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第五条:仕事対象に深入りはしない。
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「……しかし、"ワルキューレ計画"か」
少しの沈黙の後、何本目かというフィリップ・モーリスの煙草を吹かしながら小さく俯くミリィが、参ったような口振りで独り言のように呟いていた。
「そんなものが本当に存在するとしたら、世界の均衡はあっという間に崩れ去ってしまう。それどころか、使い方次第で大惨事が簡単に起こせてしまうじゃないか。核よりも手軽で恐ろしい。何てモノを作り出してくれたんだ、園崎優子とやらは…………」
「それが防衛省、いやこの国家システムが管理運用するってのなら、まだマシだったさ」
彼女の隣で同じく何本目かというマールボロ・ライトを吹かしつつ、ハリーが同じく独り言みたいに呟き返す。
「しかし、考えてもみろミリィ・レイス。それが国際的な巨大犯罪シンジケートに、"スタビリティ"の無法者どもの手に渡ることを考えてみろ」
「……裏社会どころじゃない、世界そのもののパワーバランスが確実に崩れ去ってしまう…………」
「そういうことよ」ハイライト・メンソールの煙草を燻らせながら、本気で困ったような顔で冴子が頷いた。
「だからこそ、何としてでも阻止せねばならないの。下手をすれば、地球上にある全ての国家が、いや全ての人間が"スタビリティ"に、あのロクでなしのユーリ・ヴァレンタインに頭を垂れることになってしまう」
そう言う冴子の瞳の色は、まるで懇願しているかのようだった。助けを求めているような、そんな瞳の色だった。
「……この件に関して、政府は何か動いてるのか?」
一応そうやってハリーが訊いてみると、やはりというべきか冴子は首を横に振る。
「秘密諜報機関に防衛省内部の諜報部隊、それに私たち公安も動いてはいるけれど……」
「まだ動けない、っていうワケか」
「ユーリ・ヴァレンタインの動きが早すぎたのよ。本当なら、貴方たち二人が襲撃される前にSATか、或いは陸自の特戦群。どうしようもなければ特務班ゼロを使ってでもユーリ・ヴァレンタインを排除する予定だったのよ……」
――――特務班ゼロ。
その名前は、ハリーも少しだけ耳にしたことがある。陸自内部に存在していると裏稼業たちの間でまことしやかに噂されている、存在するかどうかも定かでない秘密特殊部隊。非合法作戦すら平気でこなす、最強の部隊……。
そんな部隊までもが動く用意はされていたのだ。しかし誤算だったのは、ユーリ・ヴァレンタインの動きがあまりにも早すぎたこと。そして、彼の雇い入れた傭兵――特にジェフリー・ウェンこと"ウォードッグ"と、そしてクララ・ムラサメが優秀過ぎたことだ。
(国の連中は、もう頼りにならない)
とすれば、やるべきことはただひとつだけ――――。
「…………こうしちゃあ、いられないみたいだな」
決断し、覚悟を決め。半ばまで燃え尽きていたマールボロ・ライトの煙草を灰皿に押し付けながら、ハリーは傷だらけの身体でソファから立ち上がる。
「待って」
しかし、冴子がその背中を呼び止めた。
「それは、世界平和の為かしら?」
「さあな」
「この国の為?」
「さあな」
「それとも……彼女の為?」
「…………さあな」
最後の一言だけ、何故一瞬言い淀んでしまったのか。それは、ハリー自身にもまるで理解出来ぬことであった。
「ルール第五条、仕事対象に深入りはしない。――――晴彦、そうだったはずだけれど?」
しかし冴子はそんなハリーの、彼自身すら気付いていない奥の奥の本音まで見抜いているかのような口振りで、そんなことを言ってくる。
すると、ハリーはフッと自嘲するような笑みを浮かべ、そして冴子の方に振り返れば、こう言ってみせた。
「第六条だ」
「第六条?」
「ルール第六条、この五ヶ条を破らなければならなくなった時は――――」
ああ、まさか第六条を本気でやる羽目になるとはな。
「――――己の信ずる信条と正義に従い、確実に遂行せよ」
少しの沈黙の後、何本目かというフィリップ・モーリスの煙草を吹かしながら小さく俯くミリィが、参ったような口振りで独り言のように呟いていた。
「そんなものが本当に存在するとしたら、世界の均衡はあっという間に崩れ去ってしまう。それどころか、使い方次第で大惨事が簡単に起こせてしまうじゃないか。核よりも手軽で恐ろしい。何てモノを作り出してくれたんだ、園崎優子とやらは…………」
「それが防衛省、いやこの国家システムが管理運用するってのなら、まだマシだったさ」
彼女の隣で同じく何本目かというマールボロ・ライトを吹かしつつ、ハリーが同じく独り言みたいに呟き返す。
「しかし、考えてもみろミリィ・レイス。それが国際的な巨大犯罪シンジケートに、"スタビリティ"の無法者どもの手に渡ることを考えてみろ」
「……裏社会どころじゃない、世界そのもののパワーバランスが確実に崩れ去ってしまう…………」
「そういうことよ」ハイライト・メンソールの煙草を燻らせながら、本気で困ったような顔で冴子が頷いた。
「だからこそ、何としてでも阻止せねばならないの。下手をすれば、地球上にある全ての国家が、いや全ての人間が"スタビリティ"に、あのロクでなしのユーリ・ヴァレンタインに頭を垂れることになってしまう」
そう言う冴子の瞳の色は、まるで懇願しているかのようだった。助けを求めているような、そんな瞳の色だった。
「……この件に関して、政府は何か動いてるのか?」
一応そうやってハリーが訊いてみると、やはりというべきか冴子は首を横に振る。
「秘密諜報機関に防衛省内部の諜報部隊、それに私たち公安も動いてはいるけれど……」
「まだ動けない、っていうワケか」
「ユーリ・ヴァレンタインの動きが早すぎたのよ。本当なら、貴方たち二人が襲撃される前にSATか、或いは陸自の特戦群。どうしようもなければ特務班ゼロを使ってでもユーリ・ヴァレンタインを排除する予定だったのよ……」
――――特務班ゼロ。
その名前は、ハリーも少しだけ耳にしたことがある。陸自内部に存在していると裏稼業たちの間でまことしやかに噂されている、存在するかどうかも定かでない秘密特殊部隊。非合法作戦すら平気でこなす、最強の部隊……。
そんな部隊までもが動く用意はされていたのだ。しかし誤算だったのは、ユーリ・ヴァレンタインの動きがあまりにも早すぎたこと。そして、彼の雇い入れた傭兵――特にジェフリー・ウェンこと"ウォードッグ"と、そしてクララ・ムラサメが優秀過ぎたことだ。
(国の連中は、もう頼りにならない)
とすれば、やるべきことはただひとつだけ――――。
「…………こうしちゃあ、いられないみたいだな」
決断し、覚悟を決め。半ばまで燃え尽きていたマールボロ・ライトの煙草を灰皿に押し付けながら、ハリーは傷だらけの身体でソファから立ち上がる。
「待って」
しかし、冴子がその背中を呼び止めた。
「それは、世界平和の為かしら?」
「さあな」
「この国の為?」
「さあな」
「それとも……彼女の為?」
「…………さあな」
最後の一言だけ、何故一瞬言い淀んでしまったのか。それは、ハリー自身にもまるで理解出来ぬことであった。
「ルール第五条、仕事対象に深入りはしない。――――晴彦、そうだったはずだけれど?」
しかし冴子はそんなハリーの、彼自身すら気付いていない奥の奥の本音まで見抜いているかのような口振りで、そんなことを言ってくる。
すると、ハリーはフッと自嘲するような笑みを浮かべ、そして冴子の方に振り返れば、こう言ってみせた。
「第六条だ」
「第六条?」
「ルール第六条、この五ヶ条を破らなければならなくなった時は――――」
ああ、まさか第六条を本気でやる羽目になるとはな。
「――――己の信ずる信条と正義に従い、確実に遂行せよ」
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