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2.変わってしまった彼

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 私のため息の原因は、銀行の窓口で再発行してもらった通帳のせいだった。
 無くしたと思っていた通帳を開いて中身を確認すると、ATMで五十万円を引き出した履歴が記帳されている。
 それは私が必死にバイトして貯めた大学の学費だった。
 もしやと思い同棲してる彼氏、古川蹴人ふるかわしゅうとにメッセージを送るとすぐに返信がくる。

『ちょっと借りてる。すぐ返すから待ってて』

 蹴人は高校の頃から付き合っている彼氏だ。
 同じ大学の同じ学部を目指して勉強して、大学は違うところになってしまったけれど、一緒に上京して近くに部屋を借りて……と上手くやっていたはずだった。

 蹴人がギャンブルを覚えるまでは。

 蹴人は一年次の後半からスロットにハマり、そのうち授業もサボってパチンコ屋に入り浸るようになっていた。
 私が気づいた頃には、仕送りのほとんどをつぎ込むほど蹴人はスロットにのめり込んでいた。
 そんなだったから単位を落として留年するのは当たり前で。
 二回目の一年生でも前期の単位は取れているからとパチンコ屋に通い倒すのをやめず、結局後期になっても生活を立て直すことができなかった蹴人はそのまま大学を中退した。
 仕送りを止められた蹴人は実家に戻らず、私の家に転がり込んできた。

「あんな田舎に帰ってもろくな仕事ないし。こっちで就職するからそれまで家に置いてよ」

 蹴人はとりあえずバイトを始めて家賃も半分払ってくれた。
 私が大学の授業で遅くなった時はご飯を作って待っててくれたりもして。
 そんな結婚の真似ごとみたいな生活も案外楽しくて、このまま一緒に住んでいれば蹴人も落ち着くかな? なんて。

 そんなのは甘い考えだったと今ならわかる。

 家賃が支払われたのなんて最初の数ヶ月だけだった。
 そのうち「ちょっとお金貸して」と言うようになって、すぐに黙って財布からお金を抜くようになった。
 お金を抜かれたら困るので、現金をなるべく持たないように生活するのはなかなか大変だった。
 そしてとうとう蹴人は私が寝ている間に財布からキャッシュカードを抜き、ATMでお金を下ろしたのだった。
 さらにそれがすぐにはバレないようにと通帳まで隠して。
 蹴人がここ数日家に帰ってこなかったことをもっと真剣に考えるべきだった。

「暗証番号は……この前お金下ろした時かな……」

 はぁーと口から落ちるため息が止まらない。
 メッセージを何度送っても無視され、電話にももちろん出ない。
 仕方ないので私は蹴人の留守電にメッセージを残した。

『このまま無視するなら警察に相談する』

 バイト終わりにスマホを見ると、『今日帰る』と蹴人からのメッセージがあった。

 重い足取りでバイトから家に帰って着替えていると、ガチャガチャと乱暴に家の鍵を開ける音がする。
 ワンルームの狭い部屋からは玄関だって丸見えだ。
 バッと開いたドアからジャージ姿の蹴人が中に入ってきた。
 手に持ったコンビニ袋がガサガサ音を立てている。
 コンビニは高いのに、と眉をひそめてしまう。
 蹴人は履き潰した靴を乱暴に脱ぎ捨てながら大きな声を出した。

「おい、お前! 警察ってなんだよ。ちょっと借りただけなのに大げさなんだよ。警察ってあれだよ? 夫婦とか恋人とかには手を出せないって知ってる? あれだよ、ほら、民事不介入とか言うやつ」

「……良いからお金返して。早く振り込まないと四年の新学期に間に合わなくなっちゃう」

 私だって蹴人を犯罪者にしたいわけじゃない。
 『女に大学なんて贅沢だ』と言って兄にしか学費を払ってくれない家から、私を連れ出してくれたのは蹴人だった。
 今の私があるのは蹴人のおかげだ。
 だから今度は私が蹴人が助けたいって、ずっとそう思ってきた。

「あ、じゃあさ、お前も大学辞めれば?」

「え?」

「そうすればもっと稼げんだろ。あんな大して稼げない喫茶店のバイト辞めてさ。オレの知り合いが良いトコ紹介してくれるって」

「何を言ってるの?」


 蹴人はコンビニの袋から取り出したら缶チューハイを開けて、からあげ弁当をつまみに飲みだした。

「お前、顔は地味だけどおっぱいデカいからさ」

 蹴人は私を見ることなく、弁当をつつく傍らスマホの画面をのぞきこんでいる。
 青い顔をしている私の横で、蹴人は画面をタップしてソシャゲのガチャを回しては「チッ、カスばっかじゃねーか」と悪態をつく。
 そのままスマホを見ながら蹴人が言った。

「お前だけ大学行くなんてズルイじゃん」

 その言葉を聞いて私の目の前は真っ暗になった。
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