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二章 出会いと別れ
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メモリアがなんと言うかが恐ろしくておそるおそる目をやると、こめかみに手を添えて記憶を探るかのようにわずかに黒い目を細めている。
「ソフィア……ソフィア様。レオルド様の記録に残っていた描写と照らし合わせればこの方がソフィア様だとわかります」
「お前の記憶ではどうだ?」
「レオルド様の命令でソフィア様という方と勉強会をしていた記憶はありますが、それがいま目の前にいるソフィア様のことだとはわかりませんでした」
「そうか」
レオルドにしがみついたままソフィアが顔色を変えると、なだめるように熱い手が背中をなでる。
その手のひらの熱が、ほんの少しだけソフィアの動揺を落ち着かせてくれた。
「これが忘却の呪いだ」
「忘れてしまい申し訳ありません」
「いえ! いいえ!」
呪いが悪いのであって、決してメモリアのせいではない。
「ソフィア様と過ごした日々はすべて日記に記しておりましたので、何があったかはすべて覚えております」
「……そう、良かった……です」
紙に書かれたものをすべて覚えているというのがメモリアの特技だ。
おそらくこんな時のために準備してきたのだろう。
レオルドはメモリアに命じて軽食の準備をさせた。
食事を取るのに膝の上では居心地が悪いので、渋るレオルドを説得してソファに座らせてもらう。
ただしレオルドの手はしっかりとソフィアの腰に回されていた。
メモリアが淹れてくれた花茶を飲んで、ようやく気持ちが落ち着いてくる。
「コリウス陛下やカネス殿下の忘却の呪いはもっとひどいはずだ。忘却の呪いは、文字や絵に残したものは忘れないが直接目で見たものを忘れてしまう。だからあえて人前に顔を出さないのだろう」
「陛下や殿下の肖像画や銅像が、忘却の呪いの対策のためとは知りませんでした」
「俺たちも他人事ではない。ひとまずメモリアは懐中時計を必ず持ち歩いてこまめに見るようにしろ」
「懐中時計?」
「はい。これです」
メモリアが取り出したのは金の懐中時計だった。
表にレオルド商会のシンボルにもなっているレオルドの肖像画、裏面には香水ソフィアの蓋に描かれていた女性の絵が刻まれている。
「俺にかかっている忘却の呪いも、いつどの程度まで強まるのかわからなかったからな。レオルド商会の品物に俺の顔と名前を入れているのはそのためだ」
(レオルド様はただの目立ちたがりというわけではなかったのね。でも……)
「レオルド様の顔はわかりますが、裏面の女性はどなたですか?」
「ん? ソフィアだと言っただろう? 俺は十二年前にソフィアの姿を忘れないようにと何枚もソフィアの絵を描いた。そして記憶をとどめるために、あのスミレの花畑の香りでソフィアという名の香水を作った。俺の描きためた絵と説明から、イミータに何枚もソフィアの絵を描かせて、その中で俺の記憶に一番近いものを香水の容れ物に使ったんだ」
「あの練り香水にそんな意味が……!」
「香水のおかげでソフィアを覚えていられたと言っただろう?」
レオルドがソフィアの手に自分の手を重ねて優しく目を細める。
レオルドの放つ雰囲気が急に甘くなったように感じられて、ソフィアは頬を赤く染めてうつむいた。
「あの、でも、レオルド様にも忘却の呪いがかかっていたとまったく気づきませんでした」
「イムソリア辺境伯の屋敷にいた頃は周りも呪いに耐性のある者たちばかりだったからあまり気にしていなかったんだが、エストーク侯爵家に引き取られて王都に出てきてからはそうも行かなくなってな。できるだけ人より目立つようにふるまった。その方が俺を狙う奴らも迂闊に手を出せなくなったしな。だからソフィアが気づかなくても仕方ない」
そこにすかさずメモリアの言葉が飛んできた。
「レオルド様の目立ちたがりの性分は生来のものだと思いますが」
「ふ、調子が戻ってきたな、メモリア」
メモリアは無表情のままうなずいていたが、その目はレオルドの姿を焼きつけるようにじっと見ている。
そこにはこれ以上レオルドのことを忘れたくないというメモリアの強い想いのようなものが感じられた。
(私だって……)
ソフィアはレオルドの美しい金の髪を見つめる。
レオルドがソフィアの視線に気づいて赤い目を向けてきて、その目の中には貧相なソフィアの姿が映っている。
忘れられてかまわないと思っていたはずなのに、今はもうこんなにもレオルドに忘れて欲しくない。
(忘れたくないし、忘れられたくない)
黙って見つめ合う二人にメモリアが小さく咳払いをした。
「ソフィア……ソフィア様。レオルド様の記録に残っていた描写と照らし合わせればこの方がソフィア様だとわかります」
「お前の記憶ではどうだ?」
「レオルド様の命令でソフィア様という方と勉強会をしていた記憶はありますが、それがいま目の前にいるソフィア様のことだとはわかりませんでした」
「そうか」
レオルドにしがみついたままソフィアが顔色を変えると、なだめるように熱い手が背中をなでる。
その手のひらの熱が、ほんの少しだけソフィアの動揺を落ち着かせてくれた。
「これが忘却の呪いだ」
「忘れてしまい申し訳ありません」
「いえ! いいえ!」
呪いが悪いのであって、決してメモリアのせいではない。
「ソフィア様と過ごした日々はすべて日記に記しておりましたので、何があったかはすべて覚えております」
「……そう、良かった……です」
紙に書かれたものをすべて覚えているというのがメモリアの特技だ。
おそらくこんな時のために準備してきたのだろう。
レオルドはメモリアに命じて軽食の準備をさせた。
食事を取るのに膝の上では居心地が悪いので、渋るレオルドを説得してソファに座らせてもらう。
ただしレオルドの手はしっかりとソフィアの腰に回されていた。
メモリアが淹れてくれた花茶を飲んで、ようやく気持ちが落ち着いてくる。
「コリウス陛下やカネス殿下の忘却の呪いはもっとひどいはずだ。忘却の呪いは、文字や絵に残したものは忘れないが直接目で見たものを忘れてしまう。だからあえて人前に顔を出さないのだろう」
「陛下や殿下の肖像画や銅像が、忘却の呪いの対策のためとは知りませんでした」
「俺たちも他人事ではない。ひとまずメモリアは懐中時計を必ず持ち歩いてこまめに見るようにしろ」
「懐中時計?」
「はい。これです」
メモリアが取り出したのは金の懐中時計だった。
表にレオルド商会のシンボルにもなっているレオルドの肖像画、裏面には香水ソフィアの蓋に描かれていた女性の絵が刻まれている。
「俺にかかっている忘却の呪いも、いつどの程度まで強まるのかわからなかったからな。レオルド商会の品物に俺の顔と名前を入れているのはそのためだ」
(レオルド様はただの目立ちたがりというわけではなかったのね。でも……)
「レオルド様の顔はわかりますが、裏面の女性はどなたですか?」
「ん? ソフィアだと言っただろう? 俺は十二年前にソフィアの姿を忘れないようにと何枚もソフィアの絵を描いた。そして記憶をとどめるために、あのスミレの花畑の香りでソフィアという名の香水を作った。俺の描きためた絵と説明から、イミータに何枚もソフィアの絵を描かせて、その中で俺の記憶に一番近いものを香水の容れ物に使ったんだ」
「あの練り香水にそんな意味が……!」
「香水のおかげでソフィアを覚えていられたと言っただろう?」
レオルドがソフィアの手に自分の手を重ねて優しく目を細める。
レオルドの放つ雰囲気が急に甘くなったように感じられて、ソフィアは頬を赤く染めてうつむいた。
「あの、でも、レオルド様にも忘却の呪いがかかっていたとまったく気づきませんでした」
「イムソリア辺境伯の屋敷にいた頃は周りも呪いに耐性のある者たちばかりだったからあまり気にしていなかったんだが、エストーク侯爵家に引き取られて王都に出てきてからはそうも行かなくなってな。できるだけ人より目立つようにふるまった。その方が俺を狙う奴らも迂闊に手を出せなくなったしな。だからソフィアが気づかなくても仕方ない」
そこにすかさずメモリアの言葉が飛んできた。
「レオルド様の目立ちたがりの性分は生来のものだと思いますが」
「ふ、調子が戻ってきたな、メモリア」
メモリアは無表情のままうなずいていたが、その目はレオルドの姿を焼きつけるようにじっと見ている。
そこにはこれ以上レオルドのことを忘れたくないというメモリアの強い想いのようなものが感じられた。
(私だって……)
ソフィアはレオルドの美しい金の髪を見つめる。
レオルドがソフィアの視線に気づいて赤い目を向けてきて、その目の中には貧相なソフィアの姿が映っている。
忘れられてかまわないと思っていたはずなのに、今はもうこんなにもレオルドに忘れて欲しくない。
(忘れたくないし、忘れられたくない)
黙って見つめ合う二人にメモリアが小さく咳払いをした。
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