THE NEW GATE

風波しのぎ

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19巻

19-3

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「やれやれ、満足な礼もできんとは。せめて勲章のひとつでもと言いたいところだが、シュニー殿は受け取ってくれぬからな」
「シュバイドが関係している国とはいえ、特別扱いはできませんので」

 困ったものだと、ザイクーンは溜息ためいきをつく。
 シュニーはいくら功績を挙げても、地位や称号、勲章などの返礼は一切受け取らない。
 シュニーの目的は、自分や月のほこらの名を広め、シンが戻ってきた時に見つけやすくすることだけだった。
 どこの国にも所属せず、深い関わりを持たず、実を捨て、名だけを得てきた。数百年続くその姿勢は世間に知れ渡っている。
 ただその姿勢は、誠実に感謝を伝えたい国にとっては困りものだった。
 言葉だけでは伝えきれない感謝を形で示したくても、受け取ってもらえないのだから。

「本来ならば、国を挙げて歓待するところなのだがな。仕方あるまい。今祝賀会など開けば、むしろ余計な迷惑をかけかねん」

 キルモントは大陸でも指折りの大国だ。
 それゆえに貴族階級も多く、様々な考えを持つ者がいる。王や上層部の目を盗み、秘密裏に接触しようとしてくる者たちが多かった。

「我らは他にもやらねばならぬことがある。すまんが、あまり長くは留まれんのだ」

 シュバイドがザイクーンに語りかける。

「今回の一件絡みか?」
「いや、別件だ。差し迫った危機があるわけではないゆえ、今回はこちらを優先した。だが、いつまでも放っておくわけにはいかん」

 シュバイドは、冥王についてはぼかして話した。
 シュニーと行動をともにしているのも、何か事情があると匂わせるのに一役買っている。
 シュニーは大陸中を渡り歩いていると言っていい。複数の案件を抱えることもあり、誰もシュバイドの言葉を疑う様子はなかった。
 シュバイドに好意を抱いているらしいシュマイアが、目に見えて気落ちしているのがわかったので、心の中でシンは詫びた。
 合流してからシンに忠義を尽くしてくれるシュバイドだが、そういったことにも目を向けてほしいと思う。
 いくら自身が作製したサポートキャラクターといえども、一生尽くせ、などという気はない。

「やれやれ、ここまで世話になっておきながら、何もできんというのは歯がゆいものだ」
「今回のような一件が何度もあっては困る。すまんが、後のことは頼むぞ」

 シュバイドが言う「後のこと」とは、シュニーの情報を得ようと接触してくる者たちへの対処も含まれている。というより、半分以上がそれだ。
 シュニーが関わったというだけで、他国の外交官から情報開示を要求されるのだ。
 今回はシュニーだけでなく、シュバイドも参戦し、さらに協力者までいた。
 目撃者も多く、情報が漏れるのを止めることはできない。他国からの接触は今までと比べても多くなるだろう。
 助けられた側が大変なのはいつものことだと、ザイクーンは笑っていた。
 その後、報告の詳細といくつかの話し合いを済ませ、すぐに別れを告げる。
 そんなシンたちに、ザイクーンは姿勢を正し、真剣な表情で言った。

「最後になるが、お主らが必要とするならば、我らは必ず力を貸す。それだけは覚えていてほしい」

 姿勢を正したのはザイクーンだけではない。キルモントを動かす重鎮たちに、軍の各部隊の隊長たち、教会戦団の面々もまた真剣な面持ちでシンたちを見ていた。
 言いたいことは皆同じ。言葉にせずとも、それは伝わってきた。

「私たちだけではできないことも多くあります。いざという時は頼りにさせていただきます」

 代表として、シュニーが返事をする。
 ザイクーンの視線が自分に向いたのに気づいて、シンもうなずいた。
 部屋を辞したシンたちは、ベイルリヒト王国に飛ぶべく移動を始める。
 ミルトもついてきたそうにしていたが、教会戦団の一員としてきている以上、突然抜けるというわけにはいかない。
 罪滅ぼしとして十分働いたと認められているらしいので、手続きを済ませたら合流すると言っていたが、冥王との接触には間に合わない可能性が高そうだ。
 途中で空気を読まない連中に声をかけられないよう、移動を始めたと同時に【隠蔽ハイディング】で姿を消した。当然、許可はもらっている。
 誰にも気づかれずに城を出ると、壁伝いに門の近くまで移動して、物陰から何食わぬ顔で通りに出る。そのまま門をくぐり、頃合いを見計らって転移をしようと考えていたシンに、一通のメッセージが届いた。

「ベレットからか」

 黄金商会副支配人であるベレットからの調査報告は、定期的に届いていた。
 未だに行方ゆくえがわからないギルドハウスの捜索は、黄金商会の情報網をもってしても、遅々として進んでいない。申し訳なさ満載の文面に、むしろシンのほうが恐縮してしまうくらいだ。
 今回は何か進展があったのだろうかと、メッセージを開く。

「……悪い皆。少し寄り道させてくれ」

 内容に目を通したシンは、シュニーたちに行き先の変更を告げる。
 メッセージの内容は、ギルドハウスナンバー3『三式駆動基地ミラルトレア』と、そこで作られていた『金の商人』レードの最高傑作けっさくについてだった。


         †


「ミラルトレアって確か、まだ行方がわかってなかったギルドハウスよね? 冥王より優先しなきゃならないくらいの緊急事態なの?」

 変更の理由を聞いて、ティエラがシンに問う。ギルドハウスが危険なことはティエラも理解しているが、冥王はそれよりも重要だと思っているのだろう。

「見つかったのが俺の担当だったギルドハウスなら、放っておいても大丈夫なんだけどな。いや違うな。見つかったのがミラルトレアだったら、先に冥王のところに行くって選択肢もあった」

 シンは軽く溜息をつきながら答えた。
『六天』の各メンバーが担当したギルドハウスは、大まかに2系統に分かれる。生産型と戦闘型だ。
 シンのギルドハウス『一式怪工房デミエデン』は前者で武器、防具などの研究、開発、生産能力に特化した工房である。内部に保管されている武器が持ち出されると大問題だが、それさえなければ危険はない。
『四式樹林殿パルミラック』と『五色惑乱園ローメヌン』も同系統で、そこにあるだけならば無害である。
 それに対して、『二式強襲艦セルシュトース』『三式駆動基地ミラルトレア』『六式天空城ラシュガム』は後者に当たる。
 ギルドハウス同士の戦闘を想定しているため、とにかく強力な装備がいくつも取り付けられている。生産能力もなくはないが、生産型と比べるとおまけ程度だ。
 海のセルシュトース。
 陸のミラルトレア。
 空のラシュガム。
 どれも強力な兵器としての側面があり、悪用はもちろん、誤作動でも大惨事が起こりかねない代物しろものだ。
 くだんのミラルトレアは動く要塞のようなもので、見た目は先端に巨大なドリルを搭載した、装甲列車に近い外見をしている。
 戦闘型ゆえの強靭きょうじんな防御力と、多彩な兵器類による攻撃力、地中も移動できる機動力を有する。
 最大の特徴は内部構造だ。
 ミラルトレアは『金の商人』ことレードの担当したギルドハウスであり、内部に人形と呼ばれる、人型ゴーレムの生産設備がある。
 材料さえあれば無限に兵士を作り出す工場に近いことができ、圧倒的な物量で敵を追い詰めるという、他のギルドハウスにはできない戦い方が可能だ。

「選択肢もあったって言うけど、どうせ放っておけないんでしょ」
「そうなんだけどさ。今のところ、ギルドハウスの設備が誤作動したことはない。だから、心配しすぎって可能性もある。でも、そのもしもが起こるとちょっとシャレにならない」

 ミラルトレアの生産設備が生み出す人形は、素材にしたアイテムによって性能が変化する。
 素材にできるのは主に金属と鉱石で、貴重なものであるほど人形の性能が高くなる。
 次々に生み出される人形を、レードの人形師としての能力で操ることで、初めて本領発揮となるわけだが、こちらの世界で人形がどう動くのか、判断できない。
 もし設備の誤作動で生み出された人形が人を攻撃対象にしたら、下手なモンスターより厄介だ。
 なにせ材料さえあれば、一定間隔で数が増え続ける。モンスターのように一度出現したらおしまい、とはいかないのだ。
 そして、ギルドハウス同士の戦いで人形が狙っていたのは、主に相手のギルドハウスを動かしているプレイヤー、つまりは人である。
 誤作動時に、標的が人になる可能性は高いと言っていいだろう。

「ま、一番の決め手は、あいつの最高傑作がってところなんだけどな」
「最高傑作というと、レード様、ヘカテー様、シンの三名で共同開発していた、巨大な人形のことですか?」

 シュニーもあまり知らないようだったので、説明も兼ねて、シンは話す。

「そうだ。レードが基本構造を設定して、俺が外装を作って、ヘカテーが伝達系を張り巡らせた、対ギルドハウス兵器のひとつ。つっても、他のメンバーにも手伝ってもらってるんだけどな」

 コンセプトは単純で、希少な魔法金属をこれでもかと使い、物理と魔法の両方に高い攻撃力と防御力を持たせる。
 そうして作られたボディを、貴重な素材を錬金術で合成した特殊繊維で操る。それだけだ。
 だが、強い。
 動かす前にデスゲームが始まってしまったので、お蔵入り状態だったとはいえ、外装は当時のカンストプレイヤー、シンの攻撃でもなかなか破壊できなかった。

「シンの攻撃でって、なんでそんなの作ったのよ」
「なんでってそりゃ……できそうだったし、あと面白そうだったし」

 ゲーム時代は、面白そうだからやる、なんていうのは当たり前だった。
 半分くらいネタだったのは間違いない。
 レードに限らず、ネタに走っていたらすごいものができたというのは、よくあることだった。8割ほどはガラクタになるのだが、たまに成功するから面白い。
 シンのアイテムボックスの中にも、似たような試みで作られた装備が眠っている。
 HPの上限が1パーセントになる代わりに、物理系のステータスが跳ね上がる『火事場の馬鹿力大剣』。
 すべての被ダメージが10倍になる代わりに、回避に関わる能力が3倍になる『当たらなければどうということはない鎧』。
 パーティメンバーを1人即死させ、一定範囲内の敵に大ダメージを与える矢を放つ『1人は皆のために大弓』。
 ジャンルを問わず、他のコンテンツの装備を再現しようとしたり、能力上昇の上限に挑戦したり、ゲームだからこそできる挑戦をいくつもした。
 レードの最高傑作は、その集大成に近い。

「……たまにシンが、すごいのかすごくないのかわからなくなるわ」

 シンが例として挙げた武器の説明を聞いたティエラは、頭を抱えてしまった。
 誰が使うんだという装備の数々。
 生死のかかった戦いが当たり前のこの世界では、誰も作ろうとはしない。ましてや、その素材が貴重な魔法金属と言われれば、頭を抱えたくもなるだろう。

「信じられないかもしれないけど、昔はこのくらいのバカは、皆やってたんだよ。そういう時代もあったんだ、くらいに考えればいいんだって」
「『栄華の落日』前の世界っていったい……」

 エルフのそので聞いていた『栄華の落日』以前の世界は、様々な技術が大きく発展した繁栄はんえいの時代として語られているらしい。
 シンの話とのギャップに、ティエラは困惑せずにはいられなかったようだ。

「ほらほら、昔の話はこれくらいにして、肝心のミラルトレアはどこにあるの?」
「エストの中央から、北東に進んだ先の山中って書いてある。詳しいことは直接話したいらしい。まずはベレットのところに行こう。今はバルメルに来てるみたいだから、転移ですぐだ」

 フィルマに、メッセージに書かれていた目撃情報があった場所を伝えながら、シンは結晶石を取り出した。
 ベレットは、本来は自分が出向くところのなのだがと恐縮していたが、大陸中を移動しているシンたちの居場所を正確に把握し続けるのは、いくらベレットでも不可能だ。
 シンたちはすぐに転移で移動できるので、来てもらうより、こちらから移動したほうが断然速い。
 バルメルの近くに、こっそり登録しておいたポイントに転移すると、馬車を具現化して街道を走る。
 馬車を引くのはカゲロウだ。前を走っていた馬車の御者が、追いついてきた馬車を引いているのが馬ではないと気づいて驚いている。
 そしてシンの姿を見ると、今度は「ぐぬぬ!」とでも言いたげな表情になった。

「カゲロウはともかく、なんで俺の顔を見てくやしげな表情になるんだ?」

 理由がわからず、シンはつい疑問を口にした。
分析アナライズ】によると、御者の男は商人のようだ。
 シンの隣に、女性陣の誰かが座っていたのなら、男の気持ちも理解できる。シュニーをはじめ、全員が美人と言って差し支えない容姿をしているからだ。
 しかし、現在御者台に座っているのはシン1人だけ。
 埃除ほこりよけと装備を隠す意味も込めて、足首近くまであるたけの長いマントを羽織はおっているので、高級そうな装備に悔しがる、ということもないはずだった。

「馬車を引いているのがカゲロウだからでしょう。大型モンスターを手なずけて馬車を引かせられるのは、大きな商会の中でも特別に優秀な商人が多いです。シンもその1人だと思われたのかもしれません」

 シュニーが、馬車のほろの中から身を乗り出して教えてくれた。
 大型のモンスターは、普通の馬に比べて力も持久力も桁違いだ。
 大量の荷物を一度に運ぶこともでき、賊や野良のらのモンスターと戦闘になった際は戦力になる。敵を蹴散けちらすことすらあるらしい。
 しかし大型モンスターは相応の食事が必要となる。それらを常時まかなえるほどの資金力が求められるのだ。

「今の商人には、シンがそんな特別な商人に見えたのでしょう。この馬車も見る人が見れば、ただの馬車でないことはわかります」

 砂海を越える時にさらにカスタムしているので、普通の馬車と比べると性能は段違いである。
 見た目はさほど変わらないようにしているが、徹底的に偽装処理をしているわけではないので、詳細はともかく、手がかかっているのはわかるらしい。

「それでも、俺が商人に見えるのか?」

 馬車を使うのは商人だけではない。自分を見てすぐに商人と判断するのは早計ではないか、とシンは感じた。

「シンは冒険者のような荒々しい気配をまとっていませんし、埃除けのマントは、旅の商人が身に着けるもの。あとはこの馬車が、冒険者や傭兵が移動に使うような見た目ではないことも、シンを商人と勘違いした要因ではないでしょうか」

 シンたちの使う馬車は汚れ除けの処理もしているので、泥や埃で汚れることはほとんどない。
 質が良く、汚れもほとんどない馬車は、戦闘や獲物の輸送を生業なりわいにしている冒険者の馬車とは思われないだろう、とシュニーは言った。

「……でも、とどめはシュニーがさした」
「え? あ……」

 シンの隣にやって来たユズハが、引き離されている馬車を見ながら言った。
 シンが振り返って【透視スルー・サイト】を使い、馬車越しに先ほどの商人を見ると、悔しげな表情は一転、呆然としていた。
 その表情を言葉にするなら『嘘だろ……』といったところか。

「わかいオスは、つよくてりっぱなオスにあこがれる。大きなカゲロウをしたがえて、つがいはシュニー。よこにはユズハ。うらやましくなるのはとーぜん!」

 ユズハは尻尾をふりふりしながら何やら自慢げである。

「私は、そんなつもりではなかったのですが」
「シュニーが男なら、護衛と思われたのかな。いや、どちらにしろうらやましく思われたか」

 エルフをはじめとした長命種は、冒険者としての経験値も、レベルも高い傾向にある。
 そんな相手を護衛に連れているというのも、特別な存在であるあかしだ。
 さらにエルフの女性は、男性と組むことは稀であり、それもまた商人を呆けさせた要因なのだろうと、話を聞いていたシュバイドが語った。

「変なうわさが広がりそうだな。商人のネットワークって広そうだし」
「一応商売もしてたんだし、間違いでもないんじゃない?」
「あっちはおまけみたいなもんだったからなぁ。俺は在庫の補充とか商品開発ばっかりで、店なんて、ほとんどシュニーたちに任せきりだっただろ」

 自分の店を持つプレイヤーは、店を構えた国や地域のNPCを店員として雇ったり、サポートキャラクターを店番として使ったりするのが一般的だった。
 自分で店先に立つプレイヤーもいたが、シンはそういうタイプではなかったので、サポートキャラに持ち回りで店番をさせていた。
 金銭のやり取りは売買のコマンドで行うので、プレイヤーが常にいる必要はなかったのだ。

「そもそも、俺は商人っぽく見えても商人じゃないんだけどな」

 ゲーム時代も商人プレイなどしたことがない。
 売り物の市場価値を知らないのはまずかろうと調べたことはあるが、それは真面目に商人をやっているプレイヤーに迷惑をかけないように、という気遣いゆえだ。

「さて、無駄話はこれくらいにして、ちょっと道を外れるぞ」

 追い越した馬車が見えなくなったところで、シンたちは街道を外れ、林の中に入る。周囲に人の反応はないが、念のためだ。
 転移を使い、かつてベイルリヒト王国の第二王女リオンと休憩した地点へ。
 バルメルとカルキアの中間くらいの場所だ。氾濫時にモンスターが通る場所なので、人が通りかかることはほとんどない。
 念には念を入れて【隠蔽ハイディング】も使ってあるので、この場に誰かがいてもシンたちには気づかない。

「出発するぞ」

 シンがリオンと行動していた時は、リオンの体力が持つよう、速度を調整していた。
 しかし今回はその必要もなく、馬車を引くのはカゲロウだ。
 当時よりはるかに速い速度で、平坦とは言いがたい荒野をひた走る。
 カゲロウには加減しなくていいと指示したので、街道を走っていた時とは比べ物にならない速度が出ている。
 普通の馬車ならくぼみひとつで車体が跳ね上がっているところだが、シンの改良によって、ちょっと揺れるかなと思う程度に抑えられていた。
 モンスターが何度も通っているからか、荒野にしては障害物がないのも、揺れが少ない理由のひとつだろう。

「くぅ? 見られてる」

 転移してから1時間ほど走ったところで、ユズハが山を見ながらつぶやいた。

「たぶん、カゲロウが気になってるんじゃないか? もとはあそこにいたんだよな?」
「はい。カゲロウの気配を察知したのでしょう」

 自分たちを見ている存在のことは、シンも把握していた。
 視線の主は、山の主ミスト・ガルーダだ。
 氾濫の際に山に入ってくるモンスターを駆除し、結果論ではあるが、被害を減らす一助となってくれている存在である。
 シンはリオンと行動をともにしている時に、ミスト・ガルーダがモンスターを焼き尽くす場面を見たことがあった。それもあって、ミスト・ガルーダの気配にすぐ気づけたのだ。

「くぅ、おやがわり」

 かつて、カゲロウの親とともに山を治めていたモンスターであり、残されたカゲロウの面倒も見てくれていたようだと、ユズハが教えてくれた。
 カゲロウも気になっているようで、時折顔を山に向けていた。

「神獣が別の神獣の世話をしていたのか。そんなこともあるのだな」

 思うところでもあるのか、シュバイドはそうつぶやいて何か考えている。
 その横で、セティとフィルマが神獣の繁殖事情について話し始めた。

「というか、神獣って子供を生むの?」
「子供がいるってことは、そうなんでしょ?」

 モンスターに里帰りの概念があるかはわからなかったが、少しくらい時間をくことはできると、シンは話しかける。

挨拶あいさつくらいする余裕はあるぞ?」

 それを聞いたカゲロウはゆっくりと減速し、立ち止まった。そしてその場で遠吠えをする。
 遮蔽物しゃへいぶつのない荒野に、遠吠えはよく響いた。
 遠吠えがやむと、山の頂上からミスト・ガルーダが飛び立つのが見える。少し飛んだところで翼を大きく広げた。
 何をするのかとシンたちが動きを止めていると、目に見えない波動のようなものが、体を通り抜けていくのが感じられた。
 それらがすべて過ぎ去ると、カゲロウは再び走り始める。

「いいのか?」
「いい」

 ユズハに確認すると、先ほどの行為が彼らなりの挨拶なのだと教えてくれた。
 山へと戻っていくミスト・ガルーダに背を向けて、シンたちは進む。
 カゲロウは一切休むことなく走り続け、その日の夕暮れ前に、バルメルに到着できた。
 門が閉まるぎりぎりの時間だったようで、他にも急いだ様子の馬車が見える。

「ん? 兵士がこっちに来てないか?」

 バルメルに入るために順番待ちをしていると、門から出てきた兵士が、こちらへやってくる。
 別の誰かに用があるのだろうと思っていたが、向かってくる兵士とばっちり目が合ったままだ。

「大氾濫で顔を覚えられたんじゃない?」

 セティが言った。

「それはあり得るな」

 シンが初めてバルメルにやってきたのは、モンスターの大群が押し寄せる氾濫という現象の、規模が大きいバージョンである大氾濫が起きている時だった。
 リオンとともに行動していたのは知られているだろうし、元プレイヤーのひびねこたちと共闘したのも有名だ。
 門番に顔を覚えられていてもおかしくはない。


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