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五章 元の世界

92.元の世界-2

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 朝になり、真子は今日も変わらず予備校に向かう。
 家を出ようとして、母が声をかけてくる。

「真子、出かける前にお兄ちゃんに挨拶して」

「はーい」

「お兄ちゃん、行ってきます」

 母が用意したお水とお供えものを仏壇の前に置いてお線香をあげてから、チーン、と鈴を鳴らす。
 真子は軽く手を合わせてから家を出た。
 外は思ったよりも日差しが強くて真子が目の上に手をやって影を作ると、カラフルなブレスレットが目に入ってきた。
 ブレスレットがわずかに赤く光ったように見えて、真子は気になって逆の手でブレスレットに触れた。

『マーコ』

 自分を呼ぶ声が頭の中に響いた。

(マーコ……? 私……? そう、マーコは私……。私はマーコって呼ばれて……。誰に……?)

 くらりと目眩がして、真子は道端にしゃがみこんだ。
 足元のアスファルトに黒い影が落ちる。

 黒い影を見つめているうちに、頭の中に次から次へといくつもの映像が浮かんできた。

 茶色いランドセル。

 いつからか閉じられたままの仏壇。

 捨てられた制服のスカート。

 髪を切るように連れて行かれた美容院。

 志望先を変えて出したら破られた模試の結果。

 ヒステリックに叫ぶ母の姿と、逃げるように出て行く父の後ろ姿。

『真子』

『まこと』

『マコ』

『マーコ』

 真子を呼ぶいくつもの声がぐるぐると頭の中に響き渡る。

『マーコ』

 優しい響きと共に、燃える様な赤い髪の持ち主が金色の目を細めて柔らかい弧を描く。

「真子」

 真子が顔を上げると、目の前には母が立っており真子を見下ろしながら優しそうに微笑んでいた。
 母は真子に向かって手を差し伸べながらゆっくりと近づいてくる。
 真子は急いで立ち上がり、くるりと母に背を向けて走り出した。

 違う、違う、違う! 

 ここは私の世界じゃない!

 こんなお母さんは知らない!

 だってお母さんが私を真子と呼ぶはずが無い!

 後ろから聞こえてくる足音から逃げるように真子は全力で走った。
 手首のブレスレットが淡く光り、真子を呼ぶ声がかすかに聞こえた。

『マーコ』

 真子はブレスレットを掴んで大声で叫んだ。

「アレク! アレク!! 私はここ!!」

 その瞬間、ドン! と激しい衝撃が走り、辺り一面が暗闇に包まれた。
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