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風波しのぎ

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第二十四章『黄金の博兎』

【5】

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「思ったより形が残ったな」

 地面に倒れたバージスパイダーを見て、シンはいつもより威力が出ていないように感じた。体が小さくなった影響か、力がうまく乗っていない気がしたのだ。

「どうかしたのですか?」
「いや、思ってたより威力が低い気がしてな。体格が威力に関係しているんだろうか」
「そうですね。武器もそうですが、やはり重さで威力が変わることはあると思います。検証したことはありませんが、経験上無手系スキルも使用者の体格で威力が変わっている気がしますね」
「やっぱりそうなのか。このデバフだけは、早く解除したいぜ」

 ゲーム時は体格が変わることなどなかった。意図的にアバターの設定を変更しない限り、体格が変わることなど殆どなかったのだ。

「私はもう少しこのままでもいいですね」
「ええ……」

 笑って言うシュニー。表情からからかわれているのはすぐにわかった。

「小さいシンも好きですよ。可愛いですから」
「そうかぁ?」

 自分のことだけに、シュニーの可愛いという言葉には疑問しかない。冗談だとしても、明らかにフィルターがかかっているとシンは思う。

「ちょっとぉ、二人でイチャイチャしててずるいぞー」
「ふふ、ばれてしまいましたか」

 近づいてきたのはミルトだ。子蜘蛛が倒されているのは周囲の反応が消えているのでわかっていた。ティエラたちも怪我などはないという。

「素材も回収したし、一旦休憩しよう。エリアボスを倒したから、襲撃される心配もないしな」
「あれ? そういえば、月の祠ってそもそもモンスターよけの結界がはられてるんじゃなかったっけ? わざわざこのエリアに来る必要あったの?」

 シンが月の祠を出したところで、ミルトが疑問を口にした。複数の結界系スキルによる防御は、ミルトも知っているのだ。

「このダンジョンだとエリアボスを倒さないと効果が発揮されないんだよ。ボスを倒して発揮されるようになっても、効果があるのはボスがいたエリアだけだ。最初の草原だとボスがギギラティスみたいな隠密系の能力持ってるやつかもしれないから、念の為な。隠密行動が得意なタイプのボスがダンジョンの補助を受けると、探知に引っかからないことがあるだろ?」
「あー、そっか。あれはずるいよね」

 結界も簡単に破られるような強度ではないが、レベル800クラスの攻撃を耐え続けるのは難しい。スキルの都合上、結界系は強度が落ちてもそれを回復させることができない。強度を戻すには張り直す必要がある。敵が見えない状態では、それは難しい。
 ミルトも敵が感知できない状態で戦ったことがあるのだろう。顔をしかめていた。

「さ、いくぞ。そろそろ昼飯の時間だ。腹が減っては戦はできぬってな」
「では、少し豪勢にしましょうか。素材も戻ることですし」
「いえーい、シュニーさんの料理だ」

 貴重な食材もダンジョンの外に出れば元通りなのは他の素材と変わらない。シュニーも折角ならば少し挑戦的なメニューに挑戦すると張り切っていた。
 月の祠に入ると、シュニーの料理ができるまで自由時間となった。ティエラはシュニーの手伝いをするといってともに調理場へ。カゲロウはティエラの近くにいるようで調理場の入口で横になった。
 シンはメンバーの装備を作る準備をするために鍛冶場へ向かう。ミルトとレトネーカには休むように言うと、レトネーカは武器を作る様子を見学させてほしいと申し出てきた。

「お願いします!」
「……わかった」

 もともと鍛冶に対して恐怖心を抱きつつあったレトネーカに、なにかできないかと思っていたのだ。レトネーカなりに鍛冶に向き合おうとしているのがわかったので、少しだけ考えてシンは頷く。
 ミルトとユズハはどうするかと聞けば、両方とも見学すると言ってついてきた。どちらも鍛冶をするときは大体見に来るなとシンは思う。

「シュニーもそんなに長時間料理をするとは思えないから、今回は簡単な試作だけする。技術的な説明はいるか?」

 シンの問いに、レトネーカは首を左右に激しく振る。

「いえ、同じ場所にいさせてもらえるだけで、十分ありがたいです! 鍛冶の技術まで教えてもらっては、あまりに図々しすぎますから」

 シンやシュニーが使う武器を作るとなれば、簡単な技術だけ使うというわけにはいかない。レトネーカもそれがわかっているので、技術について問うことはしないようだ。

「そうか。なら、俺は作業に集中させてもらう。技術は、見て盗め」
「はい!」

 レトネーカは真剣な表情で頷いた。
 鍛冶場につくと、シンは炉に火を入れて素材を取り出す。
 最初に作るのはティエラの使う弓だ。芯に使うのは世界樹の枝。武器として使っていた界の雫の刃で形を整え、界の雫を液状にして塗りつけていく。虹色に輝きが、弓の表面を走る。輝きが消えると、表面が光沢を帯びた。
 次に、キメラダイトを取り出して細長く成形していく。それを二本用意し、枝を加工したものを中心にして挟むようにキメラダイトを重ねた。接着剤などは使わない。魔力を流すことで界の雫がその役割を果たすのだ。

「各パーツを取り付けてから、弦を張ってと」

 完成したのは、弦を張った状態で全長1メルほどの弓だ。装飾の少ないシンプルな形状だが、まとっている魔力は明らかに伝説レジェンド級以上だ。
 その後は丸太を取り出してスキルを発動。一瞬にして矢の軸となる部分が量産された。

「木材系のスキルはたまにわけわからない動きするよね」
「手作業でやると時間のかかることを短縮してるだけさ」

 ミルトの呆れたようなセリフにシンは軽口を返す。文字通り、シンが使ったのは単純な時短スキルだ。
 その後は鏃をひたすら量産し、羽根や矢筈といったパーツとともに別の時短のためのスキルを発動する。こちらは用意されたパーツを特定の形に組み合わせていくタイプだ。矢を全て手作業で作るとあまりにも時間がかかるので、こういった作業を短縮するスキルはゲーム時代の生産職なら持っていて当然であった。

「鏃の形が違うのがいくつかあるけど、どんな効果があるの?」
「先端が三角っぽい灰色のやつは普通の鏃。針みたいになってるのが貫通力が高いやつで、色のついたやつが属性ダメージを与えられるやつだ」
「弓に属性が付いてるやつあるけど、矢にもついてるとなにか違うの?」
「同じ属性なら威力が上がるくらいだな。あとは矢と使ったスキルの属性が同じだとこっちも威力が上がる。属性攻撃を矢に任せて、MPは別に使うっていうのがオーソドックスな使い方だな。他の武器だと武器そのものの属性を切り替えるのは簡単じゃないから」

 属性の違う剣を二本使うなんてことはあるが、弓なら慣れればすべての属性の攻撃を瞬時に切り替えながら戦うことができる。それ自体はあまり有効な攻撃手段ではないが、初見の敵に対する有効な属性を確認するときや、弱点が切り替わる敵にはとても有効だ。

「ん、料理ができたかな」

 シュニーが近づいてくるのがわかる。鍛冶は一旦切り上げて、食事をすることにした。
 テーブルにはミートパイやローストされたなにかの肉、カラフルな食材の入ったスープなどいつもより見た目が派手な料理が並んでいる。

「お肉が白いね。何の肉なんです?」
「ランズホーンのもも肉です。火を入れると色が変わるんですよ。ベリーのソースと一緒に食べてみてください」
「ではさっそく、いただきまーす。うまっ!?」

 シンもソースを付けて食べてみた。口に広がる肉の旨味、少し濃いように感じるそれもベリーソースが爽やかにまとめてくれる。他の料理も、見た目こそいつもの食材より派手だが、旨味はむしろ強いと思える味だった。
 なるほど挑戦したなとシンは思う。シュニーの料理はたしかにうまいが、どこかほっとするような素朴な味付けが多い。毎日食べても飽きが来ない。そんな味なのだ。
 今回は、そういう味付けではない。

「祝い用の料理って感じだな」
「魔力が強いからか、素材の扱いが難しいですね。料理としては成立しているのですが、まだ完成とは言えない出来です」
「これでまだ未完成なの?」

 料理に舌鼓をうっていたミルトが、シンとシュニーの会話を聞いて驚いていた。

「自分では満足できていないだけですよ」
「生産系のこだわりかぁ。僕はそこまでのものはないなぁ」
「そりゃお前は戦闘系だしな」

 こだわるポイントが違うだけだろともシンは思う。戦闘時の体の動き、技を出すタイミング、アイテムや消費MPの管理など、戦闘をメインにするものには生産系とはまた別のこだわりがある。どちらも嗜むシンとしては、シュニーの言い分もミルトの言い分もよくわかった。

「僕ももうちょっと生産系のスキルを育ててみようかな。薬剤関係はそれなりに育ってるし」
「いいんじゃないか。やれることが大いに越したことはないし、戦闘にも役に立つ。あとは、できれば楽しんでやれるといいってところか」

 生産系スキルは作業が地味なのだ。武芸スキルや魔術スキルのような派手さは皆無なので、飽きて投げ出すプレイヤーも多かった。

「そこだよねぇ。ひたすら調合するって感じだし。ま、気長にやるよ」
「それがいい」

 シンたちの会話を、レトネーカが真剣な表情で聞いていた。

(少しは良い方向に影響が出てくれるといいんだけどな)

 レトネーカの様子を視界の端の収めながら、シンはパイを噛み締めた。

 ▼

 食事を終えてから少し時間を空けて、シンたちは再び鍛冶場に来ていた。見学メンバーにシュニーが加わっている。ティエラは弓と矢の習熟をするとカゲロウとともに外へ出ていた。
 次に作成するのはティエラとミルトのサブウエポンである短剣だ。
 咄嗟の防御にも使えるように、強度を重視して作成していく。使うキメラダイトも強度の高さが特徴のアダマンティンの割合が多いものを使用した。

「相変わらず、作成速度が信じられないくらい早いね。僕の武器を頼んでた鍛冶師はもっと時間をかけてたんだけど」
「それは熟練度の差だろうな。やってる身としても、結構楽しいんだ。もちろん、質にはこだわるけどな」

 ティエラ用の短剣の刀身を液体状態の界の雫に浸しながら、刀身の状態を観察する。見た目だけならほとんど完成していたが、さらに研ぐことで切れ味補正を上げておく。

「ミルトはティエラよりパワーがあるし、少し重めにするか? 多少だけど強度が上がるんだ」
「パワーがあるって部分をシンさんに言われるのは少し複雑だけど、それでいいよ。昔も防御手段の一つとして使ってたから、壊れにくい方が助かるし」
「了解だ」

 シンはキメラダイトの上からアダマンティンを重ねて鎚を打つ。キメラダイトのインゴットに、半分ほどの大きさのアダマンティンのインゴットが吸収されるように消えていく。僅かな時間でインゴットは完全に混ざり合い一つのインゴットになった。色合いが少し濃くなっているのはアダマンティンの割合が増えたからだ。
 インゴットを炉で熱して、鎚を打っていく。作業をしながら、シンはレトネーカの視線を強く感じていた。本人は鎚を持とうとすると手が震えると言っていたが、食事前もそうだが鍛冶場にいたり作業を見たりするのは問題ないようだ。
 完成した刀身を先ほどと同じように液体状態の界の雫に浸ける。こちらも軽く研いで切れ味補正を上げておいた。

「さて、次はミルトのメインウエポンだな。オルドガンドでいいよな?」
「うん。このあとどんなデバフを受けるかわからないから、武器はあまり遊び心を優先しないほうがいい気がするんだよね」
「そこは同意見だ。折角だからっていつもと違う武器使ってるのに、いつもの武器の癖がでて勝てる相手に負けたやつを知ってる」

 鍛冶師と一緒に潜って試作武器の試し切りをしていたプレイヤーもいた。ただ、いつも使っている武器と種類を変えていなくても、無事自体が違えば多少なりとも勝手が変わるもの。その些細な違いで、モンスターに遅れを取るプレイヤーも少なからずいたのだ。

「調整がいらないと、作るのが楽でいいな」

 一度作った装備はデータを残してあるので、素材さえあれば作り直すのは簡単だ。シュニーの蒼月も作り終えると、最後はシンの装備だ。

「さて、俺の武器か」

 今までは状況に応じて武器を使い分けていた。なので、シュニーやミルトのようにこれを再作成すればというものがすぐに浮かばないのだ。

「真月じゃだめなの?」
「それでもいいんだけどな。本体は直してないのに、こっちでは使うっていうのがどうもな」
「そこはこだわりがあるんだ」
「些細な問題といえば、そのとおりなんだがな」

 試しにと壊れたままの真月を出してみようとしたが、アイテムボックスの中にカードがなかった。

「どういうことだ?」
「どうしたの?」
「壊れたままの真月のカードが、アイテムボックスの中にない」

 もとから壊れていた装備については、素材アイテム扱いだ。アイテムボックスから出していないので、リストの中にないというのはおかしい。

『通常のアイテムとは少し事情が違いますし、再現ができなかったのではないですか?』
『そうかもしれないな。少なくとも、ゲーム上は存在しない状態だし』

 レトネーカに聞かせられる話ではないと判断し、シュニーと心話をつなぐ。さすがに設定外のアイテムは試せないということなのかもしれない。

「仕方ない。ここはもとの真月を再現しておこう。一番使い慣れてる武器だから、感覚もつかみやすいはずだからな」

 キメラダイトを取り出して、炉で熱する。少し懐かしい気持ちになりながら、シンは鎚をふるった。
 完成した真月は、かつてデスゲームラスボスであるオリジンと戦ったときと同じ輝きを宿している。刀身だけの真月に鍔や柄を整えると、刀身の赤い輝きが増した気がした。

「手に馴染む気がするな」

 こちらに来てから手に取るのは本当に久しぶりだ。だというのに、つい最近まで振るっていたような感覚がある。不思議なものだなと思いながら、シンは次の作業の準備を始めた。
 最後はレトネーカの武器だ。ただ、こちらはあまり等級の高いものを作っても扱いきれないので、使いやすそうなものをいくつかピックアップして試してもらうという方向で決まった。作成もすぐに終わり、一旦カード化してレトネーカに渡す。

「さて、武器の作成が終わったので、ここからは装備は装備でも防具やアクセサリーがメインになる。ガントレットやグリーブは武器の延長とも言えるからやり方は武器と同じだ。ただ、それ以外はもう技術がどうとかいうレベルじゃないから、正直参考にはなるかわからん」
「ええと、どういう意味でしょうか」
「今のパーティメンバーは防具は布や革を使ったものがメインだ。鉱物を使ったものと違って、成形したパーツを組み立てていく感じなんだよ。鍛冶みたいに素材を一から加工するってわけじゃないんだ」

 防具のもととなった布や革は、在庫が十分残っている。ショートカット機能にも登録済みなので、こちらは素材を揃えてスキルを発動するだけで作成できてしまうのだ。
 空中でひとりでに布が切れて型ができ、糸が通され装飾されて防具が出来上がっていくさまは映像としては見ていて面白い。ただ、技術的な参考になるかはさっぱりわからない。手作業を早送りで見ているようなものなので参考になると言えなくもないが、素材が勝手に自分から動いて縫い合わされていくような光景になるため、人がやるとどう動けばいいのかは実際に作ったことがある人物、今回ならシンにしかわからないのだ。
 その光景を見るレトネーカの中で上手くイメージができればとても参考になるかもしれないが、シンもこれがレトネーカにどう受け止められるかわからなかった。

「見せていただけるんですか?」
「ああ、どこまで参考になるかわからないけど、それでもいいなら」
「問題ありません。お願いします」

 やる気を見せるレトネーカに、シンも一度見せてみるかという気持ちになったのですぐにスキルを発動した。
 アイテムボックスから取り出した素材が、具現化され宙に浮く。布が切れて形ができ、糸が宙を泳ぐように動いた。針もないのに布を通り抜けてスルスルと縫い合わされていく。飾りの模様までしっかりと再現されて完成したのは、シュニーの防具である月光銀のメイド服だ。
 ふわふわと浮いていたメイド服にシンが触れると、力を失ったように腕の中に収まった。

「特に問題はないな。シュニー、装備してみてくれ」
「わかりました」

 シュニーがメイド服を受け取ると、メイド服が薄っすらと光りだす。同時にシュニーが着ているバニー服も光りだした。
 数秒して、メイド服が光になってバニー服に吸い込まれ始める。メイド服だった光が全てバニー服に吸収されると、バニー服の発光も収まった。

「どうだ?」
「問題はなさそうです。見た目は変わりませんが、先程より服を着ているという感覚が強くなりました」
「よし、なら残りもさっさとと終わらせるか」

 シュニーのメイド服と同じ要領で、防具を作成していく。
 防具の作成が終わると、次はアクセサリーだ。こちらは鍛冶というより彫金や錬金術の分野になるので、一旦作業を切り上げることにした。この時点で、すでに食事を終えてから4時間が経過している。

「そんなに経ってたんだ。なんだか夢中で見ちゃったよ」
「そりゃ、武器の作成が早いって言っても、一瞬でできるわけでもないしな。というか、よく誰も飽きずに見てたもんだ。なんだかんだで、絵面的には三分の二くらい俺がひたすら鎚を振るってるだけみたいなもんだろ」

 時間を忘れるほど見入るものでもないようなとシンは思っていたのだが、シン以外のメンバーはそうは思っていないようだ。
 間近で作り手の呼吸や場の空気を感じていると、退屈なんて考えは出てこなかったとシュニーやミルトは言う。

「いえ、炎の熱さ、焼入のタイミング、鎚を打ち付ける強さや速さ。とても勉強になりました。もっと見ていたいくらいです」

 レトネーカはとくに見入っていたようだ。鎚を持つのが怖いと言っていた姿はどこへやら、目がキラキラと輝いている。
 その様子を見て、シンは少しホッとした。やはり、物作りを楽しいと思う気持ちはなくなっていないのだと確信できたからだ。あとは、鎚を持つ恐怖心をどうにかできれば、悩みも解決に向かうと思えた。

「少し休憩させてくれ。あと、一応、皆自分の武器の感触は確かめておいてくれよ」

 カード化した武器を渡し、シンは一旦自室に戻る。途中で月の祠に備え付けてあるボックスから素材を補給した。

「さて、この際だ。折角良い方向に行きそうだし、貴重な素材を扱う楽しさも知ってもらうか」

 このダンジョン内ならば、外ではできない失敗もできる。オリハルコンやアダマンティンのような貴重な素材を使い果たしても問題ない。
 そこまで考えて、ふとそれは正しいことなのかという疑問が頭をよぎった。
 人々のために活動する黒の派閥の構成員であるレトネーカ。彼女が抱える一種のトラウマを解決することはおそらく正しい。しかし、与えた知識や経験が別の悲劇を生むことはないだろうか。技術の進歩が、悲劇を生んだ事例を、現実世界の知識を持つシンはよく知っている。
 作られた装備に罪はないくとも、それがあったから起こってしまう悲劇はある。

「いやいや、何考えてんだ俺は。そんなだいそれた話じゃないだろ」

 悲観的な考えが浮かんだのはなぜだろう。そう思っても、シンの疑問に答えてくれる者はいない。
 疲れて変な方向に思考が飛んでるのかなとシンが考えていると、シュニーが部屋に近づいてくることに気づいた。扉がノックされたので、返事をして入室を促す。

「ええと、武器になにか問題でもあったか?」
「いえ、そちらはなにも。むしろ違和感がなくて驚いたくらいです」

 武器に不具合でもあったのかと予想したシンだったが、予想は外れた。あとは何かあったかなと考えるシンに、シュニーが話しかけてくる。

「シン、なにか悩んでいませんか?」
「悩み? まあ、悩みといえば悩みだけど……そんなにわかりやすかったか?」
「レトネーカさんのことですよね? もともとあんな事があったので気にかけているとは思っていました。ですが、明確な違和感があったわけではないんです、勘のようなものですね」
「シュニーには敵わないな。悩みっていうか、俺がしてるのは本当に正しいのかって考えがついさっき浮かんできてな。いまさらと言えばそうなんだけどさ。最初は俺のやってることがレトネーカのためになってるのかって考えてたから、シュニーの勘はそっちに反応したんだと思う」

 シンはレトネーカが鍛冶について悩んでいることをシュニーに伝えた。

「今の悩みはレトネーカの技量を高めることが、最終的にプラスになるのかってことだ。俺はせっかくの鍛冶の才能を無駄にしてほしくないって思ってるけど、それは本当にレトネーカのためになるのか。そんなふうに考えちゃってさ。この世界のためとか、本人のためとか。そういうお題目ばかり気にしてるような気がしたんだ」

 この世界の情勢を考えれば、レトネーカのスキルは決して無駄にしていいものではない。しかし、だからレトネーカに鍛冶をやるよう促すのか。強引に背を押すのか。それは本当にいいことなのか。疑問が鎌首をもたげる。
 やりたくないなら、やらなくてもいい。デスゲーム攻略を、実行できる力があるからと自分に言い聞かせて戦っていたころのことを思い出す。あれは確かに必要だったこと。だが、自分でなければいけなかったのかという思いも心の片隅にあった。全員初期状態からスタートというわけではなかったのだ。時間さえかければ、シンがいなくともクリアできた可能性はある。
 レトネーカも同じだ。レトネーカがいることで助かる人は必ずいる。しかし、レトネーカに無理をさせてまでそうする必要は、果たしてあるのだろうか。

「それを決めるのは、シンではなくレトネーカさんですよ」

 シュニーはベッドに腰かけていたシンの隣に座り、身を預けてきた。

「そうかな?」
「そうです。どれだけ力があっても、どれだけ必要に迫られても、やるかどうか、進むかどうか。それを決めるのは自分自身なんです。私も、そうでしたから」

 シンの肩に頭を寄せ、シュニーは言う。シュニーはシンのサポートキャラクターだっただけあって、この世界では有数の力を持っている。今でこそその力で多くを救い、名声を得ているが、力があるからといって人々を救わなければならないわけではない。他者を傷つけ、支配することにだって力は使える。
 だが、いつの日かシンが戻ってきたときのため、誇れる自分であるために、シュニーは人を助ける道を選んだ。力のことなど忘れて、ただ静かに待つこともできたのに、それを選ばなかった。
 助言をもらったり、背を押してもらうこともある。それでも、どの道を行くかはやはり自分で決めることなのだ。

「レトネーカさんが道に迷っているなら、少しだけ周りが見えるようにしてあげればいいんです。こういう道もあると、教えてあげるだけでいいんです。私は、そう思います」
「……そうだな。ありがとう、シュニー。少し気が楽になったよ」

 俺もシュニーに助けられてるなとシンは思う。日頃の感謝も込めて、早く指輪を完成させねばと決意を新たにした。ここならば例の希少金属の消費も気にせず試験ができる。装備を整えたら、早速取り掛からねばと頭の中で構想を練る。
 しかし、それはシュニーがシンを持ち上げて膝の上に座らせたことで中断された。

「シュニー?」
「今くらいは、私のことだけ考えてください」

 シンが小さくなっているから、後ろから包みこまれるような状態だ。体勢が体勢だけに、色々と柔らかいものが当たっている。耳元で囁く声も、いつもより高い位置から聞こえた。呼吸の際に漏れる吐息が、髪に当たってくすぐったい。
 密着しているせいで、シュニーの体温も強く感じる。いつもより熱い気がするのは、気の所為ではないだろう。
 周囲の気配を探れば、他のメンバーは全員外にいる。もしかすると、シュニーはタイミングを見計らってやってきたのかもしれない。
 指輪のことは一旦頭の隅にやり、今はシュニーの気が済むまでじっとしていることにした。



 武器の感触を確かめていたメンバーが戻ってくると、ちょっとした違和感やもう少しこうしてほしいといった要望を聞いて調整を行った。
 その後はアクセサリーの作成だ。ただ、神代のイヤリングをはじめとした人に言えないスキルが付与されているものについてはレトネーカにも席を外してもらう。
 すべての作業が終わるころには、日が暮れる時間になっていた。自然のある階層は昼夜の変化もある。日が暮れてから移動するのは危険なので、今日は拠点を移さずに休むことにした。
 食事の時間まで、シンはアルマダイトを使った試作を行う。キメラダイトよりもはるかに硬く、いくら熱しても変形する気配がない。魔力を込めて打ち付ければ多少へ変形するようになったが、力任せに打ち付けるやり方では指輪のような小さなものへ加工は難しいと言わざるを得ない。

「やっぱり月の祠の設備じゃ無理か。硬すぎるだろ」

 癖のある素材のようにダメージを受ける、状態異常をかけてくるといったものはない。その部分では扱いやすいのだが、形が変わらないのでは加工のしようもなかった。

「仕方ない。妥協はしたくないが、土台作りって思うことにするか」

 キメラダイトを取り出して、指輪に加工していく。見た目は黒いキメラダイトだが、表面の色を変えるくらいはできる。シュニーの髪と瞳の色をイメージして、銀色をメインに薄い青のラインを描く。濃い青色の魔石を一つ、はめ込んで最後に光の反射を鈍らせる付与を行う。きらきら光っては隠密行動の邪魔になるからだ。
 自分の分は黒い表面はそのままに紫色のラインを引く。シュニーは瞳と髪で色が違うが、シンだと真っ黒になってしまう。その色合いはどうかと思ったので、本気になった時の魔力の色を参考にした。はめ込む魔石はシュニーと同じ色のものを採用。

「付与は、そうだな。壊れないことは大前提として、お互いの位置がわかるようにしておくか」

 ピンポイントでシンだけ転移させられることが、この先ないとは限らない。また、イベントアイテムやモンスターの能力によってシュニーが連れ去らわれないとも限らない。一度行方不明になりかけてことがあるので、それを防ぐ意味でもつけておこうと思ったのだ。

「所有者設定は当然として、あとは……回復系かな」

 継続回復系のスキルをありったけ詰めておこうとあーでもないこーでもないと考えを巡らせる。 
 結局シュニーが夕食の準備ができたと呼びに来るまで、シンは作業を続けた。

 食事の後、サブウエポンや予備の武器づくりなど一通りの準備を終え、あと明日に備えて眠るだけ。そんなタイミングで、シンの感知範囲に強い反応が現れた。
 窓の外に何かいる。結界系のスキルによってモンスターは近寄れないはず。そう思いながら窓の方を見ると、フルベガスが手を振っていた。

「まじかよ」

 結界をすり抜けているのは、ここがフルベガスの領域のようなものだからだろうか。少なくとも敵意はないようなので、シンは警戒しつつ窓を開いた。

「こんばんは。こんな時間にごめんなさいね」

 窓を開けて離れると、フルベガスは窓辺に肘を乗せて話しかけてくる。窓枠の上に乗った双丘が柔らかさを誇示するが、今は視線を奪われている場合ではない。

「こっちとしては聞きたいことがあったからむしろ助かるんだが、ダンジョン内で接触してくるって、ルール的にありなのか?」

 ゲーム時は最終エリアのボスとして出てくるパターンはあっても、途中で遭遇したという話は聞いたことがなかった。

「私の方でスロットに少し手を加えちゃったから、その説明に、ね」
「やっぱり装備破壊は意図的なものだったか。でも、わざわざ説明に来るほどの理由があるのか?」
「しなくてもいいことだけど、私のわがままに突き合わせちゃったから、説明くらいはしないとね」
「わがまま?」

 装備破壊と何がつながるのだろうかと考えたが、フルベガスの情報自体が少ないので推測も難しかった。

「あの子に武器を打つ様子を見せてくれたじゃない。私の目的はそれよ」
「あの子って、もしかしてレトネーカか? 知り合いって様子じゃなかったと思うが」
「初対面なのは間違いないわ。私が一方的に知ってるだけだもの」
「どういうことだ? もしかして、パルダ島にいたのか?」

 今回の出現場所がパルダ島の近くだったので、シンはそう推測した。しかし、フルベガスのダンジョンはランダムで出現場所が決まる設定だったはずと記憶している。それにレトネーカを気に掛ける理由も不明だ。

「私の能力みたいなもので、ダンジョン場出現した場所の周囲をある程度の距離まで俯瞰できるのよ。それで、たまに資源採集に来るあの島のことを見てたの。あの子が気になったのは、偶々なのだけれどね」

 フルベガスもレトネーカが特殊な存在だとわかるという。それが理由で、レトネーカが外に出ているときは様子を見ていたらしい。

「鍛冶師としての才能があるのは間違いないわ。黒の派閥は長い間あの採取場所を使っていたから、歴代の構成員も知ってるし、彼らの作品も見てきた。それらと比べても、彼女の作品は見劣りしない。実力は、今は無理でもいずれは歴代トップ立てるほどの才能がある」
「ずいぶん買ってるんだな」

 神獣にここまで言わせるのは大したものだとシンは思う。現状では優秀な鍛冶師という評価だが、普通の鍛冶師では越えられない壁を超えるだけの才能はあるようだ。生まれの特殊性も関係しているのだろうかと思うが、どちらにしろ本人がやる気にならなければ意味はない。

「あの子が悩んでいるのはわかっていたんだけど、ここからじゃ何もできないのよね。だから、あなたが島の外に彼女を誘ってくれてよかったわ」
「そういう意図はなかったんだがな」
「偶然を利用させてもらっただけよ。近くまで来てくれれば、あとは私の力で引き寄せられる。一応言っておくと、装備破壊以外は全部ランダムだからね。あなたが小さくなったのは、あなたの運がそれを引き寄せたの」
「わかってるよ。そこに文句を言う気はない」

 装備破壊のデバフだけが不自然に揃いすぎていたのだ。それ以外は、皆別々のデバフを受けている。

「他には手を加えてないんだよな? この先のモンスターが通常より強化されているとか、そういうのはやめてほしいんだが」
「そんなことはしないわよ。ダンジョンの売りがなくなっちゃうじゃない。このエリアのモンスターが強力なのも、偶然よ」
「それならいいが……それで、伝えに来た内容はそれだけか?」
「伝えたかったことはそれだけよ。ただ、そうね。お礼というわけじゃないけど、最終エリアをクリアできたら、アイテムの他に情報も上げる」

 ウィンクしながら言うフルベガスに、シンは胡散臭いものを見る目を向ける。また騒動への布石になりそうな予感がするのだ。

「そんなに嫌そうな顔をしないで。あなたにも決してそんな情報じゃないわ」
「概要くらいは教えてもらえるのか?」
「ええ、情報の内容は、あなたの従魔についてよ」
「ユズハについてだと?」

 瘴魔をはじめとした敵対的なモンスターの情報かと思っていたシンは、ユズハのことと聞いて思わず身構える。どうにも、いい予感がしない。

「あなた、向こうに戻るときにあの子も連れて行くんでしょ? でも、このままだとちょっとまずいことになるかもしれないわよ」
「どういうことだ」

 自分のことを知っている。それだけでも驚くべきことだったが、ユズハに問題が起こるかもしれないという情報のほうが重要だ。
 声が一段低くなる。思わず作ったばかりの真月を具現化しそうになったが、ここで戦ってもシンの知りたい情報を話してはくれないだろうと思いとどまった。

「レトネーカのこともあるし本当はすぐに教えてあげたいところだけれど、私は一方的に何かを与えることはできないの。形のあるなしにかかわらずね。これは、世界を俯瞰できる能力の代償。多少は融通も効くけど、だから、できればあなたたちには最終エリアをクリアしてほしいわね」

 多少は融通もきくということだが、ユズハに関する情報はその範疇を超えているという。

「今の話を聞いた以上、全力でやる以外にない。ただし、どうでもいい情報だったら承知しないぞ」
「わざわざここに来て話をしているのよ。努力に見合った情報だと思ってるわ。でも、それを知らなかったとしてもすぐに影響があるわけじゃないの。この情報も私以外に知ってる子はいる。やる気が空回りしないことを願ってるわ」

 そこまで言って、フルベガスは窓辺から離れた。大きく跳んで視界から消える。透視で窓の向こうを見るが、すでにフルベガスの姿はなかった

「ダンジョンのボスのセリフとは思えないぜ」

 ただし、やる気は出た。ユズハのことと聞いて気楽にやろうという空気は消えている。
 シンは窓を締め、明日に備えて眠った。



 一夜明けて、準備万端で出発したシンたちはエリアボスの支配していた森の端に到達していた。フルベガスとの会話は、朝食の後に伝えてある。
 ユズハは何のことかわからないという顔をしていたが、一瞬だけ目が泳いだのをシンは見逃さなかった。事情があるのかもしれないが、レトネーカもいるのでまずはダンジョンのクリアが優先だ。
 フルベガスの意図についてレトネーカは驚いていた。神獣に目をかけられているとは思っていなかったようだ。ただ、だからといってその道に進むしか道はない、というわけではない。レトネーカの持つ才能とこれから彼女が進む道は同じでなくともよいのだ。

「どこまでやれるかわかりませんが、やっぱりものを作るのは楽しいです。だから、また鎚が持てるようになりたいと思います」

 シンが見せた鍛冶の様子はレトネーカの意欲をいい具合に刺激してくれたようだ。シンには、それが良い傾向だと思える。
 パーティメンバー全員のやる気が上がったところで、現在である。スキル無しで見る範囲では、草原にモンスターの姿はない。

「また草原か。姿を消した奴がいるな」
「森以外のエリアはすべて同じエリア扱いなのかもしれませんね」

 探知スキルで姿を消しているモンスターを探すと、ポツポツと反応がある。高レベルの個体はあまり群れることがないので、ギギラティスが同等クラスのモンスターが居るのだろうと予想を立てた。
 シュニーも姿を消した存在を感知しているようで、シンと同じ方向を向いている。

「たぶんそれだ。ボスと配下しかいなかった森は、ある意味セーフエリア扱いだったか」
「それにしては随分なお迎えがいたけどね」

 ミルトのいうとおり、手強い歓迎だったのは間違いない。
 
「いやらしい距離だね。戦闘が長引くと、周りの奴らが集まってくる距離だよこれ」
「だなぁ。戦い始める位置を考えないと、初手で複数を相手にしなきゃならなくなる。面倒な配置をしてくれるぜ」

 感知系と視界に作用するスキルを併用して、敵モンスターの分布をメモ用紙に記録していく。エリアの端までとはいかないが、移動する分には十分な範囲だ。

「こちらも姿を消して移動しますか?」
「いけるところまではそれでいこう。この手の奴らは自分と同じ戦法をするやつを見つける能力も高いから、見つかったらそこまでだ。速攻で倒して先に進む」

 装備が整った今なら、より早く確実に仕留められる。もちろん相性もあるので全て一撃でなどということはない。距離を稼げるだけ稼いだら、あとは感知を頼りにモンスターの少ないルートを進む。
 モンスターのいないエリアを歩いていくと、それに合わせてマップ上の反応も動き始めた。姿を消していても、存在を感知しているのだろう。

「ちょっと敵の動きがよくないな」
「囲もうとしていますね。同じ種族なのでしょうか」

 シュニーの言う通り、マップ上の反応がシンたちを中心に囲むように動いている。二階層で最初に戦ったギギラティスは群れを作らないタイプだ。他のモンスターがいてもおかしくないが、反応すべてがそうというのも違和感がある。

「包囲が完了するのを待ってやる理由もない。速度を上げて正面突破しよう」

 まだ包囲網には穴がある。ティエラはカゲロウに、レトネーカはユズハに乗り一気に駆けた。先頭はシンが進み、遠距離攻撃を障壁で防ぐ。飛んでくるのは針や爪。どれも攻撃が当たるまで姿が見えない。

「正面の敵に魔術を放ちます。注意してください」
「僕もいくよ!」

 シュニーの雷撃と、ミルトの風刃がシンたちの先で待ち構えていたモンスターに直撃する。補足されているとは思っていなかったのだろう。正面にあった気配が消える。

「一撃?」
「手ごたえがありません。幻影の類でしょうか」
「ダメージは少なくていいから、広範囲攻撃をしてみてくれ」

 幻影なら、それで消える。
 シュニーが水術系魔術スキル【雪霰】を発動し、小さな氷の礫をばら撒く。反応のあった場所に着弾した礫は、モンスターに当たることなく消えた。

「決まりだね。でも、シンさんたちでも完全に見破れないって相当じゃない?」
「隠蔽特化タイプのモンスターなんだろうな。昆虫タイプなら思い当たるのがいくつかいる」

 ギギラティスはエリアの切り替わる瞬間を狙われたので察知が遅れたが、同じフィールドに距離が離れた状態でいれば視覚に作用するスキルで幻影は見破れる。ただ、シンの言う隠蔽特化タイプは別だ。一部の能力を犠牲にしてハイヒューマンでも見破れない幻術を展開するモンスターは数種類存在する。

「あとは、ダンジョンの恩恵を受けている、でしょうか」
「まあ、どちらかといえばそっちの可能性のほうが高いな。俺の知ってるやつって特定のエリアから出てこないし」

 ダンジョン内ではモンスターの能力が強化されることがある。これはフルベガスのダンジョンでも存在するギミックだ。ただし、ギミックは発動しているか、そこすらも運が絡んでくるので確定というわけではない。

「幻影をだしてくるだけなら、ボスは無視して先に進んじゃっていいんじゃない? ボス討伐がエリア突破条件じゃないでしょ」
「ああ、ここはボスが多くて戦闘が多くなりやすいエリアだろうからな。俺もミルトのやり方でいいと思う」

 階層のクリア条件は構造を見ればおおよそ見当がつくのがフルベガスのダンジョンの特徴でもある。
 一階層は移動そのものが目的なのはよく知られている。謎解きが必要な階層なら入口でそうとわかるし、ボスラッシュエリアなら闘技場のような見た目なのでこちらもすぐわかる。
 広いエリアでモンスターがあちこちに配置されているというのは、消耗を強いてくるエリアの特徴だ。そしてもう一つの特徴として、次の階層へ向かうのに特殊な条件がないというものがある。他の階層のように、ボスを倒す、ギミックを解くといった行為が必要ないのだ。

「でも幻影の中に本物が混じってる可能性は高い。警戒はせず、遠距離攻撃をしながら進むぞ」

 遠距離攻撃を主体に、スピードを上げて草原を進む。姿が見えなくともマップ上で位置は確認できるし、気配もする。シュニーとシンで魔術を撃ち込み、幻影でなかった場合のみどちらかが距離を詰めて速攻で倒していった。
 進むうちに、幻影の数が増えていく。これは、幻影を生み出すモンスターの本体が近づいている場合に起こることが多い。

「ねぇ、このまま進んで大丈夫なの? 幻影もそうだけど、幻影に混じってるモンスターも増えてない?」
「ああ、本体に近づいてるんだろうな。包囲の薄いところを突破してきたつもりだったけど、誘導されてたか」
「それ、まずいんじゃ……」
「今のメンバーとデバフ状況なら問題ない。問題なのは、三階層に降りる階段が見つからないことだ。この際、幻影の本体が守ってたりすると楽なんだがな」

 宝箱を守るためにモンスターが配置されているのは珍しいことではない。心配しているティエラをよそに、シンはむしろそうであってほしいと願っていた。

「そういえば、目的の場所がわからないんだった」
「そこがいやらしいところでもあるんだよね。運が悪いと、エリア中を歩き回らないといけなかったりするから」

 戦いに集中していて忘れていたティエラに、ミルトがなんだかなぁと話す。エリアのどこに次の階層への階段が生成されるか。これもまた、運なのだ。

「効率で言えば、外周回ってから後はマップ未開拓のところを端から詰めていくのがいいんだけどな。幻影を出すタイプって宝箱や階段の守護者みたいなことやってるパターンもあるから、このまま進むのに賭けてるってところはある」
「森林エリアに入るために、草原突っ切ったもんね」

 装備がそのままだったならば、外周から詰めていく方法を取っただろう。エリアは広いが、ダンジョンである以上一定範囲の広さに限られている。それを利用して次の階層への階段を見つけるのだ。
 プレイヤーからは、ハズレ階層だと言われているエリアだったりする。

「そっか。最初みたいに一本道ってわけじゃないものね。てっきり、シンには次の階層の階段がわかるんだと思ってたわ」
「階段がある場所は毎回違うからな。法則があればよかったんだが、ないっぽいんだよ」

 検証班と呼ばれるプレイヤーが法則を探ろうとしていたが、結局判明しなかった。なので、生成場所はランダムだと言われている。

「そろそろ、戦闘に集中したほうがいいかな」
「そうだな。もう姿を消してるやつの大半が幻影じゃなくなってる」

 話をしつつも、シンたちは速度を緩めなかった。本体の近くに来ているのは間違いないとシンは判断する。

「でかい反応あり。前方右奥だ」

 進行方向の先に、周りのものよりも大きな反応があった。取り囲む小さな反応も、他の場所より明らかに多い。

「当たりかな?」
「だろうな。ここは手加減抜きだ。一気に叩こう」
「では、私が先手を。姿が見えない以上、囮の可能性もありますので」
「頼んだ」

 ミルトたちに周囲の対処を任せ、シンとシュニーで魔術を発動させる。
 まずは宣言通り、シュニーが先手だ。
 右腕を頭上に掲げると、空中に水滴が生じる。それがみるみるうちに大きくなり、5メルを超える巨大な水球となった。シュニーが右腕を本体がいると思しき場所へ向けると水球からいくつもの水柱が伸び、空中を進んでいく。
 水術系魔術スキル【フロード・ファング】
 目的の場所まで伸びた水柱の先端は巨大な口と牙へ変わり、本体がいるだろう場所へ襲いかかる。その一本が、突然真っ二つになった。掻き消えるように、水柱が消滅する。

「当たりのようです」
「助かるぜ」

 攻撃したことでモンスターの隠蔽が解ける。それによって、幻影を出していたモンスターの正体が顕になる。

「アシュマンドか」

 その姿は蜘蛛の頭部から蟷螂の半身が生え、背中には蜻蛉のような翅を持つキメラのようなモンスターだ。頭部は蟷螂を鰐のように変形させたような形をしており、牙には毒がある。
 シュニーの放ったフロード・ファングを切り裂いたのは、背中から映える大鎌付きの副腕だ。本体の腕より遥かに長く切れ味もいいそれは、魔術を打ち消す効果を持っている。水柱が消えたのは、この鎌の能力だ。

「なんで、こんな障害物もないところに配置したんだろ」
「何かあるんですか?」
「いや、ちょっとかわいそうと言うか。もっと輝ける場所があったというか」

 シンの耳にミルトとレトネーカの会話が聞こえた。モンスターが迫っているが、まだ距離があるので少し余裕があるのだろう。
 そして、ミルトの発言にシンも内心うなずいていた。
 アシュマンドのレベルは883。まともに戦えば周りの小型個体と合わせて厄介な相手ではある。しかし、それは戦闘場所がもっと狭い場所だったらの話だ。

「仕掛ける」
「了解です」

 シンがアシュマンドの頭上に手をかざす。すると、モンスターたちの頭上にバチバチと音を立てて雷球が発生した。
 それを確認したシュニーが、パチリと指を鳴らす。するとモンスターたちを襲っていた水柱が形を失い、大量の水が降り注いだ。モンスターたちの注目は突然出現した雷球に集まっており、攻撃力を失った水は気にもとめていない。アシュマンドもその大鎌で雷球を切り裂かんと攻撃のタイミングを探っているようだった。
 しかし、雷球はアシュマンドでも他のモンスターでもなく地面に向けて落下する。
 雷術系魔術スキル【サンダー・ボム】
 地面に触れた瞬間、爆風の代わりに電撃が四方八方に飛び散った。無差別に飛び回る電撃は、シュニーが水柱を崩して巻いた水を通ってモンスターに襲い掛かる。
 使い古された手法だが、効果は抜群だ。魔術によって生成された水はとくに電属性と相性が良く、水をかけてから電撃を浴びせるとダメージが通りやすくなる。【サンダー・ボム】と水属性攻撃の相性の良さは有名で、電撃の指向性がなく無駄になる部分の攻撃を水を使って対象に集中させるという効果があった。

「締めだ」

 シンが右手を引いて槍を投げるようなフォームを取ると、掌の上に火の玉が出現する。青く輝くそれをシンは空高く投げ上げた。
 閃光となって空に上った火球は途中で分裂を始める。十、五十、百とその数を増し、先に近いところで増えるのが止まり、代わりに進む方向が変わった。空高く進んでいた火球は進路を変え、アシュマンドたちに向けて落ちてくる。
 炎術系魔術スキル【アヴァランチ・フレア】
 火の玉で形成された雪崩は進行方向にあったモンスターたちをまとめて飲み込んだ。【サンダー・ボム】によって動きが鈍っている状態では、アシュマンドも自慢の大鎌を存分に震えない。
 次々と降ってくる火球に押しつぶされ、その場から動くこともできなかった。
 シンの目に映るアシュマンドのHPが勢いよく減っていく。隠蔽能力の代償に、アシュマンドは魔術攻撃に対する抵抗が低い。大鎌はそれ補うための能力だったが、シンとシュニーがやったようにして弱らせればあとはただの的であった。

「圧倒的、ですね」
「狭い場所ならここまで簡単じゃないんだけどね」

 爆音に混じって、再びミルトの声が聞こえる。周りのモンスターはユズハとティエラの遠距離攻撃で近寄ることもできないので、話をする余裕があった。

「一応いっておくけど、あれを普通だと思っちゃだめだよ? 正面から切り合ったら、かなり強いんだから」

 実際その通りで、洞窟のような射線が限られている場所では恐ろしい強さを発揮する。弱らせ方がわかっていても、実行するハードルが違うのだ。
 だが、今回はいくらでもやりようがあった。ゆえの、この結果である。
 アシュマンドが倒れると、攻撃の範囲外にいたモンスターやティエラたちが戦っていたモンスターはシンたちから離れていった。

「ここが草原ステージだったのはラッキーだったな」
「ヒヤリとしたのは、最初の奇襲くらいでしたね」

 素材を回収しながら、シンは周囲を見渡す。もしアシュマンドが階段を守るガーディアンの役目も持っていたら、近くに目的のものがあると思ったのだ。

「お、こいつはついてる」

 シンはアシュマンドのいた場所の後方50メルほどの場所に、下りの階段を見つけた。本当にガーディアンだったらしい。

「思っていたよりも、簡単に見つかりましたね」

 アシュマンドとの戦闘前に階段を見つけるのに苦労するかもしれないと話していただけに、あっさりと階段が見つかってシュニーも少し困惑気味だ。

「そうだな。まるで正解のルートに誘導してもらったみたいだ」

 シンたちは突破しやすい場所を進んだつもりだった。途中でアシュマンドが待ち受ける場所に誘い込まれたかと思ったが、戦うにしてもあまりにもシンたちに有利。そして終わってみればそばには階段がある。早く先に進めと言わんばかりの状況だった。

「シンが今朝話していた、意図的にデバフを与えたことへの配慮でしょうか」
「かもしれないな。わざわざ説明に来たくらいだ。フルベガス自身も良くないって思っててもおかしくない。まあ、本人に効かないとわからないけどな」

 どちらにしろ、二階層が楽に攻略できたのは事実。フルベガスの仕業でも、単純に運が良かっただけでも結果は変わらない。
 シンたちは軽く休憩してから、先に進むことにした。
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