【SS】爪先の秘密

河津ミネ

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後編

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 そのまま気まずい空気が続いた週末の帰り道、勇吾が奏を待ち伏せしていた。

「おい、これ」

 手にした紙袋は化粧品ブランドのものだった。受け取って中を見ると先日のポリッシュの新品が入っていた。 

「どうしたの?」

「同じのくださいって見せたんだよ」

「え! お店でその足見せたの!?」

「バッカ、ちげーよ!! これの容れ物、忘れていっただろ! それ見せたんだよ!」

「は、なんだ」

 頭の中に勇吾が美容部員の前で爪先のペテギュアを見せてる姿が浮かび、奏はなんだかおかしくなって笑いが込み上げてきた。

「ふ、ふふ、ははは、びっくりした」

 ひとしきり奏が笑った後、気まずそうな顔をした勇吾が首の後ろをかいて言った。

「なぁ、奏。仲直り、しよーぜ」


 *****


 行きつけの居酒屋のカウンターで並んで座りながら、お酒の勢いを借りて奏が尋ねた。

「なんで普段は好きとか言ってくれないの?」

「は? お前がヤダって言ったんだろ」

「え?」

「素面の時に好きとか言われると恥ずかしいって」

 言われて奏は思い出した。付き合ってすぐの頃、勇吾の声で甘い言葉をささやかれると何も考えられなくなってしまうので、やめてほしいと頼んだのだった。

「あ……」

「言うなっつうから我慢してたのに、それで文句言われるとかわけわからん」

「ごめん」

「いや、俺もデートキャンセル続きで悪かった」

「……仕事だから仕方ないってわかってる。でもさびしかった」

「俺も」

 勇吾はグビとジョッキのビールを空にすると、カウンターの下の奏の手を握って手の甲をなでた。

「なぁ。今日、泊まってくだろ?」

 奏の耳元に顔を寄せて色気をふんだんに乗せた声でささやいてくる。わかってやってるからタチが悪い、と奏は心の中でひとしきり文句をつぶやきながら、頬を赤らめてただ小さくうなずくのだった。


 *****


 勇吾の風呂上がりの爪先を膝の上に乗せて、少し削れた「バ」「カ」の文字を丁寧にリムーバーで取り除いていく。

「くすぐったい」

 よっぽどくすぐったいのか、ベッド上に座った勇吾はモゾモゾと身体をよじっていた。

「また塗ってあげようか」

「……良いかもな」

「案外ノリ気なんだ?」

 奏がクスクス笑ってると、勇吾は奏の隣に座りペテギュアの塗られた足を持ち上げて爪をペロリと舐めた。

「こっそり同じ色塗ってるってなんかエロくない?」

 そんなことを上目遣いに色気だだ漏れな声を出して言うものだから、奏は真っ赤になった顔を両手で覆った。

「あぁ、もうほんと良い声してムカつく」

「ははっ。お前、俺の声、好き過ぎだろ」

「バカ」

 顔を隠したままの奏を勇吾が後ろから抱きしめて耳元でささやく。

「良いこと教えてやるよ。俺は奏に『バカ』って言われるのが好きなんだ」

「……バカ」

「真っ赤になってカワイイ」

 うつむいた奏の頭に勇吾が頭を乗せてグリグリと動かした。どうやら甘い言葉を吐くのをガマンしなくなったようだった。

「なぁ。それ、今度、俺にも塗らせてくれよ」

 勇吾が奏の爪先を撫でながら言った。

「お互いに塗り合いっこする?」

「良いな。今度、一緒に買いに行くか」

 奏がふりむいてイタズラな笑みを浮かべると、勇吾もニヤリと応じて奏を抱きしめるのだった。
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