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第三章 蠢くもの達
護りの夜叉 億姫と遭う
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重苦しく息苦しい。空気が爛れ始め、すえた臭いがあたりを覆い始めている。
月女は「あら嫌だ」と鼻をしかめて、ばんっと合掌し宣言した。
「薫風に天の祓いあり。碧光に地の守りあり」
合掌の音が柏手となり、その柏手の音が更に大きく重なって、辺りに豪快に轟きわたる。
音に合わせてひょおと一陣の風が吹きわたり、ざわざわと木々の緑が騒ぎ始めた。瘴気を払うかのように一斉に葉擦れの音を奏でる。
実際に形を成そうとしていた瘴気は音に葉に触れて、溶けて無くなり空気となって霧散して立ち消えた。
「では参りましょう」
億姫は頷くと空を仰ぎ見て、
「天に真の武有り。地に七神あり。七神の御業魔障一切を許さず。東雷龍王尚武」
と高らかに宣言し、そのほっそりとした躰から青い燐光を放ち始めた。
龍王の加護が躰に巡り、ふつふつと力が湧いてくる。
億姫と月女はそのまま高い山門の頂へと背中合わせにひらりと飛び移った。
破れ寺ではあるが、元は名古刹だったのだろう。
広大にして荒涼とした敷地にねっとりとした濃い闇が垂れこめている。
今宵は雲一つ無い晴れ渡った良い天気で、星々も月も煌々としていたはずなのにその光が全く届いていない。
寺の中だけが完全な光の挿さない闇夜となっている。
夜目のきく装武士でも良く見通せない尋常ならざる暗闇の中に、大小様々な妖魔の姿があった。
運悪く出現場所に居合わせた人や、獣や虫に草木までもが瘴気と鬼気に犯され妖魔化してしまっている。
すっかりと変貌したその姿は悪鬼羅刹の群れである。
二人は迷うことなく、そんな魔群の眼前へと、ひらりと降り立ち、億姫は、拳をぎゅっと握った。
「あなた方の命を助ける術を持ち合わせていない、私を許して下さい。だからせめて、皆の魂に救済を」
妖魔達は一斉に億姫と月女へ躍りかかった。
億姫は握りしめていた掌を開くと、辺り一面をすっかり覆ってしまう青い雷撃を迸らせ妖魔達を霧散消滅させた。
その様相を見て猛り狂う妖魔の一群相手に、
「疾風」
と一言霊言を繰り、目にも留まらぬ速さで拳や蹴りの徒手空拳のみで、次々に近くに居た妖魔の全てを屠った。
すると、真っ暗の闇に綻びが生じ、月明かりが薄く差し込んでいる。
月女は、人差し指と中指の二本を赤い唇にそっと押し当て何やら呪を唱え、月の光が差し込んでいる地面にふっと呼気を短くはいて、とんっと軽やかに踏んだ。
すると光を求めて伸びるかのように小さな緑の萌芽が地面を押し上げ伸び始め、見る見るうちに小さな立木となった。立木は億姫の背丈を超え、するすると伸びると、白椿、赤椿、桃椿の大輪の色取り取りの花を、香り豊かに咲かせていく。
それぞれの花は、きらきらと自ら光を放ち輝きはじめ、その輝きが辺りの闇を手当り次第溶かし、月明かりや星の瞬く夜空を取り戻していった。
花のほんのり甘い香が、闇と瘴気を払いながら、周りを浄めてゆく。
「姫様。まずはここを足掛と致します。万が一、人がいたならこちらに。敵の妖魔は如何なるものかわかりませんが、気配からして一体のみです。ですが、一体で手近な生き物を妖魔化させる程の瘴気と妖気を放つもの。かなりの大魔であることは間違いありません。十分なご注意を」
億姫は辺りを見渡しながら月女に声をかけた。
「あの裏鬼門が抑えている方角は此処ですね。何としてもこの先は抑えましょう」
強い意志が目の輝きとなり大きな瞳に煌き、その躰からも呼応するかのように小さな青い雷がぱちぱちと音を立てて放たれている。
突如、獣の叫びとも断末魔ともつかない声がしたかと思いきや、巨大な何かが土塀に叩きつけられ、土塀は地響きと共に粉微塵に砕け散り白い土埃を巻き上げた。
叩きつけられたのはあの屋台で見た力士に変化していた夜叉であった。
夜叉力士の姿は見るも無残なもので、身体中が焼け焦げていてあちこち深く肉を抉られている。
傷口には赤黒い瘴気のようなものが蠢いてさらに傷を押し広げている。
天にも届きそうな妖気と瘴気を放つ妖魔が動かずにいたのは、この夜叉が戦って防いでいたからだろう。
しかし、かなりの深手で息も荒く、ぐったりとしている。
月女が牡丹を一輪摘み取ると、その花弁をふくよかな唇でふっと吹き付ける。
花弁が蠢いている赤黒い瘴気を溶かし拭ってゆく。
心なしか夜叉力士の息が落ち着き、助け起こそうと億姫が近づいた刹那、夜叉力士の眼が億姫の眼と重なり、夜叉 力士の心の中に招かれその全てを知った。
心の中で一体何を見たのだろう。その眼には強い意志の光にあわせてほんのりと哀しい光が宿る。
「任せてください」
一言億姫が発すると、夜叉力士は大きな指で一点を指さし安心したように力尽き、その躰が風に解けて往く。
「月女。奥にお婆さんが取り残されているようです。先程の夜叉がかろうじて妖魔を結界で封印し護ったようですが、このままだと危険です。直ぐに助けだしてください。敵の相手は私が」
月女は返事の代わりに無言で夜叉が示した方向へ走って往く。
ぴんと張りつめた緊張感の中、億姫の背後から赤黒いもやのような煙のような瘴気が静かに濃く立ち込めてくる。
月女は「あら嫌だ」と鼻をしかめて、ばんっと合掌し宣言した。
「薫風に天の祓いあり。碧光に地の守りあり」
合掌の音が柏手となり、その柏手の音が更に大きく重なって、辺りに豪快に轟きわたる。
音に合わせてひょおと一陣の風が吹きわたり、ざわざわと木々の緑が騒ぎ始めた。瘴気を払うかのように一斉に葉擦れの音を奏でる。
実際に形を成そうとしていた瘴気は音に葉に触れて、溶けて無くなり空気となって霧散して立ち消えた。
「では参りましょう」
億姫は頷くと空を仰ぎ見て、
「天に真の武有り。地に七神あり。七神の御業魔障一切を許さず。東雷龍王尚武」
と高らかに宣言し、そのほっそりとした躰から青い燐光を放ち始めた。
龍王の加護が躰に巡り、ふつふつと力が湧いてくる。
億姫と月女はそのまま高い山門の頂へと背中合わせにひらりと飛び移った。
破れ寺ではあるが、元は名古刹だったのだろう。
広大にして荒涼とした敷地にねっとりとした濃い闇が垂れこめている。
今宵は雲一つ無い晴れ渡った良い天気で、星々も月も煌々としていたはずなのにその光が全く届いていない。
寺の中だけが完全な光の挿さない闇夜となっている。
夜目のきく装武士でも良く見通せない尋常ならざる暗闇の中に、大小様々な妖魔の姿があった。
運悪く出現場所に居合わせた人や、獣や虫に草木までもが瘴気と鬼気に犯され妖魔化してしまっている。
すっかりと変貌したその姿は悪鬼羅刹の群れである。
二人は迷うことなく、そんな魔群の眼前へと、ひらりと降り立ち、億姫は、拳をぎゅっと握った。
「あなた方の命を助ける術を持ち合わせていない、私を許して下さい。だからせめて、皆の魂に救済を」
妖魔達は一斉に億姫と月女へ躍りかかった。
億姫は握りしめていた掌を開くと、辺り一面をすっかり覆ってしまう青い雷撃を迸らせ妖魔達を霧散消滅させた。
その様相を見て猛り狂う妖魔の一群相手に、
「疾風」
と一言霊言を繰り、目にも留まらぬ速さで拳や蹴りの徒手空拳のみで、次々に近くに居た妖魔の全てを屠った。
すると、真っ暗の闇に綻びが生じ、月明かりが薄く差し込んでいる。
月女は、人差し指と中指の二本を赤い唇にそっと押し当て何やら呪を唱え、月の光が差し込んでいる地面にふっと呼気を短くはいて、とんっと軽やかに踏んだ。
すると光を求めて伸びるかのように小さな緑の萌芽が地面を押し上げ伸び始め、見る見るうちに小さな立木となった。立木は億姫の背丈を超え、するすると伸びると、白椿、赤椿、桃椿の大輪の色取り取りの花を、香り豊かに咲かせていく。
それぞれの花は、きらきらと自ら光を放ち輝きはじめ、その輝きが辺りの闇を手当り次第溶かし、月明かりや星の瞬く夜空を取り戻していった。
花のほんのり甘い香が、闇と瘴気を払いながら、周りを浄めてゆく。
「姫様。まずはここを足掛と致します。万が一、人がいたならこちらに。敵の妖魔は如何なるものかわかりませんが、気配からして一体のみです。ですが、一体で手近な生き物を妖魔化させる程の瘴気と妖気を放つもの。かなりの大魔であることは間違いありません。十分なご注意を」
億姫は辺りを見渡しながら月女に声をかけた。
「あの裏鬼門が抑えている方角は此処ですね。何としてもこの先は抑えましょう」
強い意志が目の輝きとなり大きな瞳に煌き、その躰からも呼応するかのように小さな青い雷がぱちぱちと音を立てて放たれている。
突如、獣の叫びとも断末魔ともつかない声がしたかと思いきや、巨大な何かが土塀に叩きつけられ、土塀は地響きと共に粉微塵に砕け散り白い土埃を巻き上げた。
叩きつけられたのはあの屋台で見た力士に変化していた夜叉であった。
夜叉力士の姿は見るも無残なもので、身体中が焼け焦げていてあちこち深く肉を抉られている。
傷口には赤黒い瘴気のようなものが蠢いてさらに傷を押し広げている。
天にも届きそうな妖気と瘴気を放つ妖魔が動かずにいたのは、この夜叉が戦って防いでいたからだろう。
しかし、かなりの深手で息も荒く、ぐったりとしている。
月女が牡丹を一輪摘み取ると、その花弁をふくよかな唇でふっと吹き付ける。
花弁が蠢いている赤黒い瘴気を溶かし拭ってゆく。
心なしか夜叉力士の息が落ち着き、助け起こそうと億姫が近づいた刹那、夜叉力士の眼が億姫の眼と重なり、夜叉 力士の心の中に招かれその全てを知った。
心の中で一体何を見たのだろう。その眼には強い意志の光にあわせてほんのりと哀しい光が宿る。
「任せてください」
一言億姫が発すると、夜叉力士は大きな指で一点を指さし安心したように力尽き、その躰が風に解けて往く。
「月女。奥にお婆さんが取り残されているようです。先程の夜叉がかろうじて妖魔を結界で封印し護ったようですが、このままだと危険です。直ぐに助けだしてください。敵の相手は私が」
月女は返事の代わりに無言で夜叉が示した方向へ走って往く。
ぴんと張りつめた緊張感の中、億姫の背後から赤黒いもやのような煙のような瘴気が静かに濃く立ち込めてくる。
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