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四章 アミル失踪

62.新月の夜-1

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 それは新月の夜だった。

 空は厚い雲に覆われていて星の光も見えないほどの暗闇に包まれていた。
 大陸統一二十周年式典の前夜祭として宮中では晩餐会が開かれている。
 いつもより警備は厳しいが、それでも多くの人が出入りして王宮内は浮き足立っていた。
 そんな隙をついてアミルは王宮に忍び込んだ。
 城壁を一気に飛び越え物陰に身をひそめるその動きは、あまりにも早過ぎて人の目で捉えられるようなものではなかった。
 さらに一体化した黒髪のアミルが黒装束でいると、褐色の肌も相まってその姿はすっと闇に溶けてしまう。
 一体化してより一層素早く動けるようになったアミルは、誰の目にも留まることなく一気に王宮の奥まで侵入していた。

 この時のためにアミルは一体化の特訓をしてきた。
 ノウスらにも秘密にしてきた猫の愛し子であることを自ら明かし、自らが先陣を切ることを願い出た。
 やっと巡ってきたチャンスを逃さないように慎重に足をすすめる。
 アミルは目的の場所である皇帝メトゥスの謁見室に到着すると、天井近くにある窓からこっそりと中を覗いた。

 ウトビアの晩餐会では特別に呼び出された者だけが、食後に別室で皇帝と謁見できることになっていた。
 謁見室ではちょうどアイラナの長アリイが呼び出されたところだった。
 アリイが護衛を連れて謁見室に入ってきた。
 護衛の一人であるエクウスの仲間はアミルの特別な耳にだけ拾える微かな音を出し、予定通りに事が進んでいることを合図する。
 ウトビアの皇帝メトゥスは玉座に座っていた。
 大陸統一のため自ら軍を率いて戦い抜いた男らしく、六十歳でもなお立派な体躯をしていた。
 腰まである真っ白な髪とギラリと光る緋色の目は見る者を圧倒させた。
 玉座の足元にはウトビアで神の使いとされている白い大蛇がとぐろを巻いている。
 時折、シューッと息を吐き細長い舌をチロリと見せる。

「よく来てくれた」

「お招きいただき光栄です」

 アリイがメトゥスに丁寧に挨拶をする。
 アイラナはウトビアの属国ではないが、国力に大きな差があるためメトゥスの要望を跳ねのけられるだけの力はない。
 メトゥスは精霊の愛し子に並々ならぬ執着を見せているので、ルルティアの献上を命じられたらアリイでも断るのは難しいだろう。

「さて、アイラナの魚の愛し子のことで大事な話がある」

 アリイとメトゥスの間に緊張が走る。
 メトゥスが口を開こうとしたその瞬間、天井のガラスが割れ部屋の灯りが消え辺りは暗闇に包まれた。

「何事だ!」

 メトゥスが玉座から立ち上がると、首筋にひやりと冷たい感触が走った。

「動くな」

 くぐもった声がメトゥスの動きを封じた。
 騒ぎを聞きつけた衛兵が謁見室に入ってきて急いで灯りを灯すと、いつの間にか背後に忍び込んだアミルがメトゥスの首筋にナイフを当てていた。

「皇帝陛下!!」

「誰も動くな!」

 アミルの叫び声が謁見室内に響く。
 すると突然、メトゥスがさもおかしいというように大きな声で笑いだした。

「フ……フハハ!!」

「何がおかしい」

 メトゥスは素早くアミルの腕をつかむとそのままアミルの身体を投げ飛ばして床に組み伏せた。
 軍人として訓練を受けたメトゥスの体術は巧みで、いくら一体化しているとはいえ戦闘の素人のアミルでは敵わなかった。

「一気に首を掻き切るべきだったな」

「くっ……離せ……」

「お前は何者だ」

 メトゥスがアミルを組み伏せながら問い詰める。
 アミルは下からメトゥスをギリと睨みあげた。

「俺は猫の愛し子だよ」

「なんだとっ!!」

 メトゥスがアミルの顔を覆う布を剥ぎ取ると、そこから黒い猫耳が現れた。
 メトゥスの緋色の目に狂気が浮かび燃えるように爛々と光りだす。
 メトゥスはアミルの頭をつかんでガンと床に叩きつけて叫んだ。

「剣を持て! コイツの首を叩き落としてやる!!」

「叔父上」

 衛兵と共に部屋に入ってきた一人の男がメトゥスに近づき、スラリと腰の剣を抜いた。
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