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第三章 蠢くもの達
立ち込める瘴気と鬼気
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億姫と月女にお辰が、三人揃って笑顔のまま話をしようとしたその時、どーんという轟音が地響きとともに鳴り、ただならぬ妖気と瘴気が溢れ出し。禍禍しい気が辺りを覆い始める。
先程までのうるさいほどの虫の音が一切鳴りやんでいる。
村の農夫たちもどよめき始めた。
お辰は皆の衆に
「男衆っ、宝珠を二つ、ぶら下げてんだっ。おたおたしない」
と一喝すると落ち着かせた。
意味が解らずキョトンとした億姫だったが、告げるべきことをお辰に真剣な顔で告げた。
「お辰様。ここは危なくなるかと存じます。皆さまと直ぐにここよりお退り下さい。ここからは私共が生業です」
億姫は気配の強い方角を見やり、眦をキッとすえて月女に尋ねた。
「月女。正体は分かりますか?」
月女は不穏な方角を向き神経を集中している。
「いいえ、読み取れません。しかし並大抵のモノではありえない妖気と鬼気を発しています。直ぐに処断致しませんと。どれ程のことが起きるか」
億姫は頷くとお辰と大歳に、
「仕事をして参りますので本日はこれにて。後日またお伺いいたします。皆さまも幾久しくお健やかに」
と挨拶もそこそこに月女と共に歩き出した。
大歳は店のみんなに声かけを始め、手分けして片付けと逃げ出す算段を始めている。
お辰が大声を張って億姫と月女の背中に声をかける。
「お嬢ちゃん達。ここはこの町の裏鬼門だ。だからこそアタシらみたいなモンが、ここに店を構えているんだ。其処の御社が裏鬼門の栓みたいなもんらしいよ。壊されると何かヤバいって話を小耳に挟んだことがある。アタシらは、他の衆に声かけて尻に帆かけて逃げ出すけどさ。今の言葉覚えておいで」
億姫と月女は踵を返し、深々とお辞儀をすると鬼気の強い方角へと走って往く。
二人ともその表情に怯えや迷いは微塵もない。
大歳はその華奢でほっそりした二人の美女の後姿を見おくりながら、村の衆達に色々指図し、あっと言う間にその場から立ち去らせた。
お辰が覗き込みながら言った。
「お嬢ちゃん達は行ったようだねぇ。皆も無事に下がらせたのかい」
「あぁ。色々大丈夫だよ。別嬪さん達は、悲壮感も気負う感じも無く、只真っ直ぐ向かって行った。大したもんだ」
「へぇ、朴念仁のアンタにしちゃあ珍しい物言いだねぇ。まぁいいさ。じゃあアタシ達はアタシ達で行くよ」
大歳はお辰にくいっと顎で促され、やれやれといった顔で、億姫達が走去った方向を見て呟いた。
「怪我すんなよ。別嬪さん達」
「ほら、早くしな」
「はいよっ」
大歳は踵を返してお辰の後に続いた。
疾風のごとく駆け抜ける億姫と月女は強い妖気へと向かっていた。
そんな二人に並走する複数の影がある。
月女配下の影の者たちであった。
皆それぞれ狐面や狸面、猿面などの動物のお面をかぶった忍び装束の者達だ。
月女が走りながら影に目配せして、
「今宵はお祭り。何かが流れる無粋は無し。腕の見せ所ね」
と一声投げた。
その一声で影たちは物音一つ立てずに各々違う方向へ散じて消えていった。
お互いを案じるような声や視線はない。
案じる事は為すべきことを為すこと、唯それのみ。例えどんなことがあろうとも。
七神流の武は魂に宿る。
億姫と月女は瘴気の出どころまで直ぐに辿り着いた。
妖気と鬼気が余りにも強く天に届くかと思う程の柱となって立っている。場所は迷いようも無い。
ここまで強い妖気ならば獣どころか虫さえも近づこうとはしない。
人間も常人ならばこの方向を見るだけで不安を覚えて視線すら背ける程のものなので、これ以上余人を巻き込むことはないだろうが、念には念を入れて辺りには影を散らしている。
妖気の発現している場所は廃れた破れ寺あたりからで、そこからの濃い妖気と瘴気が混ざり合いもやのように漂って立ち込め、それに加えて尋常ならざる鬼気が天へと向けて巨大な柱の様に放たれている。
その場所は最早この世のものではない良からぬものに侵されていた。
先程までのうるさいほどの虫の音が一切鳴りやんでいる。
村の農夫たちもどよめき始めた。
お辰は皆の衆に
「男衆っ、宝珠を二つ、ぶら下げてんだっ。おたおたしない」
と一喝すると落ち着かせた。
意味が解らずキョトンとした億姫だったが、告げるべきことをお辰に真剣な顔で告げた。
「お辰様。ここは危なくなるかと存じます。皆さまと直ぐにここよりお退り下さい。ここからは私共が生業です」
億姫は気配の強い方角を見やり、眦をキッとすえて月女に尋ねた。
「月女。正体は分かりますか?」
月女は不穏な方角を向き神経を集中している。
「いいえ、読み取れません。しかし並大抵のモノではありえない妖気と鬼気を発しています。直ぐに処断致しませんと。どれ程のことが起きるか」
億姫は頷くとお辰と大歳に、
「仕事をして参りますので本日はこれにて。後日またお伺いいたします。皆さまも幾久しくお健やかに」
と挨拶もそこそこに月女と共に歩き出した。
大歳は店のみんなに声かけを始め、手分けして片付けと逃げ出す算段を始めている。
お辰が大声を張って億姫と月女の背中に声をかける。
「お嬢ちゃん達。ここはこの町の裏鬼門だ。だからこそアタシらみたいなモンが、ここに店を構えているんだ。其処の御社が裏鬼門の栓みたいなもんらしいよ。壊されると何かヤバいって話を小耳に挟んだことがある。アタシらは、他の衆に声かけて尻に帆かけて逃げ出すけどさ。今の言葉覚えておいで」
億姫と月女は踵を返し、深々とお辞儀をすると鬼気の強い方角へと走って往く。
二人ともその表情に怯えや迷いは微塵もない。
大歳はその華奢でほっそりした二人の美女の後姿を見おくりながら、村の衆達に色々指図し、あっと言う間にその場から立ち去らせた。
お辰が覗き込みながら言った。
「お嬢ちゃん達は行ったようだねぇ。皆も無事に下がらせたのかい」
「あぁ。色々大丈夫だよ。別嬪さん達は、悲壮感も気負う感じも無く、只真っ直ぐ向かって行った。大したもんだ」
「へぇ、朴念仁のアンタにしちゃあ珍しい物言いだねぇ。まぁいいさ。じゃあアタシ達はアタシ達で行くよ」
大歳はお辰にくいっと顎で促され、やれやれといった顔で、億姫達が走去った方向を見て呟いた。
「怪我すんなよ。別嬪さん達」
「ほら、早くしな」
「はいよっ」
大歳は踵を返してお辰の後に続いた。
疾風のごとく駆け抜ける億姫と月女は強い妖気へと向かっていた。
そんな二人に並走する複数の影がある。
月女配下の影の者たちであった。
皆それぞれ狐面や狸面、猿面などの動物のお面をかぶった忍び装束の者達だ。
月女が走りながら影に目配せして、
「今宵はお祭り。何かが流れる無粋は無し。腕の見せ所ね」
と一声投げた。
その一声で影たちは物音一つ立てずに各々違う方向へ散じて消えていった。
お互いを案じるような声や視線はない。
案じる事は為すべきことを為すこと、唯それのみ。例えどんなことがあろうとも。
七神流の武は魂に宿る。
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人間も常人ならばこの方向を見るだけで不安を覚えて視線すら背ける程のものなので、これ以上余人を巻き込むことはないだろうが、念には念を入れて辺りには影を散らしている。
妖気の発現している場所は廃れた破れ寺あたりからで、そこからの濃い妖気と瘴気が混ざり合いもやのように漂って立ち込め、それに加えて尋常ならざる鬼気が天へと向けて巨大な柱の様に放たれている。
その場所は最早この世のものではない良からぬものに侵されていた。
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