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一章 できそこないの魔女と俺様令息
11.黒い手とはじめての……-1
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ソフィアはレオルドに抱きしめられていた。
こんなことをしてはいけないとわかるのに、抱きしめる腕の力が強くて逃げ出せない。
レオルドが耳の匂いを嗅ぐように顔を近づけてきて、耳の縁に鼻筋が触れてゾクリと身体が震える。
「いい香りだ。香水がソフィアの香りと混ざって甘い匂いがする」
「あ……レオルド様……」
「そんな声を出すな。我慢ができなくなる」
「んっ……我慢……?」
抱きしめる腕にいっそう力が込められる。
レオルドに抱きしめられているというだけで、ソフィアの胸はおかしいくらいに激しく鼓動を刻み、もう何も考えられなくなってしまう。
「呪いが濃くなっている。またあいつの呪いの身代わりになったな」
「あ……今日の朝に……」
「手を見せてみろ」
そう言うやいなや、片方の手の長手袋を有無を言わさずはずしてしまった。
「あ! いやっ!」
こんな黒く染まった醜い手をレオルドには見られたくない。
ソフィアはなんとか手を引いて隠そうとするが、レオルドの大きな熱い手は黒い手を捕まえて強く握りしめた。
「あぁ、冷たいな」
レオルドは冷えた黒い手を優しく包みこむと、温めるようにハーッと息を吹きかけた。
「え……」
思わず、信じられないものを見るような目でレオルドを見つめてしまう。
(こんな、こんなことされたの、初めて……)
レオルドは何のためらいも見せずに、ソフィアの真っ黒な手を握っている。
呪いが移ると恐れられ、誰もが触れるのを嫌がったこの黒く醜い手を。
ソフィアが震える声で尋ねた。
「レオルド様は、こんな手を気持ち悪く思われないのですか?」
「なぜ? ソフィアの手に触れられて嬉しい」
レオルドは真っ黒な手に頬ずりをしてから、ゆっくりとその手のひらに口づけを落とした。
「あ……」
手のひらからレオルドの唇の熱が直に伝わってくる。
そのまま腕を通って胸の中いっぱいに熱が広がる。
呪いをその身に移すようになってから、この禍々しく染まった黒い肌に直接触れてくれる人などいなかった。
なんて、なんて熱いのだろうか。
「だが、こんなにも痛々しい。辛くはないか?」
「ちゃんと浄化できる分だけなので……」
まだ幼く慣れていない頃は、呪いをその身に移しすぎて熱を出して寝込んでしまうこともあった。
しかし何度もルーパスの呪いを身に移して浄化するうちに、手首が黒く染まる程度なら日常生活に支障はなくルーパスに呪いの影響も出ないことがわかっている。
今朝だってちゃんと浄化できるところまでしか呪いを移していない。
だからもう辛くはない――辛くないはずだった。
「少しあたたかくなったか? 呪いも少し薄くなったようだ」
「まさか! こんな早く……」
確かに手の先の黒い色がわずかに薄くなったように見え、指の先がほんのりとあたたかい。
「俺にも魔女の血が流れているからな。多少は呪いを浄化できるらしい」
「あ、あの、レオルド様ありがとうございます」
顔を上げてお礼を口にすれば、レオルドが優しくほほえんでいる。
いつもと違う柔らかく細められた眼差しに、ソフィアの胸がギュッと締めつけられた。
両親が亡くなって王宮に来てから、こんな風に誰かに大切にされたことなどなかった。
ずっと、ずっと、誰かに自分を見て欲しかった。
(嬉しい……でもこの目……どこかで見たことがあるような……)
ふと、頭の中でなにかが過ぎる。
「いつからだ?」
「え?」
急に話しかけられ、頭に浮かんでいたものも消えてしまった。
「いつからあいつの呪いの身代わりになっている?」
「えぇと、七歳の頃からでしょうか」
「王宮に来てすぐか。幼い子にひどいことをさせる」
レオルドが大きく顔をしかめ、怒りを顔に浮かべている。
(レオルド様が私のことで怒っている? どうして……?)
それにソフィアが七歳の頃に王宮に来たことまで知っているようだ。
「レオルド様は私のことを調べたのですか?」
「あぁ。ソフィアのことならなんでも知っている」
「なんでも?」
「いや、なんでもは知らないか。どうしたらソフィアは笑ってくれる?」
レオルドが顔を寄せて顔をのぞき込む。
目の前でその赤い眼差しを切なく細めてられて、胸が激しく高鳴り過ぎて痛いくらいだ。
こんなにも心を寄せてくれたレオルドを喜ばせられるものなら、いくらでも笑ってあげたい。
でも――。
「……もう何年も笑っておりませんから、私にもわかりません」
長年、凍てつくような目に晒されて凍りついた心は、表情までも凍らせてしまったようだ。
「笑ってくれ、ソフィア……そして、俺を思いだ……」
レオルドは薄紫の目の奥になにかを探すように見つめながら、その顔を苦しそうに歪めた。
「……レオルド様?」
こんなことをしてはいけないとわかるのに、抱きしめる腕の力が強くて逃げ出せない。
レオルドが耳の匂いを嗅ぐように顔を近づけてきて、耳の縁に鼻筋が触れてゾクリと身体が震える。
「いい香りだ。香水がソフィアの香りと混ざって甘い匂いがする」
「あ……レオルド様……」
「そんな声を出すな。我慢ができなくなる」
「んっ……我慢……?」
抱きしめる腕にいっそう力が込められる。
レオルドに抱きしめられているというだけで、ソフィアの胸はおかしいくらいに激しく鼓動を刻み、もう何も考えられなくなってしまう。
「呪いが濃くなっている。またあいつの呪いの身代わりになったな」
「あ……今日の朝に……」
「手を見せてみろ」
そう言うやいなや、片方の手の長手袋を有無を言わさずはずしてしまった。
「あ! いやっ!」
こんな黒く染まった醜い手をレオルドには見られたくない。
ソフィアはなんとか手を引いて隠そうとするが、レオルドの大きな熱い手は黒い手を捕まえて強く握りしめた。
「あぁ、冷たいな」
レオルドは冷えた黒い手を優しく包みこむと、温めるようにハーッと息を吹きかけた。
「え……」
思わず、信じられないものを見るような目でレオルドを見つめてしまう。
(こんな、こんなことされたの、初めて……)
レオルドは何のためらいも見せずに、ソフィアの真っ黒な手を握っている。
呪いが移ると恐れられ、誰もが触れるのを嫌がったこの黒く醜い手を。
ソフィアが震える声で尋ねた。
「レオルド様は、こんな手を気持ち悪く思われないのですか?」
「なぜ? ソフィアの手に触れられて嬉しい」
レオルドは真っ黒な手に頬ずりをしてから、ゆっくりとその手のひらに口づけを落とした。
「あ……」
手のひらからレオルドの唇の熱が直に伝わってくる。
そのまま腕を通って胸の中いっぱいに熱が広がる。
呪いをその身に移すようになってから、この禍々しく染まった黒い肌に直接触れてくれる人などいなかった。
なんて、なんて熱いのだろうか。
「だが、こんなにも痛々しい。辛くはないか?」
「ちゃんと浄化できる分だけなので……」
まだ幼く慣れていない頃は、呪いをその身に移しすぎて熱を出して寝込んでしまうこともあった。
しかし何度もルーパスの呪いを身に移して浄化するうちに、手首が黒く染まる程度なら日常生活に支障はなくルーパスに呪いの影響も出ないことがわかっている。
今朝だってちゃんと浄化できるところまでしか呪いを移していない。
だからもう辛くはない――辛くないはずだった。
「少しあたたかくなったか? 呪いも少し薄くなったようだ」
「まさか! こんな早く……」
確かに手の先の黒い色がわずかに薄くなったように見え、指の先がほんのりとあたたかい。
「俺にも魔女の血が流れているからな。多少は呪いを浄化できるらしい」
「あ、あの、レオルド様ありがとうございます」
顔を上げてお礼を口にすれば、レオルドが優しくほほえんでいる。
いつもと違う柔らかく細められた眼差しに、ソフィアの胸がギュッと締めつけられた。
両親が亡くなって王宮に来てから、こんな風に誰かに大切にされたことなどなかった。
ずっと、ずっと、誰かに自分を見て欲しかった。
(嬉しい……でもこの目……どこかで見たことがあるような……)
ふと、頭の中でなにかが過ぎる。
「いつからだ?」
「え?」
急に話しかけられ、頭に浮かんでいたものも消えてしまった。
「いつからあいつの呪いの身代わりになっている?」
「えぇと、七歳の頃からでしょうか」
「王宮に来てすぐか。幼い子にひどいことをさせる」
レオルドが大きく顔をしかめ、怒りを顔に浮かべている。
(レオルド様が私のことで怒っている? どうして……?)
それにソフィアが七歳の頃に王宮に来たことまで知っているようだ。
「レオルド様は私のことを調べたのですか?」
「あぁ。ソフィアのことならなんでも知っている」
「なんでも?」
「いや、なんでもは知らないか。どうしたらソフィアは笑ってくれる?」
レオルドが顔を寄せて顔をのぞき込む。
目の前でその赤い眼差しを切なく細めてられて、胸が激しく高鳴り過ぎて痛いくらいだ。
こんなにも心を寄せてくれたレオルドを喜ばせられるものなら、いくらでも笑ってあげたい。
でも――。
「……もう何年も笑っておりませんから、私にもわかりません」
長年、凍てつくような目に晒されて凍りついた心は、表情までも凍らせてしまったようだ。
「笑ってくれ、ソフィア……そして、俺を思いだ……」
レオルドは薄紫の目の奥になにかを探すように見つめながら、その顔を苦しそうに歪めた。
「……レオルド様?」
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