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第四章 神の武と魔性と
夜叉の守りたかったもの
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月女は空を見上げた。
罠を張られていたことといい、大魔と一人戦っている億姫のことが気がかりだが、まずはお婆さんを助け出さなければ。
此の侭放っておけば大量の瘴気と妖気に当てられて妖魔化してしまう。
夜叉力士の後を託した命を賭した願いに、命を賭してこれに応えるのが七神流である。
中でも月女は誰よりも命に厳しい。絶つということも守るということも。何より命の尊厳ということに。
月女は気配のする方へ向かった。
「やめんしゃい。やめておくんしゃい」
お婆さんの叫び声がする。何か強い結界らしきものが張り巡らされており、伝心通を阻害して心の声が聞こえなかったのだ。
月女はすぐさまその声のする場所へ地を蹴って飛び込んだ。
突如天から降ったように大弓を構えた絶世の美女が、いきなり目の前に現れ、お婆さんは大層吃驚した。
月女の美しくも勇ましいその姿にお婆さんは、
「ありゃあ、ここでお迎えかえ、天女しゃま」
とのんびりした口調で声を発した。
山門のすぐ脇にしゃがみこんで、黒い犬の相手をしていたようだ。
犬は尻尾を振りながら、お婆さんの着物の裾を噛んで引っ張っていた。
一帯の空気は澱んでおらず、月の光も星のまたたきも届いている。
先程の結界らしきものはこの山門から立ち昇る霊気だ。ここを護っている小さな神気霊気が、黒い犬を媒介にして集まり強力な結界として、お婆さんを闇から護っている。
お婆さんは犬の頭を撫でると、月女に言った。
「齢だからお迎えが来るのはしょうない。けどこの子と家にいる孫や娘に別れのあいしゃつしゃせて」
申し訳なさそうに笑うその顔にはとても優しくて安らかな表情があった。その顔立ちと立ち上る心香が月女にその人となりを強く感じさせる。
夜叉力士が守りたかったもの。
月女はすぐさま理解した。
黒い犬は夜叉力士の魂と命が変化したものだ。
お婆さんを守る為に自分の命を切り離し、この一帯の神気霊気を呼び起こして、その力で辺りを包み込み瘴気と妖気から護っていたのだ。
夜叉力士は妖魔の類である。妖魔にとって神気霊気は対極の存在で、自身の存在を削り取るやすりであり、躰を切り刻む刃でもある。
自分の存在を浄化しようとする力を利用して、神気霊気を呼び起こし、そして今もその魂と存在をすり減らしながらも尚も守り続けようとしている。
黒い犬は月女の前でチョコンと座り何かを待っていた。月女は頷いてお婆さんに、
「貴女のお迎えはずうっと先になります。それをお約束しますから今宵はもうお引き取り下さいな」
と告げると碧色に光る無重ねを地に挿した。光の道がお婆さんに帰り道を造り指し示し促す。
有無を言わせない月女の雰囲気に、お婆さんはコクリとうなずいて、
「しょれはありがとう」
と頭を下げた。
「黒ちゃ。一緒に帰ろ」
と差しのべられた優し気なお婆さんの手を、黒い犬はぺろりと舐めると月女の足元へ座り込んで吼えた。
わんわんと早く行けと急かすように。
お婆さんは少し寂しげな顔をしたが、月女と黒い犬に合掌し頭を下げると、碧色の光の道を振り返り振り返り進んで、やがて姿が見えなくなった。
「この光は生命への恩恵。あの方は益々元気に長生きするわ。安心なさい」
姿が消えて見えなくなるまで、見送っていた黒い犬は、月女のその声を聴いて月女にわんと一声嬉しそうに吼えると、空気に薄れて溶けてゆく。
月女はその魂を見送りながら心の中で呟いた。
貴方はもう温かみに憧れた妖魔じゃあ無いわ。
人は貴方みたいに助けてくれる存在に手を合わせて祈る。神様って言って崇めるのよ。一挙に神様ってすごいじゃない。
月女はすぐさま踵を返して億姫の元へ取って返す。その表情に感傷の色は無い。
罠を張られていたことといい、大魔と一人戦っている億姫のことが気がかりだが、まずはお婆さんを助け出さなければ。
此の侭放っておけば大量の瘴気と妖気に当てられて妖魔化してしまう。
夜叉力士の後を託した命を賭した願いに、命を賭してこれに応えるのが七神流である。
中でも月女は誰よりも命に厳しい。絶つということも守るということも。何より命の尊厳ということに。
月女は気配のする方へ向かった。
「やめんしゃい。やめておくんしゃい」
お婆さんの叫び声がする。何か強い結界らしきものが張り巡らされており、伝心通を阻害して心の声が聞こえなかったのだ。
月女はすぐさまその声のする場所へ地を蹴って飛び込んだ。
突如天から降ったように大弓を構えた絶世の美女が、いきなり目の前に現れ、お婆さんは大層吃驚した。
月女の美しくも勇ましいその姿にお婆さんは、
「ありゃあ、ここでお迎えかえ、天女しゃま」
とのんびりした口調で声を発した。
山門のすぐ脇にしゃがみこんで、黒い犬の相手をしていたようだ。
犬は尻尾を振りながら、お婆さんの着物の裾を噛んで引っ張っていた。
一帯の空気は澱んでおらず、月の光も星のまたたきも届いている。
先程の結界らしきものはこの山門から立ち昇る霊気だ。ここを護っている小さな神気霊気が、黒い犬を媒介にして集まり強力な結界として、お婆さんを闇から護っている。
お婆さんは犬の頭を撫でると、月女に言った。
「齢だからお迎えが来るのはしょうない。けどこの子と家にいる孫や娘に別れのあいしゃつしゃせて」
申し訳なさそうに笑うその顔にはとても優しくて安らかな表情があった。その顔立ちと立ち上る心香が月女にその人となりを強く感じさせる。
夜叉力士が守りたかったもの。
月女はすぐさま理解した。
黒い犬は夜叉力士の魂と命が変化したものだ。
お婆さんを守る為に自分の命を切り離し、この一帯の神気霊気を呼び起こして、その力で辺りを包み込み瘴気と妖気から護っていたのだ。
夜叉力士は妖魔の類である。妖魔にとって神気霊気は対極の存在で、自身の存在を削り取るやすりであり、躰を切り刻む刃でもある。
自分の存在を浄化しようとする力を利用して、神気霊気を呼び起こし、そして今もその魂と存在をすり減らしながらも尚も守り続けようとしている。
黒い犬は月女の前でチョコンと座り何かを待っていた。月女は頷いてお婆さんに、
「貴女のお迎えはずうっと先になります。それをお約束しますから今宵はもうお引き取り下さいな」
と告げると碧色に光る無重ねを地に挿した。光の道がお婆さんに帰り道を造り指し示し促す。
有無を言わせない月女の雰囲気に、お婆さんはコクリとうなずいて、
「しょれはありがとう」
と頭を下げた。
「黒ちゃ。一緒に帰ろ」
と差しのべられた優し気なお婆さんの手を、黒い犬はぺろりと舐めると月女の足元へ座り込んで吼えた。
わんわんと早く行けと急かすように。
お婆さんは少し寂しげな顔をしたが、月女と黒い犬に合掌し頭を下げると、碧色の光の道を振り返り振り返り進んで、やがて姿が見えなくなった。
「この光は生命への恩恵。あの方は益々元気に長生きするわ。安心なさい」
姿が消えて見えなくなるまで、見送っていた黒い犬は、月女のその声を聴いて月女にわんと一声嬉しそうに吼えると、空気に薄れて溶けてゆく。
月女はその魂を見送りながら心の中で呟いた。
貴方はもう温かみに憧れた妖魔じゃあ無いわ。
人は貴方みたいに助けてくれる存在に手を合わせて祈る。神様って言って崇めるのよ。一挙に神様ってすごいじゃない。
月女はすぐさま踵を返して億姫の元へ取って返す。その表情に感傷の色は無い。
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