緋色の鷹と西瓜を食う。

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自宅

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「わぁっ、ここが真澄くんのお宅?」
「は、はい。すみません、古い家で……」
「ううん、私こういう日本家屋大好き♡すごい、平屋なんだねぇ♡」

 緋鷹さんを自宅へ招いて玄関にお通しすると、すぐに廊下へ上がった緋鷹さんはきょろきょろと興味深そうに辺りを見回して、満面の笑みを浮かべる。引き戸に感心したり柱を触ったり、障子に声を上げたり丸窓にびっくりしたり……。無邪気にはしゃぐ緋鷹さんの姿に、思わず僕も笑ってしまう。本当に緋鷹さん、僕より六つも年上なのに子供みたいなんだからなぁ……ふふっ……♡

「工場と隣接していて、広さだけはあったので……それならいっそ平屋にしようって、父が」
「素敵なお父上♡廊下も広いし、全体的にゆとりがあるね。とても品のある作りだよ」
「そうですか?確かに何年経っても、住心地のいい家だと思いますけど……」
「ふふっ♡ここで真澄くんは育ったんだねぇ♡なんだか感慨深いな♡」
「そ、そんなっ。そう言われると恥ずかしいので、どうぞ、奥へ……っ♡」
「あっ、はぁい♡今行くよ♡」



***



「え、ええと。……居間で待っていていいんですよ?」
「どうして?独りで居るのは家の中だけで充分だよ。真澄くんの傍のほうが私は楽しい♡」
「っ♡で、でもそんな。すいかを切るだけ、ですし……♡」
「いやいや♡このキッチンも趣があるし♡昭和、って感じだよねぇ♡あ、これがすいかの4分の1のかたち?可愛いねぇ♡」
「うぅ……♡」

 緋鷹さんを居間まで案内して、すいかを準備をする間そこで待っていて貰おうと思ったら……台所まで緋鷹さんが嬉しげに着いてくるから、僕は困ってしまった。隣にぴったりとくっついて、まな板に載せたすいかをじっと覗き込む姿はそれこそ見たことがないものに目を輝かせる子供そのままだ。お金持ちだとは思っていたけど、やっぱり生活も一般庶民とはかけ離れているんだなぁ……。

「あ、あの……。刃物を使うので、少しだけ下がって貰えますか?もし傷をつけてしまったら大変なので……」
「あっ、そうだね!私が傷ついたら私以上に真澄くんが傷ついちゃうし。邪魔をして御免ね?」
「あっ……い、いえ。そういう意味じゃっ。大丈夫、です……っ♡」
「うん♡切り終わったら言ってね♡私が運んであげるから♡」
「は、はい……♡」

 また気を使われちゃったな、と静かにすいかを切り分ける。4切れ分のすいかをお皿に乗せて、2つ分のコップに麦茶を入れて。すいかのお皿はご所望したように、緋鷹さんに居間まで持って行って貰う。

「よいしょ……っと!」
「ふふっ、お疲れ様です。麦茶をどうぞ。冷房、寒くありませんか?」
「うん、ありがとう♡ジャケットだけ掛けて貰ってもいいかな?流石にこのままじゃすいかを楽しく食べられないし」
「あっ、はい!ごめんなさい、気が付かなくて……!今、ハンガー持ってきますね」
「うん♡よろしくね」

 おっかなびっくり……いやいや、とても丁寧にすいかを運んでくれた緋鷹さんに麦茶を促して、隣の部屋からハンガーを持ってくる。するとその間に緋鷹さんはジャケットを脱いで、さっきとは随分違う姿になっていた。ベストとシャツだけの格好に、そのシャツは腕が見える七部袖程度に捲られている。首元のボタンも外されて、ネクタイも素肌が見えるくらい緩められた状態だ。

「っ……!♡」

 そのラフな姿に、思わずどきりとしてしまう。いつでも手袋を嵌めているくらいきっちりと着込んで、服装からも隙を見せない緋鷹さん。ホテルでセックスをする時も服を脱ぐ時はとてもスマートで、こんな風に着崩した格好のままで居ることはほとんど無い。そんな姿をいきなり真正面から浴びて、僕は驚いてしまった。驚いてしまったし……なんというか……うっかり……と……ときめいて……しまった。
 だってその姿は、いつもの緋鷹さんとはまったく違っていて、いつもに増して色気があるように思えてしまったから。男の色気。オスの色気。そんなものを無防備に、無邪気に、僕へ振りまいているように思えてしまったから。
 ──ずくん、と下半身が疼く。目覚めさせられてしまった僕の中のメスの部分が、ちいさく、騒ぐような気がした。

「ッ──♡は、ハンガー持ってきましたっ。隣のクローゼットに掛けておきますね」
「ああ、ありがとう♡その辺に引っ掛けておいていいからね」
「いえ、そんな!皺ができたり染みがついたら大変です。きちんとしまっておきますから……!」

 逃げるようにクローゼットへジャケットを仕舞って、すぐに戻る。また緋鷹さんになにかされていたら大変だと思ったからだ。でも僕の危惧は杞憂に終わって、緋鷹さんはちゃぶ台の上に両手で頬杖をついた可愛いポーズで、おとなしく僕を待ってくれていた。

「おかえり♡真澄くん♡」
「は、はい。それじゃ、食べましょうか。塩をかけると甘みが増すので、お好みでどうぞ」
「わぁっ♡そんなの小さな頃は下品だってやらせて貰えなかったから嬉しい~♡どれくらい掛ければいいのかな?教えて?」
「あっえっと、一振りくらいで、大丈夫ですっ」
「これくらい?よしよし♡いただきまーす……んんっ!美味し~い♡」

 軽く塩を一振りして、緋鷹さんはがぶりと両手で持ったすいかへと豪快にかぶりつく。「美味しい」という素直な感想はとても嬉しいものだったけど、僕はそれへ喜ぶよりも先に、目の前の光景にはらはらとしてしまった。だって緋鷹さんが身に着けているのはどれも超一流の高級品。一枚何万円もするだろうシャツや、一着何十万円もするスーツに汁が飛んだり跳ねたりしたらと思うと、それだけで固唾を呑んでしまう。うわぁっ、吐き出した種が服につきそう!あああッ、とんでもなく高そうな時計にすいかの汁がぁっ……!ひいぃ……っ!!

「──ん?どうしたの?真澄くん、全然食べてない」
「い、いえっ。そのっ、あのっ。お洋服に染みがつかないかと、心配で……ッ」
「え?……あはは!そんなこと気にしてたの?全然いいよ、汚れたらクリーニングに出すだけだから。真澄くんは本当に心配性なんだから」
「そ、そんな。僕は……っ、あッ、ン!♡」
「ん……ッ♡」

 微笑まれたまま、また──キス。でも今度は、深く舌が挿し込まれる。今食べているすいかの味を僕へと届けるような、唾液を絡ませて吸い上げる、まるで、セックスのようなキス……っ♡うぁ♡あまいッ♡すいかの味が、緋鷹さんの味と、混ざって……ッ♡ふぁ♡舌♡弱いとこばっかり、突かれて♡舐められてぇ……ッ♡あ♡だめ♡これ、だめぇ♡えっちな気分になっちゃうッ♡このキス♡すけべな気分にッ、なっちゃうぅ゛……ッ♡♡♡

「……ほら、こんなに美味しいすいかなんだから♡ちゃんと食べないと、もったいないよ♡」
「あッ♡ふぁ♡ふあぁ゛……ッ♡」
「ふふっ、可愛い顔♡──後で真澄くんのことも、たっぷり食べてあげるからね♡」
「えっ、あっ……、っ──!♡♡♡」

 まるで僕の情欲を見透かすように、耳元で含みをもって囁く緋鷹さん。その艶めかしい声色に、僕の身体は一気に火照りへ支配されてしまう。恥ずかしいと思っても止められなくて。頭はどんどん、その先のことばかり考えてしまって……ッ♡
 僕はそれ以上なにも答えられないまま、落ちた眼鏡を直して俯いて。にこにことこちらを見て笑う緋鷹さんのいつもより緩んだ首元や腕の色っぽいラインに、やたら甘じょっぱいすいかを黙々と食べ続けることしかできなかった。
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