渋滞に喘ぐ車の群れを軽快にすり抜けて。出発から一〇分ほどの時間を要すれば、小雪の家に零士は到着していた。
彼女の家も、二階建ての一軒家だ。カーポートの付いた駐車場には蒼いBMW・540iのセダンが停まっているが、まだ一台分の余裕はある。きっといつかはあの場所に、小雪が意地でも買うだろうGT-Rが眠ることになるのだろうか。もし機会があれば、いつかそんな光景を見てみたいような気持ちに零士は駆られていた。
「……ちょいと早すぎたか」
とまあ、こんな風に呑気に眺めていられる程度には、到着があまりに早すぎたのだ。いつもなら一五分ぐらいは時間が掛かるところを、今日に限ってVT250Fの方も気分が乗ったのか調子がすこぶる良く、普段より五分も早く小雪の家に到着してしまったのだ。
当然、小雪が家の前で待っているはずも無く。零士は玄関先にアイドリング状態で停めたVT250Fの傍に寄りかかったまま、ヘルメットも脱いで腕組みをし小雪を待っているといった感じだった。これでも半年前の最短記録、僅か五分三〇秒という意味不明なタイムよりは常識的な時間なのだから、色んな意味で笑えない。
「あら、零士くんってば今日は早いのね」
とすれば、玄関先で奏でられるVT250Fの時代錯誤なアイドリング・サウンドで気付いたのか、玄関から小雪の母親が顔を出してきた。
零士は「あ、どうも」と小さくお辞儀をする。とすれば小雪の母親は「うふふ」と小さく笑って、
「小雪なら、もうすぐ出てくるから。悪いけど零士くん、もう少しだけ待っててね?」
「大丈夫ですよ、今日は俺の方が早く着き過ぎましたんで」
「相変わらず落ち着いてるのね、零士くん。……じゃあ、今日も娘をよろしくお願いね?」
「分かりました、責任を持って俺が学園まで送り届けますよ」
「うふふ、零士くんなら安心だわ」
こんな取り留めの無い会話を交わした後に、微笑みを残して小雪の母親は引っ込んでいった。閉じられた扉の向こうに姿が見えなくなると、零士はやれやれと肩を竦める。親にまでこうも気に入られてしまっては、何だか色んな意味で小雪に申し訳なくなってくる。
「何ていうか、俺らしくもなく下手を打ったもんだ」
自嘲するが、あの時期に小雪と出逢ったことで、彼女に色んな意味で救われたのもまた事実だ。色々とあって憔悴していたあの時期の零士は、確かに小雪の明るさと脳天気さに救われたのだ。
それを思えば、この出逢いにも無駄は無かったのかもしれないと思えてくる。彼女には、現在進行形でかなり悪いことをしていると思いつつも……。
「――っとぉ、おっまたせー! やっほー零士、おはよーっ! 待った?」
なんてことを考えていれば、ガチャッと忙しなく玄関扉が開いて。そこから飛び出してきた制服姿の小雪が、今日も今日とて開口一番から脳天気な挨拶を叩き付けてきた。
「待ったよ、待った」そんな小雪に、零士が微かに微笑みながらで言う。「待ったけど、今日は俺が早く着きすぎただけだ」
「ふふーん、今日はブイちゃん調子よかったんだねぇ」
駆け寄ってきた小雪が、零士の寄りかかるVT250Fの黒い肌を撫でながら奇妙なことを言うもので、零士は思わず「ブイちゃん?」と困惑気味の顔で訊き返してしまう。
「うん、この子の名前。あれ、零士には言ってなかったっけ?」
「……君とコイツも長い付き合いだけど、今初めて聞いたぞそれは」
「ありゃりゃ、結構初めの方からそう呼んでたんだけどな」
「ヒトのマシーンに変な名前を、それも勝手に付ける奴があるか……」
全力で呆れながらも、零士は傍らに置いておいたヘルメットを「ほれ」と小雪に投げ渡してやる。
「うおっとっと!」
慌てて、何回か取り落としそうになりながらで小雪はヘルメットを受け取り、「よいしょー!」と元気よくそれを被った。阿呆っぽい仕草に零士は笑いながら、同様にフルフェイスのヘルメットを被る。
「ほら、乗れよ」
「はいはい、お邪魔しますよーっと」
零士が跨がり、その後ろに小雪がタンデムで跨がる。スロットルを煽れば、何だかVT250F――小雪曰く"ブイちゃん"――の機嫌がさっきより良さそうなのは、錯覚だと思いたい。
「この色ボケ糞バイクめ、フレームだけにひん剥いてやろうか」
そんな相棒にボソッと悪口を言えば、微かに聞きつけた小雪が「んー? 零士なんか言ったー?」と問いかけてくる。それに零士は「何でもない」と返して、ヘルメットのバイザーを下ろした。
「それより小雪、しっかり捕まってろよ。振り落とされないでくれよ? 俺がママさんに殺される」
「はいはーい、分かってるよそれぐらい」
「そいじゃあ、行くぜ……!」
何度かの空吹かしの後、零士は転倒防止のスタンドを蹴っ飛ばし。そしてまたタイヤを軽く鳴らしながら、猛然とした勢いで漆黒のVT250Fを発進させた。
「行ってきまーすっ!」
「はーい、行ってらっしゃーい」
振り向く小雪の声と、見送りに出てきた彼女の母親の声が重なり、加速度的に遠くなっていく。
「えへへ、今日もよろしくぅ」
ぎゅっと腰に手を回し、背中に頬ずりをしてくる小雪を背中に乗せ、学園を目指し朝っぱらから風を切って疾る。零士にとっての、そして小雪にとっての、日常に溶け込んだ、あまりにありふれたワンシーンだった。
彼女の家も、二階建ての一軒家だ。カーポートの付いた駐車場には蒼いBMW・540iのセダンが停まっているが、まだ一台分の余裕はある。きっといつかはあの場所に、小雪が意地でも買うだろうGT-Rが眠ることになるのだろうか。もし機会があれば、いつかそんな光景を見てみたいような気持ちに零士は駆られていた。
「……ちょいと早すぎたか」
とまあ、こんな風に呑気に眺めていられる程度には、到着があまりに早すぎたのだ。いつもなら一五分ぐらいは時間が掛かるところを、今日に限ってVT250Fの方も気分が乗ったのか調子がすこぶる良く、普段より五分も早く小雪の家に到着してしまったのだ。
当然、小雪が家の前で待っているはずも無く。零士は玄関先にアイドリング状態で停めたVT250Fの傍に寄りかかったまま、ヘルメットも脱いで腕組みをし小雪を待っているといった感じだった。これでも半年前の最短記録、僅か五分三〇秒という意味不明なタイムよりは常識的な時間なのだから、色んな意味で笑えない。
「あら、零士くんってば今日は早いのね」
とすれば、玄関先で奏でられるVT250Fの時代錯誤なアイドリング・サウンドで気付いたのか、玄関から小雪の母親が顔を出してきた。
零士は「あ、どうも」と小さくお辞儀をする。とすれば小雪の母親は「うふふ」と小さく笑って、
「小雪なら、もうすぐ出てくるから。悪いけど零士くん、もう少しだけ待っててね?」
「大丈夫ですよ、今日は俺の方が早く着き過ぎましたんで」
「相変わらず落ち着いてるのね、零士くん。……じゃあ、今日も娘をよろしくお願いね?」
「分かりました、責任を持って俺が学園まで送り届けますよ」
「うふふ、零士くんなら安心だわ」
こんな取り留めの無い会話を交わした後に、微笑みを残して小雪の母親は引っ込んでいった。閉じられた扉の向こうに姿が見えなくなると、零士はやれやれと肩を竦める。親にまでこうも気に入られてしまっては、何だか色んな意味で小雪に申し訳なくなってくる。
「何ていうか、俺らしくもなく下手を打ったもんだ」
自嘲するが、あの時期に小雪と出逢ったことで、彼女に色んな意味で救われたのもまた事実だ。色々とあって憔悴していたあの時期の零士は、確かに小雪の明るさと脳天気さに救われたのだ。
それを思えば、この出逢いにも無駄は無かったのかもしれないと思えてくる。彼女には、現在進行形でかなり悪いことをしていると思いつつも……。
「――っとぉ、おっまたせー! やっほー零士、おはよーっ! 待った?」
なんてことを考えていれば、ガチャッと忙しなく玄関扉が開いて。そこから飛び出してきた制服姿の小雪が、今日も今日とて開口一番から脳天気な挨拶を叩き付けてきた。
「待ったよ、待った」そんな小雪に、零士が微かに微笑みながらで言う。「待ったけど、今日は俺が早く着きすぎただけだ」
「ふふーん、今日はブイちゃん調子よかったんだねぇ」
駆け寄ってきた小雪が、零士の寄りかかるVT250Fの黒い肌を撫でながら奇妙なことを言うもので、零士は思わず「ブイちゃん?」と困惑気味の顔で訊き返してしまう。
「うん、この子の名前。あれ、零士には言ってなかったっけ?」
「……君とコイツも長い付き合いだけど、今初めて聞いたぞそれは」
「ありゃりゃ、結構初めの方からそう呼んでたんだけどな」
「ヒトのマシーンに変な名前を、それも勝手に付ける奴があるか……」
全力で呆れながらも、零士は傍らに置いておいたヘルメットを「ほれ」と小雪に投げ渡してやる。
「うおっとっと!」
慌てて、何回か取り落としそうになりながらで小雪はヘルメットを受け取り、「よいしょー!」と元気よくそれを被った。阿呆っぽい仕草に零士は笑いながら、同様にフルフェイスのヘルメットを被る。
「ほら、乗れよ」
「はいはい、お邪魔しますよーっと」
零士が跨がり、その後ろに小雪がタンデムで跨がる。スロットルを煽れば、何だかVT250F――小雪曰く"ブイちゃん"――の機嫌がさっきより良さそうなのは、錯覚だと思いたい。
「この色ボケ糞バイクめ、フレームだけにひん剥いてやろうか」
そんな相棒にボソッと悪口を言えば、微かに聞きつけた小雪が「んー? 零士なんか言ったー?」と問いかけてくる。それに零士は「何でもない」と返して、ヘルメットのバイザーを下ろした。
「それより小雪、しっかり捕まってろよ。振り落とされないでくれよ? 俺がママさんに殺される」
「はいはーい、分かってるよそれぐらい」
「そいじゃあ、行くぜ……!」
何度かの空吹かしの後、零士は転倒防止のスタンドを蹴っ飛ばし。そしてまたタイヤを軽く鳴らしながら、猛然とした勢いで漆黒のVT250Fを発進させた。
「行ってきまーすっ!」
「はーい、行ってらっしゃーい」
振り向く小雪の声と、見送りに出てきた彼女の母親の声が重なり、加速度的に遠くなっていく。
「えへへ、今日もよろしくぅ」
ぎゅっと腰に手を回し、背中に頬ずりをしてくる小雪を背中に乗せ、学園を目指し朝っぱらから風を切って疾る。零士にとっての、そして小雪にとっての、日常に溶け込んだ、あまりにありふれたワンシーンだった。
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