【R18/完結】猫は魚を食べちゃいたい(※性的な意味で)〜愛され巫女の運命の番は美形で意地悪な吟遊詩人〜

河津ミネ

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四章 アミル失踪

64.水の竜

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 川に足を浸けていたルルティアは目の前に繰り広げられた光景に悲鳴をあげた。

「アミル!!」

 ルルティアの目にはアミルが皇帝メトゥスの首筋にナイフを押し当てている姿が映しだされる。
 ルルティアがさらに目を凝らすと、アミルがメトゥスに投げ飛ばされて床に組み伏せられた。

「いやだ、アミル!!」

「ルル、どうした?」

 ヌイの呼びかけを無視してルルティアはザブザブと川に入り腰まで水に浸かった。
 もっとはっきり見ようとルルティアは川の水に意識を集中させる。

 それからの動きはまるで時間の流れがゆっくり進んでいるように見えた。
 アミルの覆面を剥いだメトゥスがアミルの頭をつかんだと思ったら、床に思いきり叩きつける。
 同時にすらりと剣を抜いた男が二人に近づいてくる。

「……!!」

 ルルティアは声にならない悲鳴をあげた。
 その瞬間、男はメトゥスをひと息に叩き斬った。

「ひぃ! う、うぅ……」

「ルル、大丈夫か? 顔が真っ青だ」

 ルルティアの尋常じゃない様子に、ヌイもまた川に入ってルルティアの肩を抱いた。

「わ! なんだ、これは。……あれはアミルか?」

 ルルティアの肩に触れた瞬間、ヌイにもアミルの姿が見えたようだ。
 視界いっぱいに血の赤が広がるあまりに凄惨なその光景に、ルルティアは目を逸らしたくて仕方なかった。
 しかしアミルが無事かどうかが心配で、ガタガタ震えて涙を流しながらも必死に目を開けた。
 アミルが剣を携えた男に手を引かれて立ち上がった。
 血まみれではあるがアミルに怪我は無いように見える。

(もう、大丈夫なの……?)

 ルルティアがそう思った瞬間、アミルに大蛇が襲いかかり腕に咬みついた。

「きゃあ! アミル!!」

「あれは……すぐに手当てしないと」

 ヌイの焦った声がルルティアの不安をさらに煽る。
 アミルは血を流したまま外に飛びだすと走り続けて川に飛び込んだ。

「川……!」

 ルルティアはボロボロと涙をこぼしながらヌイを見上げた。

「アミルを迎えに行かなきゃ」

「ルル」

「約束、したから」

 ルルティアがアミルの落ちた場所まで行こうと水に意識を広げていると、空中をただよっていたアクアさまがピタリとルルティアの真正面に止まってじっと見下ろした。
 いつものアクアさまとまとう雰囲気が違う。

『願いなさい』

 滅多に喋らないアクアさまがルルティアに話しかける。
 ルルティアはゴクンと唾を飲んだ。

「アクアさま、お願い。アミルを助けたい」

 ルルティアが願いを口にするとルルティアの身体がぼんやりと青く光り出した。
 ルルティアの身体はどんどん光を増しその光は大きく天に向かって伸びていき厚い雲も突き破る。
 ルルティアの髪が青く染まりそのまま長く伸びていく。
 水色のウロコも広がって肌を覆うとどんどん大きくなった。
 次第にルルティアの身体の輪郭がゆらりと曖昧になり、天まで長く伸びた光と一つになり大きく輝いた。

 光が落ち着いたそこにいたのは、青く光る一匹の大きな竜だった。

 青い竜はくるりとその身を捩ると大きな水飛沫をあげながら一気に川に潜りこみ、水に溶けるようにして一瞬でその姿を消した。

「ルル……」

 ずぶ濡れになったヌイが呆然とルルティアを見送ると、あたりには静寂が訪れた。
 水面にはルルティアの身につけていた服だけが浮かんでいた。


 *****


 ルルティアは水の中をものすごい早さで移動していた。

(竜? 私、竜になってる!?)

 手足は鋭い爪を持ち身体は大きな竜になっているのがわかる。
 ルルティアは以前パウさまに教わったことを思い出していた。
 かつてこの世に精霊を遣わしたとされる三匹の竜。
 こうして竜の姿になって初めて、アクアさまの魚の姿は仮の姿で本性は水の竜だったということにルルティアは気づいた。

(アクアさま、ありがとう)

 ルルティアが呼びかけると身体の奥の方でプクプクとアクアさまが応えた。
 いつもの加護の力はもちろん、一体化とも比較にならないほどの力が満ちあふれてくる。
 青い竜の姿で川を滑るように泳いでいると自分を包むすべての水を思うままに動かせる気がした。
 ルルティアはアミルの落ちた川まで意識を飛ばした。すると川底に向かって沈んでいく黒い塊が見えた。

(あれは……バズ?)

 黒い塊には耳や尻尾があり猫の形をしている。
 しかしよく見ると黒猫の手からはゆらゆらと血が流れ出ていた。

(違う! あれはアミルだ!!)

 アミルの見た目は完全な黒猫に見えた。
 ルルティアがアクアさまの力で竜の姿になったように、アミルもいつもの一体化よりももっと深く混ざり合わなくては助けられないくらい傷が深かったのだろう。
 ルルティアが竜の手の尖った爪をクイと動かすと、アミルの周りに空気の壁ができ水面へと引き上げる。

(急がなきゃ!!)

 ルルティアが大きく尾をふるうとその身体はアミルの所まで一気に進んだ。
 竜の姿のルルティアは黒猫の姿のアミルを優しくその手におさめると、胸に抱いたまますぐにその場を離れた。

(アミル、お願い死なないで!!)

 腕からの血は止まっているようだったが、その身体はピクリとも動かない。
 川を一気に下り海まで出てから、ルルティアはアミルを竜の背にしっかりと乗せてアイラナの海を目指し泳ぎだした。
 海の中にいるルルティアは疲れを一切感じなかった。
 長い尾をひとふり動かせば一気に波間を滑るように進むことができる。
 ウトビア周辺を抜けると雲は薄くなり、星あかりだけを頼りにルルティアは進んでいく。

(早く、早く、もっと早く――)

 海をわたる風よりもはるかに早く、青い竜の姿をしたルルティアは波の抵抗などまるでないように海の中を飛んでいった。
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