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14.契約

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「……何でわざわざこんなことしたの?」

 私の声は震えていた。

「最初から僕が依頼主だってわかってたら、依さんは僕に心を開いてくれないかなって。同じ立場だと思ったから依さんは僕に身体を許してくれたんでしょう?」

 そうだ。
 私と同じようにお金に困って、こんな変な依頼を受けるような子だと思ったから、警戒心が薄れた。

 累くんは床に座り込んでいる私の手を取ってソファに座らせる。
 きちんと服を着た笑顔の累くんと、裸にシーツを巻いて青い顔した私がソファで向かいあう。

「ここにとりあえず五十万。まだお金足りないよね? これで足りなければもっと出しても良いよ。僕が残りの学費と生活費を全部出してあげる」

 累くんは封筒からお金を出して、テーブルの上にサッと広げた。
 扇型に広げて置かれた五十万円を見て、現金で見ると五十万円って案外こんなもんなんだな……なんてそんなことをぼんやりと考える。

「僕とつきあってくれればこのお金は無利子無期限で貸してあげる。僕とつきあえないって言うなら、それでも良いよ。それなら僕は依さんとの時間をお金で買わせて欲しいな」

「それは何の冗談?」

「僕は本気だよ。そうだなぁ、一回会うごとにいくら欲しい? 十万? 二十万?」

 累くんは変わらず笑顔を浮かべたままで、それは冗談なんかじゃなく本気のように見えた。

「僕と会ってデートしてくれればお金もあげるし、今日みたいにたくさん気持ち良くしてあげる」

「セックスもするつもりなの?」

「当たり前じゃない。だって僕は依さんを好きなんだから。僕は今日みたいに依さんがデロデロのドロドロのグチャグチャになるまでかわいがってあげたいんだ」

「……いくらでもって言うなら一回のデートで百万円欲しいって言われても払えるの!?」

「別に構わないよ」

 勝手に仲間意識を感じた私が悪いんだろうけど、累くんに騙されていたと思うとなんだか許せなかった。
 それならいっそ、一度だけデートをしてお金を持ち逃げしてしまおうか。

「ただし、僕は依さんの彼氏にこの事を話すよ」

 累くんは人差し指を頬にあてて美しく微笑む。

「そんなこと……。彼が知ったら他の男の人とのデートなんてダメだって止めるに決まってるじゃない」

「そうかな? 依さんは彼氏が僕とのデートを反対すると思う?」

 累くんは私の目を真っ直ぐに見つめてグイとその身を前に乗りだした。
 薄茶色の澄んだ累くんの目を見ていると、何が正しくて何が間違っているのかよくわからなくなってくる。

「だってさぁ、僕と会って寝れば大金が手に入るんだよ? それを知ったら依さんの彼氏はなんて言うかなぁ?」

 累くんの言葉を聞いて私はグッと息をのんだ。

 そうだ、少し考えれば蹴人がなんて言うかなんてすぐわかる。
 お金のために大学を辞めて風俗で働けと私に言ってきた男だ。

「依さんは僕に気持ち良くされてお金をたっぷりもらった後、家に帰ったら彼氏にそのお金を取られて挿れて出すだけのセックスをされるんだろうね」

「な……んで」

「なんでそんな事知ってるかって? 依さんのことなら何でも知ってるよ」

 それがさも面白いことであるように累くんはクスクスと笑う。

「あ、でももしかしたら大切な金づるだからって大事に抱いてくれるようになるかもしれないよ! 良かったね、依さん」

 累くんが手を伸ばして愛おしそうに私の頬を優しくなでた。
 まるで本当に良かったと思ってるようなその仕草に私は震える声で言い返す。

「あなたは私のことが好きなんじゃないの?」

「もちろん。どうして?」

「それなのに私が他の男に抱かれていても平気なの?」

「僕は依さんとデートして思いっきりセックスできるなら、依さんが誰と付き合っていても構わないよ」

 累くんはこてんと首を倒す。

 やっぱりその目は嘘をついているように見えなかった。

「でも依さんは優しいから、依さんの方が先に耐えられなくなりそう」

 累くんはそう言って楽しそうに目を細める。

 累くんは立ちあがると私の隣にちょこんと座った。

「いつまで依さんが我慢できるかな。僕、依さんにはあんまり辛い思いをして欲しくないんだけど。でも依さんの心が変わるまで僕はいつまででも待つからね」

 私が膝の上で強く握りしめすぎたせいで真っ白になっている手に、累くんは自分の手を重ねて優しく包みこんだ。

 累くんは私を見て美しい笑みを浮かべていた。
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