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一章 できそこないの魔女と俺様令息
10.似顔絵と花茶-1
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出かける前からなんだかぐったりと疲れてしまったが、ソフィアは馬車に乗せられ連れられるままに王都にあるレオルド商会の店舗まで来ていた。
どうやらエストーク侯爵家の領地のほうに各地から仕入れた品物を扱う本店があり、それらを王都の店舗で販売しているらしい。
店舗のすぐ裏手には商品の外装を作る工房があり、レオルドは店舗に顔を出して軽く挨拶だけすると、すぐに裏手の工房に向かう。
工房には部屋がいくつもあり、その中のひとつの部屋の扉を開けると狭い部屋の床いっぱいに紙が広がって落ちていた。
「イミータ!」
レオルドが部屋の奥に声をかけると、カサと紙の向こうで何かが動く気配がした。
足に一枚の紙があたり、それを拾いあげてみるとそこには美しい樹や花が描かれている。
それはまるで本物のように生き生きとしていた。
「わぁ……すごいっ!」
「見事なものだろう?」
レオルドが得意げな顔をする。
すると床の上に積み上がった紙の向こうから、オレンジ頭の女性が顔を上げた。
頬にそばかすを散らし茶色の目に大きなメガネをかけた女性は、絵の具のついたエプロンをしている。
「レオルド様? 何かご用ですかぁ?」
「イミータ。ソフィアだ」
レオルドはイミータにソフィアを紹介すると、すぐに楽しそうに顔をのぞき込んでくる。
それは自分の宝物を紹介するような無邪気な笑顔で、なんだか立派な男の人のはずのレオルドがまるで子どもみたいに見えた。
「ソフィア、彼女はうちの商会のお抱え画家だ。レオルド商会のシンボルになっている俺の顔も、ソフィアの化粧品の外装もすべてこのイミータが描いたものだ」
「は、初めまして」
急に紹介されてソフィアがどぎまぎしていると、イミータが床に落ちた紙をかき分けながら勢いよく近づいてきてジロジロと顔をながめてきた。
「へー、この方がソフィア様。ちょっと笑ってみてください」
「え?」
「せっかくのお美しい顔の笑ったところを描きたいので」
「え、あの、美しいってそんな」
イミータは紙と鉛筆を手に取ると、ソフィアの顔を見ながら紙の上で素早く手を滑らせる。
じっと見られるだけでも慣れていないのに、さらに慣れない褒め言葉をもらい顔が赤くなってしまう。
「ソフィアは自分の顔を見たことがないのか? ソフィアは誰よりも美しいぞ」
レオルドはソフィアのあごに手を添えて上向かせると、正面から見つめてくる。
「えっ! レオルド様だって、さっき、あの地味って」
「派手さはないがソフィアは清楚で美しい」
レオルドの赤い目がまっすぐにソフィアの薄紫の目をとらえたままわずかに細められた。
さっきの子どものような雰囲気はすっかり身をひそめていて、まるで獅子に狙われた獲物のように背筋がゾクリと震える。
レオルドはソフィアを見つめながら、イミータを横目でにらんだ。
「ただし俺でさえまだ見ていない笑顔を、お前が先に見るのはダメだ」
「あっと、レオルド様。そのまま動かないで!」
イミータはレオルドににらまれてもまるで気にせず、紙をめくり新たに何かを描き始めた。
レオルドはそんなイミータの様子に眉をあげて楽しそうに笑うと、ソフィアにグッと顔を近づける。
「きゃっ! レオルド様!」
鼻が触れそうなほど近くにレオルドの顔がある。
あまりにも近い距離に恥ずかしくて逃げようとするが、あごに添えられた手が逃してくれない。
「動くな、ソフィア。逃げたらその唇を奪ってしまうぞ」
「え」
まさかのレオルドの言葉に、ソフィアはそのままその場で動けなくなってしまった。
どうやらエストーク侯爵家の領地のほうに各地から仕入れた品物を扱う本店があり、それらを王都の店舗で販売しているらしい。
店舗のすぐ裏手には商品の外装を作る工房があり、レオルドは店舗に顔を出して軽く挨拶だけすると、すぐに裏手の工房に向かう。
工房には部屋がいくつもあり、その中のひとつの部屋の扉を開けると狭い部屋の床いっぱいに紙が広がって落ちていた。
「イミータ!」
レオルドが部屋の奥に声をかけると、カサと紙の向こうで何かが動く気配がした。
足に一枚の紙があたり、それを拾いあげてみるとそこには美しい樹や花が描かれている。
それはまるで本物のように生き生きとしていた。
「わぁ……すごいっ!」
「見事なものだろう?」
レオルドが得意げな顔をする。
すると床の上に積み上がった紙の向こうから、オレンジ頭の女性が顔を上げた。
頬にそばかすを散らし茶色の目に大きなメガネをかけた女性は、絵の具のついたエプロンをしている。
「レオルド様? 何かご用ですかぁ?」
「イミータ。ソフィアだ」
レオルドはイミータにソフィアを紹介すると、すぐに楽しそうに顔をのぞき込んでくる。
それは自分の宝物を紹介するような無邪気な笑顔で、なんだか立派な男の人のはずのレオルドがまるで子どもみたいに見えた。
「ソフィア、彼女はうちの商会のお抱え画家だ。レオルド商会のシンボルになっている俺の顔も、ソフィアの化粧品の外装もすべてこのイミータが描いたものだ」
「は、初めまして」
急に紹介されてソフィアがどぎまぎしていると、イミータが床に落ちた紙をかき分けながら勢いよく近づいてきてジロジロと顔をながめてきた。
「へー、この方がソフィア様。ちょっと笑ってみてください」
「え?」
「せっかくのお美しい顔の笑ったところを描きたいので」
「え、あの、美しいってそんな」
イミータは紙と鉛筆を手に取ると、ソフィアの顔を見ながら紙の上で素早く手を滑らせる。
じっと見られるだけでも慣れていないのに、さらに慣れない褒め言葉をもらい顔が赤くなってしまう。
「ソフィアは自分の顔を見たことがないのか? ソフィアは誰よりも美しいぞ」
レオルドはソフィアのあごに手を添えて上向かせると、正面から見つめてくる。
「えっ! レオルド様だって、さっき、あの地味って」
「派手さはないがソフィアは清楚で美しい」
レオルドの赤い目がまっすぐにソフィアの薄紫の目をとらえたままわずかに細められた。
さっきの子どものような雰囲気はすっかり身をひそめていて、まるで獅子に狙われた獲物のように背筋がゾクリと震える。
レオルドはソフィアを見つめながら、イミータを横目でにらんだ。
「ただし俺でさえまだ見ていない笑顔を、お前が先に見るのはダメだ」
「あっと、レオルド様。そのまま動かないで!」
イミータはレオルドににらまれてもまるで気にせず、紙をめくり新たに何かを描き始めた。
レオルドはそんなイミータの様子に眉をあげて楽しそうに笑うと、ソフィアにグッと顔を近づける。
「きゃっ! レオルド様!」
鼻が触れそうなほど近くにレオルドの顔がある。
あまりにも近い距離に恥ずかしくて逃げようとするが、あごに添えられた手が逃してくれない。
「動くな、ソフィア。逃げたらその唇を奪ってしまうぞ」
「え」
まさかのレオルドの言葉に、ソフィアはそのままその場で動けなくなってしまった。
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