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第二話 オフ会

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「ニートを殺したのは政府の人間だ。ジェノちゃんが割り出した情報を頼りに防衛省の特別な人間をニートのところに送ったんだろうね」 

 暫しの沈黙。
 政府の人間……つまり、国がニートを殺したってこと?
 確かにこの短期間で沢山の人が殺されたのだから、少数による犯行ではないはず。でも、何故、国がそんことをするのか理解出来ない。

「『モニターの前のニートの皆様、只今よりあなたたちの人権は無くなりました。速やかに……死ね!!』って、ジェノちゃんは宣告したよね」  

 藍染さんは僕らを見回す。
 
「ニートの人権は無くたったんだ。ジェノちゃんの言葉は国会の発表を代弁したんだ。もうじき法律も変わると思うよ」 
「ふざけるな!!」 

 八草さんが藍染さんの胸ぐらを掴み、無理矢理立ち上がらせる。

「ロープさん、落ち着いて。僕を殴っても何も変わりませんよ」
「……チッ」

 重い舌打ちのあと、藍染さんは解放された。

「ロープさんが怒るのは当たり前だよ。僕も激しく憤りを感じているからね」

 藍染さんの笑みに影が射す。背筋がゾクッとするような冷たい笑みだ。正しい表現か分からないけど「悪魔」と呼ぶのが相応しいと思った。

「国の判断は間違っている。ニートにも色々いるのにね。例えば……おっさん」 

 授業中発表者の方を一斉に向くみたいに、覚王山さんの方を皆が注目した。

「おっさんは今、自分の貯金で生活しているんでしょ?」
「そうデュフ。でも、もうヤバいデュフ。残高が一万円を切ったデュフ。デュフフ」
 
 覚王山さんは笑い飛ばしているが、笑い事なのだろうか?

「チェリぽんは、前に写真集に載ってたよね?」
「う、うん……でも、1回だけ。私の生活費や衣装代はパパから貰ってるの……」

 凄くしょんぼりとした声で語る桜さん。それを藍染さんは「大丈夫だよ」と声を掛けている。

「じゃ、ロープさんやビッチ姉は? お金は恐喝して貰ってるの?」
「んなわけあるか!! 女どもが勝手にくれるんだよ。それで生活して何が悪い?」
「あたしも同じ。男の子がくれるの??。援交してる訳じゃないのにね??」

 八草さんのドスの効いた大声と伊奈さんの軽く甲高い金切り声が部屋中に響く。もう少しボリュームを下げてほしい。

「シマリスちゃんは、資格勉強中だよね?」
「は、はい。でも、しょっちゅう投げ出してしまって……。生活費は両親から貰ってますし……」

 おどおどしながらも、ちゃんと答える島氏永さん。
 藍染さんは最後に僕の方を向き「ニートにも色々あるんだよ」と言った。昨日モニター上で言っていた、ニートでも忙しい人がいるってことがよく分かった。

「今回、殺されたのは周囲に害をもたらすニート。ゴミの溜め込み過ぎによる悪臭やネット上での中傷発言、違法アップロードや児童ポルノなどの犯罪者予備軍……などなど。
 僕たちとは全く違うよね?」

 この場にいる全員が、肯定的な発言や動作をする。

「でも、悲しいことに国が決めた『ニート』には僕たちも対象内なんだよ……おかしいよね?
 おっさんは国がちゃんとして無いから職を失ったのに……。シマリスちゃんはこの国のせいで就職出来ず資格勉強に励んでいるってのに……ね」

 藍染さんが怖い……?
 藍染さんの言葉に他者の意見を通さない冷たさを感じる。

「だから僕は、ジェノちゃんをハッキングしようと思うんだ。国にこれ以上ニートを殺させない為にね」

 藍染さんが行おうとしてることは自殺行為だ。国にバレたら殺されてしまう。

「そこで、皆にも協力して貰いたいんだ。僕の仲間として」

『仲間』という言葉に、僕は少しだけ胸が痛んだ。
 前には僕にも仲間と呼べる存在がいた。
 いや、悪友と呼んだ方が正しいのかも知れない……。

「協力って言っても何をするんや? ワイはPCを四六時中弄っていても、ブラインドタッチも出来なければ、C言語の知識もないんデュフよ」

 覚王山さんの発言で意識が戻る。今は過去の事を振り替えっているときじゃない。

「いや、別に難しいことを求める訳じゃないんだ。この家で一緒に生活して欲しいだけなんだ」 

 再び沈黙……。
 シェアハウスみたい事を言ってるいるのかな?
 でも、それが何になるんだろう?

「この家のネット環境は、僕が特別なフィルターを掛けている。だから、ジェノちゃんに見つかる事はないと断言できる。でも、周囲の目は誤魔化せない。
 ジェノちゃんをハッキングするのには、かなりの時間が掛かると思うんだ。その間、僕は籠りっぱなしに。当然、ゴミが溜まるし庭の花も枯れてしまう。下手したら役所の人間が調査しに来て、僕は捕まってしまうかもしれない」

 なるほど。
 そう言えば、ここは普通の住宅地の一角だったな。こんな場所でゴミ屋敷が近くにあれば通報されてしまうのも必然的な事だ。

「もちろん、生活費の全て僕が負担するよ。まぁ、だからと言って数百万もするブランドものの服や装飾品を山ほどってのは無理だけどね」

 藍染さんはクスクス笑う。

 これはチャンスかも知れない。
 僕は大学に通うことを名義に、ワンルームのアパートを借りている。
 もちろん、親のお金で生活している。まだ、一ヶ月だけだから親は何も言って来ないし、僕が大学に行ってないことにも気づいてないのだろう。
 でも、いずれバレる時が来てしまう。そうなったら説教だけじゃ済まされない。もしかしたら、離縁なんてこともあり得る。
  
「俺は帰る」

 そう言って八草さんは立ち上がった。

「面倒事は嫌いだ。俺は今のニュースの正確な情報が欲しかっただけだ」

 ぶつくさ言いながら歩き出す八草さんを「待ってください」と呼び止める藍染さん。
 八草さんは振り返り、ギロリと音が聞こえそうな睨みを効かせる。

「交通費と口止め料です。僕のやろうとしてることは、ニートにとっては救世主、国にとっては犯罪者ですから、内密にお願いします」

 にこやかな笑みで茶色い封筒を差し出す藍染さん。八草さんは、それをひったくるように取ると、後ろを向き中身を確認する。

「ハッ、わかったよ」

 ぶっきらぼうな言い方だけど、その表情は緩かった。いくらのお金が入っていたのだろうか?



「あたしも帰る??」 

 八草さんが出ていったあと、伊奈さんも手をあげた。

「シェアハウスってのは面白そうだけど……食べちゃダメでしょ?」

 伊奈さんは僕をチラ見している。

「当たり前だよ。もちろん、新人くん以外もね」
「でしょ??、そんなの生地獄よ。あ、因みにあたし女もイケるからね」

 島氏永さんはビクッと肩を震わせ、桜さんは凍り付いた顔をしている。覚王山さんだけは「大歓迎」と言ってるような笑みを見せてる。

「はーい、ビッチ姉、おしまい。若い子たちをイジメちゃダメだよ」
「え??、それもダメなの? あれ? それって性的な意味で?」

「ビッチ姉!!」
「アハハ、わかってるって。じゃね」

 伊奈さんは封筒を受け取らず、そのまま外に飛び出した。



「やれやれ、ビッチ姉の相手は大変だよ」

 僕たちは何も言えない……。 
 
「……で、キミたちは残ってくれるの?」

 藍染さんの問い掛けに、僕たちはお互いを見つめる。誰も特に席を立とうとはしない。

 ガラッとリビングの引き戸が突然開き男が入って来た。高級そうなスーツに七三分けの髪、そして黒渕眼鏡とIT企業の商社マンとも言える風貌の男だ。
 眼鏡の向こうの素顔も整った顔立ちをしている。

「あいつは帰ったか?」

 憮然とした表情で男は藍染さんを見つめる。

「ビッチ姉なら帰ったよ。それと『天才バカ』、ちゃんと自己紹介しなきゃダメでしょ?」

 天才バカ?
 褒めてるのか貶してるのかどっちなんだろう?
 それと伊奈さんとは面識があるようだ。

「石刀(イワト)サトシ、28。副管理人だ」

 表情を変えずそれだけ言うと、ソファーの空いている席に座る。

「因みに、天才バカは株のデイトレーダーをしててお金持ちだよ。今回はどうだった?」

 にこやかな藍染さんとは対称的に、石刀さんは「チッ」と舌打ちをした。
 
「そっか、かなり儲かったんだね」

 藍染さんの口角がさらに持ち上がる。

「あ、因みに、天才バカも一緒に暮らすからね」

 僕はここにいる全員を見回す。

 イメージ通りのニートの覚王山さん。
 どう見ても女性にしか見えない桜さん。
 どこか僕と似たところがある島氏永さん。
 神経質そうな副管理人の石刀さん。
 そして藍染さんは、なんとも言えない不思議な人だ。

 このメンバーに何故か不安を感じる。
 でも、ここで帰ったとしても、いつ殺されるか分からない恐怖に怯えて生活しなきゃいけない。

 残るか帰るか……。
 
「もう一度聞くよ。キミたちは残ってくれるのかい?」
「はい」

 僕は前者を選択する。
 何故なら……楽だから。

 僕は今までも楽な選択ばかりして来た。
 就職って選択肢もあったのに進学を選んだのは楽だから。
 進学先を誰でも入れるレベルの低い大学にしたのも楽だから。
 大学に行ってないのも講義を受けるよりゲームをしていた方が楽だから。
 交遊関係も面倒くさくなって独りを選んだのも楽だから。

 楽に考えるのは、人間の本質だし僕の考えは間違っていない……って、必死に肯定しようとする自分の考えが嫌いだ。
 でも、結局は『楽(らく)』を選んでしまう。
 
「いい返事だね、新人くん。ここでの生活がキミにとって『楽しい』ものになってくれたら嬉しいな」

「楽しくなくても、楽(らく)ならそれでいい」と僕は心の中で返事をする。

「ワ、ワイも残るで」
「私も」

 覚王山さんと桜さんが僕の後に続く。
 残るは島氏永さん、ただ一人。

「わ、私も残ります」 

 自分の意思でなのか、周りの空気に流されてなのか分からないけど、島氏永さんもことになった。

「皆、ありがとう。いやー、楽しみだなぁ」

 藍染さんは爽やかな笑みだ。

「偽善愛、俺たちの目的を間違えるな」

 石刀さんの冷たい一言に「はぁ??」と藍染さんはため息をついた。
 
「まったく、天才バカは稜々しいね。大変なのは僕たちだけだろ?」

 藍染さんの言葉に石刀さん以外は小首を傾げる。

  
「ジェノちゃんをハッキングするのは僕と天才バカの仕事。だから皆はここでの生活を楽しめばいいんだよ」

 楽しいよりも気になる事が1つある。 

「あの、質問なんですけど……」
「ん? どうかした?」
「ジェノが完全体になったらどうなるんですか? たしか、さっきまだ未完成とか言ってたなと思って……」

 藍染さんのから一瞬笑顔が消えた。
 
「鋭い質問だね。う??ん、そうだな、僕の臆測になるけど……」

 そう前置きする藍染さんに笑顔が戻った。
 しかし、背筋がゾクッとする方の笑顔だ。

「プレデターって知ってる?」
「エイリアンと戦うやつか?」

 覚王山さんが瞬時に答える。
 確かに、そんな洋画があったなと僕も思い出していた。

「違うよ、おっさん。無人の戦闘機だよ。今、先進国の兵器は無人化してるんだ。操作するのは自分の国の安全な部屋で、まるでゲームのように人の命を奪っているんだ」

 そんな兵器があるんだ。
 なんとなく腸が煮える思いがする。
 
「そのプレデターはコンピュータ制御されている。ジェノちゃんが完全体になったら、自由に操れるようになると思うよ」

 自由に操れる……つまり、自由に殺せるってことだ。

「それに、世界の戦争は核兵器で睨み合ってるでしょ? そのスイッチも、ジェノちゃんの自由にできるようになるはず……」

 ジェノは、もしかしたら戦争の為の兵器として造られたのだろうか?
 今、ニートがターゲットにされているのは、ただの練習で、この国は他国に戦争を仕掛けようとしているのはではないだろうか?

「ま、僕の臆測に過ぎない事だよ。それに、完全体になるのは当分先の話しだよ。其までに僕たちでジェノちゃんを倒せばいいんだよ」

 藍染さんの明るい笑みは皆の暗さを一掃する。

「さぁ、一緒に頑張ろう。愛と平和と自宅を守るためにね」

 藍染さんの笑顔は希望に満ちている。
 でも、何故、藍染さんはこんなにもジェノについて詳しいのだろう?
 僕の中で藍染さんに対する不信感も生まれた。

     

         
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