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第三話 奇妙な共同生活
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僕は今、制限時速より若干遅いスピードで走るクルマの後部座席の窓からよくある町並みを、ボンヤリと見つめている。
運転しているのは島氏永さんで、他に誰もいない。
何故こんな状況になったかと言うと、藍染さんの提案だ――――
「はれて、宜しくと言うわけで、皆の必要なものを取りに行こうか。皆の部屋にはベットとパソコンは用意してあるけど、日用品までは揃えてないからね。ま、買いに行ってもいいよ」
僕としては、パソコンとベットが今の家にあるものの全てだから、それだけあれば十分だ。
着替えと言っても、今着てるような物しかない。買って貰おうかな?
「あ、そうだ。クルマの免許持ってる人いる?」
「あ、あの、私持ってます」
島氏永さんが手を挙げただけで他は目をそらす。
「じゃ、シマリスちゃん運転お願いね。クルマは二台あるから片方を……あ、そうだ新人くんと使って。確か方面的に同じのはずだよ」
僕は島氏永さんをチラリと見た。
すると目があったので軽い会釈をした。
「おっさんとチェリぽんの方は僕が運転するから心配しないで。あと、シマリスちゃんと新人くん」
僕たちを呼びかけると、藍染さんは手を伸ばした。その手のひらには手品のようにいつの間にか一万円札が乗せられていた。
「二人の昼食代。今後は、この家で自炊をして貰いたいんだけど……ま、今日はね」
僕も島氏永さんも受け取ろうとしないのを見て、藍染さんは島氏永さんにクルマのカギと一緒に渡した――――。
クルマの走行から10分程度経過して、島氏永さんが沈黙を破った。
「え、え??と、島氏永 リサです。改めて宜しくお願いします」
「こ、こちらこそ。……あ、え、伏見 ハルキです」
お互い言葉を詰まらせながら、今更ながらの自己紹介した。
「た、大変なことになりましたね」
「そ、そうですね……人工知能とか、黒幕は国だとか。現実離れし過ぎてますよね」
僕は相づちを打ちながら改めて思い直す。まず、自分の家から出たことでさえ驚きなのに……それは他の人もそうなのかな?
これから何が起こるのだろう? 何度考えても夢心地だ。
「あ、あの、そう言えば、今、私の家に向かってるんですけど良かったですか?」
「あ、はい、構いません。僕は特に取りに行くものもないですし」
着替えについては、新しいのを買いに行くことで話がついた。洋服代としてプラス二万円貰っちゃったし……。
あと欲しい物と言えば、イヤホンとか充電器とか、安価で買える日用品とジャンクフードぐらいだ。
「…………」
「…………」
結局、沈黙に戻ってしまい、僕はもう一度、外の景色をぼんやりと見つめていた。
◇
「つ、着きました」
島氏永さんの呼び掛けで我にかえる。
ボーッとしたまま眠りそうになっていた。
「荷物を取ってくるので、ちょっと待っててください」
そう言い残すと、早足でアパートに行ってしまった。二階建てのよくあるアパートだ。
「……もしかして、手伝いに行った方が良かった?」
声に出したところで遅いけど。
いや、でも部屋の中を見られたくないって場合もあるし……。
一応、僕も男だし……って、島氏永さんをソウイウふうに見てる訳じゃないけど……。
あれ、でも異性として見ないのもおかしいのか?
で、でも、これからは一緒に生活する訳だし…………
「あー、もう!」
軽く頬を叩く。
アニメの見すぎだ。僕が主人公で島氏永さんがヒロインで、イチャコラした共同生活が始まる訳じゃない。
藍染さんが、ジェノをどうにかしないと僕たちは死ぬんだ。なのに、なんで僕の頭の中はこうもお花畑なんだ! もっと危機感を持たないと……
20分ぐらいして、島氏永さんが戻ってきた。
先程と服装が違う。ゆったりとした短めのベージュ色ワンピースに長い黒髪は綺麗なストレートに整えられている。
「すいません、お待たせしました」
助手席に黒いボストンバッグを置き、島氏永さんは運転席に座った。
「えっと、このあと、買い物に行くと言っていたので着替えました。……おかしくないですか?」
「に、に、似合ってます」
それ以上の誉め言葉が言えない僕。
島氏永さんは「良かった」と言って笑みを浮かべた。
その笑顔で余計に異性として意識してしまう。
「このあとは、どうしますか?」
僕は島氏永さんに見えないよう膝をツネリ、邪な考えを棄てる。
「お昼にしましょう。時間的にどこの店も空いてると思いますし」
スマホで時刻を確認すると、もうじき14:00になるところだった。
「わかりました。何か食べたい物はありますか?」
「い、いえ、特には……」
荒(すさ)んだ食生活を送ってきた僕は、食べ物に対する欲求がズレているだろう。ここは島氏永さんの意見を尊重するべきだ。
「そうですか……。あ、だったらショッピングセンターに行きましょう。服とかいろいろ売ってますし……」
「いいですね。行きましょう」
深く相槌を取ったはいいが、運転するのは島氏永さんだ。
「え、あ、その……」
シドロモドロする僕に、「出発します」と一声掛け島氏永さんはクルマを発車させた。
僕の声が小さすぎたのか、おどおどし過ぎで不快に思ったのか、どちらにせよ羞恥心が高まるばかりだ――――。
走行中、またもや無言になってしまう。
何でもいいから会話を……。
「あ、あの、い、今から行、ショッピングセンターはよく行くんですか?」
「え、えっと、あまり行かないです……」
愚問だった……。
島氏永さんもニートなんだから、部屋から出ることなんてあまりないだろうに……。
でも、確か資格勉強をしてると言っていたような――。
「そ、そう言えば、資格勉強をしてるんでしたっけ?」
「え、あ、はい」
「どんな資格ですか?」
なんとか会話を繋げた。
しかし、島氏永さんは少したじろいでいるようだ。
「あ、え、その、別に無理に答えなくても……」
「い、いえ……。こんなのです」
クルマが赤信号に填まったタイミングで、島氏永さんはボストンバッグから本を1冊取り出した。
『乙種 1・2・3・4・5・6類 危険物取扱者試験』
そう書かれた辞書みたいな参考書が出てきて驚いた。
「あとは――、これとかです」
続いて出てきたのは『POP広告実技講座』と書かれたカラフルな表紙の本……に続いて、『動物葬祭槻論』と黒い文字と冷たい雰囲気の表紙の本も出てきた。
「…………」
何を言えばいいか分からない。これは僕がコミュ障だからという問題じゃない。
「……ごめんなさい。コメントに困りますよね」
フロントの中央に備え付けられた鏡越しに、僕の表情を窺ったらしく、島氏永さんは暗い声で呟いた。
「…………」
僕が答えに迷っている間に信号は青に変わったらしく、島氏永さんはクルマを進めた。
「私は、やりたいことが見つからないんです」
呟きのような声で島氏永さんは語る。
「高校では文系を選考して、大学も文系をと考えたのですが……最終的には理系の専門学校に行きました。……三ヶ月ほどで辞めてしまいましたが」
こういう時は、横やりは入れないほうがいいと思い、僕は黙って聞いている。
「その後も、福祉系の勉強をしてみたり、事務系の勉強をしたりといろいろやってみました。……でも、どれも長続きしなかったです」
楽を求めニートをしている僕にとっては、勉強しようとする意志がある時点で凄いと思った。
……言葉にはしなかったけど。
「両親には、二十歳までにやりたい物を決めろ、と言われてます。それ以降はお見合いをしなければいけません。でも、やりたいことなんて見つかりません。お見合いも……出来ればしたくないです」
もともと小柄な島氏永さんが、もっと小さくなったように見えた。
「……あ! ご、ご、ごめんなさい!! どうでもいい話しでしたね……」
真っ赤になった島氏永さんは、ハンドルから手を離しそうになり更に慌てた。
慌ててる小動物みたいで可愛いと思ってしまった。
「い、いえ、僕が聴いたことですし……。それに頑張ってる島氏永さんは凄いと思います!」
「ありがとうございます」と小さな声で答えて、島氏永さんは黙ってしまった。
次に口を開いたのはショッピングセンターに着いたとき。「着きました」と小さく呟いた。
◇
僕たちは、フードコートにまず向かった。
「意外と混んでますね……」
平日で昼食時を外れているにも関わらず、コート内の席は結構埋まっている。まだ、学校が始まったばっかで終わりが早い学生たちが殆んどだ。
「えっと、どこにします?」
最初に目についたのは牛丼屋、次にラーメン屋と男の僕にはいいけど、女性の島氏永さんにはどうなのだろう?
近年は女子の肉食化が進んでいるらしいが、客観的な容姿での判断に過ぎないが、島氏永さんは当てはまらないと思う。
「あの、伏見さんさえ良ければ、あそこにしませんか?」
島氏永さんが小さく指差した場所は、食欲をそそる揚げたてポテトの匂いが立ち込める、ハンバーガーショップ。
連日の異物混入問題以降客足が途絶え気味で、学生たちもあまり手をだそうとしていない。
「いいですよ。僕、結構お腹すいていて早く食べたいですし」
危険よりも食欲の方が勝る。
久しぶりにポテトの匂いを嗅いでしまったせいもあるのか、多少何かが入っていても気にしないだろう。
ハンバーガーショップのレジに向かう途中、すれ違った男子高校生の一人が「リア充め……」と呟いた。
僕はそっぽを向いて聞こえていないふりをしようと思ったけど、「やっぱり、そういうふうに見えるんですね……」と島氏永さんに言われてしまった。
「そ、そうですね……」とキョドりながら相槌をうつ。
「着替えて正解でした。……あ、でも、私なんかが彼女と思われても迷惑ですよね……」
「い、いえ! そんなことありません!! えっと、と、と……、な、何にしますか?」
無理矢理話題を変えて誤魔化す。そうしないと、また変に意識してしまう。
……もう、してしまっているけどね。
注文を終え空いている席を探す。正確には学生たちから離れた席をだ。
席が見つかると同時に、渡されたブザーが鳴り出す。他の人に席を取られまいと、急いで商品を取りに行った。
「いただきます」
「……い、いただきます」
きちんと手を合わせて挨拶をしてから食べ始める島氏永さん。ヒョイとポテトを口に運んでから慌てて挨拶をする僕。もう少し品格を持つことにしようと心に決めた。
そのあとは、二人とも無我夢中にパクついた。
ふと、あることに気付いた。
「島氏永さん、もしかして藍染さんと食事に行ったことってありますか?」
「ふぇ、ふぁんででふか?」
「あ、口の中の物が無くなってからでいいです」
島氏永さんは飲み込み、ジュースを軽く口に含む。
「えっと、前にカフェで資格勉強を見てもらったことがありますけど……」
そう言って、不思議そうな顔をする。
「い、いえ、別に……。たいしたことじゃないので……」
藍染さんが島氏永さんを『シマリスちゃん』って呼ぶ理由が分かった。
現に、また口一杯にポテトを詰め、頬がリスみたいに膨らんでいる。そして、美味しそうに食べる島氏永さんの雰囲気もそうだ。
「僕も、シマリスさんって呼んでいいですか?」
「ふぇ? ふぁふぁいまふぇんよ」
「飲み込みんでからでいいですよ」
相変わらず困惑するシマリスさん。頬の膨らみも相変わらずだ。そんな彼女を見つめ、僕は少し苦笑いを浮かべてる。
お腹の中は、食事以外にも満たされる感じがした。
錆び付いていた青春の歯車がポテトの油で潤滑に回りだした……かもね。
食後は洋服売り場に行った。
僕が買ったのは、黒いTシャツと黒い短パン、下着の替え3日分。やっぱり人のお金で、となると気が退けるから安くしようとしてしまう。
あとは、電化製品のコーナーでスマホの充電器と出来るだけ安いイヤホンを購入した。ジャンクフードや黒い炭酸飲料のことも頭を過(よぎ)ったが、止めておいた方がいいと判断した。
その後、シマリスさんが資格の参考書が見たいということで本屋さんに向かった。本屋さんでは一旦別行動だ。
僕も資格の参考書を見た方がいいのかも知れないが、やっぱり漫画やラノベの方に目が行ってしまう。
少し経ってシマリスさんのところに向かうと、彼女は一冊の本を真剣に読んでいた。その表紙をチラリと見ると『タオルソムリエ』と書かれていた――――。
◇
藍染さんの家に着いたときには、もう日が傾き始めていた。
部屋に入り目に飛び込んで来たのは、ソファーの上にグロッキーな表情を浮かべ、グッタリとしている藍染さん。
その横で大いに盛り上がっている、覚王山さんと桜さん。桜さんは、何かのアニメのコスプレだろうか、メイド服らしい物を身に付けてポーズを取っている。
覚王山さんは「チェリぽーん!!」と叫びながら一眼レフのシャッタをきる。
これが所謂(いわゆる)コミケとかの会場の光景なのかな?
「や、やぁ……おかえり……」
ダルそうに右手をあげ挨拶する藍染さん。
「あ、あの、大丈夫……ですか?」
「いやぁ……、ちょっとあの二人のテンションにね……」
聞くところによると、覚王山さんはフィギュア、桜さんはコスプレの衣装関連で、何度も家と家、アニメのグッズを売ってる専門店等を往復していたらしい。時間や移動距離に比例し、二人はすっかり打ち解け、ヒートアップしていったそうだ。
その間、運転手を勤めていた藍染さんの心境は計り知れない。
「どう? シマリスちゃんとは仲良くできそう?」
シマリスさん……!
ふと我に帰る。カップルに見られて浮かれていたのか、お腹一杯になって眠気で判断力が鈍っていたのか、シマリスさんって呼ぶのはかなり失礼なことじゃないのか?
そもそも初対面の相手を、それも女性をそんなふうに呼んだことは一度もない。
身体中が熱くなり、変な汗が吹き出てくる。
「そっか。仲良く出来そうなんだ」
さっきまでのグロッキーな雰囲気が吹き飛び、藍染さんは水を得た魚のようになる。
お願いします! これ以上聞かないで!!
「じゃ、シマリスちゃん助けてあげて」
「えっ!?」
藍染さんが指差すを方を見ると、テンションバーストが収まらない二人が、シマリスさんに衣装をあてがってる。
シマリスさんは、異様なオーラを放つ二人に怯え震えてる。
「う??ん、やっぱり、鏡○リンちゃんのコスが似合いそう」
「だったら新人くんにレンくんになって貰うのは、どうデュフか?」
あ、僕もターゲットだ……。
「じゃ、頼むよ。僕は夜ご飯を作るからね」
僕の肩をポンポンと叩き、藍染さんはキッチンに避難する。
さて、……どうしよう?
じわじわと迫る二人。
じわじわと後ずさる二人。
キッチンに逃げた藍染さん。
石刀さんは部屋にいるのかな?
ニート×6人の奇妙な共同生活が始まった。
運転しているのは島氏永さんで、他に誰もいない。
何故こんな状況になったかと言うと、藍染さんの提案だ――――
「はれて、宜しくと言うわけで、皆の必要なものを取りに行こうか。皆の部屋にはベットとパソコンは用意してあるけど、日用品までは揃えてないからね。ま、買いに行ってもいいよ」
僕としては、パソコンとベットが今の家にあるものの全てだから、それだけあれば十分だ。
着替えと言っても、今着てるような物しかない。買って貰おうかな?
「あ、そうだ。クルマの免許持ってる人いる?」
「あ、あの、私持ってます」
島氏永さんが手を挙げただけで他は目をそらす。
「じゃ、シマリスちゃん運転お願いね。クルマは二台あるから片方を……あ、そうだ新人くんと使って。確か方面的に同じのはずだよ」
僕は島氏永さんをチラリと見た。
すると目があったので軽い会釈をした。
「おっさんとチェリぽんの方は僕が運転するから心配しないで。あと、シマリスちゃんと新人くん」
僕たちを呼びかけると、藍染さんは手を伸ばした。その手のひらには手品のようにいつの間にか一万円札が乗せられていた。
「二人の昼食代。今後は、この家で自炊をして貰いたいんだけど……ま、今日はね」
僕も島氏永さんも受け取ろうとしないのを見て、藍染さんは島氏永さんにクルマのカギと一緒に渡した――――。
クルマの走行から10分程度経過して、島氏永さんが沈黙を破った。
「え、え??と、島氏永 リサです。改めて宜しくお願いします」
「こ、こちらこそ。……あ、え、伏見 ハルキです」
お互い言葉を詰まらせながら、今更ながらの自己紹介した。
「た、大変なことになりましたね」
「そ、そうですね……人工知能とか、黒幕は国だとか。現実離れし過ぎてますよね」
僕は相づちを打ちながら改めて思い直す。まず、自分の家から出たことでさえ驚きなのに……それは他の人もそうなのかな?
これから何が起こるのだろう? 何度考えても夢心地だ。
「あ、あの、そう言えば、今、私の家に向かってるんですけど良かったですか?」
「あ、はい、構いません。僕は特に取りに行くものもないですし」
着替えについては、新しいのを買いに行くことで話がついた。洋服代としてプラス二万円貰っちゃったし……。
あと欲しい物と言えば、イヤホンとか充電器とか、安価で買える日用品とジャンクフードぐらいだ。
「…………」
「…………」
結局、沈黙に戻ってしまい、僕はもう一度、外の景色をぼんやりと見つめていた。
◇
「つ、着きました」
島氏永さんの呼び掛けで我にかえる。
ボーッとしたまま眠りそうになっていた。
「荷物を取ってくるので、ちょっと待っててください」
そう言い残すと、早足でアパートに行ってしまった。二階建てのよくあるアパートだ。
「……もしかして、手伝いに行った方が良かった?」
声に出したところで遅いけど。
いや、でも部屋の中を見られたくないって場合もあるし……。
一応、僕も男だし……って、島氏永さんをソウイウふうに見てる訳じゃないけど……。
あれ、でも異性として見ないのもおかしいのか?
で、でも、これからは一緒に生活する訳だし…………
「あー、もう!」
軽く頬を叩く。
アニメの見すぎだ。僕が主人公で島氏永さんがヒロインで、イチャコラした共同生活が始まる訳じゃない。
藍染さんが、ジェノをどうにかしないと僕たちは死ぬんだ。なのに、なんで僕の頭の中はこうもお花畑なんだ! もっと危機感を持たないと……
20分ぐらいして、島氏永さんが戻ってきた。
先程と服装が違う。ゆったりとした短めのベージュ色ワンピースに長い黒髪は綺麗なストレートに整えられている。
「すいません、お待たせしました」
助手席に黒いボストンバッグを置き、島氏永さんは運転席に座った。
「えっと、このあと、買い物に行くと言っていたので着替えました。……おかしくないですか?」
「に、に、似合ってます」
それ以上の誉め言葉が言えない僕。
島氏永さんは「良かった」と言って笑みを浮かべた。
その笑顔で余計に異性として意識してしまう。
「このあとは、どうしますか?」
僕は島氏永さんに見えないよう膝をツネリ、邪な考えを棄てる。
「お昼にしましょう。時間的にどこの店も空いてると思いますし」
スマホで時刻を確認すると、もうじき14:00になるところだった。
「わかりました。何か食べたい物はありますか?」
「い、いえ、特には……」
荒(すさ)んだ食生活を送ってきた僕は、食べ物に対する欲求がズレているだろう。ここは島氏永さんの意見を尊重するべきだ。
「そうですか……。あ、だったらショッピングセンターに行きましょう。服とかいろいろ売ってますし……」
「いいですね。行きましょう」
深く相槌を取ったはいいが、運転するのは島氏永さんだ。
「え、あ、その……」
シドロモドロする僕に、「出発します」と一声掛け島氏永さんはクルマを発車させた。
僕の声が小さすぎたのか、おどおどし過ぎで不快に思ったのか、どちらにせよ羞恥心が高まるばかりだ――――。
走行中、またもや無言になってしまう。
何でもいいから会話を……。
「あ、あの、い、今から行、ショッピングセンターはよく行くんですか?」
「え、えっと、あまり行かないです……」
愚問だった……。
島氏永さんもニートなんだから、部屋から出ることなんてあまりないだろうに……。
でも、確か資格勉強をしてると言っていたような――。
「そ、そう言えば、資格勉強をしてるんでしたっけ?」
「え、あ、はい」
「どんな資格ですか?」
なんとか会話を繋げた。
しかし、島氏永さんは少したじろいでいるようだ。
「あ、え、その、別に無理に答えなくても……」
「い、いえ……。こんなのです」
クルマが赤信号に填まったタイミングで、島氏永さんはボストンバッグから本を1冊取り出した。
『乙種 1・2・3・4・5・6類 危険物取扱者試験』
そう書かれた辞書みたいな参考書が出てきて驚いた。
「あとは――、これとかです」
続いて出てきたのは『POP広告実技講座』と書かれたカラフルな表紙の本……に続いて、『動物葬祭槻論』と黒い文字と冷たい雰囲気の表紙の本も出てきた。
「…………」
何を言えばいいか分からない。これは僕がコミュ障だからという問題じゃない。
「……ごめんなさい。コメントに困りますよね」
フロントの中央に備え付けられた鏡越しに、僕の表情を窺ったらしく、島氏永さんは暗い声で呟いた。
「…………」
僕が答えに迷っている間に信号は青に変わったらしく、島氏永さんはクルマを進めた。
「私は、やりたいことが見つからないんです」
呟きのような声で島氏永さんは語る。
「高校では文系を選考して、大学も文系をと考えたのですが……最終的には理系の専門学校に行きました。……三ヶ月ほどで辞めてしまいましたが」
こういう時は、横やりは入れないほうがいいと思い、僕は黙って聞いている。
「その後も、福祉系の勉強をしてみたり、事務系の勉強をしたりといろいろやってみました。……でも、どれも長続きしなかったです」
楽を求めニートをしている僕にとっては、勉強しようとする意志がある時点で凄いと思った。
……言葉にはしなかったけど。
「両親には、二十歳までにやりたい物を決めろ、と言われてます。それ以降はお見合いをしなければいけません。でも、やりたいことなんて見つかりません。お見合いも……出来ればしたくないです」
もともと小柄な島氏永さんが、もっと小さくなったように見えた。
「……あ! ご、ご、ごめんなさい!! どうでもいい話しでしたね……」
真っ赤になった島氏永さんは、ハンドルから手を離しそうになり更に慌てた。
慌ててる小動物みたいで可愛いと思ってしまった。
「い、いえ、僕が聴いたことですし……。それに頑張ってる島氏永さんは凄いと思います!」
「ありがとうございます」と小さな声で答えて、島氏永さんは黙ってしまった。
次に口を開いたのはショッピングセンターに着いたとき。「着きました」と小さく呟いた。
◇
僕たちは、フードコートにまず向かった。
「意外と混んでますね……」
平日で昼食時を外れているにも関わらず、コート内の席は結構埋まっている。まだ、学校が始まったばっかで終わりが早い学生たちが殆んどだ。
「えっと、どこにします?」
最初に目についたのは牛丼屋、次にラーメン屋と男の僕にはいいけど、女性の島氏永さんにはどうなのだろう?
近年は女子の肉食化が進んでいるらしいが、客観的な容姿での判断に過ぎないが、島氏永さんは当てはまらないと思う。
「あの、伏見さんさえ良ければ、あそこにしませんか?」
島氏永さんが小さく指差した場所は、食欲をそそる揚げたてポテトの匂いが立ち込める、ハンバーガーショップ。
連日の異物混入問題以降客足が途絶え気味で、学生たちもあまり手をだそうとしていない。
「いいですよ。僕、結構お腹すいていて早く食べたいですし」
危険よりも食欲の方が勝る。
久しぶりにポテトの匂いを嗅いでしまったせいもあるのか、多少何かが入っていても気にしないだろう。
ハンバーガーショップのレジに向かう途中、すれ違った男子高校生の一人が「リア充め……」と呟いた。
僕はそっぽを向いて聞こえていないふりをしようと思ったけど、「やっぱり、そういうふうに見えるんですね……」と島氏永さんに言われてしまった。
「そ、そうですね……」とキョドりながら相槌をうつ。
「着替えて正解でした。……あ、でも、私なんかが彼女と思われても迷惑ですよね……」
「い、いえ! そんなことありません!! えっと、と、と……、な、何にしますか?」
無理矢理話題を変えて誤魔化す。そうしないと、また変に意識してしまう。
……もう、してしまっているけどね。
注文を終え空いている席を探す。正確には学生たちから離れた席をだ。
席が見つかると同時に、渡されたブザーが鳴り出す。他の人に席を取られまいと、急いで商品を取りに行った。
「いただきます」
「……い、いただきます」
きちんと手を合わせて挨拶をしてから食べ始める島氏永さん。ヒョイとポテトを口に運んでから慌てて挨拶をする僕。もう少し品格を持つことにしようと心に決めた。
そのあとは、二人とも無我夢中にパクついた。
ふと、あることに気付いた。
「島氏永さん、もしかして藍染さんと食事に行ったことってありますか?」
「ふぇ、ふぁんででふか?」
「あ、口の中の物が無くなってからでいいです」
島氏永さんは飲み込み、ジュースを軽く口に含む。
「えっと、前にカフェで資格勉強を見てもらったことがありますけど……」
そう言って、不思議そうな顔をする。
「い、いえ、別に……。たいしたことじゃないので……」
藍染さんが島氏永さんを『シマリスちゃん』って呼ぶ理由が分かった。
現に、また口一杯にポテトを詰め、頬がリスみたいに膨らんでいる。そして、美味しそうに食べる島氏永さんの雰囲気もそうだ。
「僕も、シマリスさんって呼んでいいですか?」
「ふぇ? ふぁふぁいまふぇんよ」
「飲み込みんでからでいいですよ」
相変わらず困惑するシマリスさん。頬の膨らみも相変わらずだ。そんな彼女を見つめ、僕は少し苦笑いを浮かべてる。
お腹の中は、食事以外にも満たされる感じがした。
錆び付いていた青春の歯車がポテトの油で潤滑に回りだした……かもね。
食後は洋服売り場に行った。
僕が買ったのは、黒いTシャツと黒い短パン、下着の替え3日分。やっぱり人のお金で、となると気が退けるから安くしようとしてしまう。
あとは、電化製品のコーナーでスマホの充電器と出来るだけ安いイヤホンを購入した。ジャンクフードや黒い炭酸飲料のことも頭を過(よぎ)ったが、止めておいた方がいいと判断した。
その後、シマリスさんが資格の参考書が見たいということで本屋さんに向かった。本屋さんでは一旦別行動だ。
僕も資格の参考書を見た方がいいのかも知れないが、やっぱり漫画やラノベの方に目が行ってしまう。
少し経ってシマリスさんのところに向かうと、彼女は一冊の本を真剣に読んでいた。その表紙をチラリと見ると『タオルソムリエ』と書かれていた――――。
◇
藍染さんの家に着いたときには、もう日が傾き始めていた。
部屋に入り目に飛び込んで来たのは、ソファーの上にグロッキーな表情を浮かべ、グッタリとしている藍染さん。
その横で大いに盛り上がっている、覚王山さんと桜さん。桜さんは、何かのアニメのコスプレだろうか、メイド服らしい物を身に付けてポーズを取っている。
覚王山さんは「チェリぽーん!!」と叫びながら一眼レフのシャッタをきる。
これが所謂(いわゆる)コミケとかの会場の光景なのかな?
「や、やぁ……おかえり……」
ダルそうに右手をあげ挨拶する藍染さん。
「あ、あの、大丈夫……ですか?」
「いやぁ……、ちょっとあの二人のテンションにね……」
聞くところによると、覚王山さんはフィギュア、桜さんはコスプレの衣装関連で、何度も家と家、アニメのグッズを売ってる専門店等を往復していたらしい。時間や移動距離に比例し、二人はすっかり打ち解け、ヒートアップしていったそうだ。
その間、運転手を勤めていた藍染さんの心境は計り知れない。
「どう? シマリスちゃんとは仲良くできそう?」
シマリスさん……!
ふと我に帰る。カップルに見られて浮かれていたのか、お腹一杯になって眠気で判断力が鈍っていたのか、シマリスさんって呼ぶのはかなり失礼なことじゃないのか?
そもそも初対面の相手を、それも女性をそんなふうに呼んだことは一度もない。
身体中が熱くなり、変な汗が吹き出てくる。
「そっか。仲良く出来そうなんだ」
さっきまでのグロッキーな雰囲気が吹き飛び、藍染さんは水を得た魚のようになる。
お願いします! これ以上聞かないで!!
「じゃ、シマリスちゃん助けてあげて」
「えっ!?」
藍染さんが指差すを方を見ると、テンションバーストが収まらない二人が、シマリスさんに衣装をあてがってる。
シマリスさんは、異様なオーラを放つ二人に怯え震えてる。
「う??ん、やっぱり、鏡○リンちゃんのコスが似合いそう」
「だったら新人くんにレンくんになって貰うのは、どうデュフか?」
あ、僕もターゲットだ……。
「じゃ、頼むよ。僕は夜ご飯を作るからね」
僕の肩をポンポンと叩き、藍染さんはキッチンに避難する。
さて、……どうしよう?
じわじわと迫る二人。
じわじわと後ずさる二人。
キッチンに逃げた藍染さん。
石刀さんは部屋にいるのかな?
ニート×6人の奇妙な共同生活が始まった。
応援ありがとうございます!
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