SIX RULES

黒陽 光

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第四条:深追いはしない。

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「……クララ」
 己と相対する、ゴシック・ロリータじみた軽く動きやすい出で立ちで現れた小柄な少女のような彼女――――頭の後ろで結ったすみれ色の小さな尾を靡かせるクララ・ムラサメの名を、ハリーは苦々しい顔で呟いた。
(やっぱり、やって来たか……!)
 彼女があのアウディを運転していた時点で、クララの登場は半ば予測出来ていたことでもある。尤も、出来ることなら現れて欲しくはなかったが。
 しかし現実として、彼女は今こうして此処に、ハリーの目の前に立っている。そして彼女は今や敵側に付く立場であり、ともすれば導き出される回答は一つだけ。
 …………彼女が、クララ・ムラサメが今、己にとっての明確な敵として現れたということだ。
「……アンタほどが、何でまた"スタビリティ"に着いたりした?」
 小さく目配せをして和葉を逃がしながら、じりじりと摺り足で少しずつ移動しつつ、時間を稼ぐみたいにハリーは引き延ばしを図り、そんなことを言う。
「仕事だからね」
 すると、クララは小さな溜息を交えながら、大袈裟に肩なんか竦めてみせながら、ハリーの問いかけへ律儀にも回答を示す。
「仕方ないよ、こればかりは。……正直言って"スタビリティ"の、ユーリ・ヴァレンタインのやり方には嫌気が差してきてる所ではあるけれど」
「なら……!」
 "スタビリティ"のやり方に、嫌気が差してきている。
 そんなクララの言い草に一抹の望みを賭けたハリーだったが、しかし瞼を伏せたクララは俯き気味に小さく首を横に振ることで、彼の儚い望みをあっさりと否定した。
「でも、仕事は仕事だ。ルール第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ。
 ――――懐かしいよね、ハリー?」
 左眼の瞼だけをそっと開きながら、まるでウィンクでも投げ掛けてくるみたいにクララは言う。
「……そうか」ハリーが落胆したように肩を竦める。
「こればかりは、どうしようもないことだ。君は僕の敵で、そして僕は君にとって敵対する立場に雇われてしまった。だったら、これ以上の問答は不要。そうじゃないかな、ハリー?」
「その通り、かもな」
 こうなってしまえば、交渉は決裂。いや、最初から交渉の余地なんて無かったのだ。ハリーもクララも、互いに殺しのプロフェッショナルとして生きてきた闇の拳銃稼業の人間。信用第一の稼業である以上、お互いおいそれと雇い主を裏切ることなんて出来やしないのだ。それこそ、よっぽど嫌気が差さない限りは……。
「……でも、残念だよ」
 本当に、心の底から残念そうにクララは呟きながら、ゴスロリめいたワンピース衣装の右腰より小さな拳銃を抜き放つ。
 美しい曲線を描くそれはイタリア製、ベレッタのモデル70"ピューマ"。ポピュラーな92FSよりずっと前の古いモデルではあるが、昔からクララが好きな一挺だった。弾は9mmショート(別名9mmクルツ、或いは.380ACP)の小振りな奴を弾倉に七発装填出来る。お世辞にも強力とは言えないほどに非力な小型拳銃だが、しかしクララの腕前を以てすれば、超強力な.50口径のデザート・イーグルよりも脅威だ……。
「いつか、君とこうなるとは思っていた」
 そのベレッタ・ピューマのスライドを華奢な左手でカシャリ、と優雅に引き、呟くような言葉を紡ぎ出しながらでクララが9mmショートの初弾をベレッタ・ピューマの薬室に叩き込む。
「お互いにこんな後ろ暗い稼業である以上、いつかはこうして、君と僕とで殺し合う運命さだめにあるとは思っていた」
 まるで独り言のように呟きながら、そしてクララは右腕一本でベレッタ・ピューマを構え、その銃口をハリーに向ける。
「でも、いざこうしてそのときが来てしまえば、本当に哀しいものだね。手塩に掛けた弟子を、心の底から愛したはずの君を、こうして殺さなきゃならなくなるんだから。直に、僕自身の手で」
「……なら、殺さなきゃいい」
 言い返しながら、ハリーもまたUSPコンパクトを構え直した。そうしながら、先程投げ捨てた二挺のベレッタ・92FSが転がる位置をチラリと眼で見て確かめる。幸いにしてまだ92FS用の予備弾倉は残っているから、拾えば起死回生の一手にはなりそうだ……。
「そうはいかないよ、残念だけれどね」
 そんなハリーの策に気付いてか気付かずか、そのままクララはベレッタ・ピューマを構えたまま、彼の言った言葉を否定した。
「僕もプロ、君もプロ。よっぽどが無い限り、契約不履行というワケにはいかない。ルール第二条――――」
「「――――仕事は正確に、完璧に遂行せよ」」
 敢えて言葉を上被せにしながらハリーが言ってやれば、クララは楽しそうに、しかし疲れたような顔でクスッとほんの少しだけ微笑む。
「……そういうことだ」
「どうすることも出来ない、ってワケか」
「そうだね、とても哀しいことだけれど」
 クララは一瞬だけ眼を伏せ、そしてキッと眼の色を変えてベレッタ・ピューマを構え直した。何処か哀しむような声音のまま、瞳の奥に哀しさを滲ませながら。
「こうなってしまえば、もうお互いどうしようも無いんだ。ならせめて、人生最高の殺し合いを演じよう。弟子の君と師匠の僕で、僕らの人生でこれ以上は無いほどに、最高の殺し合いを!」
「ッ……!!」
「さあ踊ろうよ、二人で! この教会を二人だけのダンス・ホールにしてしまうんだ! 最高のステージで踊り明かすとしよう、ハリー・ムラサメ――――!!」
 銃声の二重奏が鐘の音のように響き渡り、そして師と弟子、二人だけの戦いが始まる。平和を模ったような白い鳩たちと彼らの羽が舞い落ちる、この教会の中で。
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