上 下
3 / 15

3.あやしいバイトのお誘い

しおりを挟む
 次の日の朝、依が起きた時には蹴人はもういなくなっていた。

 お金のことを悩みながらバイト先の喫茶店に向かったが、コーヒーカップを洗おうとして手を滑らせて割ってしまった。

「今野さん怪我はない?」

「……すみません。バイト代から引いてください」

「あー、いいよいいよ。次からは気をつけてね」

「はい、すみません」

「それにしても何かあったの?」

 ぐ、と息を呑んでうつむいてしまう。
 何かならあった。
 でもこんなことを話したら絶対「彼氏と別れろ」って言われるのがわかってるから誰にも言えない。
 別れた方がいいって、そんなの私だってわかってる。
 でも、でも――。

 それでも、あの私の味方なんて誰もいない田舎で蹴人だけが私に優しくしてくれた。
 親がお金を出してくれなくても進学できる道を一生懸命探してくれて、一緒に同じ大学の同じ学部に行こうねって約束して、放課後は図書館で並んで勉強した。

 でも多分、第一志望の大学に私だけが受かって蹴人が落ちてしまった時から、少しずつ歯車は狂っていった。

 一緒に上京して、近くに部屋を借りてしょっちゅう私の家でご飯を食べていたけれど、互いの大学の話をしていても蹴人から出る言葉には少しずつ卑屈なものが増えていった。
 わけもわからずイライラをぶつけられることも多かった。
 留年なんて絶対できない私はひとつも単位を落とせなかったので必死に勉強していたけれど、一緒に勉強していた蹴人は思うような成績が取れず次第にギャンブルにハマっていった。

 そんな蹴人に私は何も言えなかった。

 夕方までのバイトを終えて繁華街をとぼとぼと歩く。

「お金どうしよう……」

 私はすっかり途方に暮れていた。
 すると道路脇に置かれた『ご利用は計画的に』の立て看板が目に入る。
 顔を上げればそこは喫茶店のあるビルの三つ隣のビルで、上の方の階に消費者金融の会社が入っているのが見えた。
 でも……と目を落とすと、消費者金融の看板の隣には『キャスト募集』の文字と半裸の女性の書かれた看板もある。

 『良いバイトを紹介するよ』と笑っていた蹴人の顔がチラつく。

 いきなり背後から男性に話しかけられたのは、そんな時だった。

「こんにちは」

「こ、こんにちは!!」

 思わず返事をしてしまい,ふりむくとそこにいたのは喫茶店の常連さんの一人だった。
 仕立ての良いスーツに身を包んでいる男性で、いつもひとり静かにコーヒーを飲んでいる。
 店長と言葉を交わすことはあったけれど、私とはほとんど会話などしたことない。
 それなのに今は私をまっすぐに見てくる。

「喫茶クルーズのウエイトレスさん、ですよね?……お金が無いんですか?」

「えっと、あの」

「いくら必要なんですか?」

 消費者金融と風俗店のキャスト募集の広告を見ながらため息をついていれば、お金がなくて困っているなんてことすぐにバレてしまうだろう。
 恥ずかしくて顔に血が上る。
 「なんでもない」と言って立ち去ろうとしたが、常連さんはすべてを見透かすような目で私を見つめてくる。
 なんだかその目に逆らえなくて、私はするっと喋ってしまった。

「……五十万」

「なるほど。それならちょうど良いアルバイトがあるんですけどいかがですか? そうですね……一晩、いえ、五時間ほどですね。その間、こちらの指示に従っていただければ即金で五十万円払えます」

「え……?」

 五時間で五十万円って、時給で換算すれば十万円だ。

 そんなうまい話あるわけない。
 あるわけないってわかっている。
 わかっているのに。

「あの……お話だけ聞かせてもらっても良いですか……?」

 私はおずおずと口を開いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

彼氏が完璧すぎるから別れたい

しおだだ
恋愛
月奈(ユエナ)は恋人と別れたいと思っている。 なぜなら彼はイケメンでやさしくて有能だから。そんな相手は荷が重い。

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

【完結】大学で人気の爽やかイケメンはヤンデレ気味のストーカーでした

あさリ23
恋愛
大学で人気の爽やかイケメンはなぜか私によく話しかけてくる。 しまいにはバイト先の常連になってるし、専属になって欲しいとお金をチラつかせて誘ってきた。 お金が欲しくて考えなしに了承したのが、最後。 私は用意されていた蜘蛛の糸にまんまと引っかかった。 【この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません】 ーーーーー 小説家になろうで投稿している短編です。あちらでブックマークが多かった作品をこちらで投稿しました。 内容は題名通りなのですが、作者的にもヒーローがやっちゃいけない一線を超えてんなぁと思っています。 ヤンデレ?サイコ?イケメンでも怖いよ。が 作者の感想です|ω・`) また場面で名前が変わるので気を付けてください

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。

すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!? 「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」 (こんなの・・・初めてっ・・!) ぐずぐずに溶かされる夜。 焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。 「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」 「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」 何度登りつめても終わらない。 終わるのは・・・私が気を失う時だった。 ーーーーーーーーーー 「・・・赤ちゃん・・?」 「堕ろすよな?」 「私は産みたい。」 「医者として許可はできない・・!」 食い違う想い。    「でも・・・」 ※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。 ※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 それでは、お楽しみください。 【初回完結日2020.05.25】 【修正開始2023.05.08】

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...