THE NEW GATE

風波しのぎ

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1巻

1-3

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「おい! ルスト様を前にしながら、名乗りもせずに突っ立っているとは何事だ!!」

 どうやらルストがシンをにらみつつ何も言わないのは、シンが名乗るのを待っていたからだったようだ。

「失礼しました。俺の名はシン、流れ者です」

 地位の高い人物に目をつけられても困るので、シンは頭を下げつつ答えた。こういうタイプは、形だけでも下手したてに出ていればやり過ごせることが多い。

「ふん、礼儀を知らんな。まあよい、流れ者とあっては満足な教養もあるまい」

 横柄おうへいにうなずくルストの言葉を聞き流しつつ、異世界でもこの手は使えるのかと内心で苦笑するシン。

「用は済んだ。行くぞ」

 ルストはそう言うとまっすぐ歩き出した。ぶつかりそうだったので、シンはとっさに左に避ける。
 シンの動きを見ていた金髪の青年のほか、数名がその素早い動きに目を細めた。

「ちっ」

 去り際に舌打ちを残していったイランを含め、部下らしき者たちは、ルストに追従ついじゅうしてさっさと店外に出ていった。そのおかげで、店内にはシンの他に3人しか残っていない。

「イランが済まないことをした。代わってびるよ」

 そう話しかけてきたのは先ほどの金髪の青年。他の2人も、どことなく申し訳なさそうな表情をしていた。

「いえ、とくに怪我をしたわけでもないですし」
「そう言ってもらえると助かるよ。私の名はアルディ。アルディ・シェイルだ。もし騎士団を頼ることがあったら私をたずねてくれ」
「シンです。機会があったらそうさせてもらいます」

 アルディが差し出した右手を握りながらシンは答えた。
 どうやら彼らは騎士だったらしい。ルストやイランには悪印象しかなかったが、アルディの態度を見るに、全員が横暴というわけではないのだろうと考えを改めた。
 アルディが店を出ると、残りの2人も軽く会釈してからあとに続いた。
 騎士の面々がいなくなると、店内が途端に広く感じられた。見えなかった棚やそこに並んだ商品が目に入る。

(武器はほとんどが銅か鉄、よくて銀製。防具も革、銅、鉄、銀製くらいか。アイテムは低ランクの回復薬ポーション魔術薬エーテル、あとは状態異常回復の丸薬がんやくが少々。素材はなしと)

 商品を一通り見て、以前とは比べ物にならないぶりに、シンは呆れてしまった。どれも初心者が使うようなものばかりだったからだ。

(ゲームの時より繁盛はんじょうしてなさそうだな……)

 あまりのひどさに、店の経営状態が心配になってしまうシンだった。

「――さっきからなにぶつぶつ言ってるの?」
「へ?」

 唐突に話しかけられ、何とも気の抜けた返事をしてしまう。無意識のうちに考えを口にしていたらしい。
 声がしたカウンターの方向に顔を向けると、こちらを見ている金色の瞳と目が合った。


 そこにいたのはエルフの少女だった。うるしのような光沢をもつ黒髪の間から、とがった耳が見えているのでおそらく間違いないだろう。
 容姿の整っている者が多いエルフの例にもれず、不思議そうにシンを見る彼女は、10人が見れば10人とも見惚みとれるに違いない美少女だった。
 身長はシンより頭一つ分低く、160セメルくらい。肌は健康的な白さで、全体的にすらりとした体格をしているが、胸だけはしっかりとその存在を主張していた。
 一見17か18歳といったところだが、長命種であるエルフが見た目通りの年齢であることはごくまれだった。この少女も本当は何百歳という可能性の方が高い。

「……ああ、品ぞろえがどんなものか見てたんだ」
「そうなの? その割には、やけに目つきが鋭かったような気がしたけど」
「そんなつもりはなかったんだけどな」
「まあいいわ、いやな奴らも帰ったし好きに見てっていいわよ」

 エルフの少女はそう言うと、カウンターに備えつけられた椅子に座った。

「『いやな奴ら』ってさっきの?」
「そう、ちょくちょく顔を出しては、師匠がいつ帰ってくるのかって聞いてくるの。しつこいったらないわよ」

 よほど頻繁ひんぱんに来るのだろう。少女の口調から、かなり辟易へきえきしているのが伝わってきた。

「大変だな。あ、自己紹介がまだだったな。俺はシン。見ての通りの流れ者だ」
「ただの店番に自己紹介するなんて真面目まじめな人ね。ティエラ・ルーセントよ。ティエラでいいわ。ここの店主代理の弟子兼店番ってとこかしら。何かいいアイテムや素材を持ってきてくれたら買い取るわよ」
「ああ、そのときはよろしく。にしても騎士が頻繁に来るなんて、ティエラの師匠ってそんなにすごい人なのか?」
「何言ってるの。月の祠の店主代理シュニー・ライザーっていったら、子どもでも知ってるくらい有名じゃない」
「はぁ、そんなに有名なのか。てか代理?」
「本人が言ってるのよ。なんでも本当の主がいるんだって」
「そんなに有名な奴のさらに上がいるのか……」

 それなら経営は大丈夫そうだな、と少々おせっかいな感想を抱くシン。だがその店主代理という人物の名に、どこか引っかかりを覚えた。

「シュニー・ライザーね……シュニー・ライザー。シュニー……シュニー・ライザーぁあ!?」
「な、なに! どうしたの!?」

 突然大声を上げたシンに驚くティエラ。思わず立ち上がってしまい、倒れた椅子がガタンと音を立てた。

「ああ悪い。ちょっと驚いてな」

 シンは椅子の倒れる音で我に返り、謝った。
 どこかで聞いた名前だと思っていたがそれもそのはず。ゲーム中で月の祠の店番を任せていたのが、シンが作成したサポートキャラクターの1人――シュニー・ライザーだったからだ。

「すまんが、その師匠について確認したいことがあるんだけどいいか?」
「え、ええ。私に答えられることなら」

 シンの剣幕にティエラは若干引き気味だ。しかし、まさかの一致に驚いているシンは、そんなティエラの様子に全く気づかなかった。

「そのシュニー・ライザーってのは、種族がハイエルフで髪は腰まで届く銀髪。瞳は透き通るような青色。身長は166セメルで、そのうえスタイル抜群の美人じゃないか?」
「確かにそうだけど……なに? あなた師匠のファン?」

 ティエラのシンを見る目がかなり冷たくなっているが、まだシンは気づかない。

「いや、そうじゃない。そうだな……シュニーとは知り合いみたいなものなんだ(ゲームじゃ店主と店員だったけど)」
「師匠の知り合い? ホントなの? それ」

 ティエラはシンに疑念たっぷりの視線を送っている。

「向こうが覚えているかはわからないけどな」

 シンとしても、突然現れた男が店主の知り合いだと言ったところで信用されるとは思っていない。実際問題、シュニーがシンを覚えていない可能性もある。

「そういえばシュニーは今どこに行ってるんだ? さっきの話だと長い間留守っぽいが」
「悪いけどそれは言えないわ。騎士団にも話してないのに、あなたに教えられるわけないでしょ?」
「……確かに」

 この世界の身分がどうなっているのかわからないが、さっきの様子から騎士がそれなりに高い地位であることがわかる。
 流れ者の自分じゃ信頼おけないよな、とシンは肩を落とした。


「一応伝言でんごんくらいならうわよ。というか私の仕事の半分は、師匠への言伝ことづてを受けることだし」
「半分って……どんな量だよ」
「ほとんどが国家やギルドの上層部からの伝言よ。結局のところ依頼ね」

 言ってからティエラはため息をつく。
 そもそも伝言のシステムは、災害時やモンスターが大量発生した際に、シュニーに対処を依頼するためのものだった。シュニーはどこかの勢力に属する気がなかったので、秘密裏に依頼するために伝言という形をとったのだ。
 しかし、それも長い年月の間に形骸化けいがいかし、今では初対面のシンに話しても問題ないほどおおやけのものとなっていた。

「なんと言うか……すごいとしか言えんな」

 国の上層部から依頼が来るなんてどんな奴だよ、と思ってしまうシン。

「師匠が受けることは滅多にないけどね。で、どうする? 伝言する?」
「そうだな、一応頼んでおくか」
「伝言料はジュール銅貨で10枚、1000ジュールよ」
「金取るのか……ジュールってのは?」

 シンは聞いたことがない単位に首をかしげる。
【THE NEW GATE】内の通貨は、すべてジェイルだった。

「本気で聞いてるの? 通貨も知らないでよく旅してられるわね」
「いや、以前使ってたのと違ってたんだよ」
「以前使ってた? もう400年くらい通貨は変わってないはずだけど。見せてもらってもいい?」

 400年。その言葉を聞いてシンは固まった。そんなにも前から使われている通貨を知らない自分が、まるで浦島太郎にでもなってしまったような気がしたのだ。

「これなんだが……」

 シンはアイテムボックスから1Gジェイルを取り出し、カウンターの上に置いた。
 直径3セメルほどの円形の金貨で、中央に8枚のはねをもった竜と、その腕に抱かれる少女が描かれている。

「……ねぇ、今それ、どこから出したの?」

 ティエラはまず、何もない空間から出てきた金貨に目を丸くした。

「どこって、アイテムボックスからだが?」
「アイテム……ボックス……」

 その言葉を聞いたティエラは、より一層の衝撃を受けたようだ。

「ティエラ?」
「あっ、えと、なに?」
「いや、なんだかすごく驚いてるみたいだが、どうかしたのか?」
「どうかしたのかじゃないわよ。アイテムボックスが使えるなんて驚くに決まってるじゃない!」
「? 驚くことなのか?」
「あなたねぇ……」

 なぜかがっくりと肩を落とすティエラ。

「今の時代、アイテムボックスが使える人なんて、ハイロードやハイエルフ、ハイピクシーみたいな長命種の長老や王クラスだけ。そもそも普通は持ってすらいないわ。それをひょっこり現れたあなたが持っていて、しかも使ってるんだから、驚きもするわよ。実はどこかの王族だったりしないわよね?」
「ないな。俺が王族とかまずない」

 シン自身、それを聞いて驚いていた。プレイヤーなら誰でも持っていたアイテムボックスが、そんな重要人物しか使えないような状況になっているとは想像もしていなかったのだ。
 ちなみに種族名の前に『ハイ』がつくのは、その種族に10回以上転生すると選択できる上位種族である。
【THE NEW GATE】にはいくつもの種族が存在するが、基本はヒューマン、ビースト、ドラグニル、ドワーフ、エルフ、ロード、ピクシーの7種。
 ヒューマンは人族、ビーストは獣人族、ドラグニルは竜人族、ロードは魔人族、ピクシーは妖精族と呼ばれることもあった。

「当たり前に使ってたんだけどな……」
「はぁ、当たり前なわけないでしょ。そういえばあなた種族は? 人族にしか見えないけど、あなたの魔力っていろいろ混ざってるような、ひどくあいまいな感じがするし。エルフにロード、ドラグニル、他にも色々……どうなってるの?」
「それは俺にもわからないな。とりあえず俺の種族はハイヒューマンだ」

 ステータス画面に出ていたから間違いないだろうと、シンは自分の種族を明かした。
 ハイヒューマンはヒューマンの上位種で、状態異常や魔術耐性が高いという種族特性がさらに強化されている。
 ヒューマンはバランスタイプでありながら、能力値が全種族中ダントツ最下位なせいで、ソロでもパーティでも人気がなかった。
【THE NEW GATE】の世界設定では、ヒューマンは大気に満ちる魔力を多く取り込み、魔術や状態異常への強い耐性を獲得したとされている。
 それだけなら魔術職の天敵として活躍できそうだが、設定には続きがある。それは耐性に力をとられすぎて、他の能力が未成熟なままになってしまったという点だ。
 こうして使えないキャラとして不動の地位を獲得してしまったのが、ヒューマンという種族なのだ。
 前衛装備で身を固め、魔術耐性に物を言わせて魔術職に近づいても、他の前衛種族に歯が立たず叩きのめされる。
 魔術職として戦おうにも、MPもINTも魔術特化のエルフやピクシーにはかなわず、魔術を撃ち合えば同じバランス型のロードにすら、簡単に押し負ける。
 もはや魔術に対する捨て身の盾か、状態異常をばらまく盗賊とうぞく狩人かりうどとしてしか活躍できないという状況だったのだ。

(まあ、俺にはそれがむしろプラスだったけどな)

 不遇ふぐうの立場にあったヒューマンだが、ステータスがカンストしたシンからすれば、種族特性によってさらに無双に磨きがかかったのでありがたかった。
 しかし、それが言えるのは本当にごく一部の廃プレイヤーだけだったろう。
 ゲーム時代のヒューマンの待遇を振り返り、馬鹿にした奴らをぶちのめして回ったっけな、と思い出にひたるシン。

「ハイ……ヒューマン……?」
「ん? ああ、そうだけど?」

 一方、そんなシンに対してティエラが呆然ぼうぜんと口にした一言で、シンは驚愕きょうがくすることとなった。

「ハイヒューマン……滅亡めつぼうした……種族……」
「へぇ、滅亡ね……滅亡ぉっ!?」

 滅亡。ティエラはそう言った。
 ハイヒューマンという種族は滅亡したのだと。

「……じゃあヒューマンは、人族はもういないのか?」
「いえヒューマンはかなりいるわよ。さっきの騎士団の人もそうだったじゃない」
「いるのかよ!?」

 人類滅亡!? などと勘違いしていたシンは、思わず突っ込みを入れてしまった。

「滅んだのはハイヒューマン、ヒューマンじゃないわ」
「なにが違うんだ?」
「違うわよ。ハイヒューマンはかつてたった6人で、4つの大陸を支配した超越者たち。ヒューマンが万単位でかかっていっても勝てないような人たちなの。強さの次元が違うわ」
「6人で大陸を支配?」

 6人、大陸支配というところにまたしても引っかかりを覚えるシン。かつてそんなエピソードがあったような気がする。

「詳しく、聞いてもいいか?」
「大概の人は知ってるけど……いいわ。教えてあげる。かつて、今から500年くらい前、この大陸を支配したハイヒューマンがいたわ。たった6人だったけど、その圧倒的な力にどの種族も手も足も出なかった」
「…………」
「でもあるとき、唐突にその支配は終わりを告げたの」
「終わり?」
「そう、終わり。ハイヒューマンだけじゃなくて、ハイエルフやハイロードみたいな長命種からハイビーストやハイドワーフみたいな短命種まで、すべての種族で王や長老、英雄、将軍と呼ばれた多くの実力者たちが姿を消したの。突然の消失だったって聞いてるわ。師匠によれば、実力者以外にも多くの人が姿を消したらしいけどね。今ではその消失が起こった日を『栄華えいが落日らくじつ』と呼んでるわ」
「『栄華の落日』……ね」
「ハイヒューマンはそのときにすべて消失したから、滅亡したと言われているわ。最初から6人しかいなかったしね」

 突然の消失。シンには心当たりがあった。

(あの日だ。俺がオリジンを倒してみんながログアウトした日。確証はないが、たぶんそれが『栄華の落日』の正体)

 長老や王、英雄というのは、おそらくギルドマスターたちのことだろう。
 あの日解放された人数は数万人規模だったはずだ。シンも正確な人数を知っていたわけではないが、少なくともそれぐらいの人がゲームに囚われていたのは間違いない。
 それがこちらの世界の人々の目には、突然の消失と映ったのだろう。

(そこから考えると、かつて大陸を支配したハイヒューマンって……)

 引っかかっていたことがなんなのか、シンはようやくわかった。
 6人のハイヒューマン。それは間違いなく――。

……)

 そう、【THE NEW GATE】がデスゲームになる前、まだどこにでもあるVRMMOだった頃。【THE NEW GATE】内には無敵のギルドが存在した。
 6人のハイヒューマンによって結成されたギルドの名は『六天ろくてん』。
【THE NEW GATE】内の大手ギルドを片っ端からなぎ倒し、わずか1ヶ月でその名をすべてのプレイヤーに知らしめたギルド。敵対したプレイヤーは確実にPKされると評判だった。
 かくいうシンも、かつて六天のメンバーの一人だった。初めてプレイしたときにヒューマンを選び、かなり馬鹿にされた経験があり、そのさ晴らしとして、他の種族がなんぼのもんじゃあと思い切り暴れていたのである。これは、シンにとって知られたくない黒歴史だ。
 構成メンバーはステータスがほぼカンストしてる猛者もさたちだった。
 一番ステータスが低いメンバーでさえ、HPとMPはカンスト、他のステータスが900後半という化け物ぶりである。
 ギルド同士の対戦では、人数制限をなくした状態で大手ギルドに挑戦状を叩きつけ、6人対1000人というような実に馬鹿げた戦いを繰り広げたりもした。そのときは高火力魔術の広範囲展開でフィールドごと焼き尽くし、呆然となった敵リーダーをボコボコにして決着がついた。
 結成当初の1ヶ月は、もはやハイヒューマンVS他の全種族ともいうべき様相をていしていた。
 それを見ていたソロプレイヤーたちは、六天が暴れまわって、フィールドや都市を炎上させる光景を某アニメ映画に例え、『火の30日間』と呼んだ。
 それ以来、六天に喧嘩を売る者は滅多にいなくなり、ヒューマンを馬鹿にするものも少なくなった。それはハイヒューマンの戦闘力に加え、異常なほどの耐性を思い知らされたからである。
 魔術はほとんど効果を与えられない。毒、麻痺まひ、混乱、魅了みりょう火傷やけど凍傷とうしょう錯乱さくらん、石化、呪い……そういった状態異常にも耐性があり、もはや手の施しようがない状態だった。
 ちなみに、六天のうちデスゲームに囚われたのはシンだけだった。
 それは運が良かったのか悪かったのか。少なくとももう1人いれば、クリア時間をあと3ヶ月は短縮できたとシンは思う。

「…………」
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「いや、なんでもない。それより通貨の話に戻っていいか?」


 ハイヒューマンの話を続けると墓穴ぼけつを掘りそうな気がしたので、シンは話を軌道修正した。

「別にいいけど。これがあなたの使ってた通貨?」
「ああ」
「はぁ、こんな貴重品をぽいっと出せるなんて、ハイヒューマンっていうのも嘘じゃないのかもね」

 ため息をついたティエラは、金貨を手に取りまじまじと見つめた。本物かどうか確かめているようだ。
 シンはティエラの貴重品という言葉に疑問を覚えた。

「そんなに貴重なのか? たった1ジェイルだぜ?」

 1ジェイルはゲーム中での最小単位。リアルマネー換算なら、1円の1000分の1程度の価値でしかない。ちなみにシンのアイテムボックスには、億単位のジェイルが入っていた。

「今じゃジェイル金貨は、欲しいと思ったって簡単に手に入るものじゃないわ。あなたは知らないんでしょうけど、ジェイル金貨は魔術を増幅してくれるマジックアイテムなのよ。たまに遺跡とかで見つかったジェイル金貨がオークションに出品されるけど、最低でもジュール白金貨10枚、つまり10億ジュール以上の値がつくわ。そして、このジュールっていうのが今の共通通貨よ」
「これ1枚が今では億単位か……」
「魔術使いなら喉から手が出るほど欲しがるわね。師匠に見せてもらったことがあるけど、それ以外で目にしたのは初めてだわ。あと、言っておくけど、10億ジュールっていうのは最低金額で、すぐに手に入れようとしたら、恐らくさらにその10倍は必要よ」
「これ1枚にそんな価値が……ちなみにどのくらいの頻度ひんどで見つかるんだ?」
「ごくたまに、としか言えないわね。新しい遺跡が発見されても、なかなか出てこないし」
「そうなのか……不用意に換金すると目をつけられそうだな」

 どこかで売って軍資金にしようと考えていたシンだったが、そんなに貴重なものをいくつも出すのはマズイな、と考え直した。

「そのほうが賢明ね。あなたそういうとこ抜けてそうだし」
「ひどいな……でも換金ができないとなると、手持ちがやばい」
「何か他に売れるようなものはないの? 初めにも言ったけど、素材とかアイテムがあればうちで買い取るわよ」
「そうだな、じゃあこれなんかどうだ?」

 シンはアイテムボックスから、移動中に手に入れたアイテムカードを取り出した。
 ゲーム中では、アイテムをカード化して収納するシステムがあった。それはこっちでも同じらしく、アイテムボックスに収納すると自動で素材がカード化されていた。
 それらには元となったアイテムの絵が描かれており、その後は任意で実体化できるようになる。
 シンがカウンターに置いたのはテトラグリズリー、ツインヘッドスネーク、フレイムボアの牙や爪、毛皮、肉などの素材カードと、茶色に輝く宝玉カードだ。
 素材は加工したり売ったりと利用できる幅が広く、ゲーム中はさまざまな場所で取引されていた。
 宝玉はモンスターを倒したときまれに手に入るアイテムで、鍛冶師かじしに渡せば武器や防具に属性や追加効果を付与できる。結果、素材よりも比較的高値で取引されていた。
 今回シンが提示した宝玉カードは、等級としては最低の7等級だ。

「アイテムカード……」
「ん? 何か変か?」
「いえ、アイテムボックスをもってるなら当然よね。アイテムカードもそれなりに高いからほいほい出さない方がいいわよ」
「めんどくさいな。わざわざ素材のまま持ってなきゃならないのか」
「それが普通なの! あなたがおかしいの!」
「わ、わかったわかった。わかったから落ち着けって」
「もう、いちいち調子狂わせてくれるわね……」
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