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三章 呪いと祝福

7.闇と光-1

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 魔女の柩が納められている洞窟の前まで来て、皆で互いの手袋に自分の名前を書き合った。
 レオルド、ソフィア、それにオーブリーとリベル。

「呪いに耐性のない者は、すべてを忘れてパニックに陥り同士討ちすることもあるらしい。こまめに手袋を見て互いの存在を確認するようにしろ」

 黒い手袋に書かれた名前をしっかり目に焼きつけていると、レオルドがソフィアの手を取って指を互い違いに絡めるように握った。

「ソフィアは決して俺から離れるな」

「はい」

 洞窟の中は光が差し込まないというだけでなく、充満する呪いのせいでいっそう暗く冷たく感じられた。
 渦巻く呪いは王家への忘却の呪いとは違い方向性を失ったまま洞窟内を漂っており、オーブリーの手のランプの光もたびたび呪いのもやに遮られた。

「ヒェッ、気を抜くと呪われそう」

 リベルが大げさに怖がるそぶりを見せる。

(リベルさんの軽口……そう、あの軽口はリベルさん)

 少しでも気を緩めるとリベルの事さえわからなくなりそうで、何度も手袋に書かれた名前を確認する。
 強すぎる呪いの気配が恐ろしくてレオルドの手を握ると、レオルドは熱い手で握り返してくれた。

「それにしても、なんだか不思議な呪いですね」

 オーブリーが辺りを伺うようにランプを掲げながら目を凝らす。

「何か気づいたか?」

「はい。呪いも祝福もかけられた持ち主というか対象があり、普通はその相手にしかかけられません。しかしこの洞窟に渦巻く呪いは対象のない呪いに見えます」

「あぁ、そう言われると祈りの会の聖女の祝福に近い感じかも」

「これは自分に向けられた呪いじゃない、と強く思っていればある程度までは耐えられそうです」

 聖女の祈りの会で祝福をばらまくというのが、こういう感じなのかと納得する。
 さすがにこの呪いほどの濃さで祝福をばらまける聖女はいないらしいが。
 先ほどリベルに呪いに一番詳しいと言ってもらえたが、ソフィアが知っているのはルーパスにかけられている忘却の呪いだけだ。
 ただルーパスにかけられていた呪いと自分に移した呪い、さらにこの洞窟内を漂う呪いは確かにどこか違う気がする。
 他の呪いを感じて初めて呪いに違いがあることを知り、一体どこが違うのか必死にその差を感じ取ろうとしていた。

「着いたぞ」

 レオルドの言葉に顔を上げると、洞窟の奥には石の柩が納められていた。
 高い天井の隙間からは外からの光がわずかに漏れ落ちてきて柩を照らしている。
 柩の上でキラリと何かが光った。
 ソフィアの手を取ったままレオルドが柩に近づく。

「これか」

 光の正体は石の柩の上に置かれたネックレスだった。
 チョーカー型の太いネックレスは金で作られた精巧な土台の真ん中に、ブラックダイヤのような大きくて立派な宝石が黒く光っている。
 呪いを見るのが得意ではないソフィアでさえ、それが禍々しい呪いに包まれているのがありありと見てとれた。
 ネックレスにまとわりついている黒いもやのような呪いが集まって、レオルドに向かっそのて手を伸ばして巻きついてくる。

(すごい……呪いがレオルド様を飲みこもうとしているみたい)

 レオルドはネックレスに近づこうと手を伸ばしたが、その手に呪いが絡みついてくるのを見て手を止めた。

「ソフィアは少し下がっていろ」

 繋いでいた手を離しソフィアを下がらせると、レオルドはすらりと腰の剣を抜いた。
 剣の先で柩の上にあるネックレスを引っ掛けて地面に落とすと、そのままくるりと剣を逆手に持ち変えて両手でグリップを握りながら腕ごと剣を持ち上げる。
 宝石に狙いを定めて剣先をピタリと止め、そのまま体重を込めて一気に腕をふり下ろした。
 すると剣先が宝石に触れる直前、宝石の中で黒いモヤが激しくうごめきだすのが見えた。
 宝石の黒い輝きが呪いによるものだと気づいたソフィアが声をあげる。

「レオルド様、待ってくださ……」

 ソフィアの制止の声が届く前に、レオルドの剣先が宝石に触れた。
 その瞬間、ソフィアの目でもしっかりと捉えることができるくらいの呪いが石から一気に噴き出した。

「クッ!!」

「レオルド様!!」

 レオルドが黒い呪いのもやに飲み込まれそうになって、後ろから駆け寄ったソフィアがレオルドに勢いよく抱きつく。

「ダメ! やめて!! これ以上レオルド様を呪わせない!」

「ソフィア!!」

 迫り来る呪いからレオルドを守るようにかばったソフィアは、大量の呪いのもやに飲み込まれて意識を失ってしまった。
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