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23巻
23-3
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「違和感か。多分、これなんだろうなってのは思い浮かぶけど、神獣のアルマイズが気にかけるほどかっていうと、そうでもないと思うんだよな」
シンは、レトネーカが異種族のハーフではないかと予想していた。
実際に見たことがあるので、【分析】での表示のされ方も覚えている。レトネーカも、同じ表示のされ方をしていた。
二つの種族の特性を受け継ぐ『完成種』と呼ばれる存在は、ゲーム時は存在しなかった。未知の存在として、アルマイズの感覚に引っかかるような気配をしているのかもしれない。
しかし、自分で考えたことだが、シンにはそれが間違っているような気がしていた。
アルマイズが違和感を覚えるほどの気配なら、自分だけでなくシュニーやティエラといった面々も何かしら感じ取っていないとおかしい。
ユズハも今の力の戻り具合なら、感知能力も十分戻っているはずで、ヌヴァのことが知られる前の段階で一言くらい言ってきそうなものだ。
「心当たりを聞いてもよいか?」
「そういう存在もいる、という話なんだが……」
アルマイズに問われたシンは、ハーフについて彼に教える。
ただ、気にするような特殊な存在はなかなかいないし、レトネーカはそういうのとは違うように感じることも言っておく。
「異種族の力を受け継ぐ存在か。それも考えられなくはないが、種族は違えども同じ人間という枠組みの力だ。複数宿っているからといって、それに対してここまで違和感を覚えるとは思えん」
アルマイズの言葉には、納得できないというニュアンスが含まれているようにシンには聞こえた。わずかに黙り込んだアルマイズは、「これはむしろ」と小さくこぼした。
「心当たりがあるのか?」
気になったシンは、少し前にアルマイズがした質問を投げかけた。
アルマイズはそれに答えずに黙っていたが、シンがもう一度問いかける前に口を開く。
「すまぬ。少し集中していた。我の感覚はこれだろうという目星をつけた。しかし、こんなことがあるのか」
「こんなこと?」
アルマイズは困惑した表情でつぶやく。
「あの娘の中には、人とモンスターの力が混在しているように感じる。相容れぬはずのものが、同じ器の中で共存していると、我の感覚が告げているのだ」
「人とモンスターの力が混在? つまりあれか。レトネーカは人とモンスターのハーフってことか?」
それは、ゲーム時代にはあり得なかったこと。イベントやショートストーリーで孤児がモンスターに育てれられるというものならあるが、種族はあくまで人である。また、その過程でモンスターの力を得るなんてこともない。
「事実はわからぬ。しかし、そうであってもおかしくはない。それ以外に、存在する理由が想像できない」
「俺も聞いた覚えがないな。モンスターと過ごすうちにその力を取り込む、なんてことはないのか?」
「モンスターの力と人の力は似て非なるもの。我らもお主らも魔力を使うが、特殊な能力や道具を介さねば、互いの魔力を共有や譲渡することができぬだろう? それくらい、魔力の質が違うのだ」
アルマイズの言う特殊な能力というのは、召喚士と召喚獣、調教師と従魔のような特殊な結びつきのことだ。シンがユズハとしている契約も、これに該当する。
「だが、これはあくまで我の感覚によるものを現実にやれるとしたら、という想像に基づく考えにすぎん。実際は我の知らぬ技術があるか、はたまた特別な事情があるか。答えは出んな」
「まあ、そうだな。気にはなるが、今はなんだか元気もないし、アルマイズが感じたっていうものについて本人に聞くのはやめておこう。そっちはドルクさんあたりに、それとなく聞いてみる」
神獣であるアルマイズが気にしているとはいえ、シンはレトネーカが危険な人物だとは思っていなかった。ドルクたちから聞いた事情を考えれば、彼女の行動もさほどおかしいとは感じない。
シンがパルダ島に来てから長くはないが、復興作業で働いている彼女の姿はとても真面目で一生懸命。行動に違和感もない。
「とりあえず、今はなんで元気がないのかだけ聞いておくかな」
見回りに戻るというアルマイズと別れ、シンは木陰で休んでいるレトネーカに近づく。
彼女に対する最初の印象はあまり良くなかったが、話もしたくないと思うほどではない。ドルクに注意されてからは、彼女が弟子入りを懇願してくることもなくなった。
ヌヴァとの戦闘後に救助した以外は、復興作業中にすれ違うようなことがあれば軽く挨拶をする。そのくらいの間柄だった。
「よっ、休憩中か?」
「あ、シン殿」
顔を上げたレトネーカは、表情を穏やかなものに変えて応えた。
気落ちしているように見えたのも、アルマイズとの会話がなければ、ただ疲れていただけだと思ってしまうだろう。
「何か、御用ですか?」
「いや、たまたま見かけたから、ちょっと話でもと思ってさ。なんだか疲れた顔をしていたように見えたが」
今までの関わり方から考えると少し馴れ馴れしくはあるが、シンはなるべく軽い雰囲気を出すように話す。
「ご心配をおかけしてすみません。少し疲れが出てしまったようで、休憩していたんです」
「そうか。あー……隣、いいかな? 俺も休憩しようと思っていたんだ」
「ええ、構いませんが、シン殿ほどの人でも疲れるんですね」
「ステータスが高くたって、疲れないわけじゃないさ。眠くもなるし、腹も減る」
レトネーカの隣に腰を下ろしながら、シンは少し冗談めかして言う。そのタイミングで、まるで狙ったかのように腹が鳴った。
「……な?」
恥ずかしさをごまかすように、シンは苦笑する。
時間を確認すると、あと三十分ほどで昼食の時間だった。
「ふふ、そのようですね。戦場での様子を聞きましたが、そこから想像する姿とずいぶん違います」
「俺たちが戦っている時の様子を? ……指揮所か」
レトネーカのいた監視塔はヌヴァの咆哮で倒れたはずだと、シンは救助した時の話を思い出す。シンたちの様子が見えたとしたら、倒れずにいた監視塔か、指揮所になる。
「距離があったので、すべてはっきりと……とはいかなかったようです。でも、相手が大きかったので、とんでもないことをしていたのはすぐにわかったみたいですよ」
シンたちとヌヴァでは、縮尺が狂っているのではないかと思うほどの体格差がある。だというのに、シンが刀を振るうと、ヌヴァの巨体が嘘のように真っ二つになった。そんな話をレトネーカは聞いたという。
戦闘時は黒の派閥の戦闘部隊も防衛のために下がっていたので、シンは見られているとは思っていなかった。
もっとも、それを気にしていられる相手でもなかったので、結局は同じことだ。
指揮所の面々も、自身の目で戦況を確認するために監視要員くらいは用意していてもおかしくない。
「確かに、今回戦ったヌヴァはでかかったな。海であんなのに出会ったらトラウマものだ」
シンは魔導船舶で海底に潜ったこともある。真っ暗闇の世界から突然ヌヴァのような巨大なモンスターが出てきたら、気が弱い者なら気絶してしまうだろう。
実際のところ、ゲーム初期はそのような事態が実際にあった。下手なホラーゲームより怖いと、話題になったものだ。
これは【THE NEW GATE】に限らず、同じようなステージ設定のあるゲームでも度々問題になっていた。リアルな世界が構築できるようになったがゆえの弊害でもあった。
「でも、どれだけ怖くても、今回みたいに、必要になったら、戦わなきゃいけないんですよね」
軽めの口調で言ったシンに、レトネーカは噛みしめるように言葉を返した。
どこか自分に言い聞かせるような内容で、やはり彼女はただ疲れていただけではないと、シンは確信する。
「そうだな。戦いが避けられないのなら、武器を取って抗うしかない」
ドルクたち黒の派閥が、武装を整えてヌヴァたちに対抗しようとしたように。
アルマイズが、シンたちや黒の派閥と協力して戦うと決めたように。
何かをなすために、戦わなければならない時がある。
「戦い方は、人それぞれだけどな。レトネーカやドルクさんたちは直接戦うよりも、そのための道具作りがメインになるし」
戦うためにやれることは、人それぞれ。直接でなくとも、協力する方法はいくらでもある。むしろ、サポート側の方が重要なことすらあった。
「戦える奴だけでも、道具だけでもだめなんだ。やりようがないとは言わないけど、両方が揃っているのが一番だな。とくに選定者は、鍛冶師にはかなり世話になる。知り合いに、武器が耐えられなくて全力攻撃ができないって奴がいてな。ちょうどいい武器を手に入れるまで、色々苦労していたっぽいんだ」
とある国の王女が大剣を振るう姿を思い浮かべながら、シンは言った。もちろんシン自身も、ランクの低い武器をだめにしてしまった経験がある。
「武器、ですか」
「何か、思うところでもあるのか?」
シンは問い詰めるような口調にならないように注意しながら尋ねた。
レトネーカが答えてくれるかわからないが、聞かねば始まらない。
「シン殿。もし、ヌヴァとの戦いで私たちの作った武器を使っていたら、勝てましたか?」
「……そうだな。今回の戦いは正確には武器やスキルがすごくて倒したってわけじゃないが……黒の派閥の武器しかなかったとしたら、かなり苦戦したと思う。島の防衛に回ったティエラとセティも呼び寄せて、時間をかけて削るしか、対応策がなかったからな」
達人は得物を選ばないなんて言われることもあるが、その道の一流ならむしろ道具にはこだわれ、というのがシンの考えだ。
武器と装備を整えるのは、冒険者なら当たり前。その良し悪しで、勝負が決まることもある。
レトネーカがなぜそんな質問をしてきたのかなんとなく察しながらも、シンは偽りなく答えた。
「そう、ですよね。今の私たちの技術じゃ、本当に強い人たちが使うにはあまりにも足りないものが多い」
「かもしれない。でも、それで諦めたら、その先はないぞ」
「わかっています。師匠たちも研究をやめる気なんてないですし」
だめなのは私です……と、レトネーカは続けた。
「あの日から、鎚を持つ手に力が入らないんです」
レトネーカは膝を抱いて小さくなった。
「ずっと遠くから戦いの余波を受けただけで、体が震えて仕方なかった。アレは私たちのことなんて気にもしていなかったのに、動けなかったんです」
ヌヴァの放った咆哮は、機材や物資以外にも被害を出している。圧倒的な力の余波を受けて、体だけでなく心に傷を負った者も少なくない。
たとえ戦闘力が低くても、レトネーカは選定者だ。一般人より能力が高い分、ヌヴァの脅威をより正確に感じ取っていた。
「俺が言うのもなんだが、今回の戦闘はまともじゃない。死傷者の数が少ないのは、本当に運が良かっただけだ。あのまま戦い続けていたら、防衛部隊も島も、無事じゃ済まなかった」
シンたちの存在は大きいが、今回はあまりにも数に差があった。ありすぎたとも言える。
戦っていたシンも、まるでモンスターが無限に湧き出てくるんじゃないかと感じたほどだ。ヌヴァの不死身のような再生力に対して、称号とユズハの力によって想定より早く倒すことができたから、被害が少なかったにすぎない。
「師匠にも言われました。頭ではわかっているんです。でも、体はそう思ってくれないみたいで」
自分が作る武器が、使い手の命に関わる。この世界では、それが当たり前。使い手を生きて帰らせるために、鍛冶師は自身の技術の限りを尽くして装備を作る。
ドルクも、レトネーカも、他の鍛冶師もそうだ。
だがもし、もしだ。
自分の作った武器が弱かったせいで、モンスターを倒せなかったら?
自分の作った防具が脆かったせいで、使い手が致命傷を負ってしまったら?
それは、鍛冶師なら誰しも考えること。自分の腕が未熟だったせいで、倒せるはずの敵が倒せず、死ななくていいはずの誰かが死ぬかもしれない。
なまじ選定者として能力が高かったゆえに、鍛冶師として大きな挫折を経験してこなかったのだろう。レトネーカは、初めて感じる誰かの命を左右するかもしれない重圧に、押し潰されてしまいそうになっているのだと、シンは思った。
「自分の武器を使ってもらうのが、怖くなったか?」
「……はい。もし戦っている時に武器が壊れてしまったらって思うと、怖くて仕方ないです」
シンの予想は当たっていた。日差しは強いのに、レトネーカの肩が震えている。
(さて、どうしたもんかな)
シンは掛ける言葉に迷っていた。
レトネーカの心配はこの世界では往々にして起こり得る。
程度の差こそあれ、シンだって同じだ。どれだけ万全にしても、装備が壊れることはある。
ゲーム時代には、幾度となくモンスターに武器防具ごと粉々にされた。武器破壊に特化したモンスターを見た時など、罵詈雑言を叫んだものだ。
ただ、ゲーム時代と今では、もしもの時の精神的ダメージがあまりにも違う。
自信を持って作り上げた武器が粉々に砕けて、持ち主も死亡なんてしようものなら、最悪の場合、鍛冶そのものをやめる可能性だってあるだろう。
死んだプレイヤーがデスペナルティとともに復活して、文句を言いに来るなんてことは、この世界ではありえないのだから。
「ふぅむ。なあ、レトネーカはなんで鍛冶師になろうって思ったんだ?」
この問題は多少のアドバイスでどうにかなるものではないと判断したシンは、レトネーカの根源に触れる質問をした。
ドルクから聞いた過去を考えると、復讐心が再燃する可能性もある。それでも、目標に向けて行動する熱意があるだけマシだ。
どんな理由であれ、今はレトネーカが自身を奮い立たせられるような何かが必要なのだと、シンは思う。このままでは鍛冶だけでなく、何かを作るということそのものを恐れるようになってしまう気がした。
「なんで、そんなことを聞くんですか?」
「これまで話をしたことのある鍛冶師って、物作りが好きでやっている奴がほとんどなんだ。でも、レトネーカは少し違う気がしてな。戦う奴らのために役立つものを作るってところは同じでも、その根幹部分が違うと思った」
「私のことは、どこまで聞いていますか?」
レトネーカは、シンの口ぶりで自分の過去を聞いたのだと察したようだ。
「孤児だったとは聞いている。あとは、おそらく鍛冶に特化したタイプの選定者だろうとも」
「そこまで聞いていましたか。まあ、シン殿からすれば私が選定者だというのはすぐにわかったと思います。ただの技術による作品と、スキルによる作品はどこか違いますから。見る人が見れば、私が作った作品から技量を推し量るのは簡単でしょうし」
「腕が良いってことも聞いているよ。初めて会った時から、熱意があるのはわかっていたし」
自分の作業を後回しにしても、シンが刀を作るところを見たいと言って飛び入り参加してきたのがレトネーカだ。目的はどうあれ、向上心があるのは一目瞭然だった。
「間違ってはいないと思います。ですが、私が技術を高めたかったのは、師匠たちとは少し目的が違うんです」
「その目的を聞いても?」
「構いません。皆知っていますから」
レトネーカが語ったのは、ドルクから聞いていた話とほとんど一致していた。しかし、初めて耳にする部分もいくつかあった。
「私は普通の選定者とは少し違うらしくて。ドラグニルなんですけど、物の意思が感じられるというか、なんとなくどんな状態かわかるというか、そんな感覚があるんです。父には、あまり吹聴してはいけないって、しつこいくらいに言われました」
「そんな大事な話を、俺にしていいのか?」
「大陸で知らぬ人はいないとまで言われるシュニー・ライザーの武器を預かる人が、悪人なわけがないですから」
「そりゃまあ、誰かに話す気はないし、利用してやろうという気もないけど」
レトネーカの口ぶりから、シンは改めてこの大陸の住人のシュニーへの信頼が尋常じゃないと痛感させられる。
「選定者だったのもそうですが、この感覚のおかげで、武器を作る時の火入れのタイミングや、どこをどう打てばいいのかっていうのが他の人よりも理解できました。環境にも恵まれて、いろんな知識を得ることもできます。でも、私の中には父を殺したドラゴンへの怒りがありました。憎しみがありました。そんな時に、特効武器の話を聞いたんです」
「特効……キラー系の武器か。ドラゴンキラーはとくに有名だからな。資料も多く残っているし」
特定の種族に与えるダメージが増加する武器。特定の相手を狙うなら、狙う相手の種族がわかるなら、使用する得物として選択肢に入る。
シンも作り、使ったことがある。効果は間違いなくあるし、効果が適用される相手なら有利に戦えるのは間違いない。相手によって武器を替え、戦況を有利に進めるプレイヤーもいた。
しかし、シンは「俺の考えた最強の武器」を作るというのが鍛冶師としての目標でもあったので、キラー系の武器はあくまで参考にするものの一つと位置づけていた。
「自分なりに、良いものができるようになったと思っていたんです。どうしても試し切りに使えるのがワイバーンのような低ランクのドラゴンもどきでしたが、同じランクの武器よりもはるかに効果がありました。これをもっと強化できれば、いつか高レベルのドラゴンにもダメージを与えられる。そう、思っていたんです」
話しているうちに憎しみが再燃したのか、レトネーカの口調が強まる。しかし、それも一瞬のことで、すぐに声のトーンが下がってしまった。
「最高のドラゴンキラーを作る。そのために色々な資料を集めて、素材を吟味して、鍛錬方法も片っ端から試しました。でも、その結果できたのは、どこまで効果があるのかわからない試作品ばかり。戦いが終わってアルマイズ……さんが、本来の姿に戻った時、自分の作った武器が鱗に跳ね返されて砕ける幻が見えました」
ドラゴンを憎んでいても、島を守るために最前線で戦ったアルマイズにまで憎悪を向ける気はないようで、レトネーカは多少ぎごちなくも話し続けた。
「武器の性能は鍛冶師としての感覚で、アルマイズの強さは生来の感覚や選定者としての能力の高さでわかるか」
「はい。あくまで幻ではありましたが、実際にやれば同じ結果になると思います」
技術の最先端を走る黒の派閥の中で自身を高めてきただけあって、武器の状態に関しては確信できると、レトネーカは言う。
シンも、相対するモンスターの格によって、一定のボーダー以下の性能では武器がもたないと感覚的にわかることがある。『真月』が未だに修復できていないため、相手に合わせて武器を変えるが、選ぶ武器は皆、そうならないと信じられるものを使っていた。
「それも、誰かに自分の作った武器を使わせるのが怖くなった理由の一つか」
「はい。それに、思ってしまったんです。私は、本当に〝あのドラゴン〟を倒す武器を作れるんだろうかと」
「あのドラゴンって言うと、襲ってきたっていう」
「見たことのない、金色のドラゴンでした。額に赤い角が生えていて、鱗が鎧みたいになっていました。今でもはっきり思い出せます」
襲われた当時、レトネーカは六歳だったと、シンは聞いている。
子供にとっては、たとえ低レベルのドラゴンでも威圧感を受けるものだ。それに、彼女の父親は冒険者や兵士のような戦闘職ではなかったようなので、殺されたとしても相手が高レベルモンスターだったとは限らない。
しかし、レトネーカの話を聞くと、本当に上位のドラゴンの可能性が出てきた。シンの知る下位のドラゴンに、金色のものはいない。
「絵にできるか? これでもモンスターには詳しい。もしかすると、正体を知っているかもしれない」
「っ! 私の部屋に以前描いたものがあります。絶対に忘れないように、細部までしっかり描いたものが」
レトネーカの瞳に少しだけ力が戻る。落ち込んでいても、やはり父の仇にまで無反応ではいられないらしい。
「見せてもらってもいいか?」
「もちろんです」
復旧作業については、シンと同じくレトネーカも終了しているとのことなので、時間を気にする必要はなさそうだ。
シンは、レトネーカが異種族のハーフではないかと予想していた。
実際に見たことがあるので、【分析】での表示のされ方も覚えている。レトネーカも、同じ表示のされ方をしていた。
二つの種族の特性を受け継ぐ『完成種』と呼ばれる存在は、ゲーム時は存在しなかった。未知の存在として、アルマイズの感覚に引っかかるような気配をしているのかもしれない。
しかし、自分で考えたことだが、シンにはそれが間違っているような気がしていた。
アルマイズが違和感を覚えるほどの気配なら、自分だけでなくシュニーやティエラといった面々も何かしら感じ取っていないとおかしい。
ユズハも今の力の戻り具合なら、感知能力も十分戻っているはずで、ヌヴァのことが知られる前の段階で一言くらい言ってきそうなものだ。
「心当たりを聞いてもよいか?」
「そういう存在もいる、という話なんだが……」
アルマイズに問われたシンは、ハーフについて彼に教える。
ただ、気にするような特殊な存在はなかなかいないし、レトネーカはそういうのとは違うように感じることも言っておく。
「異種族の力を受け継ぐ存在か。それも考えられなくはないが、種族は違えども同じ人間という枠組みの力だ。複数宿っているからといって、それに対してここまで違和感を覚えるとは思えん」
アルマイズの言葉には、納得できないというニュアンスが含まれているようにシンには聞こえた。わずかに黙り込んだアルマイズは、「これはむしろ」と小さくこぼした。
「心当たりがあるのか?」
気になったシンは、少し前にアルマイズがした質問を投げかけた。
アルマイズはそれに答えずに黙っていたが、シンがもう一度問いかける前に口を開く。
「すまぬ。少し集中していた。我の感覚はこれだろうという目星をつけた。しかし、こんなことがあるのか」
「こんなこと?」
アルマイズは困惑した表情でつぶやく。
「あの娘の中には、人とモンスターの力が混在しているように感じる。相容れぬはずのものが、同じ器の中で共存していると、我の感覚が告げているのだ」
「人とモンスターの力が混在? つまりあれか。レトネーカは人とモンスターのハーフってことか?」
それは、ゲーム時代にはあり得なかったこと。イベントやショートストーリーで孤児がモンスターに育てれられるというものならあるが、種族はあくまで人である。また、その過程でモンスターの力を得るなんてこともない。
「事実はわからぬ。しかし、そうであってもおかしくはない。それ以外に、存在する理由が想像できない」
「俺も聞いた覚えがないな。モンスターと過ごすうちにその力を取り込む、なんてことはないのか?」
「モンスターの力と人の力は似て非なるもの。我らもお主らも魔力を使うが、特殊な能力や道具を介さねば、互いの魔力を共有や譲渡することができぬだろう? それくらい、魔力の質が違うのだ」
アルマイズの言う特殊な能力というのは、召喚士と召喚獣、調教師と従魔のような特殊な結びつきのことだ。シンがユズハとしている契約も、これに該当する。
「だが、これはあくまで我の感覚によるものを現実にやれるとしたら、という想像に基づく考えにすぎん。実際は我の知らぬ技術があるか、はたまた特別な事情があるか。答えは出んな」
「まあ、そうだな。気にはなるが、今はなんだか元気もないし、アルマイズが感じたっていうものについて本人に聞くのはやめておこう。そっちはドルクさんあたりに、それとなく聞いてみる」
神獣であるアルマイズが気にしているとはいえ、シンはレトネーカが危険な人物だとは思っていなかった。ドルクたちから聞いた事情を考えれば、彼女の行動もさほどおかしいとは感じない。
シンがパルダ島に来てから長くはないが、復興作業で働いている彼女の姿はとても真面目で一生懸命。行動に違和感もない。
「とりあえず、今はなんで元気がないのかだけ聞いておくかな」
見回りに戻るというアルマイズと別れ、シンは木陰で休んでいるレトネーカに近づく。
彼女に対する最初の印象はあまり良くなかったが、話もしたくないと思うほどではない。ドルクに注意されてからは、彼女が弟子入りを懇願してくることもなくなった。
ヌヴァとの戦闘後に救助した以外は、復興作業中にすれ違うようなことがあれば軽く挨拶をする。そのくらいの間柄だった。
「よっ、休憩中か?」
「あ、シン殿」
顔を上げたレトネーカは、表情を穏やかなものに変えて応えた。
気落ちしているように見えたのも、アルマイズとの会話がなければ、ただ疲れていただけだと思ってしまうだろう。
「何か、御用ですか?」
「いや、たまたま見かけたから、ちょっと話でもと思ってさ。なんだか疲れた顔をしていたように見えたが」
今までの関わり方から考えると少し馴れ馴れしくはあるが、シンはなるべく軽い雰囲気を出すように話す。
「ご心配をおかけしてすみません。少し疲れが出てしまったようで、休憩していたんです」
「そうか。あー……隣、いいかな? 俺も休憩しようと思っていたんだ」
「ええ、構いませんが、シン殿ほどの人でも疲れるんですね」
「ステータスが高くたって、疲れないわけじゃないさ。眠くもなるし、腹も減る」
レトネーカの隣に腰を下ろしながら、シンは少し冗談めかして言う。そのタイミングで、まるで狙ったかのように腹が鳴った。
「……な?」
恥ずかしさをごまかすように、シンは苦笑する。
時間を確認すると、あと三十分ほどで昼食の時間だった。
「ふふ、そのようですね。戦場での様子を聞きましたが、そこから想像する姿とずいぶん違います」
「俺たちが戦っている時の様子を? ……指揮所か」
レトネーカのいた監視塔はヌヴァの咆哮で倒れたはずだと、シンは救助した時の話を思い出す。シンたちの様子が見えたとしたら、倒れずにいた監視塔か、指揮所になる。
「距離があったので、すべてはっきりと……とはいかなかったようです。でも、相手が大きかったので、とんでもないことをしていたのはすぐにわかったみたいですよ」
シンたちとヌヴァでは、縮尺が狂っているのではないかと思うほどの体格差がある。だというのに、シンが刀を振るうと、ヌヴァの巨体が嘘のように真っ二つになった。そんな話をレトネーカは聞いたという。
戦闘時は黒の派閥の戦闘部隊も防衛のために下がっていたので、シンは見られているとは思っていなかった。
もっとも、それを気にしていられる相手でもなかったので、結局は同じことだ。
指揮所の面々も、自身の目で戦況を確認するために監視要員くらいは用意していてもおかしくない。
「確かに、今回戦ったヌヴァはでかかったな。海であんなのに出会ったらトラウマものだ」
シンは魔導船舶で海底に潜ったこともある。真っ暗闇の世界から突然ヌヴァのような巨大なモンスターが出てきたら、気が弱い者なら気絶してしまうだろう。
実際のところ、ゲーム初期はそのような事態が実際にあった。下手なホラーゲームより怖いと、話題になったものだ。
これは【THE NEW GATE】に限らず、同じようなステージ設定のあるゲームでも度々問題になっていた。リアルな世界が構築できるようになったがゆえの弊害でもあった。
「でも、どれだけ怖くても、今回みたいに、必要になったら、戦わなきゃいけないんですよね」
軽めの口調で言ったシンに、レトネーカは噛みしめるように言葉を返した。
どこか自分に言い聞かせるような内容で、やはり彼女はただ疲れていただけではないと、シンは確信する。
「そうだな。戦いが避けられないのなら、武器を取って抗うしかない」
ドルクたち黒の派閥が、武装を整えてヌヴァたちに対抗しようとしたように。
アルマイズが、シンたちや黒の派閥と協力して戦うと決めたように。
何かをなすために、戦わなければならない時がある。
「戦い方は、人それぞれだけどな。レトネーカやドルクさんたちは直接戦うよりも、そのための道具作りがメインになるし」
戦うためにやれることは、人それぞれ。直接でなくとも、協力する方法はいくらでもある。むしろ、サポート側の方が重要なことすらあった。
「戦える奴だけでも、道具だけでもだめなんだ。やりようがないとは言わないけど、両方が揃っているのが一番だな。とくに選定者は、鍛冶師にはかなり世話になる。知り合いに、武器が耐えられなくて全力攻撃ができないって奴がいてな。ちょうどいい武器を手に入れるまで、色々苦労していたっぽいんだ」
とある国の王女が大剣を振るう姿を思い浮かべながら、シンは言った。もちろんシン自身も、ランクの低い武器をだめにしてしまった経験がある。
「武器、ですか」
「何か、思うところでもあるのか?」
シンは問い詰めるような口調にならないように注意しながら尋ねた。
レトネーカが答えてくれるかわからないが、聞かねば始まらない。
「シン殿。もし、ヌヴァとの戦いで私たちの作った武器を使っていたら、勝てましたか?」
「……そうだな。今回の戦いは正確には武器やスキルがすごくて倒したってわけじゃないが……黒の派閥の武器しかなかったとしたら、かなり苦戦したと思う。島の防衛に回ったティエラとセティも呼び寄せて、時間をかけて削るしか、対応策がなかったからな」
達人は得物を選ばないなんて言われることもあるが、その道の一流ならむしろ道具にはこだわれ、というのがシンの考えだ。
武器と装備を整えるのは、冒険者なら当たり前。その良し悪しで、勝負が決まることもある。
レトネーカがなぜそんな質問をしてきたのかなんとなく察しながらも、シンは偽りなく答えた。
「そう、ですよね。今の私たちの技術じゃ、本当に強い人たちが使うにはあまりにも足りないものが多い」
「かもしれない。でも、それで諦めたら、その先はないぞ」
「わかっています。師匠たちも研究をやめる気なんてないですし」
だめなのは私です……と、レトネーカは続けた。
「あの日から、鎚を持つ手に力が入らないんです」
レトネーカは膝を抱いて小さくなった。
「ずっと遠くから戦いの余波を受けただけで、体が震えて仕方なかった。アレは私たちのことなんて気にもしていなかったのに、動けなかったんです」
ヌヴァの放った咆哮は、機材や物資以外にも被害を出している。圧倒的な力の余波を受けて、体だけでなく心に傷を負った者も少なくない。
たとえ戦闘力が低くても、レトネーカは選定者だ。一般人より能力が高い分、ヌヴァの脅威をより正確に感じ取っていた。
「俺が言うのもなんだが、今回の戦闘はまともじゃない。死傷者の数が少ないのは、本当に運が良かっただけだ。あのまま戦い続けていたら、防衛部隊も島も、無事じゃ済まなかった」
シンたちの存在は大きいが、今回はあまりにも数に差があった。ありすぎたとも言える。
戦っていたシンも、まるでモンスターが無限に湧き出てくるんじゃないかと感じたほどだ。ヌヴァの不死身のような再生力に対して、称号とユズハの力によって想定より早く倒すことができたから、被害が少なかったにすぎない。
「師匠にも言われました。頭ではわかっているんです。でも、体はそう思ってくれないみたいで」
自分が作る武器が、使い手の命に関わる。この世界では、それが当たり前。使い手を生きて帰らせるために、鍛冶師は自身の技術の限りを尽くして装備を作る。
ドルクも、レトネーカも、他の鍛冶師もそうだ。
だがもし、もしだ。
自分の作った武器が弱かったせいで、モンスターを倒せなかったら?
自分の作った防具が脆かったせいで、使い手が致命傷を負ってしまったら?
それは、鍛冶師なら誰しも考えること。自分の腕が未熟だったせいで、倒せるはずの敵が倒せず、死ななくていいはずの誰かが死ぬかもしれない。
なまじ選定者として能力が高かったゆえに、鍛冶師として大きな挫折を経験してこなかったのだろう。レトネーカは、初めて感じる誰かの命を左右するかもしれない重圧に、押し潰されてしまいそうになっているのだと、シンは思った。
「自分の武器を使ってもらうのが、怖くなったか?」
「……はい。もし戦っている時に武器が壊れてしまったらって思うと、怖くて仕方ないです」
シンの予想は当たっていた。日差しは強いのに、レトネーカの肩が震えている。
(さて、どうしたもんかな)
シンは掛ける言葉に迷っていた。
レトネーカの心配はこの世界では往々にして起こり得る。
程度の差こそあれ、シンだって同じだ。どれだけ万全にしても、装備が壊れることはある。
ゲーム時代には、幾度となくモンスターに武器防具ごと粉々にされた。武器破壊に特化したモンスターを見た時など、罵詈雑言を叫んだものだ。
ただ、ゲーム時代と今では、もしもの時の精神的ダメージがあまりにも違う。
自信を持って作り上げた武器が粉々に砕けて、持ち主も死亡なんてしようものなら、最悪の場合、鍛冶そのものをやめる可能性だってあるだろう。
死んだプレイヤーがデスペナルティとともに復活して、文句を言いに来るなんてことは、この世界ではありえないのだから。
「ふぅむ。なあ、レトネーカはなんで鍛冶師になろうって思ったんだ?」
この問題は多少のアドバイスでどうにかなるものではないと判断したシンは、レトネーカの根源に触れる質問をした。
ドルクから聞いた過去を考えると、復讐心が再燃する可能性もある。それでも、目標に向けて行動する熱意があるだけマシだ。
どんな理由であれ、今はレトネーカが自身を奮い立たせられるような何かが必要なのだと、シンは思う。このままでは鍛冶だけでなく、何かを作るということそのものを恐れるようになってしまう気がした。
「なんで、そんなことを聞くんですか?」
「これまで話をしたことのある鍛冶師って、物作りが好きでやっている奴がほとんどなんだ。でも、レトネーカは少し違う気がしてな。戦う奴らのために役立つものを作るってところは同じでも、その根幹部分が違うと思った」
「私のことは、どこまで聞いていますか?」
レトネーカは、シンの口ぶりで自分の過去を聞いたのだと察したようだ。
「孤児だったとは聞いている。あとは、おそらく鍛冶に特化したタイプの選定者だろうとも」
「そこまで聞いていましたか。まあ、シン殿からすれば私が選定者だというのはすぐにわかったと思います。ただの技術による作品と、スキルによる作品はどこか違いますから。見る人が見れば、私が作った作品から技量を推し量るのは簡単でしょうし」
「腕が良いってことも聞いているよ。初めて会った時から、熱意があるのはわかっていたし」
自分の作業を後回しにしても、シンが刀を作るところを見たいと言って飛び入り参加してきたのがレトネーカだ。目的はどうあれ、向上心があるのは一目瞭然だった。
「間違ってはいないと思います。ですが、私が技術を高めたかったのは、師匠たちとは少し目的が違うんです」
「その目的を聞いても?」
「構いません。皆知っていますから」
レトネーカが語ったのは、ドルクから聞いていた話とほとんど一致していた。しかし、初めて耳にする部分もいくつかあった。
「私は普通の選定者とは少し違うらしくて。ドラグニルなんですけど、物の意思が感じられるというか、なんとなくどんな状態かわかるというか、そんな感覚があるんです。父には、あまり吹聴してはいけないって、しつこいくらいに言われました」
「そんな大事な話を、俺にしていいのか?」
「大陸で知らぬ人はいないとまで言われるシュニー・ライザーの武器を預かる人が、悪人なわけがないですから」
「そりゃまあ、誰かに話す気はないし、利用してやろうという気もないけど」
レトネーカの口ぶりから、シンは改めてこの大陸の住人のシュニーへの信頼が尋常じゃないと痛感させられる。
「選定者だったのもそうですが、この感覚のおかげで、武器を作る時の火入れのタイミングや、どこをどう打てばいいのかっていうのが他の人よりも理解できました。環境にも恵まれて、いろんな知識を得ることもできます。でも、私の中には父を殺したドラゴンへの怒りがありました。憎しみがありました。そんな時に、特効武器の話を聞いたんです」
「特効……キラー系の武器か。ドラゴンキラーはとくに有名だからな。資料も多く残っているし」
特定の種族に与えるダメージが増加する武器。特定の相手を狙うなら、狙う相手の種族がわかるなら、使用する得物として選択肢に入る。
シンも作り、使ったことがある。効果は間違いなくあるし、効果が適用される相手なら有利に戦えるのは間違いない。相手によって武器を替え、戦況を有利に進めるプレイヤーもいた。
しかし、シンは「俺の考えた最強の武器」を作るというのが鍛冶師としての目標でもあったので、キラー系の武器はあくまで参考にするものの一つと位置づけていた。
「自分なりに、良いものができるようになったと思っていたんです。どうしても試し切りに使えるのがワイバーンのような低ランクのドラゴンもどきでしたが、同じランクの武器よりもはるかに効果がありました。これをもっと強化できれば、いつか高レベルのドラゴンにもダメージを与えられる。そう、思っていたんです」
話しているうちに憎しみが再燃したのか、レトネーカの口調が強まる。しかし、それも一瞬のことで、すぐに声のトーンが下がってしまった。
「最高のドラゴンキラーを作る。そのために色々な資料を集めて、素材を吟味して、鍛錬方法も片っ端から試しました。でも、その結果できたのは、どこまで効果があるのかわからない試作品ばかり。戦いが終わってアルマイズ……さんが、本来の姿に戻った時、自分の作った武器が鱗に跳ね返されて砕ける幻が見えました」
ドラゴンを憎んでいても、島を守るために最前線で戦ったアルマイズにまで憎悪を向ける気はないようで、レトネーカは多少ぎごちなくも話し続けた。
「武器の性能は鍛冶師としての感覚で、アルマイズの強さは生来の感覚や選定者としての能力の高さでわかるか」
「はい。あくまで幻ではありましたが、実際にやれば同じ結果になると思います」
技術の最先端を走る黒の派閥の中で自身を高めてきただけあって、武器の状態に関しては確信できると、レトネーカは言う。
シンも、相対するモンスターの格によって、一定のボーダー以下の性能では武器がもたないと感覚的にわかることがある。『真月』が未だに修復できていないため、相手に合わせて武器を変えるが、選ぶ武器は皆、そうならないと信じられるものを使っていた。
「それも、誰かに自分の作った武器を使わせるのが怖くなった理由の一つか」
「はい。それに、思ってしまったんです。私は、本当に〝あのドラゴン〟を倒す武器を作れるんだろうかと」
「あのドラゴンって言うと、襲ってきたっていう」
「見たことのない、金色のドラゴンでした。額に赤い角が生えていて、鱗が鎧みたいになっていました。今でもはっきり思い出せます」
襲われた当時、レトネーカは六歳だったと、シンは聞いている。
子供にとっては、たとえ低レベルのドラゴンでも威圧感を受けるものだ。それに、彼女の父親は冒険者や兵士のような戦闘職ではなかったようなので、殺されたとしても相手が高レベルモンスターだったとは限らない。
しかし、レトネーカの話を聞くと、本当に上位のドラゴンの可能性が出てきた。シンの知る下位のドラゴンに、金色のものはいない。
「絵にできるか? これでもモンスターには詳しい。もしかすると、正体を知っているかもしれない」
「っ! 私の部屋に以前描いたものがあります。絶対に忘れないように、細部までしっかり描いたものが」
レトネーカの瞳に少しだけ力が戻る。落ち込んでいても、やはり父の仇にまで無反応ではいられないらしい。
「見せてもらってもいいか?」
「もちろんです」
復旧作業については、シンと同じくレトネーカも終了しているとのことなので、時間を気にする必要はなさそうだ。
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