【R18/完結】私のことは忘れてください〜できそこないの魔女は俺様な侯爵令息に溺愛される〜

河津ミネ

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三章 呪いと祝福

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 淡い金髪の女性はレオルドたちの姿を認めるや、すぐに駆け寄ってきた。

「レオルド様、お久しぶりです」

「マリア! 元気にしていたか?」

「はい。そろそろ到着かと思いこちらでお待ちしておりました。大きくなられましたね」

 目を細めて嬉しそうにレオルドを迎える女性は、レオルドの元家庭教師のマリアだと紹介してくれた。今はイムソリア辺境伯の屋敷で、領地運営の手伝いをしているらしい。

「このまま屋敷に向かいますか?」

「いや、悪いが時間がない。このまますぐにウィザ村に向かう」

「わかりました。ではそのように辺境伯にお伝えしておきます」

「すべてが終わったらそちらに向かう。おじい様にもよろしく伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 ずいぶんと気安い仲のようで、レオルドが心を許しているのが存分に感じられる。
 レオルドの幼い頃の話など聞いてみたかったが、辺境伯への言伝だけ頼んですぐにウィザ村に向かわなければならない。
 この度の真の目的は、忘却の呪いの解除だ。
 そのための時間はもうあまり残されていない。
 楽しくてどこか浮ついた空気のあった旅の雰囲気も一気に引き締まった。
 呪いを解くのに失敗すれば、ソフィアが王宮に戻ったらすぐにでも陰嫁として奥宮に閉じ込められてしまうだろう。
 そもそも呪いを解くのにだって、どれくらい危険が伴うかわからないのだ。

(刺客のことだって私は知らなかった。こんな楽しんだりしてはいけなかったんだわ。もっとしっかりしないと)

 ウィザ村に向かう馬上でソフィアが悲壮な想いで決意を固めていると、レオルドが明るい声で話しかける。

「そんなに不安そうな顔をするな。とりあえず依代の破壊に行くのは明日以降だ。これから行くのはウィザ村の長老と呼ばれる魔女のところだ」

「魔女、ですか?」

「あぁ。ソフィアは他の魔女に会うのは初めてだったな」

「はい」

「化け物みたいな婆さんだから驚くなよ」

「えぇっ?」

「さっきのマリアも昔、魔女の力があったんだぞ」

 イムソリアには元魔女の人がいると聞いていたが、本当だったようだ。

「……いつかお話を聞いてみたいです」

「わかった。あとで時間を取ろう」

「ありがとうございます」

 あとで――本当にそんな時間が取れるのだろうか。
 心の内に湧いてくるそんな不安をなんとか追いやりながら、ウィザ村に到着した。

 旅の途中で見た栄えた街ほどではないけれど、ウィザ村は活気のある綺麗な村だった。
 かつてソフィアもここに住んでいたはずだが、記憶が朧気で思い出せない。
 イムソリアの領地に入ったあたりからそれとなく感じてはいたのだが、ウィザ村に入ると至るところで祝福の光が満ちており、なんだかとても居心地の良い場所だった。

 あらかじめ連絡が入っていたようで、出迎えてくれた村長がすぐに長老の家まで案内してくれる。
 村の外れの家に彼女は住んでいて、そこはこじまんりとした小さな家だったがきれいに整えられていた。
 祝福の光で淡く光っているような長老の家では、身の回りの世話をする者が何人か出入りしていた。
 家の中に入ると、一番奥の部屋に小さな老女が座っている。
 浅黒い肌に真っ白な髪の老女は、彼女自身も淡く光っているような不思議な雰囲気をまとっていた。

「ゲシリテ! まだ生きていたか。相変わらず男か女かわからんな」

 レオルドはズカズカと老女の側まで行くと、目の前に座った。

「ホッホッ、これはこれはレオルドおぼっちゃま。泣き虫はもう治りましたかな?」

「俺は産まれてこのかた泣いたことなどない」

「団長、さすがにそれは無理があるんじゃ」

 リベルのつぶやきを無視してレオルドはゲシリテのシワだらけの手を取り、自分の顔に触れさせた。

「どれどれ。見せてもらいますよ」

 ゲシリテは白く濁った目で空を見つめたまま、ゆっくりとレオルドの顔を撫でた。

(あ……この方、目が見えないんだわ)

 ひとしきりレオルドの顔をなで回したあとに、ゲシリテが濁った目を山なりに細めながら笑う。

「ホッホッ、よくこの呪いでそれだけ元気に動けるものです。でもなぜかご自分の呪いだけではなく、他の方の呪いもあるようですが?」

「あぁ。ルーパス殿下の分も移している」

「ほぅ、呪いを移せる方がいらっしゃると?」

「あぁ。ゲシリテ、ソフィアだ」

 レオルドがソフィアを手まねきして自分の膝の上に座らせる。

「ソフィア、手袋を取ってもいいか?」

「あ、はい」

 ソフィアが急いで黒い長手袋をはずすと、レオルドはゲシリテの手を取って黒い手の上に重ねた。

「ゲシリテ。この呪い、どうにかならないか?」

 ゲシリテは焦点の合わない目で空を見つめたまま、ソフィアの黒く冷たい手をゆっくりと撫でた。
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