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一章 できそこないの魔女と俺様令息

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 よっぽどソフィアの顔がおかしかったのか、レオルドは大きな声をあげて笑っている。
 隣に立つメモリアはそんな主人を冷ややかな目でながめる。

「ハッ! 種明かしをするとこうだ」

 レオルドが胸の内から丸い蓋の付いた小さな容れ物を取り出した。
 蓋の表面には髪の長い美しい女性とスミレの花の絵が描かれており、女性の周りはなにやら凝った意匠で縁取られている。

「これは古い文字でソフィアと書いてある」

「ソフィア……?」

「あぁ。俺の商会で扱っている練り香水だ」

 そういえばレオルド商会では『ソフィア』という名の香水を売っていると、先日ぶつかった令嬢が言っていた気がする。
 レオルドが練り香水の蓋を開けると、柔らかなスミレの花の香りが資料室にふわりと広がった。

(あ……どこか懐かしい、いい匂い……)

 レオルドは蓋を閉めてその模様をソフィアが見やすいように傾ける。

「この絵もソフィアによく似ているだろう? これを見るとソフィアを思い出すから、俺はソフィアの事を忘れる暇がない」

「そんなことって」

「本当だ」

 そんなことが本当にあるのだろうか。
 蓋に描かれた女性だってソフィアに似ているかと言われれば、かろうじて似ているかもしれないというぐらいだ。

「それをソフィアにやるからいつもつけるといい。メモリアにも同じ物を持たせておく。その香りがあればメモリアもソフィアを忘れないはずだ」

「そんな! もらう理由がありません」

「いいから、持っておけ」

 レオルドは練り香水の容れ物を強引に握らせた。
 困って手の中の練り香水の容れ物を見てみるが、それは黒い長手袋の上でとても華やかにきらめいている。
 こんな綺麗な物をソフィアはひとつも持っていない。

(キラキラしてきれい……。それに、いい匂い)

 ひそかに胸をときめかせながら手の中の練り香水の容れ物に見惚れていると、その姿をながめながらレオルドが満足そうに笑う。
 そのままレオルドは手を伸ばして練り香水の蓋を開け、人差し指にわずかに取ってそれをソフィアの耳の後ろにつけた。

「ひゃっ!」

 いきなり耳の後ろに触れられて驚いて声を上げてしまい、レオルドがくっくっと喉の奥を鳴らす。

「他にも手首や首筋、それに胸の上のあたりにつけるといい。そこも俺がつけてやろうか?」

「いえ、結構です!」

 頰を赤く染めて焦りながら首をふると、レオルドはまた声を上げて笑った。

「さて、俺以外にもソフィアの事を覚えていられる者はいるだろう? それは誰だ?」

 ソフィアは自分のことを覚えていてくれる人を何人か頭に思い浮かべた。
 とはいえ普段接する人などわずかなので、すぐに数え終わってしまう。

「レオルド様以外だと、ルーパス殿下と、聖女のみなさまや、あとは聖官の方々です。他にも何人か私のことを忘れにくい方はいます」

「なるほどな」

 レオルドはソフィアがルーパスの名を口にした瞬間、不愉快そうに顔をしかめた。
 それからぐいと顔を近づけて小さな声で尋ねてくる。

「ソフィアはなぜ自分が忘れられやすいか考えたことがあるか?」

「え?」

 忘れられやすいことに理由があるなど考えたこともなかった。
 とまどうソフィアに、レオルドは低く落ち着いた声でゆっくりと話しかける。

「ソフィアはルーパス殿下になんの呪いがかけられているか知っているか?」
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