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三章 呪いと祝福

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 レオルドの肌に彫られたそれはずいぶんと肌に馴染んでいて、たった今彫られたものにはとうてい見えない。

「これは……いつ彫ったのですか?」

「この旅に出ると決めてすぐだな。本当は身体中に彫っても良かったんだが間に合わなかった」

 レオルドはまるでいたずらが見つかった子のように、口の端をあげて笑った。
 こんな肌に直接ソフィアの名前を彫るなんて。

(一生消えないかもしれないのに)

 ソフィアは薄紫の目に涙を浮かべながらうつむいた。

「レオルド様はバカです……」

「手のひらに無理矢理彫るソフィアの方がよっぽどバカだろう」

 レオルドは心外だと言う風に肩をすくめてみせてから、ソフィアの傷だらけの手のひらに自分の手を重ねた。

「こんなことになるなら、ソフィアにも俺の名を彫らせておけば良かったか。痛かっただろう?」

「もう平気です」

 確かに少し痛かったけれど、レオルドを忘れてしまうことに比べればこれくらいなんてことない。
 血が止まった手のひらを上に向けたまま、レオルドは労るようにゆっくりと手のひらに口づけを落とした。

「あ……」

 レオルドの熱が手のひらから伝わってくる。 
 手のひらに口づけを落としたままレオルドがソフィアを上目づかいで見てきて、赤い目と薄紫の目が交差した。
 レオルドはわずかに口の端を上げると、素早く顔を寄せてソフィアの唇に軽く口づけをした。

「きゃ!」

 するとその声が聞こえたのか、地面に転がっているオーブリーが呻き声を上げた。

「う……うう……」

 ソフィアとレオルドは目を見合わせてから、地面に転がるふたりに目をやった。

「アイツらの呪いをどうにかしないといけないな」

「レオルド様。おふたりの呪いを私に移します」

「いや、それはダメだ」

「呪いがこのままだと、おふたりの目が覚めた時にまた同じことが起きてしまいます。かと言って呪いを引き剥がしただけでは、洞窟内に充満する呪いが増えてまた呪われてしまうかもしれません」

 レオルドはしばし考え込んだが、他に有効な解決方法も思いつかなかったようで苦々しい顔をする。

「わかった。だがそのあとは俺に呪いを移せ」

「いいえ」

 レオルドの申し出をいつに無くキッパリと断る。
 そんなソフィアの姿を見たことがなかったレオルドは、細い両肩をつかんで揺さぶった。

「ソフィア! 自己犠牲はやめろと言われたのを忘れたのか!」

 しかしソフィアはひるまずに、レオルドを見つめ返す。

「自己犠牲じゃありません。もうすぐわかりそうなんです」

「何をだ」

「この呪いをどうすればいいのか、です」

 先ほど呪いを引き剥がした時、胸の奥で何かをつかめそうな手応えを感じていた。
 それはおそらく魔女の勘のようなもので、まだはっきりとその形はわからないけれど、呪いを引き剥がして扱える自分にならこの呪いをどうにかできるはずだという確信があった。
 そして魔女の力の使い方がわかった今なら、呪いを移すのも剥がすのもきっと自在にできる。
 あと問題なのはこの剥がした呪いをどうするか、だ。

「だが、まだどうすればいいのかわからないのだろう? ではやはり、ソフィアに呪いを移したままにはできない」

 渋るレオルドにソフィアは上目遣いで訴えた。

「レオルド様。もし呪いを移したまま私が誰からも気づかれず忘れられてしまったとしても、レオルド様は私のことを忘れずにずっと覚えていてくれますよね?」

「あたりまえだ!」

 ムッとした顔のレオルドの胸に手を添えて、ソフィアがしなだれかかる。

「レオルド様が覚えていてくれるなら、それだけで私は大丈夫です。それに私ひとりができることより、レオルド様ができることの方がずっと多いはずです。だから、私は私にしかできないことをやらせてください」

「ソフィアの気持ちはわかった。だが危ないとわかっていておいそれといいとは言えない」

 じれたソフィアがレオルドにささやく。

「私はレオルド様を信じております。お願いします。どうかレオルド様も私を信じてください」

 レオルドはグッと息をのむと、ソフィアの背中に手を回してため息をついた。

「今それを言うのはずるいだろう」

 どうやらレオルドがソフィアの提案を受け入れてくれるようだ。

「レオルド様……ありがとうございます」
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