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六章 愛の歌

78.愛の歌

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 アリイとヌイが乗っていた十の月の連絡船からさらに一月経った頃、十一の月の連絡船に乗ってエクウスがアミルに会いにきた。
 新皇帝ノウスの正式な使者としてラムール王家の正統な後継者であるアミルにラムールの地を治めて欲しいという話だったが、アミルはアリイにも同席を求めその場で正式に断った。

「俺には居たい場所ができたから」

「そうか。良かったな、アミル」

 アミルがルルティアと共にあるためにアイラナの地に根を下ろす覚悟を決めたことをエクウスは自分のことのように喜んでくれた。
 エクウスは二日後の連絡船でウトビアに戻っていった。

 アミルはお店で歌う毎日を過ごしながら、通訳が必要だなんだと理由をつけてはアリイに呼び出され忙しくしていた。
 とある日の夕方、お店に行く前のアミルが庭でリュートを弾いていると二階のベランダからひょこりとルルティアが顔を出した。

「アミル! 父さまに良い様に使われちゃってるね」

「俺で役に立つなら良いさ」

「目立つの嫌だったんじゃなかったの?」

「前はな。でも今は目立って色んな人にルーにふさわしい男だって認めてもらわないといけないから」

「そんな風に言われると怒れないじゃない」

「なんだよ、ルー。怒ってんの?」

「うん」

「機嫌を直してくれよ。ルー」

「だって全然二人になれない」

 ルルティアはわかりやすく口を尖らせて不機嫌な顔をしていた。
 アリイが暇さえあればアミルを連れ回し自らの仕事を手伝わせるので、なかなかルルティアと一緒に過ごす時間が取れなかった。
 さらにアミルはルルティアの家に居候しているままだったが、本邸の客間から離れへと部屋を移され、ルルティアとあまり二人きりにならないようにとアリイに厳命されている。

「もう、父さまのバカ……」

「結婚式までの辛抱だから」

 アリイの娘の婚約者に対するアレコレを思い出してアミルは苦笑した。
 アミルは木の根元に座り直すとリュートを奏でルルティアのために歌を歌った。
 愛しい人に愛を紡ぐその甘いささやきを楽しみながら、ルルティアも応えるようにときおり一緒になって歌う。
 美しい旋律が庭に響くと、姿を現したバズとアクアさまが音に乗せて舞うようにくるくると回っていた。

「バズとアクアさまの方がよっぽど近くで会ってるじゃない。ここまで来てよ、アミル」

「ダーメ。アリイさまとの約束だからな」

「アミル……」

「ん、仕方ないな。内緒にしておいてくれよ」

 ルルティアのねだるような声にアミルはゆっくり腰を上げると、近くの木に足をかけてひょいひょいと二階のベランダまで跳んできた。

「アミル!」

 ルルティアがアミルに抱きつき、アミルもルルティアを抱きしめ返す。
 見つめあう二人の唇が柔らかく重なった。
 ルルティアが口をわずかに開けて催促するようにアミルの唇を舐めると、アミルはビクリと震えてすぐに身体を離した。

「ダメ。ここまで」

「えぇ、そんなぁ」

「ダメだ、バズ。頼むからやめてくれ」

 アミルが真剣な顔をして口に手を当てている。

「どうしたの?」

「バズが一体化しようとしてくるからさ。こんなところであんたを押し倒すワケにはいかないだろ?」

「あ、うん、そうだね」

 ルルティアも顔を赤くすると、アミルから身体を離した。
 さすがにこんな所で身体をつなげるわけにはいかない。
 アクアさまもやめてね、とルルティアも心の中でこっそりと呼びかけておいた。

 空が少しずつ暗くなってきてそろそろアミルがお店に向かう時間だ。
 離れるのが名残惜しくてルルティアが話題を探す。

「そういえばアミルの秘密ってなんだったの?」

「あぁ、アレか」

 レナに話していたということは王子さまだった事やお姉さんの話ではないのだろう。

「レナもそうだって言うからルーには内緒にしておいてくれって頼んだんだよな」

 そう言ってアミルはイタズラの種明かしをするように笑った。

「俺、実は泳げないんだよね」

「え?」

 アミルの言ったことの意味がよくわからなくてルルティアは目をパチパチさせる。

「今までゆっくり泳ぎを教えてもらう機会なんてなかったからさ」

「でも崖から飛び降りたり、岬まで舟で行ったり、それに川にも飛び込んでたじゃない!」

「崖は仕方なくだし、舟とか川とかの時はあんたがいれば大丈夫かなって」

「え、でもヒキナ島からマラマ島まで泳いでたよね?」

「あれはアクアさまの力を貸してもらっていたから」

「ヤダ、早く言ってよ!」

「言っても変わらないだろ? ルーに泳げないって知られたらカッコ悪いし」

「それなら川に飛び込めなんて言わなかったのに……!!」

 アミルのまさかの告白に、泳げない人にあんな大ケガの状態で川に飛び込ませてしまったと知ってルルティアは顔を青くさせた。
 アミルはなだめるようにルルティアの頭をなでた。

「そのおかげで助かったんだから良いだろ?」

「……無事で良かった」

 ルルティアは涙目になりながらアミルの胸に飛び込むとギュッと抱きついた。
 しばらくそうしていたら、アミルがルルティアの頭をポンポンと叩いた。

「はい、おしまい」

 ルルティアが顔を上げて、むぅ、と口を尖らせるとアミルは楽しそうに笑ってから耳元でささやいた。

「ルー。結婚式の夜にめちゃくちゃ抱くから待っていて」

「めちゃくちゃ……って、バカ!」

 ルルティアが耳に口を当てて顔を真っ赤にさせると、アミルはハハッと笑い声を上げながらベランダからピョンと飛び降りた。
 くるりと一回転して着地をしてから、ルルティアにいってくるよと手を上げた。

「アミル、いってらっしゃい!」

 ルルティアの声を背に受けて、アミルはバズと一緒に去っていった。
 すっかり陽が落ちた空には星が瞬きはじめていた。
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