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4.パンツ一枚

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「う……ん」

 朝になって倫子が目を覚ますと、ベッド横の床にパンツ一枚で土下座している梶くんがいた。

「梶くん!?」

 起きあがろうとして自分がまだ裸のままなのに気づく。

「ちょ、ちょっと待って」

 布団を引き上げて裸の胸を隠し、慌ててベッドの下に脱ぎ捨てられていたTシャツを拾って着る。パンツが見つからないけど、とりあえず土下座の梶くんが先だ。

「梶くん、顔をあげて」

「…………すいませんでした」

 蚊の鳴くようなか細い声で梶くんのお詫びが聞こえる。

「あー……。昨日はお互いに酔ってたから、事故ってことで。気にしないでいいよ」

「え!」

 梶くんはガバリと顔をあげて驚いてから、チラリとサイドチェストに目をやって苦々しい顔をした。

「いや、でも、彼氏さんとか……」

「えっと、今はフリーだからそういうのは大丈夫、かな」

「……そうですか」

 正座のまま、また下を向いてモゴモゴと答える。

 この感じ、なんて言うかものすごくいつもの梶くんだ。
 昨日の夜のアレはやっぱり別人だったんだろうか。
 いや、でも今、謝ってるってことは本人なんだろうけど。

「とりあえずシャワー浴びたら?」

 倫子はそう言ってバスルームの方を指差した。
 梶くんがシャワーを浴びてる間に布団に絡まっていたパンツとハーフパンツを見つけて身につけた。
 ベッドから立ち上がるとなんだか足がガクガクしていていまいち腰に力が入らないけれど、壁伝いに歩いて洗面所まで行った。
 乾燥まで終わっていた梶くんの洋服を洗濯機から取り出し、新しいバスタオルを用意してバスルームの梶くんに声をかける。

「バスタオル置いておくね」

「……ありがとうございます」

 倫子は朝はいつもコーヒーだけだから冷蔵庫の中には大した物が無い。

 うーん、朝ごはんとか用意した方が良いのかな?

 冷蔵庫の前にしゃがんで考えていると、背後から急に声が降ってきた。

「倫子さん」

「はいっ!?」

「洗濯ありがとうございました。あの、近くにコンビニありますか? その、パンツも替えたくて」

「あぁ、うん。降りて右に曲がって5分くらいのとこにあるよ」

「じゃあ、ついでに朝ごはん買ってきます。何か食べたいものありますか?」

「えーっと、鮭おにぎりで」

「わかりました。いってきます」

 梶くんは財布とスマホを持って出て行った。
 
 そういや、昨日、パンツまでビール被ってたな。
 さすがにパンツは脱がせらんなくて洗わなかったけど。
 ……いやまぁ、結局パンツも脱いだんだけどね。

 梶くんは30分もしないで戻ってきた。
 洗面所でゴソゴソ買ってきたパンツに履き替えて、どうやらカミソリや歯ブラシも買ってきたようで髭を剃ったり歯を磨いたりしている。
 その後、ローテーブルの前に座って倫子の淹れたコーヒーと梶くんの買ってきたおにぎりでもそもそと朝ごはんにした。

「あの、昨日は、すみませんでした……」

「うん。もう謝らなくていいよ。いや、でも、なんか、昨日はいつもの梶くんとちょっと雰囲気違ったね」

 思っていたことを倫子がポロリと口にすると、梶くんはグッと黙った後にボロボロ泣き出した。

「えぇ! ごめん! 昨日のそんなに嫌だった?」

 いやでも、手を出したのは君の方じゃないか、と思いつつ倫子はあわてて謝った。

「いえ、違うんです。俺、お酒飲むとああいう風になっちゃうのが嫌で」

「ああいう風って?」

「セックスしたくて我慢できなくなっちゃうっていうか……」

「えっと、いつもそうなの?」

「……はい。だから周りには下戸って言ってお酒飲まないようにしてて」

「そうなんだ。それなのに昨日は私の代わりにお酒被ってもらっちゃって悪かったね」

「それは良いんです。倫子さんが濡れなくて良かったです……」

 梶くんは下を向いて、すん、と鼻を鳴らしている。

「俺、二十歳になって初めてお酒飲んだ時に、ゼミの女の先輩に押し倒されて……。その先輩がすごく奔放な人で、お酒とセックスが好きで……」

「はぁ」

「いつもお酒を持って家にきて、酔っ払ってセックスして」

「えーと、それは元カノの話?」

「いえ、そうじゃなくて、俺はセフレの一人で……。そういうのが辛くて、でも嫌って言えなくて、流されてしちゃう自分も嫌で」

「うん」

「先輩が海外に行って、やっとそういう関係をやめられたんです。でもずっとそんなことしてたからか、お酒飲むとセックスするって身体が覚えちゃって、酔うと我慢できなくて……」

 セックスとかセフレとか梶くんの口から聞くと思って無かった言葉がポンポン出てきて、なんだか不思議な気分だ。

「あれは本当の俺じゃないって言うか、俺、あんな風に倫子さんを抱くつもりじゃ無かったのに……」

 また、泣き出してしまった。
 なんだかいたたまれなくて、倫子は思わずフォローしてしまった。

「えー、あー、でも、ちゃんと気持ち良かったよ?」

 ちゃんとっていうか、かなり気持ち良かったけど……。
 って、うん? 今、あんな風に抱くつもりはなかったって言った? 
 え? じゃあどんな風に抱くつもりがあったの?
 え?

「倫子さん、やり直させてください」

 梶くんは顔をあげるとこちらに膝を向けてずいっと近づいてきた。

「えぇ!! ちょっと梶くん、それは無理だよ」

「なんでですか。気持ち良かったんですよね? 俺とするの嫌じゃなかったんですよね? 俺、ずっと倫子さんが好きで、倫子さんに触れたくて、でもあんな風にするつもりじゃなくて」

「だって、今はもう酔ってないし、って、え、好き? え、誰が?」

「倫子さんが好きです」

「え」

「彼氏いないんですよね。俺とつきあってください」

「え」

「あんなのを倫子さんとの初めてにしたくないんです」

「いや、でも」

「……他に好きな人いるんですか?」

「いないよ、そんなの」

 またちょっと涙目になって聞いてくるのであわてて否定してしまった。

「じゃあ良いですよね」

「えーと、えーと、もうゴム無いし」

「……買ってきました」

「なん……」

 なんで、の言葉を言い終わる前に、涙目の梶くんの顔が近づいてきて口を塞がれてしまった。
 少し開いた口の中に舌を入れて、ゆっくり味わうように歯列をなぞった後、舌を絡ませる。

「倫子さん、好きです。ずっと好きでした」

 梶くんは一度口を離して、潤んだ目で見つめながら必死に訴えかける。
 そしてまた口づけを落とすと、今度は上あごを舐めてきて、それが気持ち良くて、倫子は声を漏らしてやっぱり身体を震わせてしまった。

「倫子さん、倫子さん、好き」

 あ、ダメだ、これ。

 キスの合間に熱のこもった声で名前呼ばれて、好きって言われて、またキスされて。
 気持ち良くて頭の中がフワフワしてしまう。
 梶くんを押し返す手にももうとっくに力が入らなくて、梶くんのTシャツを軽くつかんでいるだけになっている。
 梶くんがチュッと音を立てながら口を離して、倫子の顔を覗く。

「倫子さん、もっと気持ち良くなって」

 あぁ、きっと今、ものすごくだらしない顔をしている。

 梶くんが手を伸ばして、ガサガサとコンビニの袋からコンドームの箱を取り出した。

「倫子さん、ベッド行きましょう?」
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