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四章 アミル失踪
53.アミルの過去-1
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アミルがバズと出会ったのは五歳の頃だった。
それまでもずっと自分の周りに何かがいる気配を感じていたが、その時までその気配が誰のものなのかをアミルはわかっていなかった。
その頃は旅芸人の一座で十歳上の姉ナビーラがリュート弾きをしながら生活を支えてくれていた。
まだ幼くて芸も披露できないアミルは一座の使いっ走りをしていた。
その日もお使いを頼まれて町に向かったら、いつも興味津々な様子で一座をのぞいていた町の少年たちに絡まれた。
少年たちはニヤニヤと笑いながらアミルを囲んだ。
「なぁ、お前捨てられっ子なの?」
「悪いことして親に売られたんだろ?」
「そんなヤツは俺たちがやっつけてやらないと」
口々に意地の悪いことを言って、アミルがお使い用として握らされていたお金を奪おうと手を伸ばしてくる。
いま思えば十二~三歳の悪ガキだったのだろうが、五歳のアミルには大きくて怖くて必死に隙をついて逃げ出した。
路地裏に逃げ込み物陰に身をひそめ息を殺していると、スリと足元にあたたかいものが触れるのに気づいた。
目を開けると、そこには黒く美しい猫がいた。
「ねこ……?」
『僕はバズ』
「え、しゃべった!?」
バズはひょいとジャンプすると、背後の高い壁の上に乗ってアミルを見下ろした。
『おいで、アミル』
「ムリだよ」
首をブンブンふるアミルをバズはじっと見つめる。
『できる』
その目を見ていたらできるような気がしてきて、アミルは少し下がって勢いをつけてジャンプした。
すると信じられないくらい身体が軽くて、高い壁もピョンと飛び越えて向こう側に落ちそうになる。
「うわ!」
落ちる! と思った時にはクルリと身体が回って華麗に着地していた。
そうしてアミルは少年たちから無事に逃げおおせた。
急いでお使いを終えてナビーラにその話をするとナビーラはサッと顔色を変えた。
痛いくらい強く両肩をつかまれて、ナビーラは怖い顔をしながらアミルに強く言い聞かせた。
「その力は決して人前で見せてはいけない。もし誰かに知られたら蛇の奴らに殺されてしまうから」
蛇のヤツらって? 殺されてしまうって? いくつも疑問が浮かんできたけれど、ナビーラの剣幕に押されてアミルはただうなずくしかできなかった。
それ以来バズはアミルの前に姿を現すようになった。
バズは喋れるはずなのにアミルの質問にはほとんど答えてくれず、たまに気が向いた時に少し話すだけだった。
それでも呼べば姿を現してくれて、旅ばかりの生活で仲の良い友達なんて一人もいなかったアミルはすぐにバズと仲良くなった。
バズの加護のおかげでアミルは身体が丈夫になり、さらに身軽に素早く動けるようになった。
嬉しくてバズと一緒になってぴょんぴょん飛び跳ねたりクルクルと宙返りしたりして遊んでいると、次第に周りに怪しまれるようになった。
ナビーラはすぐに一座を離れると決めた。
自分のせいで慣れ親しんだ一座を離れることになり、アミルは泣きながらナビーラに謝った。
「ごめん。ごめんなさい、姉さん」
「大丈夫。姉さんがあんたを守ってあげるから。いつか必ず帰れる日が来るから。そしたら一緒にラムールに帰ろう」
ナビーラはアミルを抱きしめた。
ナビーラは旅をしながら少しずつ色々なことをアミルに教えてくれた。
自分たちが今は亡き砂の国ラムールの王女と王子であること、アミルが猫の精霊の愛し子であること、父親もまた猫の愛し子であったこと、そして二人の親はそのために蛇の一族の長に殺されたこと。
それから二人は旅から旅へと流れ続けた。
いくらアミルが隠しているつもりでもとっさの時に人間離れをした動きをしてしまいあやしまれ、そのたびにナビーラはアミルを連れて逃げ出した。
幼くして流れ続ける二人の環境は少しずつ悪くなっていった。
それまでもずっと自分の周りに何かがいる気配を感じていたが、その時までその気配が誰のものなのかをアミルはわかっていなかった。
その頃は旅芸人の一座で十歳上の姉ナビーラがリュート弾きをしながら生活を支えてくれていた。
まだ幼くて芸も披露できないアミルは一座の使いっ走りをしていた。
その日もお使いを頼まれて町に向かったら、いつも興味津々な様子で一座をのぞいていた町の少年たちに絡まれた。
少年たちはニヤニヤと笑いながらアミルを囲んだ。
「なぁ、お前捨てられっ子なの?」
「悪いことして親に売られたんだろ?」
「そんなヤツは俺たちがやっつけてやらないと」
口々に意地の悪いことを言って、アミルがお使い用として握らされていたお金を奪おうと手を伸ばしてくる。
いま思えば十二~三歳の悪ガキだったのだろうが、五歳のアミルには大きくて怖くて必死に隙をついて逃げ出した。
路地裏に逃げ込み物陰に身をひそめ息を殺していると、スリと足元にあたたかいものが触れるのに気づいた。
目を開けると、そこには黒く美しい猫がいた。
「ねこ……?」
『僕はバズ』
「え、しゃべった!?」
バズはひょいとジャンプすると、背後の高い壁の上に乗ってアミルを見下ろした。
『おいで、アミル』
「ムリだよ」
首をブンブンふるアミルをバズはじっと見つめる。
『できる』
その目を見ていたらできるような気がしてきて、アミルは少し下がって勢いをつけてジャンプした。
すると信じられないくらい身体が軽くて、高い壁もピョンと飛び越えて向こう側に落ちそうになる。
「うわ!」
落ちる! と思った時にはクルリと身体が回って華麗に着地していた。
そうしてアミルは少年たちから無事に逃げおおせた。
急いでお使いを終えてナビーラにその話をするとナビーラはサッと顔色を変えた。
痛いくらい強く両肩をつかまれて、ナビーラは怖い顔をしながらアミルに強く言い聞かせた。
「その力は決して人前で見せてはいけない。もし誰かに知られたら蛇の奴らに殺されてしまうから」
蛇のヤツらって? 殺されてしまうって? いくつも疑問が浮かんできたけれど、ナビーラの剣幕に押されてアミルはただうなずくしかできなかった。
それ以来バズはアミルの前に姿を現すようになった。
バズは喋れるはずなのにアミルの質問にはほとんど答えてくれず、たまに気が向いた時に少し話すだけだった。
それでも呼べば姿を現してくれて、旅ばかりの生活で仲の良い友達なんて一人もいなかったアミルはすぐにバズと仲良くなった。
バズの加護のおかげでアミルは身体が丈夫になり、さらに身軽に素早く動けるようになった。
嬉しくてバズと一緒になってぴょんぴょん飛び跳ねたりクルクルと宙返りしたりして遊んでいると、次第に周りに怪しまれるようになった。
ナビーラはすぐに一座を離れると決めた。
自分のせいで慣れ親しんだ一座を離れることになり、アミルは泣きながらナビーラに謝った。
「ごめん。ごめんなさい、姉さん」
「大丈夫。姉さんがあんたを守ってあげるから。いつか必ず帰れる日が来るから。そしたら一緒にラムールに帰ろう」
ナビーラはアミルを抱きしめた。
ナビーラは旅をしながら少しずつ色々なことをアミルに教えてくれた。
自分たちが今は亡き砂の国ラムールの王女と王子であること、アミルが猫の精霊の愛し子であること、父親もまた猫の愛し子であったこと、そして二人の親はそのために蛇の一族の長に殺されたこと。
それから二人は旅から旅へと流れ続けた。
いくらアミルが隠しているつもりでもとっさの時に人間離れをした動きをしてしまいあやしまれ、そのたびにナビーラはアミルを連れて逃げ出した。
幼くして流れ続ける二人の環境は少しずつ悪くなっていった。
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