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四章 アレクサンドラとディアナ

72.まとわりつく闇-2

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 そこは暗闇だった。

 目を開けても閉じても変化を感じられない。
 全身の感覚が曖昧でそのまま身体の輪郭まで失って、暗闇に溶けてしまいそうな心地がした。
 光も音も無く、上も下もわからず、落ちているようでジッとしているような場所だった。

(前にも来たことあるような……。ん、あれ? これ、カイラさんの転移魔術の時の……)

 そこまで考えて、真子は急激に覚醒した。
 真子の意識がはっきりすると、指先まで感覚が戻ってきて自分と周りとの境目をはっきりとわかるようになった。
 真子の身体の周りを淡い虹色のモヤが包んでおり、淡い虹色のモヤからはフェリシアの魔力を感じる。
 あのままだったら自分の意識が溶けて無くなっていたかもしれないと思い、真子はブルと身体を震わせた。

「ありがとうございます」

 真子はバングルを額にあてて、自分を護ってくれているフェリシアにお礼を言った。

 すると暗闇のどこかからパタパタと誰かが走ってくる音が聞こえた。
 真子が音のする方に顔を向けると、五~六歳くらいの薄汚れた少年が走ってきた。

(こんな所に子ども?)

 真子は不思議に思って話しかける。

「君は誰?」

『オレに名前なんて無い……』

 少年が真子の方に顔を向けてその顔を歪めて泣きそうな声で告げた後、その姿はフッと暗闇に溶けて消えた。

(え!? 消えた? これは何? ゆ、幽霊とか?)

 真子がキョロキョロと頭を動かすと、バキッというにぶい音が聞こえた。
 目の前で先ほどの少年がドサッと地面に倒れこむ。
 少年は顔を殴られたのか、片目を腫らし鼻や口の端から血が流れている。
 真子が思わず駆け寄ると、野太い男の声が聞こえてくる。

『誰もお前のことなんて心配してねぇよ』

『お前は捨てられたんだ』

 少年が涙を流すと男たちの笑い声が重なって響き、少年の姿はまた暗闇に溶けて消えた。

『おい、赤髪。お前に名前なんて贅沢だ』

『顔が良いから高く売れそうだな』

 野卑た男の声と共にまた少年の姿が暗闇に浮かぶ。
 先ほどより少し大きくなったように見える少年が、その赤い髪を男の腕にグイと掴まれて顔を無理やり上げさせられながらアゴを撫でられている。
 少年が男の顔に向かってペッとツバを吐きかけ、怒った男に顔を思い切り殴られて倒れこむ。

『おいおい、顔は止めろよ。高く売れなくなるぞ』

 倒れ込んでいた少年の姿がまた溶けて消えた。

『魔術士ってのは女装させりゃ良いんだろ。女みてぇな顔しているからちょうど良い』

 逃げる赤髪の少年を組み伏せて無理矢理に服を脱がせ、女装させられている姿が暗闇に浮かんで消える。

『こりゃ良い! 魔術が使えるじゃねぇか』

『逃げられないように鎖に繋いでおけ』

 少女姿の赤髪の少年がジャラリと足首に鎖を繋がれ、そのままもう一方を柱に巻きつけられる。

『熱っ! このヤロウ!!』

 少年が男の腕に魔術で火を付け、怒った男にそのまま顔を蹴られる。
 グッタリと倒れる少年の姿が闇に消える。

 そのまましばらく静寂が訪れた。

 次にぼんやりと浮かんできたのは青い髪の少年と赤い髪の少女だった。
 赤い髪の少女はだいぶ成長しており十歳くらいの姿に見えた。
 青い髪の少年が赤い髪の少女に笑いかける。

『ねぇ、僕が君に名前を付けてあげる。そうだな……アレクサンドラ!』

『良い名前……』

 アレクサンドラが嬉しそうに笑うと、その姿が暗闇に溶けて消えた。

 それから真子がどれだけ待っても、もう少年の姿は見えなかった。
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