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20巻
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しおりを挟む「こちらとしては、こうして直接会っている以上、報告しないわけにはいかない」
ストレートに行けとは言わないあたり、バルクスの言い方にはなんだか含みがある。
「……呼び出されているわけじゃないんですよね?」
「そうだ。連絡をするように言われたが、王女が来るまで拘束しておけだとか、城へ来るように命令を伝えろとかいった話はない。仮にそう言われたとしても、犯罪者でもない限り従う気はないがね。冒険者ギルドは国の下部組織ではない。もちろん、この国で活動する以上、協力関係にあるのは間違いないし、融通も利かせる。しかし、今回のような件では、どうするかは君たちの選択次第だ。まあ、罪を犯していないなら、普通は喜んで向かうところだがね。もしかすると、君が頼めばその場で資料を読ませてくれる可能性もないとは言えない」
ギルドとしては有能な人材を引き抜かれるのは困るが、国仕えのほうが生活は安定する。後々のことを考えると、そちらへなびく者は少なくないと、バルクスは語った。
ベイルリヒトの騎士団長であるガドラスも、元は冒険者だ。
もっとも、この世界ではどちらが正解というわけではない。
国に仕えていれば、国に危機が迫れば率先して戦う必要がある。モンスターとの戦闘だってあるし、人同士の戦争もないわけではない。いざという時は、死ぬとわかっていても国のために戦わなければならない。
「今のところ国仕えをする気はないので、隠れてやり過ごします。資料は明日になれば届くみたいですし」
【隠蔽】を駆使すれば、見つからずに過ごせるだろう。あまりここに長居する気もないので、関わることはないはずだ。もし資料がギルドに貸し出されないのなら、城に出向いて交渉したかもしれないが。
「ははは、君ならそう言うだろうと思ったよ。バルメルでの話を聞いた時は、リオン様の配下として救援に向かったのかとも思ったが、それ以降の動きが明らかに国仕えする者とは違ったからね」
ベイルリヒト王国に所属する兵士が、わざわざ遠く離れた場所の海域調査などするはずがない。
ギルドマスターだけあって、バルクスはそのあたりの情報は詳細を把握しているようで、シンたちはいったい何をしているのかと、疑問半分関心半分で報告を聞いていたらしい。
「実のところ、冒険者ギルドの間では君の名前はずいぶん広まっている。陸だけでなく海でも難なく活動できる者は貴重だからね。実際、海に面した都市の冒険者ギルドや海運業をしている商会から指名依頼も来ている」
バルクスはそう言うと、小さなベルを取り出して2回鳴らした。
しばらくしてドアがノックされ、セリカの双子の妹、シリカがシン宛の指名依頼のリストを持ってきた。
冒険者は一つの場所にとどまらない者も多く、依頼はすべてのギルドに通達されるらしい。
リストをめくると、何人か見知った名前が見えた。
「あのおっちゃん、あきらめてなかったのか」
バルバトスでアイテムボックスから出した船を見て鼻息を荒くしていたドワーフを思い出し、シンは笑みをこぼした。
他にも海洋調査や輸送船の護衛といった内容がちらほら見られ、中には――黄金商会に匹敵とまではいかないが――十分大手と呼べる商会の依頼まであった。
内容は、やはりと言うべきか、海に関連したものだ。
二式強襲艦セルシュトースを探すためとはいえ、あの海域に入って損害なく帰ってきたことは、海運関係の仕事をしている者にはかなり魅力的に映るらしい。
「暇なら受けるのですが、今は無理ですね。いつ手が空くかもわからないので、お断りさせてください」
「そうか。提案なんだが、断るのは期限が迫ったものだけではどうだろう? こちらとしても、この先、君たちの手が空いた時に指名依頼があったことを忘れられては困るからね」
依頼には、なるべく急ぎでというものと、期間内ならいつでもというように余裕のあるものとがある。
何でもすぐに断ると評判が悪くなることもあるようだ。指名依頼を一切受けないパーティももちろんあるが、あまりよく思われないらしい。
シンとしては冒険者としての評判はさほど気にしていないものの、わざわざ評判を落とす必要はない。
バルクスの「その評判が君たちを助けることもあるはずだ」という助言もあり、受けるかどうかはまたあとで考えるとして、期限に余裕のある依頼については返答を保留にしておくことにした。本人たちの人となりが一番重要とはいえ、評判も馬鹿にはできない。
バルクスと明日の午後2時に会う約束をして、シンたちはギルドを後にした。時計を持っていなかったら、もっとアバウトな約束になっていただろう。
†
ギルドを出た後に一行が向かったのは、最初のころに世話になった穴熊亭だ。バルメルに転移させられるというトラブルのせいで、挨拶すらできずにサヨナラしてしまった宿屋である。
門の外に出て月の祠を出してもいいのだが、翌日はまたベイルリヒトに戻るのだ。それを知らない者からすれば少々不審な行動だろう。
せっかくの機会なので、今回もここに世話になることにした。
入口の扉からは、喧騒が漏れてくる。
シンは懐かしい気持ちで扉を開けた。
穴熊亭は、相変わらず盛況だった。そろそろ夕食の時間だからか、冒険者らしき男たちや商人風の集団、他にも一般人らしき人がテーブルについている。
「いらっしゃい……って、あー!!」
声をかけてきたのはこの宿の店主の娘、ツグミだ。
店員としての挨拶から一転してシンの顔をじっと見ていたツグミが、突然大声を上げた。
この反応からして覚えていると思ったが、シンよりシュニーやティエラのほうが印象に残りやすいよなと考え直して、確認する。過ごした時間もそう長いわけではないのだ。
「ええと、久しぶり。俺のこと、覚えてるか?」
「久しぶりじゃないわよ! 城に行ったってことは聞いてたけど、連れの人がいきなりお釣りはいらないからってジュール金貨をじゃらっと置いていっちゃうし。どうしようかって家族全員で頭を抱えたんだからね!」
しっかり覚えていてくれたらしい。どうやら泊まっていた分の代金をはるかに超える額が置かれていたのは間違いなさそうだ。
「ちょっとトラブルがあってな。急いでいたからそれどころじゃなかったんだよ。なあ?」
当時、バルメルにシンがとばされた直後だったので、シュニーは多少気が動転していたのだろう。足りないよりはいいが。
「はい。どうしても急ぐ必要があったもので。ご迷惑をおかけしました」
シュニーに頭を下げられて、ツグミの勢いが止まった。彼女は近くに座っていた客が見ているのに気付いて、声量を落として続ける。
「あ、いや、文句があるわけじゃなくてね。うちとしては儲かったわけだからいいんだけど。ちょっと一度にもらうには気が引ける額だったし。ていうか、もらいすぎにもほどがあるから、泊まるなら半年はお代がいらないわよ」
「半年って……」
いったいいくら置いたのかと、シンは苦笑する。当時に比べてパーティの人数は倍になっているというのに。それでも食事込みで半年泊めてなお儲けが出る額だったらしい。
「とりあえず、この話は一旦終わりにしよう。今回は普通に世話になるから、普通に払う」
「いや、だからいらないっての! もらいすぎなの! ほら、代表者の名前を書いて。部屋割りはどうする? うちは1人部屋か2人部屋しかないんだけど」
そうは言っても、1人部屋を6つも使うのは気が引ける。
「2人部屋3つでいいよな?」
シンが2人部屋を提案したところ、反対意見はなかった。
部屋割りは、シンとシュバイド、シュニーとティエラ、フィルマとセティの組み合わせで分かれる。宿に泊まるときは基本、男2人で1部屋、あとは女性陣で適当に組む。誰が誰を苦手ということもないので、今回もすんなり決まった。
「じゃあ、これが部屋の鍵ね。食事はどうする? すぐにでも出せるわよ」
「食べに下りてくるよ」
せっかくの宿だ。その土地その土地の食事もシンの楽しみの一つである。いろいろと騒動が重なって楽しめたことはあまりないが。
穴熊亭の食事は変わらぬ美味さで、シュニーの手料理とはまた違った良さがあった。シンたちは注目こそされたものの、からんでくるような客はおらず、この日は静かに体を休めることができた。
ちなみに、どうやってこんなきれいどころを集めたのかと、ツグミがわくわくした顔で聞いてきたのは言うまでもない。
†
翌日。穴熊亭を後にしたシンたちは、教会の孤児院を訪ねていた。
誘拐されたミリーの救出作戦後、船で移動中にシンがヒノモトへ流されるという事態になり、それ以降連絡らしい連絡を取っていなかったので、様子見も兼ねている。
「あ、シンさんじゃないですか! お久しぶりです!」
最初にシンたちに気づいたのは、【浄化】を覚えて正式に教会を継いだラシアだ。庭の掃除をしていたようで、手には箒を持っている。彼女はシンたちの前に立つと、すっと背筋を伸ばして真剣な表情になった。
「ラシア?」
「皆様のおかげで、こうして孤児院を潰すことなく生活できています。改めて、お礼申し上げます」
箒を手にしているせいか若干しまらなかったが、声音や仕草はとても丁寧で、心からの言葉であると伝わってくる。アンデッドモンスター相手に悲鳴を上げていた姿とは似ても似つかない、厳かな雰囲気を纏っていた。
「ミリーのことも助けてくださって、司祭の不正を暴くのにも手を貸していただいたと聞いています。本当にありがとうございました」
シュニーやシュバイドとは初対面のはずだが、協力したことは聞いているのだろう、ラシアは改めて皆に頭を下げる。
当時のことを思い出して感極まったのか、ラシアは涙目だ。
「いや、さすがに見過ごせなかっただけだよ。それに、こっちも利益というか、得るものはあったからお互い様だ。なあ、皆」
ラシアの様子が予想外だったシンは、なるべく明るい口調でシュニーたちに語り掛ける。
偶然とはいえ、元プレイヤーのミルトを操られている状態、フィルマを『界の雫』に封じられている状態から、それぞれ救い出すことができた。
もし教会の騒動に関わらなかったら、ミルトは頂の派閥の戦闘員として使い潰され、フィルマも封じられたままか、悪事に利用されていた可能性もある。
ミリーを救うついでだったからと、報酬らしい報酬はもらっていないが、代わりとなるものはしっかり手に入れているのだ。あまりかしこまられてしまうと、シンとしては少し居心地が悪かった。
「教会は多くの人々を救ってきた。それを邪魔する不逞の輩を打倒するために協力するのは当然のことだ」
「そうですよ。それに、ミリーちゃんをさらって利用しようとしたんですから当然の報いです」
シンの意を汲んで、シュバイドとティエラがラシアに語り掛けた。シュニーも優しく微笑んでいる。
そんな雰囲気を察したのか、ラシアが慌てて釈明する。
「すみません。皆さんを困らせたかったわけではないんです。私は助けてもらってばかりだったので、せめて一言お礼を言いたくて」
ミリーをヴィルヘルムに任せたきりになっていたから、彼女が気にするのも仕方がないだろう。
「お互い、変に気にするのはよそう。それより、ミリーはどうしてる? ヴィルヘルムが一緒だったし、帰りについては心配してなかったけど」
「元気に過ごしていますよ。少々刺激的な体験をしたので、以前よりは大人しくなりましたけど」
孤児院を抜け出す頻度が減ったと、ラシアは苦笑する。とはいえ、やめたわけではないようだ。シンと出会ったのも抜け出していた時だったので、もしかするとただ好奇心を満たすためだけに抜け出しているわけではないのかもしれない。
そんなことを考えていたシンは、複数の気配が近づいてくるのに気付いた。
「シンにぃ!」
先頭を走り、そのまま飛びついてきたのはミリーだ。それに続いて孤児院の子供たちが、さらにその後ろからシスターのトリアがやってくる。
「むふー」
抱き着いたままぐりぐりと頭をこすりつけてくるのを見ていると、シンはユズハも同じようなことをしていたなと思う。
ちょうどいい位置にある頭を撫でると、今度はそっちに頭を動かしてくる。なんだか、懐いた猫を相手にしているような気分だった。
追いついてきた子供たちに目をやると、少し距離を開けてシンとその背後に交互に目をやっている。
シンの背後にいるのはシュバイドだ。見上げるような巨体のドラグニルというのは、子供には近寄りがたいのかもしれない。
しかし、子供たちの表情は怖がっているというよりは興味と警戒が混在しているといったところ。シンやティエラとは顔見知りなので、興味が勝っているようだ。
ただ、この世界でもドラグニルはかっこいいと思われているらしく、少年たちの目が輝いて見えるのは錯覚ではないだろう。
「こっちの竜人さんも、ミリーちゃんを助けるのに協力してくれたの。いい人だから安心してね」
ティエラがそう言うと、子供たちはゆっくりと近づいてきてぺこりと頭を下げた。ラシア同様、ミリーを助けてくれてありがとうと礼を言ってくる。個人にではなく、この場の全員にだろう。
「そういえば、ヴィルヘルムはこっちにいないのか?」
子供たちに返事をしながら、シンはあたりを見回して言う。冒険者ギルドにはいなかったので、こっちにいるのかと思っていたのだ。
「ヴィルにぃはお仕事。骨? を倒しに行くって言ってた」
「ああ、例のスカルフェイスの間引きか」
ヴィルヘルムはパーティを組んでいないが、それでも並のパーティとは戦闘力がまるで違う。武器も強化されているので、実力はミリー救出前よりも数段上がっていた。
ぶっきらぼうなようでいて、子供たちを気に掛ける優しさを持つ男だ。シンがスカルフェイスの特殊個体と戦った時、その姿をじかに見ている数少ない人物でもある。また同じような個体が出ることを警戒しているのかもしれない。
「ヴィルに何か御用があるんですか?」
ラシアが首を傾げる。
「亡霊平原について少し聞きたいことがあったんだ。ちょっと騒動になっているみたいだし」
「そうですね。今のところ大きな騒ぎにはなっていませんが、長引くとそうも言っていられないかもしれません」
町の人々も噂し始めているらしい。街道に出没するわけではなく、直接被害がないのでまだ噂程度で済んでいるという。
シンがこちらに来たばかりのころ、森に出現したスカルフェイスに商隊や冒険者が襲われたことがあった。冒険者が話をしているのを聞いて、それを思い出した人もいるようだ。
教会には祈りを捧げに来る人や怪我や病気の治療を願う人など、様々な立場の人がやって来る。職種も異なるので、そういった噂の広まり具合を多少調べられる、とラシアは言う。
【浄化】を習得させる際にシンが報酬として情報提供を要求したこともあって、ちょっとした会話でも覚えているように意識しているらしい。それらをメモしてまとめると、思ったよりも情報が集まっていて驚いたと、彼女は少し興奮気味に語った。
「そういえば、そんなことも言ったっけ」
「要求した側が忘れないでくださいよ……」
ラシアは呆れていたが、シンは当時、報酬のことなどほとんど意識していなかった。手を貸す理由を作りたかっただけだ。
「悪かったよ。ヴィルヘルムがいれば多少増えたって大丈夫だろうし、俺たちも少し協力させてもらうつもりだ。いざって時はまとめて吹き飛ばしてやるさ」
「やりすぎないようにしてくださいね」
冗談めかして言ったこともあり、ラシアはシンが本気で忘れていたわけではないと受け取ったようだ。シンに合わせて軽い調子で応える。
彼女もヴィルヘルムとともにシンがスカルフェイスを薙ぎ払うところを見ているはずだが、あの時はかなり混乱していたので、覚えていないのかもしれない。
「で、それはそれとして、今日はミリーのその後の様子も聞きにきたんだ。俺はトラブルのせいであまり一緒にいられなかったからさ。見た感じ、変なところはなさそうだけど」
ヴィルヘルムにはあとでメッセージカードを送ることにして、話を変えた。
ラシアとシンが話している間に、ミリーは少し体を大きくしたユズハに乗って孤児院前の広場を駆けまわっている。
ユズハは以前、群がってきた子供たちに体中を引っ張られてミリーのところに逃げていた。しかし、子供が乗れるほどの大きさになると、孤児院の子供たちはむやみに尻尾や髭を引っ張ることはしなかった。
もしかすると、ユズハのほうが小さいままだとまた子供たちのおもちゃにされると学んだのかもしれないが。
「そうですね。戻ってきた時はヴィルと離れたがりませんでしたが、今では以前と変わりなく過ごしています」
「そうか。それなら安心だ」
先ほどラシアは「刺激的な体験」とマイルドに表現したが、心に傷を負っていてもおかしくないものだった。
ただ、ラシアの話を聞く限り、そういったことはなかったようで、シンはひとまずほっと息を吐く。精神的な傷は回復魔術では癒せない。こればかりは、シンでも手が出せないのだ。
「そういえば、他の子たちには、ミリーのことをなんと?」
「少しお出かけしたということにしてあります。幸い、当時はミリー以外の子は現場を見ていませんから」
不幸中の幸いと言うべきか、現場にやってきたのはミリー一人だけ。ラシアの傷はシンのアイテムですぐに回復したし、ミリーもヴィルヘルムも無事に帰ってきた。現場も血を拭き取って怪我をしたとわからないようにしたらしい。
孤児の中にはビーストもいる。鼻の利く子は何かあったと臭いで気づいたかもしれないが、ラシアたちが変わりなく過ごした結果、いちいちつついてくることはなかったそうだ。
「もう終わったことだし、知らないならそれでいいか」
元凶は排除された。ミリーの力を知った者が似たようなことをしでかさない保証はないが、その危険は大きく減ったはずだ。わざわざ教える必要はないだろう。
孤児たちはミリーの乗るユズハを追いかけまわしている子と、シュニーたちに遊んでもらう子に分かれている。
きっかけはミリーとユズハだが、以前ティエラに遊んでとせがんだ子が今回も同じ要求をしたらしい。すでに一度気に入られていたティエラを皮切りに、他のメンバーにも孤児が集まっていったようだ。
男子はユズハを追いかけるか、シュバイドのところに。女子はそれぞれ気になる女性陣に声をかけるか、やはりシュバイドのところに。
「最初に怖がられていたとは思えない人気ですね」
「あれで結構子供好きなんですよ」
シンたちの視線の先では、シュバイドが両肩に孤児たちを乗せて歩いている。右が男子で、左が女子。どちらも歓声を上げてはしゃいでいた。さらに乗れなかった子が腕にしがみついたり、ぶら下がったりしているが、そのたくましい腕はびくともしない。
しがみついている子が落ちそうだが、防御障壁を小さく展開して受け止められるようにしていた。あとで聞いた話だが、国ができて間もないころは同じようなことをしていたらしい。
次は俺、次は私とせがむ子たちをシュバイドは順番に乗せていく。その中には、年長者だろう子たちも交ざっていた。
「というか、一番人気だな」
「子供たちの相手をするのは私やトリアさん。他にもここを出た女性が多いんです。なので、ああいった遊びはあまりできません」
子供の相手をしてくれる男性もいないわけではない。ただ、子供慣れしている者が少なく、ちょっとぎこちなくなっていまうらしい。遊んでもらう側から遊ぶ側になると、勝手が違うようだ。
孤児院を出て働き出せば、そこはもう大人の世界。気軽に転職などできないし、手に職を付けなければ生活していくのは難しくなる。
必死に仕事を覚えて生活するのだ、遊びのことなど考えていられない。それゆえの戸惑いなのだろうとラシアは語った。
想像していたよりも過酷な現実に、シンは何と言えばいいのかわからなかった。無邪気に笑っている子たちも、いずれその現実と戦わなければならないのだ。
そんなことを考えていると、何人かの男の子がシンたちのもとへやってきた。
話が終わるのを待っていたのだろう。
「ん? どうした。俺に用か? それともラシアか?」
「ええと、あれ……」
数人の男子がシュバイドのほうを指さす。
ああ、そういうことかと、シンは子供たちの望みを察した。
肩に乗ったり腕にぶら下がったりしてはしゃぐ子供は多いが、それをしているのは現状シュバイドのみ。女性陣は小さい子をあやしていたり、女同士で固まっておままごとの相手をしていたりと、男子には近寄りがたい雰囲気だ。
セティだけ追いかけっこの的にされているのは、きっと子供なりの理由があるのだろう。
やろうと思えば、シュニーたちも両肩に子供を乗せるくらい余裕でできる。
ただ、子供に彼女たちの実力を見抜けと言うのは無理な話だし、たとえわかっていても、男の子からすれば彼女たちにしがみつくのは恥ずかしさが勝るだろう。
しかし、シンは違う。シュバイドほどではないが体格も悪くはない。一度孤児院に来ているので多少は性格も知られている。そして何より、同じ男同士。頼みやすさが違う。
「よぅし、肩に乗りたい奴は一列に並べ! 順番だぞ」
できるだけ気軽な感じを意識しながら、シンは笑顔で宣言する。この状況で、否とは言えなかった。
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