SIX RULES

黒陽 光

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第二条:仕事は正確に、完璧に遂行せよ。

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 ミリィ・レイスとの電話を終えてからすぐ、スーツジャケットと車のキーを引っ掴んでハリーはマンションの402号室を飛び出し。そうして駐車場に停めてあったインプレッサに飛び乗ると、そのまま監視拠点のマンションを飛び出していってしまう。幸いにしてまだエンジンは十二分に暖かかったから、暖気を待つ必要は無かった。
 夕焼けの茜色に染まる街の中、サングラスを掛けたハリーはインプレッサを走らせる。差し込む西日で漆黒のボディを煌めかせるインプレッサで夕焼け空の物哀しい空気感をその黒いノーズで切り裂き、目的地に向けて一直線に走り抜ける。
 そうして辿り着いた先は、とある私鉄の駅だった。正確に言えば、その裏手に当たる場所。一応出入り口はあるが、人の出入りは表に比べて格段に少ない、言ってしまえば人気ひとけの少ないような寂しい一帯だ。
 夕日の茜色に照らされながら、ミリィ・レイスは既にそこで待ち構えていた。Tシャツにフード付きのパーカー風な上着、そしてスカートに黒いニーソックスという比較的ラフな格好で待ち構えていた彼女の前へ、ハリーはインプレッサをピッタリと正確に横付けする。
「やあハリー、早いね」
 ドアロックを解除した途端にドアを開け、そんなことをハリーに向かって言いながら助手席へ乗り込んできた彼女は、朱色の短い髪の上に何故か帽子を目深に被っていた。それに、紅い瞳の上にはサングラスも掛けている。どうやら人相を隠す為らしいことは、見るからに明らかだった。
「ルール第一条、時間厳守だ。思ったより早く着いたかと思ったが、逆に丁度良かったらしい」
「それより、行こうかハリー。此処じゃあ人目に触れすぎる」
「了解だ」
「安全運転で頼むよ、ハリー?」
「ミリィ、誰に言ってる?」
「君だからこそ言うのさ、ハリー・ムラサメ」
 ミリィ・レイスが乗り込んで少しもしない内に、ハリーは車の向きを反転させ、そしてまるで別方向へ向けて走らせ始めた。
 それから走ること、十数分。上手い具合によさげな雰囲気のとある立体駐車場にインプレッサを突っ込むと、その比較的上層、停まる車の数も殆ど無いような空いている一帯へ、ハリーはインプレッサを停めた。
「……奴らが関わっているというのは、本当なのか?」
 インプレッサのエンジンを切った途端、ミリィの方に振り向きながらハリーが神妙な顔で問いかける。
 すると、ミリィはいきなり本題に切り込む彼の口振りに驚きもせず、「その可能性は高い」とそれをクールな顔のままに肯定してみせた。
「国際犯罪シンジケート"スタビリティ"。……どうやらあの連中が、今回の事務次官殿の拉致に関わっていそうなんだ」
 続けて、ミリィが帽子とサングラスを取りながら、至極神妙な顔でハリーに告げる。
 ――――国際犯罪シンジケート"スタビリティ"。
 スタビリティ、即ち"安定"を意味するその名が冠された犯罪組織。世界の裏側、裏社会で暗躍する巨大な影。米国だけに留まらず、その毒牙を世界規模にまで伸ばす、世界でも屈指の国際的な犯罪シンジケートだ。自分が"スタビリティ"に関わっていると知らぬ末端の末端まで数に入れれば、その構成員の数は数え切れないほどの巨大な犯罪組織。
 そして、その名はハリーとて何度も耳にしたことがある。何せ、アメリカ西海岸で殺し屋として活動していた時期に、幾つかの仲介人を介した外注で彼らからの簡単な依頼も請け負ったことだってあるのだ。そんなハリーが、"スタビリティ"の名を知らぬワケがない。
「奴らが、関わっているのか……」
 だからこそ、ハリーの戦慄も無理ないことだった。何せ相手は屈指の規模を持つ犯罪組織、自分が知らず知らずの内に相手にしていたのが彼ら"スタビリティ"と知っては、幾ら百戦錬磨のハリー・ムラサメといえども、多少の戦慄を覚えたって仕方のないことだろう。
「……この件、冴子には報告を?」
 やがて数秒で落ち着きを取り戻すと、ハリーが改めて隣のミリィに問いかける。しかしミリィは「いや」と肩を竦めながら首を横に振って、「まだだ」とそれを否定した。
「何故だ? こんな情報、冴子は喉から手が出るほど欲しがるはずなのに」
「分かってるよ。でも彼女より先に、君に話は通しておいた方が良いと思ってね」
 ニッとクールな笑みを向けながら、ミリィが言う。
「嬉しいが、良いのか?」
「良いのさ」と、ミリィ。
「君は、僕にとって一番のお得意様だから。それに僕はあくまでも君の味方であって、冴子の味方じゃない」
「そうだったな……」
 ミリィが当然のような顔で言った言葉に、思わずハリーもフッと笑ってしまい。そうした後で、ハリーもミリィも互いに無言のまま、小さく不敵な笑みを向け合った。
「それよりミリィ、よくそこまで調べられたな。冴子たち公安は、まだ奴らの尻尾だって掴んじゃいないってのに」
 ハリーとしては、そこが気になる所だった。幾ら彼女が凄まじい腕利き、それこそ天才級と言えるぐらいにコンピュータの専門家だとして、公安ですら掴めなかった情報をこうもいとも簡単に掴んでしまうなんて、一体どんな魔法を使ったのか。
「僕に掛かれば、その程度は朝飯前さ」クールなキメ顔で、ミリィ。
「彼らが所詮、ウィンドウズなんてチャチな代物を使っている以上、何処まで行ったって戦う土俵は同じ。条件が同じなら、僕に潜り抜けられないセキュリティ・システムはない。
 ……何、ディスアセンブリ如きも出来ないような低レベルな連中、ハッキリ言って僕の敵じゃないからね」
 揺れる朱色の前髪の下に垣間見える紅い双眸に、知的な色を滲ませながら。少女のようなあどけなさと知性に溢れたクールさを同居させる顔付きの上で不敵に笑う、そんなミリィ・レイスの横顔が。ハリーの眼には、いつにも増して頼もしく見えていた。
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