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3.あやしいバイトのお誘い
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次の日の朝、依が起きた時には蹴人はもういなくなっていた。
お金のことを悩みながらバイト先の喫茶店に向かったが、コーヒーカップを洗おうとして手を滑らせて割ってしまった。
「今野さん怪我はない?」
「……すみません。バイト代から引いてください」
「あー、いいよいいよ。次からは気をつけてね」
「はい、すみません」
「それにしても何かあったの?」
ぐ、と息を呑んでうつむいてしまう。
何かならあった。
でもこんなことを話したら絶対「彼氏と別れろ」って言われるのがわかってるから誰にも言えない。
別れた方がいいって、そんなの私だってわかってる。
でも、でも――。
それでも、あの私の味方なんて誰もいない田舎で蹴人だけが私に優しくしてくれた。
親がお金を出してくれなくても進学できる道を一生懸命探してくれて、一緒に同じ大学の同じ学部に行こうねって約束して、放課後は図書館で並んで勉強した。
でも多分、第一志望の大学に私だけが受かって蹴人が落ちてしまった時から、少しずつ歯車は狂っていった。
一緒に上京して、近くに部屋を借りてしょっちゅう私の家でご飯を食べていたけれど、互いの大学の話をしていても蹴人から出る言葉には少しずつ卑屈なものが増えていった。
わけもわからずイライラをぶつけられることも多かった。
留年なんて絶対できない私はひとつも単位を落とせなかったので必死に勉強していたけれど、一緒に勉強していた蹴人は思うような成績が取れず次第にギャンブルにハマっていった。
そんな蹴人に私は何も言えなかった。
夕方までのバイトを終えて繁華街をとぼとぼと歩く。
「お金どうしよう……」
私はすっかり途方に暮れていた。
すると道路脇に置かれた『ご利用は計画的に』の立て看板が目に入る。
顔を上げればそこは喫茶店のあるビルの三つ隣のビルで、上の方の階に消費者金融の会社が入っているのが見えた。
でも……と目を落とすと、消費者金融の看板の隣には『キャスト募集』の文字と半裸の女性の書かれた看板もある。
『良いバイトを紹介するよ』と笑っていた蹴人の顔がチラつく。
いきなり背後から男性に話しかけられたのは、そんな時だった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは!!」
思わず返事をしてしまい,ふりむくとそこにいたのは喫茶店の常連さんの一人だった。
仕立ての良いスーツに身を包んでいる男性で、いつもひとり静かにコーヒーを飲んでいる。
店長と言葉を交わすことはあったけれど、私とはほとんど会話などしたことない。
それなのに今は私をまっすぐに見てくる。
「喫茶クルーズのウエイトレスさん、ですよね?……お金が無いんですか?」
「えっと、あの」
「いくら必要なんですか?」
消費者金融と風俗店のキャスト募集の広告を見ながらため息をついていれば、お金がなくて困っているなんてことすぐにバレてしまうだろう。
恥ずかしくて顔に血が上る。
「なんでもない」と言って立ち去ろうとしたが、常連さんはすべてを見透かすような目で私を見つめてくる。
なんだかその目に逆らえなくて、私はするっと喋ってしまった。
「……五十万」
「なるほど。それならちょうど良いアルバイトがあるんですけどいかがですか? そうですね……一晩、いえ、五時間ほどですね。その間、こちらの指示に従っていただければ即金で五十万円払えます」
「え……?」
五時間で五十万円って、時給で換算すれば十万円だ。
そんなうまい話あるわけない。
あるわけないってわかっている。
わかっているのに。
「あの……お話だけ聞かせてもらっても良いですか……?」
私はおずおずと口を開いていた。
お金のことを悩みながらバイト先の喫茶店に向かったが、コーヒーカップを洗おうとして手を滑らせて割ってしまった。
「今野さん怪我はない?」
「……すみません。バイト代から引いてください」
「あー、いいよいいよ。次からは気をつけてね」
「はい、すみません」
「それにしても何かあったの?」
ぐ、と息を呑んでうつむいてしまう。
何かならあった。
でもこんなことを話したら絶対「彼氏と別れろ」って言われるのがわかってるから誰にも言えない。
別れた方がいいって、そんなの私だってわかってる。
でも、でも――。
それでも、あの私の味方なんて誰もいない田舎で蹴人だけが私に優しくしてくれた。
親がお金を出してくれなくても進学できる道を一生懸命探してくれて、一緒に同じ大学の同じ学部に行こうねって約束して、放課後は図書館で並んで勉強した。
でも多分、第一志望の大学に私だけが受かって蹴人が落ちてしまった時から、少しずつ歯車は狂っていった。
一緒に上京して、近くに部屋を借りてしょっちゅう私の家でご飯を食べていたけれど、互いの大学の話をしていても蹴人から出る言葉には少しずつ卑屈なものが増えていった。
わけもわからずイライラをぶつけられることも多かった。
留年なんて絶対できない私はひとつも単位を落とせなかったので必死に勉強していたけれど、一緒に勉強していた蹴人は思うような成績が取れず次第にギャンブルにハマっていった。
そんな蹴人に私は何も言えなかった。
夕方までのバイトを終えて繁華街をとぼとぼと歩く。
「お金どうしよう……」
私はすっかり途方に暮れていた。
すると道路脇に置かれた『ご利用は計画的に』の立て看板が目に入る。
顔を上げればそこは喫茶店のあるビルの三つ隣のビルで、上の方の階に消費者金融の会社が入っているのが見えた。
でも……と目を落とすと、消費者金融の看板の隣には『キャスト募集』の文字と半裸の女性の書かれた看板もある。
『良いバイトを紹介するよ』と笑っていた蹴人の顔がチラつく。
いきなり背後から男性に話しかけられたのは、そんな時だった。
「こんにちは」
「こ、こんにちは!!」
思わず返事をしてしまい,ふりむくとそこにいたのは喫茶店の常連さんの一人だった。
仕立ての良いスーツに身を包んでいる男性で、いつもひとり静かにコーヒーを飲んでいる。
店長と言葉を交わすことはあったけれど、私とはほとんど会話などしたことない。
それなのに今は私をまっすぐに見てくる。
「喫茶クルーズのウエイトレスさん、ですよね?……お金が無いんですか?」
「えっと、あの」
「いくら必要なんですか?」
消費者金融と風俗店のキャスト募集の広告を見ながらため息をついていれば、お金がなくて困っているなんてことすぐにバレてしまうだろう。
恥ずかしくて顔に血が上る。
「なんでもない」と言って立ち去ろうとしたが、常連さんはすべてを見透かすような目で私を見つめてくる。
なんだかその目に逆らえなくて、私はするっと喋ってしまった。
「……五十万」
「なるほど。それならちょうど良いアルバイトがあるんですけどいかがですか? そうですね……一晩、いえ、五時間ほどですね。その間、こちらの指示に従っていただければ即金で五十万円払えます」
「え……?」
五時間で五十万円って、時給で換算すれば十万円だ。
そんなうまい話あるわけない。
あるわけないってわかっている。
わかっているのに。
「あの……お話だけ聞かせてもらっても良いですか……?」
私はおずおずと口を開いていた。
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