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工場
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「よいしょ……っと!」
ここは郊外の小さな町工場。10人も満たない社員だけで細々とやっている、アダルトグッズの製造工場だ。そして僕はその工場、『TACHIBANA』の2代目社長「橘真澄(たちばなますみ)」。父が始めた事業を継いで、慣れないながらもどうにか毎日、より良い商品を提供するために頑張っている。ちなみに、バツイチ。でも前の奥さんとは今も交流があって、たまにここにも顔を出しに来てくれる。
業界ではうちの商品は品質も評判もいいと言われてるけど、その分拘って作っているせいで大量生産が行えない。だから昔からお世話になっている一社としか今は販売契約をしてなくて、正直、儲かっているとは言えない状態だ。しかもついこの間までその取引先の会社は赤字続きで、うちもいつ共倒れになるんじゃないかってヒヤヒヤしていた。
……けれど少し前にそこで出版されたアダルトマニュアル本が大ヒット。その書籍だけで前年度の損益を賄えてしまうほどになった。おかげでうちもそのおこぼれに預かって、しばらくは事業が安定しそうだ。まぁ工場は設備も古いし建物も古いから、それを直すことを考えると僕の実入りなんてほとんどないんだけどね。いろいろ直したいところはあるけど、せめて空調くらいは最新のものにしてあげたいな……。
そう思いながら僕は工場の横にある自宅で切り分けたすいかを持って、少しずり落ちた大きな丸眼鏡を直してから工場へと向かう。
「皆、お疲れ!今日はもう作業は終わりにして、これ食べようか」
「わ、すいか!」
「うわぁ、やったぁ!さっすが社長!」
「やったやったぁ、今年初すいかぁ♡」
「うお~!スイカなんて独り身じゃ絶対食わねぇ!ありがとうございます、社長!」
「うれしい、ちょうど食べたかったんだ……♡」
「「「ありがとうございま~~~す!!」」」
「そ、そんな。皆、暑い中で頑張ってくれてるから……ひとり一切れね。塩もあるから、遠慮なく使って。あっ……麦茶、入れるね!」
「は~いっ」
皆の大声に気圧されつつも、喜んでいるのが伝わる笑顔に胸が弾む。奥の休憩所にすいかを置けば、作業を終えてぞろぞろと集まってくる社員さんたち。僕は並べていたコップへ、ひとつずつ麦茶を注いでゆく。
でも……こうやって皆が揃った姿を見ていると、悟くんから『社員全員からちんぽまみれにされちゃいますね♡』なんて言われたいやらしい妄想が、うっかり頭を過ぎってしまう。ああっ、なんて申し訳ない……!
悟くん、というのは例の取引会社でうちの担当をしてくれている営業さんだ。交友範囲が広くて僕にも親しい距離で接してくれるとてもいい子で、少し前、ヘテロセクシュアルでありながら男性同士の性行為に興味を持った僕は、『接待』という名目で抱かれる立場として彼とセックスをした。
その中で僕は、自分でも恥ずかしくなるくらい感じてしまって……。たくさん悟くんにいじめられて、責められて。『マゾメス』なんて言葉に興奮して、何度も何度も初めての快感に、アクメ、してしまったんだ……♡
さっきの言葉も、そんな「プレイ」の中で言われた言葉。僕がこんなにいやらしくなったら、社員の皆からも性欲処理係として扱われちゃう、って……♡
も、もちろん実際にそんなことするわけないし、この通り、皆ともそれなりの距離感で、社長として節度をもって接している。この立場なら、不用意で性的な妄想なんて以ての外。だから少しでもそんなことを思うと僕は居たたまれなくなって、罪悪感を感じてしまうんだ。
今日もひどいことを考えてしまった……と反省していると、その落ち込みと反したのんびりとした声が、表から聞こえてくる。
「真澄くーん?真澄く~~~~ん?」
「あっ。えっ。──ひ、緋鷹さんッ!?」
「ああ、いたいた。真澄くーん♡♡♡」
「あわわっ、ちょっ、今行きますね……ッ!」
表から無邪気に手を振ってくるスーツ姿の男性に、僕は眼鏡をとって首にかけていたタオルで顔を拭くと、慌ててそこへ駆けていく。後ろで繰り広げられる社員さんたちの噂話には、なにも気づかないまま──。
「──まぁた鳳か。お暇だねぇ、あの人も」
「わあぁ、緋鷹っち♡遠目でもカッコよ~♡アガる♡アタシも後で挨拶してこよっかな♡」
「最近ほんとよくここ来るよなぁ。まじで暇なのかな?」
「谷、お前はここじゃ一番若いし社長とも仲いいだろ?なんか聞いてないのか?」
「ええっ!?ぼ、僕ですか?仲がいいって、たまに話をするだけで……鳳さんとの仲なんて、なかなか遠慮して聞けませんよ……」
「大財閥の長男さんなんだろ?ウチの評判を聞きつけて視察に来てるって話らしいが……融資でもしてくれるのかねぇ?」
「でも社長、そういうの嫌いなんじゃ……?銀行の融資だってほとんど受けてませんし……」
「機械もボロッボロだしね!ウケる~♡ま、この年代モノだと修理するパーツもなさそうだけどぉ」
「俺ぁコッチのほうが慣れてるからなぁ。実際、今更最新のモンに変えられてもなかなか扱えねぇよ」
「半分くらい手作業だから、結局手動で扱えるこの機械がいい、っていうのもありますしね」
「そうねぇ。そもそも緋鷹ちゃんも視察、っていうよりは遊びに来てる感じじゃない?来ても私達には挨拶程度で、真澄ちゃんと話してばっかりだし」
「社長目当てってことか?そりゃあんないい人他に居ないけど……」
「そうだとしたらありがたい話だけどなぁ。真澄はちっと人に尽くしすぎだ。俺たちのことを第一に考えてくれるのはありがたいが、自分の幸せもちゃんと考えて貰わねぇとな」
「──緋鷹さん!すみません、お待たせしちゃって……!」
「いいのいいの、私が好きで来てるんだから。あれ?なんかえっちな顔♡いやらしいことでも考えてたのかな?♡」
「へッ!?♡い、いえッ、そんなことは……ッ!♡だ、大丈夫ですッ♡」
「あはは、それなら良いけど♡……でもここ、夕方でも本当暑っついねぇ。冷房入ってる?皆は暑くないのかな?」
「あ……。すみません、うちの空調もう古くって……あっ、奥に行きますか?事務所ならもう少し涼しいですから……」
「大丈夫。私、暑さには強いから♡あっ、まだ皆もいるんだね。もうお仕事は終わり?」
「あっ……はい。ちょうど終わりにしようとしていたところです」
「わぁ、流石私。タイミングバッチリ♡」
「ふふっ……」
奥に居る社員の皆へ、僕にしたのと同じように手を振る仕草に笑う。この鳳緋鷹(おおとりひだか)さんは、有名な財閥である鳳家のご長男さん。一般人の僕じゃ普段まったく接点のない、別世界の住人だ。この真夏なのにきっちりと着込んだ黒地にチェック柄のスリーピーススーツに真っ赤なストールを垂らした姿は、どこからどう見ても海外のセレブ。いつもとても気さくで親切な緋鷹さんだけど、もう何度会って話していても、正直僕としてはちょっと気後れしてしまう。当然だ、だって僕はいつも油まみれでぼろぼろのつなぎを着て、襟足まで伸びた髪もぼさぼさの、汗だくの格好なんだから。
「ああ……ほら、また顔が汚れているよ。真澄くんは本当に働き者だね」
「あっ……す、すみません。汗は拭いたんですけど……ひゃっ♡」
でも、緋鷹さんはまったく気にしない様子でいつも嵌めている黒革の手袋を取ると、僕の頬をこするように撫でてくる。こする、とは言っても優しい手付きで、まったく痛みは感じない。だけどそのまま腰から引き寄せられて、一気にお互いの距離が縮まった。抱き締められるような格好になって、僕は驚きに声をあげてしまう。けれど、緋鷹さんはどこ吹く風だ。ゆっくりと顔を近づけられて、顎を、とられて……ッ♡
「汗はいいんだよ、興奮するから♡油の汚れも真澄くんらしくて、私は好き♡」
「あ、あっ……ひ、緋鷹さん……ッ♡」
「ちょっとだけ、真澄くんを先に頂戴ね♡」
「あ♡あッ♡ン、んぅっ!♡」
「んぅ……ッ♡」
そ、そのまま、唇に、キス……ッ♡
ねだるように唇の表面を舌で撫でられて、抵抗できずに口を開けば、すぐに、舌が挿し込まれて……ッ♡僕の弱い性感帯を舌先でなぞったり突いたりする動きに一瞬で腰がくだけて、緋鷹さんに全身を預けるようになってしまう……ッ♡
あ、ぁ、キス……ッ♡キスぅ……ッ♡♡♡緋鷹さん、いっつも、いきなり……ッ♡だ、だめっ♡向こうに社員さんたちが居るのにッ♡居るのに、緋鷹さんのキス、上手で、えっちで……ッ♡舌、僕も、絡めちゃう……ッ♡腰も、揺れて……ッ♡押し付けて……ッ♡眼鏡、キスでずれちゃうのも気にしないで……ッ♡きもちいい♡きもちいい♡って……♡緋鷹さんに全身で、表現、しちゃう……ッ♡
「んッ♡んぅッ♡ふ♡ふぅッ♡」
「んぅ♡ん♡ん、ぅ♡」
「あ♡ふぁ♡ひ♡ひだか、ひゃ♡だ、だめっ、ですっ♡み、みんなに、見えちゃうッ♡」
「ここからはちょうど死角だから大丈夫♡ああ、真澄くんとのキス、気持ちいいなぁ……ッ♡」
「ふぁ♡あぇッ♡んぇッ♡えぅ♡ふぇ♡♡♡」
にっこりと微笑まれた緋鷹さんに歯で舌を捕まえられて、そのままくにくにと、何度も上下に噛まれてしまう。舌を自由にできないもどかしさと、何度も柔らかく食い込んでくる歯。その感覚にぞくぞくと下腹部から切ない刺激が浮かび上がって、僕はそれだけで涙を滲ませて緋鷹さんを見つめてしまう。そうすれば茶色に少しだけ深い赤が混じった緋鷹さんの瞳が、まるで僕を捕食でもするようにきゅうっと細く、愉しそうに、締まって……ッ♡
「ぁ♡あ♡えぁ♡あッ♡ふッ♡ふぇ……ッ!♡♡♡」
「──♡♡♡」
……そのまま僕は舌と身体をまったく離してくれない緋鷹さんに舌を吸われ、噛まれ続けて、軽いアクメをしてしまった。射精こそしなかったけれど、カクカクと脚が震えて、全身に絶頂の感覚が甘く広がっていく。
「あふっ♡ふぅ゛ッ♡ひだか、ひゃ……ッ♡♡♡」
「ん……♡真澄くんは本当に、可愛いね……ッ♡」
「ぁ♡んっ♡ふぁッ♡緋鷹、ひゃんっ♡だ、だめぇ♡」
「♡ ♡ ♡」
甘イキの抜けない僕を褒めるように、緋鷹さんは僕の額やこめかみにキスを落としてゆく。もう仕事が終わるとは言え、近くに社員さんたちが居るのにこんなことをしているのが、とんでもなく居た堪れない。それでも緋鷹さんは僕へのキスを止めずに、すりすりと指で頬を撫でてくる。
「ん……♡御免ね♡真澄くんを見ているとどうも劣情が掻き立てられてしまって……♡愛人の立場に免じて許してくれるかな?♡」
「あ♡で、ですからッ♡愛人のお話は、お断り、したはず……ッ♡」
「でも、私が君を味わうだけではフェアじゃないだろう?私にも何かさせて貰わないと気が済まないよ♡」
「そ、そんなっ♡」
──財閥家の長男さんと、町工場の冴えない社長。そんな、普通に暮らしていたら絶対に交わるはずのない僕たちを結んでしまったのは、とある風俗店でのイベントだった。
『サカサウサギ』という、男性専用の逆バニーバー。そこの特別営業に、僕は悟くんから誘われた。悟くんはいろいろな人と親しくしている関係で、性的なお店の人とも結構な割合で顔見知りだ。元々フットワークが軽くて人に好かれやすいから、その影響もあるんだろう。その『サカサウサギ』も、以前からお世話になっている人が経営をしてるんだと聞いていた。
そのお店では数ヶ月に一度、知り合いの人に声を掛けて親しい人向けのパーティーをするみたいで、それに僕が誘われたかたちだ。悟くんも来るし、悟くんが営業を担当している知り合いの方も来るから、どうですか?って……。
悟くんとは最初の「接待」以降も同じ理由で何度かセックスをする関係になっていて、以前より更にお世話になっていたから……断るのも申し訳なくて。だから了承してお店まで行ったんだけど、僕、逆バニーっていうものがよく分かってなくて……ッ♡いざお店に行ったらこれを着てください、って言われて、本当に驚いてしまった。だってそれは、僕が想像もしたことがないくらい、いやらしい衣装だったから……ッ!♡
こんな衣装を着るのが初めてだった僕は、汗っかきなこともあって着るのにひどく手間取ってしまった。あまりにもたもたしていたからか、周りに居た知らない人たちからもたくさん手助けして貰って……申し訳なくて、仕方なかった。「これ似合うよ♡」と言って渡されたハートのニップレスや前張りもものすごく恥ずかしかったけど、せっかく選んでくれたから断れなくって……ッ♡
衣装もハイヒールもなにもかも慣れないままお店へ出て、知らない人たちからお尻を撫でられたりアナルを撫でられたりして、そのたびにヒクヒクだらしなく感じていたら──そこで、緋鷹さんに出会ったんだ。
緋鷹さんは慣れないヒールで甘イキして、今にも転びそうにガクガクしていた僕を「大丈夫?」と声を掛けて支えてくれた、第一印象から優しい人だった。そのまま「危ないからね♡」とソファまで連れられて、膝の上に乗せられて……。気づけばお尻をなでなでされながら、根掘り葉掘り、僕のことを聞かれちゃって……ッ♡
僕が社長をしていることやアダルトグッズを作っていること、悟くんに抱かれて「メス堕ち」してしまったこと。緋鷹さんは悟くんの会社やうちの会社の道具を知ってくれていたみたいで、僕や会社のことに最初から興味津々だった。最後に、「今はなんとか頑張って工場を続けています」、って伝えたら──出たんだ。『愛人』の、話が……ッ♡
緋鷹さんは僕を抱く見返りに融資を行う「愛人契約」をしないかって持ちかけてきた。僕の工場を支援したいから──って。でも僕はそういう金銭が絡むようなやり取りは苦手だったから、丁重にお断りしたんだ。愛人、って言葉には背徳感を感じて、ものすごく興奮しちゃったんだけど……ッ♡
だけど緋鷹さん、僕と関係を持つことは譲ってくれなくて。結局押し切られる形で連絡先を交換して、その後は何度も緋鷹さんからホテルにお誘いされて、何度もそこでセックスをした。緋鷹さんが選んだえっちな衣装を着て、たくさんたくさん、いやらしくてどすけべなことをして……ッ♡そのたびに愛人の話を持ちかけられては、断って……ッ♡
そんなことを繰り返している内に、セックス以外でも僕に会いたいから、と緋鷹さんはこうやって工場にも足を運んでくれるようになった。そして今では社員さんにも顔や名前を覚えられてしまうくらい、来客の「常連」になってしまったんだ。
悟くんもここに訪れた緋鷹さんと偶然顔を合わせてからすっかり彼へ懐いちゃって、親しくしているみたいだ。愛人の話を聞いてからは僕と積極的にセックスを行うこともなくなって、なんだか気を遣われているみたい。「ちゃんとしたお相手がいるなら、俺が邪魔しないほうがいいですもんね♡」って……♡
「だって、私は真澄くんを気に入っているし♡好きな相手には最大限愛情を示すのが、私の絶対主義なんだってば♡」
「そ、それは何度もお伺いしましたけど……ッ♡でも、ぼ、僕なんかに愛情を示していただいても、その、全然お返しできませんから……ッ♡」
「う~ん、そういう控えめな所がますます好き♡別にそんなこと考えなくっていいのに♡真澄くんに触れられるだけで、私には充分なお返しだよ♡」
「あッ♡ンぅッ♡ひ、緋鷹さん……ッ♡♡♡」
また僕を引き寄せると、軽いキスをして微笑む緋鷹さん。
緋鷹さんが好意を持って僕に接してくれたり、僕や会社を気に掛けてわざわざこんな場所まで足を運んでくれることは、とても嬉しい。可能ならもっとたくさん、こうやってゆっくりお話して、もっと、親しくなれたらと思う。けれど緋鷹さんは鳳家の人間として、毎日多忙な生活を送っている。財閥の家督は弟さんに譲ったから、悠々自適に暮らしているって本人は仰ってるけど……それでも多くの人に望まれている緋鷹さんを僕なんかが求めてしまうのは、どうしても恐縮してしまうんだ。ただでさえ僕たちは住む世界の違う人間。肉体関係があるからって、それが理由になるわけじゃない。愛人関係──はやっぱり、受け入れ難いし……。
「社長~!」
「──ッ!あ、あっ、な、なにっ!?♡」
僕がいつものように緋鷹さんの好意に戸惑っていると、奥から社員さんの大声が響く。慌てて入り口から顔を出すと、皆が揃って立ち上がっていた。
「すいか、ごちそうさまでした~!機械はもう全部閉めちゃったんで、そろそろ俺たち帰りますね~!」
「ほんと!?わっ、任せちゃってごめん……!あっ、すいかはそのままでいいからね!後で片付けておくから!」
「食べた分はビニール袋にまとめておきました~!お皿だけお願いします~っ!」
「ごちそうさま~社長~!」
「ありがと~、社長~!」
「あ、ご、ごめんね……!わざわざありがとう……!」
「いえいえ!それじゃ、お疲れ様でーすっ!」
「う、うん!今日もありがとう!お疲れ様……っ!!」
僕の言葉に手を振って、ぞろぞろと奥から帰っていく社員さんたち。その背中に手を振り返して、僕は深くため息をつく。あぁ、また、やっちゃった。社長だからちゃんとしなくちゃいけないのに、自分のことばっかりで……。もっと周りのことを考えて、しっかりしないと……。
「はぁ……僕、やっぱり駄目だな……」
「? なにが駄目なの?真澄くんはすごく頑張ってると思うけど」
「いえ、緋鷹さんが来てから社員さんのこと、放ったらかしにしてしまったので……。呆れられちゃったかな……」
「ええっ。それは私が真澄くんを独り占めしちゃったからでしょう?むしろ片付けまでして帰りも声を掛けてくれたんだから、呆れてるようには思わないけど」
「そうでしょうか……あっ、ひ、緋鷹さんっ?」
フォローするように僕の肩を抱いて、勝手知ったる足取りで工場内へと入ってゆく緋鷹さん。すいすいと機械を避けて奥の休憩所にたどり着くと、まるで僕へ見せびらかすように緋鷹さんは両手を開く。
「ほら、とっても綺麗に片付けられてる♡こんなの、真澄くんを慕ってないとできないよ?」
「そ、そうでしょうか?それなら、嬉しいですけど……。社員さんたち、本当に毎日頑張ってくれているので……」
「その気持ちはちゃんと皆にも伝わっていると思うよ♡真澄くんほど優しい人、私、会ったことないし♡」
「そっ、そんなことないですよ……ッ♡あ♡ひ、緋鷹さんっ♡だから、キス……っ♡ん♡んんぅ♡♡♡」
僕の頬を両手で包むと、緋鷹さんは何度もちゅ♡ちゅ♡とキスを落としてくる。優しくて甘い仕草に全身がぞくぞくして、蕩けちゃいそうで……ッ♡うぁ、キス♡キスっ、きもちいい……ッ♡緋鷹さんのキスっ、本当にきもちよくてぇ……ッ♡だめ♡するたびに、夢中に、なっちゃうッ♡緋鷹さん……ッ♡優しい……ッ♡優しくて、こんなにッ、僕のことを、気にかけてくれてぇ……ッ♡ふぁ♡あぁッ♡ひ♡緋鷹さん♡ひだか、さん……ッ♡♡♡
「ん♡ん……ッ♡」
「んぅ゛ッ♡ふ♡ふぁ……ッ♡」
「ふふ、可愛い♡──でも、スイカは残ってないんだねぇ。私、スイカって外側が器になったフルーツポンチしか食べたことがないんだよ。その時も丸くくり抜かれていて、スイカらしさがなかったし。ううん、残念。一切れでいいから食べたかったなぁ……」
「あ……っ」
唇を離した緋鷹さんは、すっかり片付けられてしまったすいかを見て、残念そうに眉を下げる。そんな姿に思わず、自然と言葉がついて出た。いつも良くしてくれている緋鷹さんに、ほんの少しでもお返しできるなら──って。
「……そ、それなら自宅に、まだ少し残っていますけど……」
「えっ。本当かい?」
「ええ。そのっ……お時間が、あるなら……っ。家までいらっしゃいます……か?」
ここは郊外の小さな町工場。10人も満たない社員だけで細々とやっている、アダルトグッズの製造工場だ。そして僕はその工場、『TACHIBANA』の2代目社長「橘真澄(たちばなますみ)」。父が始めた事業を継いで、慣れないながらもどうにか毎日、より良い商品を提供するために頑張っている。ちなみに、バツイチ。でも前の奥さんとは今も交流があって、たまにここにも顔を出しに来てくれる。
業界ではうちの商品は品質も評判もいいと言われてるけど、その分拘って作っているせいで大量生産が行えない。だから昔からお世話になっている一社としか今は販売契約をしてなくて、正直、儲かっているとは言えない状態だ。しかもついこの間までその取引先の会社は赤字続きで、うちもいつ共倒れになるんじゃないかってヒヤヒヤしていた。
……けれど少し前にそこで出版されたアダルトマニュアル本が大ヒット。その書籍だけで前年度の損益を賄えてしまうほどになった。おかげでうちもそのおこぼれに預かって、しばらくは事業が安定しそうだ。まぁ工場は設備も古いし建物も古いから、それを直すことを考えると僕の実入りなんてほとんどないんだけどね。いろいろ直したいところはあるけど、せめて空調くらいは最新のものにしてあげたいな……。
そう思いながら僕は工場の横にある自宅で切り分けたすいかを持って、少しずり落ちた大きな丸眼鏡を直してから工場へと向かう。
「皆、お疲れ!今日はもう作業は終わりにして、これ食べようか」
「わ、すいか!」
「うわぁ、やったぁ!さっすが社長!」
「やったやったぁ、今年初すいかぁ♡」
「うお~!スイカなんて独り身じゃ絶対食わねぇ!ありがとうございます、社長!」
「うれしい、ちょうど食べたかったんだ……♡」
「「「ありがとうございま~~~す!!」」」
「そ、そんな。皆、暑い中で頑張ってくれてるから……ひとり一切れね。塩もあるから、遠慮なく使って。あっ……麦茶、入れるね!」
「は~いっ」
皆の大声に気圧されつつも、喜んでいるのが伝わる笑顔に胸が弾む。奥の休憩所にすいかを置けば、作業を終えてぞろぞろと集まってくる社員さんたち。僕は並べていたコップへ、ひとつずつ麦茶を注いでゆく。
でも……こうやって皆が揃った姿を見ていると、悟くんから『社員全員からちんぽまみれにされちゃいますね♡』なんて言われたいやらしい妄想が、うっかり頭を過ぎってしまう。ああっ、なんて申し訳ない……!
悟くん、というのは例の取引会社でうちの担当をしてくれている営業さんだ。交友範囲が広くて僕にも親しい距離で接してくれるとてもいい子で、少し前、ヘテロセクシュアルでありながら男性同士の性行為に興味を持った僕は、『接待』という名目で抱かれる立場として彼とセックスをした。
その中で僕は、自分でも恥ずかしくなるくらい感じてしまって……。たくさん悟くんにいじめられて、責められて。『マゾメス』なんて言葉に興奮して、何度も何度も初めての快感に、アクメ、してしまったんだ……♡
さっきの言葉も、そんな「プレイ」の中で言われた言葉。僕がこんなにいやらしくなったら、社員の皆からも性欲処理係として扱われちゃう、って……♡
も、もちろん実際にそんなことするわけないし、この通り、皆ともそれなりの距離感で、社長として節度をもって接している。この立場なら、不用意で性的な妄想なんて以ての外。だから少しでもそんなことを思うと僕は居たたまれなくなって、罪悪感を感じてしまうんだ。
今日もひどいことを考えてしまった……と反省していると、その落ち込みと反したのんびりとした声が、表から聞こえてくる。
「真澄くーん?真澄く~~~~ん?」
「あっ。えっ。──ひ、緋鷹さんッ!?」
「ああ、いたいた。真澄くーん♡♡♡」
「あわわっ、ちょっ、今行きますね……ッ!」
表から無邪気に手を振ってくるスーツ姿の男性に、僕は眼鏡をとって首にかけていたタオルで顔を拭くと、慌ててそこへ駆けていく。後ろで繰り広げられる社員さんたちの噂話には、なにも気づかないまま──。
「──まぁた鳳か。お暇だねぇ、あの人も」
「わあぁ、緋鷹っち♡遠目でもカッコよ~♡アガる♡アタシも後で挨拶してこよっかな♡」
「最近ほんとよくここ来るよなぁ。まじで暇なのかな?」
「谷、お前はここじゃ一番若いし社長とも仲いいだろ?なんか聞いてないのか?」
「ええっ!?ぼ、僕ですか?仲がいいって、たまに話をするだけで……鳳さんとの仲なんて、なかなか遠慮して聞けませんよ……」
「大財閥の長男さんなんだろ?ウチの評判を聞きつけて視察に来てるって話らしいが……融資でもしてくれるのかねぇ?」
「でも社長、そういうの嫌いなんじゃ……?銀行の融資だってほとんど受けてませんし……」
「機械もボロッボロだしね!ウケる~♡ま、この年代モノだと修理するパーツもなさそうだけどぉ」
「俺ぁコッチのほうが慣れてるからなぁ。実際、今更最新のモンに変えられてもなかなか扱えねぇよ」
「半分くらい手作業だから、結局手動で扱えるこの機械がいい、っていうのもありますしね」
「そうねぇ。そもそも緋鷹ちゃんも視察、っていうよりは遊びに来てる感じじゃない?来ても私達には挨拶程度で、真澄ちゃんと話してばっかりだし」
「社長目当てってことか?そりゃあんないい人他に居ないけど……」
「そうだとしたらありがたい話だけどなぁ。真澄はちっと人に尽くしすぎだ。俺たちのことを第一に考えてくれるのはありがたいが、自分の幸せもちゃんと考えて貰わねぇとな」
「──緋鷹さん!すみません、お待たせしちゃって……!」
「いいのいいの、私が好きで来てるんだから。あれ?なんかえっちな顔♡いやらしいことでも考えてたのかな?♡」
「へッ!?♡い、いえッ、そんなことは……ッ!♡だ、大丈夫ですッ♡」
「あはは、それなら良いけど♡……でもここ、夕方でも本当暑っついねぇ。冷房入ってる?皆は暑くないのかな?」
「あ……。すみません、うちの空調もう古くって……あっ、奥に行きますか?事務所ならもう少し涼しいですから……」
「大丈夫。私、暑さには強いから♡あっ、まだ皆もいるんだね。もうお仕事は終わり?」
「あっ……はい。ちょうど終わりにしようとしていたところです」
「わぁ、流石私。タイミングバッチリ♡」
「ふふっ……」
奥に居る社員の皆へ、僕にしたのと同じように手を振る仕草に笑う。この鳳緋鷹(おおとりひだか)さんは、有名な財閥である鳳家のご長男さん。一般人の僕じゃ普段まったく接点のない、別世界の住人だ。この真夏なのにきっちりと着込んだ黒地にチェック柄のスリーピーススーツに真っ赤なストールを垂らした姿は、どこからどう見ても海外のセレブ。いつもとても気さくで親切な緋鷹さんだけど、もう何度会って話していても、正直僕としてはちょっと気後れしてしまう。当然だ、だって僕はいつも油まみれでぼろぼろのつなぎを着て、襟足まで伸びた髪もぼさぼさの、汗だくの格好なんだから。
「ああ……ほら、また顔が汚れているよ。真澄くんは本当に働き者だね」
「あっ……す、すみません。汗は拭いたんですけど……ひゃっ♡」
でも、緋鷹さんはまったく気にしない様子でいつも嵌めている黒革の手袋を取ると、僕の頬をこするように撫でてくる。こする、とは言っても優しい手付きで、まったく痛みは感じない。だけどそのまま腰から引き寄せられて、一気にお互いの距離が縮まった。抱き締められるような格好になって、僕は驚きに声をあげてしまう。けれど、緋鷹さんはどこ吹く風だ。ゆっくりと顔を近づけられて、顎を、とられて……ッ♡
「汗はいいんだよ、興奮するから♡油の汚れも真澄くんらしくて、私は好き♡」
「あ、あっ……ひ、緋鷹さん……ッ♡」
「ちょっとだけ、真澄くんを先に頂戴ね♡」
「あ♡あッ♡ン、んぅっ!♡」
「んぅ……ッ♡」
そ、そのまま、唇に、キス……ッ♡
ねだるように唇の表面を舌で撫でられて、抵抗できずに口を開けば、すぐに、舌が挿し込まれて……ッ♡僕の弱い性感帯を舌先でなぞったり突いたりする動きに一瞬で腰がくだけて、緋鷹さんに全身を預けるようになってしまう……ッ♡
あ、ぁ、キス……ッ♡キスぅ……ッ♡♡♡緋鷹さん、いっつも、いきなり……ッ♡だ、だめっ♡向こうに社員さんたちが居るのにッ♡居るのに、緋鷹さんのキス、上手で、えっちで……ッ♡舌、僕も、絡めちゃう……ッ♡腰も、揺れて……ッ♡押し付けて……ッ♡眼鏡、キスでずれちゃうのも気にしないで……ッ♡きもちいい♡きもちいい♡って……♡緋鷹さんに全身で、表現、しちゃう……ッ♡
「んッ♡んぅッ♡ふ♡ふぅッ♡」
「んぅ♡ん♡ん、ぅ♡」
「あ♡ふぁ♡ひ♡ひだか、ひゃ♡だ、だめっ、ですっ♡み、みんなに、見えちゃうッ♡」
「ここからはちょうど死角だから大丈夫♡ああ、真澄くんとのキス、気持ちいいなぁ……ッ♡」
「ふぁ♡あぇッ♡んぇッ♡えぅ♡ふぇ♡♡♡」
にっこりと微笑まれた緋鷹さんに歯で舌を捕まえられて、そのままくにくにと、何度も上下に噛まれてしまう。舌を自由にできないもどかしさと、何度も柔らかく食い込んでくる歯。その感覚にぞくぞくと下腹部から切ない刺激が浮かび上がって、僕はそれだけで涙を滲ませて緋鷹さんを見つめてしまう。そうすれば茶色に少しだけ深い赤が混じった緋鷹さんの瞳が、まるで僕を捕食でもするようにきゅうっと細く、愉しそうに、締まって……ッ♡
「ぁ♡あ♡えぁ♡あッ♡ふッ♡ふぇ……ッ!♡♡♡」
「──♡♡♡」
……そのまま僕は舌と身体をまったく離してくれない緋鷹さんに舌を吸われ、噛まれ続けて、軽いアクメをしてしまった。射精こそしなかったけれど、カクカクと脚が震えて、全身に絶頂の感覚が甘く広がっていく。
「あふっ♡ふぅ゛ッ♡ひだか、ひゃ……ッ♡♡♡」
「ん……♡真澄くんは本当に、可愛いね……ッ♡」
「ぁ♡んっ♡ふぁッ♡緋鷹、ひゃんっ♡だ、だめぇ♡」
「♡ ♡ ♡」
甘イキの抜けない僕を褒めるように、緋鷹さんは僕の額やこめかみにキスを落としてゆく。もう仕事が終わるとは言え、近くに社員さんたちが居るのにこんなことをしているのが、とんでもなく居た堪れない。それでも緋鷹さんは僕へのキスを止めずに、すりすりと指で頬を撫でてくる。
「ん……♡御免ね♡真澄くんを見ているとどうも劣情が掻き立てられてしまって……♡愛人の立場に免じて許してくれるかな?♡」
「あ♡で、ですからッ♡愛人のお話は、お断り、したはず……ッ♡」
「でも、私が君を味わうだけではフェアじゃないだろう?私にも何かさせて貰わないと気が済まないよ♡」
「そ、そんなっ♡」
──財閥家の長男さんと、町工場の冴えない社長。そんな、普通に暮らしていたら絶対に交わるはずのない僕たちを結んでしまったのは、とある風俗店でのイベントだった。
『サカサウサギ』という、男性専用の逆バニーバー。そこの特別営業に、僕は悟くんから誘われた。悟くんはいろいろな人と親しくしている関係で、性的なお店の人とも結構な割合で顔見知りだ。元々フットワークが軽くて人に好かれやすいから、その影響もあるんだろう。その『サカサウサギ』も、以前からお世話になっている人が経営をしてるんだと聞いていた。
そのお店では数ヶ月に一度、知り合いの人に声を掛けて親しい人向けのパーティーをするみたいで、それに僕が誘われたかたちだ。悟くんも来るし、悟くんが営業を担当している知り合いの方も来るから、どうですか?って……。
悟くんとは最初の「接待」以降も同じ理由で何度かセックスをする関係になっていて、以前より更にお世話になっていたから……断るのも申し訳なくて。だから了承してお店まで行ったんだけど、僕、逆バニーっていうものがよく分かってなくて……ッ♡いざお店に行ったらこれを着てください、って言われて、本当に驚いてしまった。だってそれは、僕が想像もしたことがないくらい、いやらしい衣装だったから……ッ!♡
こんな衣装を着るのが初めてだった僕は、汗っかきなこともあって着るのにひどく手間取ってしまった。あまりにもたもたしていたからか、周りに居た知らない人たちからもたくさん手助けして貰って……申し訳なくて、仕方なかった。「これ似合うよ♡」と言って渡されたハートのニップレスや前張りもものすごく恥ずかしかったけど、せっかく選んでくれたから断れなくって……ッ♡
衣装もハイヒールもなにもかも慣れないままお店へ出て、知らない人たちからお尻を撫でられたりアナルを撫でられたりして、そのたびにヒクヒクだらしなく感じていたら──そこで、緋鷹さんに出会ったんだ。
緋鷹さんは慣れないヒールで甘イキして、今にも転びそうにガクガクしていた僕を「大丈夫?」と声を掛けて支えてくれた、第一印象から優しい人だった。そのまま「危ないからね♡」とソファまで連れられて、膝の上に乗せられて……。気づけばお尻をなでなでされながら、根掘り葉掘り、僕のことを聞かれちゃって……ッ♡
僕が社長をしていることやアダルトグッズを作っていること、悟くんに抱かれて「メス堕ち」してしまったこと。緋鷹さんは悟くんの会社やうちの会社の道具を知ってくれていたみたいで、僕や会社のことに最初から興味津々だった。最後に、「今はなんとか頑張って工場を続けています」、って伝えたら──出たんだ。『愛人』の、話が……ッ♡
緋鷹さんは僕を抱く見返りに融資を行う「愛人契約」をしないかって持ちかけてきた。僕の工場を支援したいから──って。でも僕はそういう金銭が絡むようなやり取りは苦手だったから、丁重にお断りしたんだ。愛人、って言葉には背徳感を感じて、ものすごく興奮しちゃったんだけど……ッ♡
だけど緋鷹さん、僕と関係を持つことは譲ってくれなくて。結局押し切られる形で連絡先を交換して、その後は何度も緋鷹さんからホテルにお誘いされて、何度もそこでセックスをした。緋鷹さんが選んだえっちな衣装を着て、たくさんたくさん、いやらしくてどすけべなことをして……ッ♡そのたびに愛人の話を持ちかけられては、断って……ッ♡
そんなことを繰り返している内に、セックス以外でも僕に会いたいから、と緋鷹さんはこうやって工場にも足を運んでくれるようになった。そして今では社員さんにも顔や名前を覚えられてしまうくらい、来客の「常連」になってしまったんだ。
悟くんもここに訪れた緋鷹さんと偶然顔を合わせてからすっかり彼へ懐いちゃって、親しくしているみたいだ。愛人の話を聞いてからは僕と積極的にセックスを行うこともなくなって、なんだか気を遣われているみたい。「ちゃんとしたお相手がいるなら、俺が邪魔しないほうがいいですもんね♡」って……♡
「だって、私は真澄くんを気に入っているし♡好きな相手には最大限愛情を示すのが、私の絶対主義なんだってば♡」
「そ、それは何度もお伺いしましたけど……ッ♡でも、ぼ、僕なんかに愛情を示していただいても、その、全然お返しできませんから……ッ♡」
「う~ん、そういう控えめな所がますます好き♡別にそんなこと考えなくっていいのに♡真澄くんに触れられるだけで、私には充分なお返しだよ♡」
「あッ♡ンぅッ♡ひ、緋鷹さん……ッ♡♡♡」
また僕を引き寄せると、軽いキスをして微笑む緋鷹さん。
緋鷹さんが好意を持って僕に接してくれたり、僕や会社を気に掛けてわざわざこんな場所まで足を運んでくれることは、とても嬉しい。可能ならもっとたくさん、こうやってゆっくりお話して、もっと、親しくなれたらと思う。けれど緋鷹さんは鳳家の人間として、毎日多忙な生活を送っている。財閥の家督は弟さんに譲ったから、悠々自適に暮らしているって本人は仰ってるけど……それでも多くの人に望まれている緋鷹さんを僕なんかが求めてしまうのは、どうしても恐縮してしまうんだ。ただでさえ僕たちは住む世界の違う人間。肉体関係があるからって、それが理由になるわけじゃない。愛人関係──はやっぱり、受け入れ難いし……。
「社長~!」
「──ッ!あ、あっ、な、なにっ!?♡」
僕がいつものように緋鷹さんの好意に戸惑っていると、奥から社員さんの大声が響く。慌てて入り口から顔を出すと、皆が揃って立ち上がっていた。
「すいか、ごちそうさまでした~!機械はもう全部閉めちゃったんで、そろそろ俺たち帰りますね~!」
「ほんと!?わっ、任せちゃってごめん……!あっ、すいかはそのままでいいからね!後で片付けておくから!」
「食べた分はビニール袋にまとめておきました~!お皿だけお願いします~っ!」
「ごちそうさま~社長~!」
「ありがと~、社長~!」
「あ、ご、ごめんね……!わざわざありがとう……!」
「いえいえ!それじゃ、お疲れ様でーすっ!」
「う、うん!今日もありがとう!お疲れ様……っ!!」
僕の言葉に手を振って、ぞろぞろと奥から帰っていく社員さんたち。その背中に手を振り返して、僕は深くため息をつく。あぁ、また、やっちゃった。社長だからちゃんとしなくちゃいけないのに、自分のことばっかりで……。もっと周りのことを考えて、しっかりしないと……。
「はぁ……僕、やっぱり駄目だな……」
「? なにが駄目なの?真澄くんはすごく頑張ってると思うけど」
「いえ、緋鷹さんが来てから社員さんのこと、放ったらかしにしてしまったので……。呆れられちゃったかな……」
「ええっ。それは私が真澄くんを独り占めしちゃったからでしょう?むしろ片付けまでして帰りも声を掛けてくれたんだから、呆れてるようには思わないけど」
「そうでしょうか……あっ、ひ、緋鷹さんっ?」
フォローするように僕の肩を抱いて、勝手知ったる足取りで工場内へと入ってゆく緋鷹さん。すいすいと機械を避けて奥の休憩所にたどり着くと、まるで僕へ見せびらかすように緋鷹さんは両手を開く。
「ほら、とっても綺麗に片付けられてる♡こんなの、真澄くんを慕ってないとできないよ?」
「そ、そうでしょうか?それなら、嬉しいですけど……。社員さんたち、本当に毎日頑張ってくれているので……」
「その気持ちはちゃんと皆にも伝わっていると思うよ♡真澄くんほど優しい人、私、会ったことないし♡」
「そっ、そんなことないですよ……ッ♡あ♡ひ、緋鷹さんっ♡だから、キス……っ♡ん♡んんぅ♡♡♡」
僕の頬を両手で包むと、緋鷹さんは何度もちゅ♡ちゅ♡とキスを落としてくる。優しくて甘い仕草に全身がぞくぞくして、蕩けちゃいそうで……ッ♡うぁ、キス♡キスっ、きもちいい……ッ♡緋鷹さんのキスっ、本当にきもちよくてぇ……ッ♡だめ♡するたびに、夢中に、なっちゃうッ♡緋鷹さん……ッ♡優しい……ッ♡優しくて、こんなにッ、僕のことを、気にかけてくれてぇ……ッ♡ふぁ♡あぁッ♡ひ♡緋鷹さん♡ひだか、さん……ッ♡♡♡
「ん♡ん……ッ♡」
「んぅ゛ッ♡ふ♡ふぁ……ッ♡」
「ふふ、可愛い♡──でも、スイカは残ってないんだねぇ。私、スイカって外側が器になったフルーツポンチしか食べたことがないんだよ。その時も丸くくり抜かれていて、スイカらしさがなかったし。ううん、残念。一切れでいいから食べたかったなぁ……」
「あ……っ」
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「……そ、それなら自宅に、まだ少し残っていますけど……」
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