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一章 できそこないの魔女と俺様令息
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ソフィアがしばらく祈りを捧げていると、礼拝堂の外から時を知らせる鐘の音が聞こえてきた。
そこでようやく立ち上がり、身を整えて礼拝堂の外に出てからわずかに目を細めた。
長い間薄暗い礼拝堂の中にいたせいで、外にあふれる陽の光がまぶしい。
このあとは聖官から課せられた手仕事の時間だ。
早く自室に戻って今日の仕事を終わらせなくては、また怒られてしまう。
聖官は聖女や魔女の行動を厳しく管理する立場のものたちで、ソフィアの行動も逐一彼らに管理されている。
ソフィアは急いで自室へ戻るため、仕方なく決められた道ではなく近道を進むことにした。
黒の礼拝堂から中央庭園へと向かい、国王陛下の銅像の横を足早にすり抜ける。
王宮内の通路に入ると幾人かとすれ違ったが、誰ひとりとして気にとめる者はいなかった。
まるでそこに誰も存在していないかのように、皆の目線がソフィアの上を素通りしていく。
こんな時ソフィアは、いつも自分が透明になったような気がした。
ソフィアは昔から影の薄い目立たない存在だった。
従来の大人しい性格に加え、表情がとぼしく声が小さいせいもあるのだろう。
本来なら王宮でただひとりの魔女なんて珍しいはずなのに、魔女専用の黒の修道服を身につけていても誰も彼女に注目しない。
さすがに目の前で会話をすれば認識ぐらいはしてもらえるが、よほどの知り合いでもなければほとんど気づかれないのだ。
また何人かの例外を除いて、ほんのしばらく会わずにいればすぐにその存在を忘れられてしまう。
こんなに多くの人が働く王宮の中にいても、ソフィアはいつもひとりだった。
王宮の通路の窓から差し込むあたたかな陽の光の間を足早に通り過ぎながら、ふと黒い長手袋をはめた手が目に入る。
まるでこの世の光のすべてを拒絶するかのように黒く染まった手。
ソフィアはその場に立ち止まり床に写る自分の影を見つめた。
(私よりこの影の方がよっぽど本物みたい……)
本物の自分はとっくに全身が黒く染まり、この影のような姿をしているのではないか、だから誰にも気づいてもらえないのではないか、そんなおかしな妄想に囚われる。
いつも誰にも気づかれず、たまに向けられる視線はルーパスのように嫌悪感のこもったものばかり。
そんなソフィアにとって、いつか誰かに愛のこもった目で自分を見てもらいたい――それはほんの小さな、そして切実な願いだった。
(どうせ叶わない夢なのだけれど……)
物思いに沈んでいると、通路を曲がった先の向こうから、きゃあきゃあと若い女性たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
急にひとりの女性が曲がり角から飛び出してきて、避けそびれてその場に尻もちをついてしまう。
「あ……」
「あら、こんなところに人がいらしたの? 気づかなかったわ、ごめんなさい。……って、あら」
きらびやかなドレスに身を包んだ若い令嬢が、ソフィアを見下ろし怪訝な顔をする。
「いえ、すみません……」
小声で謝りながら立ちあがろうとしたら、太く立派な男性の手がソフィアの腕をつかんで勢いよく引き上げた。
「ソフィア。大丈夫か」
その太い手の持ち主は、白騎士の制服を身につけた立派な体躯の男性で、陽の光を受けながら見事な金の髪をきらめかせている。
その眩さに思わず目を細めながら、金の髪の持ち主の名前を口にした。
「……レオルド様」
そこでようやく立ち上がり、身を整えて礼拝堂の外に出てからわずかに目を細めた。
長い間薄暗い礼拝堂の中にいたせいで、外にあふれる陽の光がまぶしい。
このあとは聖官から課せられた手仕事の時間だ。
早く自室に戻って今日の仕事を終わらせなくては、また怒られてしまう。
聖官は聖女や魔女の行動を厳しく管理する立場のものたちで、ソフィアの行動も逐一彼らに管理されている。
ソフィアは急いで自室へ戻るため、仕方なく決められた道ではなく近道を進むことにした。
黒の礼拝堂から中央庭園へと向かい、国王陛下の銅像の横を足早にすり抜ける。
王宮内の通路に入ると幾人かとすれ違ったが、誰ひとりとして気にとめる者はいなかった。
まるでそこに誰も存在していないかのように、皆の目線がソフィアの上を素通りしていく。
こんな時ソフィアは、いつも自分が透明になったような気がした。
ソフィアは昔から影の薄い目立たない存在だった。
従来の大人しい性格に加え、表情がとぼしく声が小さいせいもあるのだろう。
本来なら王宮でただひとりの魔女なんて珍しいはずなのに、魔女専用の黒の修道服を身につけていても誰も彼女に注目しない。
さすがに目の前で会話をすれば認識ぐらいはしてもらえるが、よほどの知り合いでもなければほとんど気づかれないのだ。
また何人かの例外を除いて、ほんのしばらく会わずにいればすぐにその存在を忘れられてしまう。
こんなに多くの人が働く王宮の中にいても、ソフィアはいつもひとりだった。
王宮の通路の窓から差し込むあたたかな陽の光の間を足早に通り過ぎながら、ふと黒い長手袋をはめた手が目に入る。
まるでこの世の光のすべてを拒絶するかのように黒く染まった手。
ソフィアはその場に立ち止まり床に写る自分の影を見つめた。
(私よりこの影の方がよっぽど本物みたい……)
本物の自分はとっくに全身が黒く染まり、この影のような姿をしているのではないか、だから誰にも気づいてもらえないのではないか、そんなおかしな妄想に囚われる。
いつも誰にも気づかれず、たまに向けられる視線はルーパスのように嫌悪感のこもったものばかり。
そんなソフィアにとって、いつか誰かに愛のこもった目で自分を見てもらいたい――それはほんの小さな、そして切実な願いだった。
(どうせ叶わない夢なのだけれど……)
物思いに沈んでいると、通路を曲がった先の向こうから、きゃあきゃあと若い女性たちの楽しそうな声が聞こえてきた。
急にひとりの女性が曲がり角から飛び出してきて、避けそびれてその場に尻もちをついてしまう。
「あ……」
「あら、こんなところに人がいらしたの? 気づかなかったわ、ごめんなさい。……って、あら」
きらびやかなドレスに身を包んだ若い令嬢が、ソフィアを見下ろし怪訝な顔をする。
「いえ、すみません……」
小声で謝りながら立ちあがろうとしたら、太く立派な男性の手がソフィアの腕をつかんで勢いよく引き上げた。
「ソフィア。大丈夫か」
その太い手の持ち主は、白騎士の制服を身につけた立派な体躯の男性で、陽の光を受けながら見事な金の髪をきらめかせている。
その眩さに思わず目を細めながら、金の髪の持ち主の名前を口にした。
「……レオルド様」
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