SIX RULES

黒陽 光

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第四条:深追いはしない。

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「そういえば、恋人は居るの?」
「逆に訊くが、居るような稼業に見えるか?」
「あー……」
「そう言う君はどうなんだ、和葉」
「何なら、今度は私の方から訊くけど?」
「……悪かったよ、変なコト訊いて」
 結局、その後も話題をズルズルと別方向へ逸らしながら、ハリーは和葉と延々話す羽目になっていた。手持ち無沙汰ではアレなのでと何かと作業をしながらだったから、既にUSPコンパクトの整備は終わり。そんでもって、今はキッチンで愛用のナイフ――ベンチメイド・9050AFO――を砥石で研ぎ終えた所だ。
「そういえばさ、また話は変わっちゃうんだけれど」
 と、研ぎ終えたナイフのブレードに付いた水滴をハリーが拭っていると、今度は和葉が全く別の話題を吹っ掛けてくる。
「この間から、ルール第何条とか口癖みたいに言ってるじゃない?」
「? ああ」ナイフのブレードを畳みジーンズの左ポケットに仕舞いながら、デスクに戻りつつハリーが反応する。
「アレって、確か第六条まであるんだっけ?」
「まあ、そうだな」
 和葉に頷きながら、いい加減紫煙が恋しくなってきたハリーはデスクの上に置いてあるマールボロ・ライトの箱に手を伸ばす。椅子に座り、両脚をデスクの上へ投げ出しながら口に咥えた奴にジッポーで火を点け、燻らせる紫煙を肺に吸い込めば、ふぅ、と上下する肩と共に小さな息が漏れた。
「折角だし、教えてくれない?」
 そんなハリーを相変わらずソファに寝転がったまま見上げる和葉に問われて、ハリーは「まあ、良いだろう」と頷けば、煙草を咥えたまま一つずつ例のルールを列挙していってやった。
 ――――殺し屋、ハリー・ムラサメの胸には、己を戒める為の六つのルールが存在する。
 第一条、時間厳守。
 第二条、仕事は正確に、完璧に遂行せよ。
 第三条、依頼内容と逸脱する仕事はしない。
 第四条、深追いはしない。
 第五条、仕事対象に深入りはしない。
 そして――――。
「……それで、第六条は?」
 一瞬だけ言い淀んだハリーを急かすように、興味津々といった具合に和葉が食い気味で訊いてくる。
 それに、ハリーはふぅ、と一度大きく息をついて。そして短くなった吸い殻をデスクの上の灰皿に押し付け火種を揉み消し、咥えた新しい一本に火を点けると。それから、ゆっくりと口を開いた。
「第六条は――――――」
 遠くを見据えるような遠い目線で、虚空を見上げながらハリーが呟いた。嘗ての師を、己を育て上げたクララ・ムラサメのあどけない少女のような顔を、何故か思い出しながら。
「…………意外ね。貴方の口から、そんな言葉が出てくるだなんて」
 割と真面目に意外そうな顔をする和葉の反応に、ハリーも肩を竦めながら「分かるよ、その気持ち」と自嘲めいた笑みと共に返してやる。
「でも、結構人間らしいトコあるじゃない、貴方にも」
 と、少しの間を置いた後に、ソファから起き上がり座り直しながらで和葉がボソッと呟いた。
「もっと、機械みたいに冷たいヒトだと思ってた」
「出来ることなら、そうありたかったけどさ」と、煙草を吸いながらでハリー。
「でも、残念ながら俺たちの世界、人間じゃないと出来ないことが多すぎる」
「人間じゃないと……出来ないこと?」
「ああ、そうだ」
「だから、冷たくなりきれなかった?」
「そんなところだ。……もし機械みたいに出来る仕事だったら、今頃とっくにサイバーダイン社の天下になってるよ。俺たち人間の代わりに、ロボットが殺しの仕事をするようになってるさ」
 少しの冗談なんかも交えながらでハリーがそう答えてやると、どうやらツボにハマった和葉が「……ぷっ」とおかしそうに吹き出してしまう。そんな彼女の反応を眺めながら、ハリーもまた小さく表情を緩ませていた。
(……俺としたことが、幾ら何でもルールに背きすぎだ)
 そうやって笑みを見せつつも、しかし内心でハリーは己をひどく責めていた。今の自分はルール第五条、仕事対象に深入りはしないに、あまりにも抵触しすぎていると。
(ルールに背きすぎると、毎度毎度ロクなことにならない)
 ある意味で、それがハリーにとってのジンクスのようなものでもあった。これまでだって何度かこのルールに背かなければならない事態はあったが、その度に酷い目にばかり遭っている気がする……。
「……ん?」
 そんな折だった。ハリーが漂う空気の中に、何ともいえない妙な違和感を感じ取ったのは。
「どうしたの?」
 案じるような様子で和葉が訊き、不安げな色の紅い瞳でハリーの横顔に視線を向ける。
「……静かすぎる」
「そう、かしら?」
「いつもこの時間帯なら、此処の前だって多少の車通りはあるはずだ。……それが、さっきからあまりにも静かすぎる」
 ハリーが凄まじい違和感を覚えた原因は、それだ。あまりにも静かすぎるのだ、事務所の外が。
 今まさに彼が口にした通り、五条探偵事務所の前にある通りは比較的交通量は少ないものの、昼下がりのこの時間帯は多少なりとも人や車の往来はある。しかし今日に限って、車どころか人の足音や気配一つ、何一つ感じられないのだ。
「か、考えすぎじゃない……?」
 不安な瞳で、しかしその不安を必死に取り除こうと和葉が言う。
「………いや、分からん」
 だが、ハリーは己の動物的な第六感に従った。人間の第六感というモノが生死を分ける状況で絶対に馬鹿に出来ないファクターであることは、長年拳銃稼業で生きてきた彼自身が一番よく分かっていることだ。だからこそ、ハリーは己の勘に従うことにした。
 ナイフは既にポケットに入っているし、ホルスターも弾倉ポーチも一応腰には着けている。ハリーは羽織るロングコートの長い裾を捲りながら、デスクの上に放ってあったUSPコンパクトと予備弾倉をそれぞれ腰回りに突っ込んだ。マールボロ・ライトの紙箱とライターもポケットに押し込み、口に咥えた吸いかけは灰皿に押し付けて揉み消す。
 一瞬の内に眼の色を拳銃稼業のソレへと変貌させ、緊張の糸をピンッと張り詰めさせながら、そろりそろりとハリーは窓際に近づいた。
 半分締まったブラインドを指でこじ開けるようにして、その隙間から窓の下を見下ろす。すると――――。
「――――」
 事務所のすぐ傍には銀色のドイツ製セダン、2013年式アウディ・S4がいつの間にか停まっていて。そして、その傍には――――巨大なスタンドアローン型のグレネード・ランチャー、イギリス製のアーウェン37をこちらに向けて構える巨漢・ウォードッグが、確かにそこに立っていた。
「…………ルールに背いた途端、これだ」
 こちらを見上げるサングラスを掛けた犬歯剥き出しの凶暴な笑みと、そしてアーウェン37グレネード・ランチャー。それをブラインド越しに見下ろしながら、全力の冷や汗をかくハリーが独り言を呟く。
「えっ?」
「伏せろ――――!」
 戸惑う和葉に構う暇も無く、咄嗟に振り返りデスクを飛び越えたハリーが、そのまま吹っ飛ばすように和葉の身体を床に押し倒し上から覆い被さって庇う。
 その直後だった。眼下のウォードッグがアーウェン37から撃ち放った37mm×110RBグレネード弾が次々と事務所のガラスを突き破り、ハリーと和葉を屠らんと事務所の中にまで殺到する――――。
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