エージェント・サイファー

黒陽 光

文字の大きさ
上 下
11 / 88
Execute.01:少年、ゼロの狭間に揺蕩う -Days of Lies-

/01-10

しおりを挟む
 翌日、零士はカーテンの隙間から差し込む朝の眩しい日差しにいざなわれ、横たわっていたベッドの上で眼を覚ました。
「ん……」
 徐々に意識が覚醒していく中、しかし半分はまだ眠りのまどろみに包まれていて。そんな寝起きの心地良さと起床の気怠さが同居する不思議な感覚の中、零士はゆっくりとベッドの上で身体を起こした。
 半裸の身体が起きて、ベッドの上で露わになる。カッチリと絞られた無駄のない、しかし確かに存在感を主張する、筋肉の張り詰めた肢体。そこには刀傷や弾痕など、幾つもの生々しい傷跡が刻まれていて、零士が今までに経験し潜り抜けてきた激しい修羅場の数々を暗黙の内に示していた。傷跡は割に目立たないものの、プール実習の度にどう言い訳して良いものか悩む程度には浮き上がっている。
「…………」
 そうして上体を起こした格好のまま、零士はスッと指先で左眼の辺りに触れた。そこに刻まれた、一条の傷跡に。
 この傷跡は、零士にとっての喪ったことへの罪の証であり、そして誓った復讐の象徴でもあった。二度と引き返せない、いや引き返さないと誓った、茨の道の道標。指でそっと触れるこの左眼の傷跡こそ、今の彼を椿零士……いや、サイファーたらしめる唯一無二の聖痕スティグマに他ならない。
「っと、それより何時だ……?」
 上体をベッドの上に起こした格好のまま、零士はベッドサイドに置いてあったデジタル時計を見る。時刻は午前六時半をちょっと過ぎたぐらい。まだまだ学園の登校時刻までは余裕があるといった頃合いだった。
 とにもかくにも、今日は何故だか寝汗が酷い。零士は半裸の格好のままでベッドを降りると、そのまま寝室を出て一階まで降りた。
 冷蔵庫から取り出した、ギンギンに冷えたミネラルウォーターでとりあえず喉を潤し。その後で浴室に入り、シャワーを浴び寝汗を流す。どうにもこの、肌に張り付く汗の感触が気に入らなくて。こうして起床の度にシャワーを浴びるのが、零士にとっての半ば習慣のようなものだった。
 そうしてシャワーを浴び、ほんのりと上気した身体でリビングに戻ると。ダイニング・テーブルに置きっ放しだった私物のスマートフォンに丁度着信が入り、プルプルとバイブレーションで震えているのが眼に留まった。
 ディスプレイを一瞥すれば、電話を掛けてきた相手は小雪だった。大方の要件を察しつつ、やれやれと肩を竦めた零士はスマートフォンを左耳に当て、電話を取る。
『おはよー零士、今忙しい?』
「ああ忙しい、だから切るぞ」
『そんな殺生なーっ!!』
 と、呑気な声音の小雪と半ば恒例となったやり取りをしつつ。零士はテーブル近くの椅子に漸うと腰掛け、ひとまずは小雪の話を聞いてやることにした。
「で、要件はまたいつもの通りか?」
『そそ。八時過ぎぐらいにさ、またウチまで迎えに来てよ』
「毎度毎度言ってるけどさ、君は俺をタクシーか何かと勘違いしてるんじゃないのか?」
『ぶー、良いじゃん減るもんじゃないし』
「いいや、減るね。ガソリンが減る」
『どうせ殆ど通り道だからって、言い出したのは零士の方じゃないのさー!』
「今日は気が乗らない、どうしてもって言うなら一キロ千円だ」
『暴利吹っ掛けすぎでしょ!?』
「冗談だよ、冗談。……八時過ぎにそっちな、分かったよ小雪。迎えに行くから、家の前で待ってろ」
『もう、零士はホントに素直じゃないんだから。……おっけー、待ってるから。ちゃんと来てよね?』
「約束はキッチリ守るのが俺の良いトコだからな、特に女の子との約束はさ」
『はいはい、分かった分かった。それじゃあね零士、頼んだよー』
「頼まれたよ」
 とまあ、こんな具合だ。零士は呆れ気味に小さく溜息をついて、電話の切れたスマートフォンをテーブルの上に放った。
 零士がVT250Fのオートバイで通学している関係上、こうして便乗する小雪に送迎をさせられるのは、まあいつものことだ。この間のように放課後に連れ出された時だって、あの時はシャーリィから仕事が来たからああなってしまったが、普段ならあのまま家まで送らされているのだ。その関係で小雪の親御さんと妙に親しくなってしまっているのは、まあ零士の立場からすれば結構複雑なのだが……。
 とにもかくにも、こんな感じで。今日も今日とて零士は小雪のタクシー代わりとして、彼女も一緒に乗せて学園に登校する羽目になってしまったというわけだ。
 幸いにして、まだ時刻は午前七時を回ったところ。まだまだ時間に余裕はある。零士は本でも読みながら、ゆっくりと朝食を摂ることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

蒼海の碧血録

三笠 陣
歴史・時代
 一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。  そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。  熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。  戦艦大和。  日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。  だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。  ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。 (本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。) ※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

処理中です...