13 / 108
第二条:仕事は正確に、完璧に遂行せよ。
/2
しおりを挟む
そうして学園での一日が終わり、日が西方に没して暗い夜が訪れれば。しかしそこからが、和葉にとって新しい別の一日の始まりでもあった。
今日もまた、和葉はバーテンダーのアルバイトの為に繁華街の外れの方にあるショット・バー"ライアン"へと赴いていく。あの暇なバーでの仕事が、また今日も始まろうとしていた。
バーテンのバイト自体は、和葉は割と好きな方だった。確かに客入りは少なくて暇は暇だが、裏を返せばラクということ。それに、古びたジャズだけが流れる静かな店の中で、年齢に性別、職業や辿ってきた人生まで、何もかもが違う客たちと束の間の語らいを交わすのも、和葉にとっては結構楽しいことでもある。客たちとの会話の中で和葉もまた、新たな目線で見いだせることも多々あった。
だから、バーテンという仕事は好きだ。これをそのまま職にしたい……とまではいかないが、少なくとも和葉には割と合っている仕事だった。何より、店のマスターの金払いが良い。所詮はバイトの身分である和葉にとって、実入りが良いということはかなり大事なことだ。
「ふんふんふーん……♪ っと」
故になのか、バイトに赴くべく街を歩く和葉の足取りは軽く、朝に学園へ赴く気が重そうな背中とはまるで別人みたいに軽やかだった。ご機嫌に鼻歌なんて歌いながら、とぼとぼと夜の街を独り歩いて行く。
そうして歩いていれば、自然と道行く人のすれ違う目線を和葉は感じてしまう。これは彼女にとっても既に慣れたことで、そしてある意味で当然のことだった。ただでさえ大人びた風貌の彼女が、しかも今はキャミソールにグレーの袖を折ったジャケット、そして紅いミドル丈のスカートに黒のオーヴァー・ニーソックスという私服の出で立ち。どう見ても学生ではなく若さ絶頂という見た目の和葉が、すれ違う人々の視線を奪わないワケがなかった。
だが、さっきも述べたように、和葉にとっては既に慣れ切ってしまったことで。視線を浴びることも当然といった風なまるで意に介さぬ態度で足早に街を歩けば、やはり鼻歌なんか歌いながらご機嫌でバーに向かって真っ直ぐ進んで行くのみ。照れたりだとか、鼻を高くしたりするだとか、そんなことは一切しない。園崎和葉にとって、最早こんなことは日常茶飯事、いつものことなのだ。
陽が落ち、真っ暗な夜闇に染まった星の瞬く夜空を見上げながら、和葉はビルの明かりとネオンの光が照らす繁華街の中を突き進んでいく。
途中で道を何本か折れ、近道の横丁を数本通り抜けて。そうして歩いて行けば、いつものバイト先である"ライアン"の店が見えてくる。
「……また居る」
とすれば、その店から少し離れた路肩に、何処かで見たような黒いインプレッサが今日もまた当然のように停まっていて。ナンバープレートの数字こそ違うものの、しかしその車からは彼の、ハリー・ムラサメの独特な雰囲気が滲み出ているように和葉には見えてしまう。
これで、彼と彼のインプレッサを見るのは何度目だろうか。バイトに来るたびに先回りしたみたく店の前で待ち構えているものだから、流石に和葉も文句を言うことすら諦め、最近ではある意味で当然のように受け入れ始めてしまっている。
「本当に、ご苦労なことね」
それ以上に和葉が彼へ文句を言いにくいのは、彼がただ自分を護る為にこうしていることを、和葉自身がよく分かってしまっているからだった。
だからこそ、和葉はそのインプレッサに近寄ることもせず、中のハリーに声を掛けることもせず。視線ひとつ向けることもなく、まるで無視するみたいにスタスタと歩き、そして"ライアン"の扉に手を掛けてしまう。
(……それにしても)
しかし、今日に限って和葉は扉を開くのを一瞬だけ躊躇い、後ろを振り向いてしまった。路肩に停まる、見慣れた黒いインプレッサの方へ。
(いつもいつも、毎回ナンバーが違う。……不思議ね、いつも変えてるのかしら)
「っと、何考えてんの、私ってば……!」
そんなことをふと思った後で、和葉はハッとし。頭をぶんぶんと左右に激しく振ると、それからやっと"ライアン"の扉を潜り中へ入っていった。
(アイツのこと気になるなんて、馬鹿みたい)
店の奥でバーテンの燕尾服に着替えながら、和葉は自嘲するみたいにそう思う。
しかし――――和葉の中で、少しだけ彼への興味が湧き始めていた。彼女自身が、そのことに気付かぬままで。
今日もまた、和葉はバーテンダーのアルバイトの為に繁華街の外れの方にあるショット・バー"ライアン"へと赴いていく。あの暇なバーでの仕事が、また今日も始まろうとしていた。
バーテンのバイト自体は、和葉は割と好きな方だった。確かに客入りは少なくて暇は暇だが、裏を返せばラクということ。それに、古びたジャズだけが流れる静かな店の中で、年齢に性別、職業や辿ってきた人生まで、何もかもが違う客たちと束の間の語らいを交わすのも、和葉にとっては結構楽しいことでもある。客たちとの会話の中で和葉もまた、新たな目線で見いだせることも多々あった。
だから、バーテンという仕事は好きだ。これをそのまま職にしたい……とまではいかないが、少なくとも和葉には割と合っている仕事だった。何より、店のマスターの金払いが良い。所詮はバイトの身分である和葉にとって、実入りが良いということはかなり大事なことだ。
「ふんふんふーん……♪ っと」
故になのか、バイトに赴くべく街を歩く和葉の足取りは軽く、朝に学園へ赴く気が重そうな背中とはまるで別人みたいに軽やかだった。ご機嫌に鼻歌なんて歌いながら、とぼとぼと夜の街を独り歩いて行く。
そうして歩いていれば、自然と道行く人のすれ違う目線を和葉は感じてしまう。これは彼女にとっても既に慣れたことで、そしてある意味で当然のことだった。ただでさえ大人びた風貌の彼女が、しかも今はキャミソールにグレーの袖を折ったジャケット、そして紅いミドル丈のスカートに黒のオーヴァー・ニーソックスという私服の出で立ち。どう見ても学生ではなく若さ絶頂という見た目の和葉が、すれ違う人々の視線を奪わないワケがなかった。
だが、さっきも述べたように、和葉にとっては既に慣れ切ってしまったことで。視線を浴びることも当然といった風なまるで意に介さぬ態度で足早に街を歩けば、やはり鼻歌なんか歌いながらご機嫌でバーに向かって真っ直ぐ進んで行くのみ。照れたりだとか、鼻を高くしたりするだとか、そんなことは一切しない。園崎和葉にとって、最早こんなことは日常茶飯事、いつものことなのだ。
陽が落ち、真っ暗な夜闇に染まった星の瞬く夜空を見上げながら、和葉はビルの明かりとネオンの光が照らす繁華街の中を突き進んでいく。
途中で道を何本か折れ、近道の横丁を数本通り抜けて。そうして歩いて行けば、いつものバイト先である"ライアン"の店が見えてくる。
「……また居る」
とすれば、その店から少し離れた路肩に、何処かで見たような黒いインプレッサが今日もまた当然のように停まっていて。ナンバープレートの数字こそ違うものの、しかしその車からは彼の、ハリー・ムラサメの独特な雰囲気が滲み出ているように和葉には見えてしまう。
これで、彼と彼のインプレッサを見るのは何度目だろうか。バイトに来るたびに先回りしたみたく店の前で待ち構えているものだから、流石に和葉も文句を言うことすら諦め、最近ではある意味で当然のように受け入れ始めてしまっている。
「本当に、ご苦労なことね」
それ以上に和葉が彼へ文句を言いにくいのは、彼がただ自分を護る為にこうしていることを、和葉自身がよく分かってしまっているからだった。
だからこそ、和葉はそのインプレッサに近寄ることもせず、中のハリーに声を掛けることもせず。視線ひとつ向けることもなく、まるで無視するみたいにスタスタと歩き、そして"ライアン"の扉に手を掛けてしまう。
(……それにしても)
しかし、今日に限って和葉は扉を開くのを一瞬だけ躊躇い、後ろを振り向いてしまった。路肩に停まる、見慣れた黒いインプレッサの方へ。
(いつもいつも、毎回ナンバーが違う。……不思議ね、いつも変えてるのかしら)
「っと、何考えてんの、私ってば……!」
そんなことをふと思った後で、和葉はハッとし。頭をぶんぶんと左右に激しく振ると、それからやっと"ライアン"の扉を潜り中へ入っていった。
(アイツのこと気になるなんて、馬鹿みたい)
店の奥でバーテンの燕尾服に着替えながら、和葉は自嘲するみたいにそう思う。
しかし――――和葉の中で、少しだけ彼への興味が湧き始めていた。彼女自身が、そのことに気付かぬままで。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる