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たぁくんとまゆ
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「……どうです?」
俺が覗き込んでいたPCに、多野が横から首を突っ込んでくる。見ているのは配信サイトの売上。すぐにOKを貰えると思っていた甘い見通しの俺を嘲笑うように散々リテイクを繰り返して、一時期はマジで死ぬかと思ったマニュアルの完成版がなんとか無事に発売されて1週間。俺達はまだ子会社のタクタに留まったまま、ここの手伝いや残った雑務なんかを付けながら、そこそこに平穏な日々を過ごしていた。相変わらず社内の評価は底辺な俺と違って多野は会社に戻ることも多いから、ここに居る頻度は前よりも低いけどな。
「ぼちぼち?担当はウチじゃかなり売れてるほうって言ってるけど……」
「それならもう少し様子見でも構わないんじゃないですか?利益目標はあってないようなものですし」
そのマニュアルの売上は、それなり、と言った所だ。最初はランキングの50位以内、今は100位前後をウロウロしている程度。販売元はアダルトじゃ名が知られてるとは言え、まったくの無名が出した書籍にしちゃそこそこ健闘している部類だろう。イラストがついてるとは言え、エロは元々文章弱いしな。
それでも浜松は自腹切って0時の販売と同時に購入したと報告をくれたし、その2時間後には「抜きました!」とシコり報告までしてくれた。新橋先輩も仲間内に紹介してくれて、その内の何人かは有難いことに購入もしてくれたようだ。身内頼りってのも情けないが、そういうとこからの口コミは大事だし、ページ内のレビューもそこそこついてるから、同じレビュアーとして面識のない同志達には頭が上がらない。それにしても痛い文書く自称宇宙人レビュアーやら、ギャル文字駆使する自称女子レビュアーやら、読ませるド長文書いてくる自称小説家レビュアーやら、レビューにやたら濃い面子が多いのは、類は友を呼ぶってやつなんだろうか。こんなカオスなレビュー欄初めて見たぞ。まぁ、感想が多いのは有難いことだが……ついでにこのまま有名レビュアーやインフルエンサーにでも拾われて、うまいこと売上も伸びないもんだろうか。
「まぁ……そうだな。こういうのっていきなり変なトコからバズったりもするし」
「そんな有りもしないチャンスに頼っているから真野君は駄目なんですよ。おかしな炎上商法などに巻き込まれたらどうするんです?」
「炎上?ないない。燃える要素がそもそもねぇだろ。多野の名前だって出すのやめたし」
「そういえばそうでしたね。どうしてサンプルを送った時点で名前を変えたんですか?」
「それは……プライバシーの保護ってやつだろ」
「へぇ。デリカシーのない真野君にしてはきちんと気を回してくれたんですね」
「……。」
いつものような嫌味は気付いているのか、いないのか。俺が独占欲により削除したレポートの「まゆ」の名はきっちり違う名前に差し替えられ、文を担当した作家の手によって指導を行った俺ともども、それはまったく俺達には関与しないフィクションのキャラクターへと変化した。つまり「たぁくん」と「まゆ」は今と変わらず、俺達が恋人モードの時だけに使用する、それだけの呼び名というわけだ。
これまで様々なことがあったが、これで本当に企画は終了。後は販売も管理も、タクタに任せることになる。今はこっちに居るものの、その内多野は会社に戻ることになるだろう。俺は……。もし会社が良いって言うなら、このままこっちに残ろうかと思っている。やっぱり俺は自分が好きだと思うものに関わってるほうが良いみたいだ。まぁ、今回は多野が一緒だったからその相乗効果、ってのもあったように思うけどな。でも一度会社に戻った時に、その話はきちんと俺から切り出す予定だ。……本当にそれが叶ったら、異動の前に多野とオフィスロータープレイ、きちんとやっとかねぇとな。
「真野君」
「んー?」
本日も浮かんでは消えないポワポワ妄想に浸っていると、そんな多野から声が掛かる。気の抜けた返事で顔を上げると、俺が座っている椅子の背もたれに片手を預けたまま、いつになく優しい顔で、多野が俺に笑い掛けていた。
「……お疲れ様です。頑張りましたね」
「なっ。……なんだよ、いきなり」
突然の労いに、俺は当然のように驚く。普段、こうして多野が素直に誰かを褒めるようなことは滅多にない。間違いなく俺はギョッとした顔をしていただろう。けれどそれを不満に思う素振りも見せず、平然と多野は続ける。
「いえ。そういえば、褒める約束をしていたなと思いまして」
「は?し……したっけ、そんなの」
「しましたよ。企画が上手く行ったら、真野君を褒めると。そう、約束しました」
「あ、ああ……そういえば……。でも上手く行ったらって、まだ売上は様子見……んむっ」
「ん……♡」
こっちの手を離れたとは言え、商品の行方自体はまだ半ばだろう、とあれこれ言葉を並べれば、問答無用で唇を押しつけられる。柔らかな感触に甘く啄むような仕草は、嫌々やっているわけじゃないのが繋がった瞬間伝わってきた。時に行動は言動よりも余程雄弁……。それはこれまで何度も多野が見せてきたやり方で、けれど、その行動と言動が一致しているのは滅多にない、とそう思った。
「た、多野」
「真野君の意識が変化したことが、この企画のなによりの成功ですよ。だから、それで、いいんです……っ♡」
「んっ♡た、多野っ♡ぅっ♡」
「今はまゆ、ですよ。たぁくん……っ♡」
「っ……!♡」
念を押すような甘い囁きに、悔しさと嬉しさが湧き上がる。恋愛に関しても最初は右も左も分からず俺に翻弄されるばかりだった多野も、元来の才能と地頭の良さで多くを学び、俺に対してこうして上手に出ることも増えてきた。それは俺にとってまったく都合の悪い展開で。けれど、誰もは無知で無垢なままではいられない。だからこそ、俺と多野はこうして恋人同士になれた。その結果を、その成果を、俺も蔑ろにするわけにはいかない。だから俺も文句を言いつつ、そんなまゆを引き寄せる。
「こ、このっ♡仕事中はサカらねぇって言ってただろ、この間っ♡」
「今日は特別、ですっ♡ん♡んぅ♡特別だからっ♡今日は♡たぁくんの、ために……ッ♡白のガーターベルトも、ちゃんとスーツの下に、着けてきたん、ですよ……っ?♡♡♡」
「ッ……!♡」
耳元で俺好みの白ガーター着用を告げるまゆに疑いようのない煽りを感じた俺は、まゆのケツに手を回して、乱暴に揉みしだく。するとまゆもそれを待っていたようにすぐ向かい合う形で俺の膝の上に乗り、首に両手を回してきた。俺の手付きに合わせて揺れる腰に、深く挿し込まれる舌。まゆが既にスケベな期待でムンムンなのは明白だ。俺は機嫌も良くその耳へ唇を押し当てると、硬くなった自分の股間をまゆのケツに沿わせてみせる。
「まゆ♡このままラブハメすっか♡当然、ガーターにゴムぶら下げるのもセットな♡」
「あ♡だめ♡たぁくん♡両方は、だめっ♡ラブハメなのにガーターゴムッ♡げ♡下品すぎて、だめなのぉ♡」
「んだよ♡下品大好きだろ♡散々ラブハメアクメした後、騎乗位ガニ股スクワットでガーターゴム振りマゾヘコダンスすんの、まゆ、大好きだもんな♡」
「ぁ♡あっ♡たぁくん♡言っちゃ、だめ♡まゆが♡騎乗位マゾヘコダンスだいすき、なの♡言っちゃ、だめぇ……っ♡」
「言うに決まってんだろ♡今日も俺のおちんぽ♡ちゃんと時間掛けてゆっくり挿入しろよ……ッ?♡」
「ほ、ぉ゛ッ♡ぉ♡おちんぽ、だめ♡だ、めぇ♡ゆっくりおちんぽ、挿入ッ♡っお゛♡ら゛め……ッ♡♡♡」
さっきのツンな態度はどこへやら、デレデレトロトロを丸出しにしてドスケベに甘えてくるまゆに、俺は何度も唇を吸い上げながらガーターご開帳♡とベルトへ手を掛ける。椅子に座ったままの対面座位甘ハメは、俺達の得意技だ。今日もまずはその流れで、後から背面座位の全身アクメに洒落込むか……ッ♡
「「!」」
しかしそこに、華麗なノックの音が響き渡り、俺達は硬直する。以前はまったく来訪者がなかったこの場所も、俺達に話をするため、あるいは雑務を頼むために他の社員が訪れることも増えていた。俺達は慌てて飛び退いて距離を取ると、何食わぬ顔で日常を取り繕う。あれから四六時中スケベに興じるようになった俺達は、途中で邪魔が入る頻度も四六時中レベルに増えた。故に、こうしてスケベを中断して平然と対応するのにもすっかり慣れてしまったわけだ。お互い乱れた服装をさりげなく直して、多野がドアの外へ声を掛ける。
「どうぞ」
「あ……真野多野くん!お邪魔します」
それはこの子会社、タクタの責任者であり、社長兼取締役である大麦さんだった。最初にここへ俺達が来た時、書籍部の人に連絡を取ってくれたりと、なにかにつけ親切にして貰った人だ。タクタのスケベ実働部隊が各々好きに性癖をブチかませるように毎度尽力してくれていた、俺にとっては神のような存在の人でもある(と、後で内情を知ってこの人の凄さを知った)。今は買収騒ぎで実権を握ってるお偉いさんに付き合わされて、なにかと振り回されて大変なことになっているようだ。
「ごめんね、ちょっとお客さんが来てて。その、2人に会いたいって話でさ」
「僕達に?お客……?どなたですか?」
「いや、とにかく会えば分かると思う。5番のスタジオに居るから、すぐに行ってくれるかな?」
「? はい……」
詳細を話してくれない大麦さんに俺達は「?」と顔を見合わせて、促されるままスタジオへ向かう。確か5番のスタジオセットは会社の社長室仕様だったか。秘書モノとか下剋上モノとかで良く使われてるやつ……。すぐにスタジオへは辿り着き、ノックをしてドアを開ける。そこには案の定、いかにも社長室ですという佇まいをしたスタジオがあり、その中心にある革張りのソファには、いかにも社長ですという佇まいをした男が脚と腕を組んでデンと座っていた。
「ああ、来たか真野多野。待ちくたびれたぞ」
「?」
俺達を座ったまま悠々と見やり、多野の数千倍不遜で大仰な態度を見せるやたら美形な男に、誰だコイツ、と俺は不審を露わにする。けれど俺の隣にいた多野はぱくぱくと口を開け、信じられない、と言いたげにその男を指差した。
「に、弍王頭龍鶴……ッ!!」
「ええぇぇッ!?こ、こいつがッ!?」
「いかにも!俺こそが弍王頭龍鶴。貴様らをここに招いた立役者だ!」
「「──」」
多野の叫びに俺は驚愕し、その反応を見て満足気にガッハッハと弍王頭は笑う。立役者ではなく戦犯だ、と言いたかった俺のツッコミは、弍王頭の自己肯定感MAXな圧倒的唯我独尊オーラの前にかき消える。ひと目見ただけでも常識外のとんでもない珍獣であることがビンビンに伝わってくる弍王頭の雰囲気に、俺達は企画を部長から仰せつかった時より数万倍顔面を蒼白にして、そっと顔を見合わせた。
「なにをつまらん顔をして見つめ合っている。ノロケか?見せつけか?俺に向かってそんな無礼を働くとはやはり見込みのある奴らだな。残念だがむしろそんな扱い俺にはご褒美。いいから座れ。真野は俺から見て左、多野は俺から見て右の位置だ。絶対に間違うなよ、間違ったら罰ゲームだぞ」
「「──」」
まるで台本でもあるかのようにスラスラと出てくるセリフめいた言葉に、いやその無礼ってなんだ、ご褒美ってなんだ、座り指定ってなんだ、罰ゲームってなんだ、というツッコミが湯水のように湧いては溢れて流れ出ていく。だが従わないわけにもいかず、俺達は無言のままソファへと向かう。ソファの前で弍王頭から見て左、右、どっち?こっち?とお互い混乱で若干ワチャワチャしながらもどうにか腰を下ろせば、まったく楽しそうに弍王頭は俺達を見つめていた。
「……うーん。良いな。以前の雰囲気を残しつつも共有する時間を経たからこその穏やかな距離感に空気感。これこそ俺の求める推しカップル……」
「「っ……?」」
ひとりでブツブツと呟く弍王頭に、一体こいつは何を言っているんだ、と俺は珍獣に辟易した表情を隠さない。既に多野もげんなりとして軽蔑に近い眼差しを弍王頭へと向けている。だがそんなことには一切構わず、弍王頭はようやく、本題らしき話を切り出した。
「おっと、思わず感慨に浸ってしまった。まずはこの話だな。真野多野、例の企画はご苦労だった。無事制作から発売にこぎつけ、それなりに売上も出ているようだな」
「は……はい。売上目標が設定されていなかったため利益の%や売上の推移などをすぐには提示出来ないのですが……」
「良い良い。元々俺があのマニュアルを読みたいがために貴様らへブン投げた企画だ。売上目標などハナから二の次──。とは言え、俺も道楽だけでビジネスをしようと思うほどノータリンではない。そこで貴様らを呼び出したわけだ」
こんな場面でも的確に受け答えをする多野に感心しつつ、「ブン投げた」と悪びれずに言い放つ弍王頭に分かりやすく腹が立つ。叶うなら一発ぶん殴ってやりたい気分……と思えば、その想いが伝わってしまったのか、バチリと弍王頭と目が合った。
「おお、真野拓斗。俺の目に狂いはなかったな。貴様のスケベへの情熱はまったく大したものだ。『タクト』の書いたレビューは粗方見させて貰った。どれも商品に対して真摯に向き合う姿勢に感心したが、特に『生意気秀才くんをトロメス調教♡放課後は先生の専属にゃんこ♡』のレビューは相当な熱量でこちらまで興奮が伝わってきたぞ。トップレビューとして掲載されているのも納得の出来だった」
「ゲッ!?あ、あんたなんでそれ!?」
「俺が名指しで企画を委ねる相手だぞ、予め調査をするのは当然だろう。それら実績があったからこそ俺は貴様を信頼して企画を託そうと思ったんだ」
「は、はぁ……。っ……???」
俺の素性を暴露されつつ褒められるという難易度SSの離れ業に、俺は脳内にクエスチョンマークを無限に出しながら返答する。『タクト』は俺のネットでのレビュアー名だ。エロ系の動画やオナグッズ、スケベ関係はすべてこの名前で統一して、あっちこっちのサイトでレビューを書いている。元々管理能力が最悪なのもあってほとんどはサイトの商品ページに好き勝手書き散らかすやり方で、記事をまとめたブログやらSNSやらはやってないわけだが……コイツ、それいちいち探し出して読んでたってのか。く……狂ってやがる。
「まったく、ここまで好みの男が横に居たのによくこれまで手も出さず耐えていたな。拗らせた自尊心の賜物か?まぁ、だからこそ企画は成功し、貴様もそれなりの成長を見せたわけか。そこは俺も大いに認めている所だ」
「は、はぁ……」
「だが、貴様の無能さを見逃すほど俺が甘くないこともよくよく覚えておけ。貴様のミスは貴様にしっかり拭って貰うぞ、『たぁくん』?」
「「たッ!?!?!?」」
なにやら意味不明な話題を自慢気に独りで話す弍王頭だが、突然の不穏な内容からブッ放された一言ですべては一瞬に崩壊した。……当然だ。なんでこいつが、俺と多野しか知らないその「呼び名」を知っている。お互い、有り得る筈のないヤバさに俺達は揃って絶叫し、先んじて、多野が震える声を吐き出した。
「な、な、なんで。あなたが……っ」
「おお、多野繭人。貴様のポテンシャルも相当だった。ドチョロさにドスケベのハイブリッド、マゾメスの神に愛されているとしか思えない身体・精神的素養……今回の企画の7割は貴様の潜在的なスケベさに助けられていたと言えるな、『まゆ』」
「「ま……ッ!!!!!!」」
怒涛のように繰り出されるもう一つの名前に、俺達はいよいよ絶望を隠さずに断末魔の悲鳴を上げた。どうしてこいつがその名前を知ってるのか理由はさっぱり分からないが、危機感知センサーが特大のエマージェンシーを鳴らしていることだけは理解出来る。だがこちらの反応は想定内だったのか、弍王頭は俺達を見比べて、弾けるように爆笑した。
「ハッハッハ!いい反応だ!それでこそわざわざ俺が出向いてきた甲斐があったというもの。結論から話してやる。まず真野多野、貴様らのここでの行いは、俺の権限により一切を録画・記録させて貰っていた。また貴様らが使用していたPC内のデータもすべて保存済みだ」
「「……」」
乱雑に机へ投げられる小指サイズのマイクロSDカードに、人生でこれ以上絶句したことがあるだろうか、というレベルで俺達は絶句する。ここでの。行いは。一切を。録画。記録。なんだ。つまり。要するに。俺達の。ドスケベの。アレコレは。こいつには。全部。筒抜けだったって。ことか……ッ!?呆気なく弾き出される結論に、頭が理解を全力で拒絶する。いや当然だろ。そんな無茶な話、あるかッ!?
「つまり企画に関して俺に隠し立ては一切通用しない、ということだ。俺はあのマニュアルが制作された『本当』の過程を、貴様ら以外で唯一知っている。つまりどんな嘘も誤魔化しも無意味。真野拓斗、貴様の無能ぶりもな」
「む、無能……っ?」
「ああそうだ。貴様がくだらない独占欲と日和見をしなければ現時点でもあのマニュアルは確実に売上が倍は伸びていた。つまり貴様は商品企画に携わる立場でありながら、自らのエゴでその商品価値を落としたわけだ」
「っ。そ。それ、って……」
「ま、真野君……?」
独占欲と日和見。突き付けられる言葉に、テンパっていた俺は思わず固まって冷や汗を掻く。それはその言葉に該当する心当たりがあったことに加えて、それを発した弍王頭が見世物じみたヤバい猛獣からいきなり殺気ムンムンの経営者に雰囲気を変えたからだ。そこで俺も、この弍王頭って男がただの自己中ボンボンなんじゃなく本当にデカい企業で生きてきた「本物」なのだと思い知った。一瞬に切り替わった空気に口ごもれば、多野も心配そうに俺を見つめてくる。弍王頭が言っているのは、間違いなく俺がレポートの「まゆ」呼びを消して提出するサンプル文を改竄した件だろう。……成程、その件の本当の理由はまだ多野にもバレていない。そこも込みで、俺を言及しつつ脅してるってわけか。
「心当たりはあるようだな?」
「い、一応……」
「反省する意思と謝罪する意思は?」
「っ……あ、あります」
「ならば態度で示せ。今すぐだ」
「すっ……すみません、でした!」
まくし立てるようなやり取りに、俺は速攻で頭を下げた。ここで謝罪しなけりゃ、何をされるのか見当もつかない。ただでさえ動画を撮られて弱味を握られている状態だ、謝罪以外のすべては悪手だろう。その姿勢のまましばらく流れる沈黙に、頭下げるだけじゃ足りなかったか土下座案件か!?と青ざめるものの、勢いしかなかった俺の謝罪を、弍王頭はすぐ……豪快に、笑い飛ばした。
「ハッハッハ!良し、それならこの件は終わりだ。元よりこの企画、そしてマニュアルに関して俺が不満だった点はそこだけだからな。そこを貴様が反省して謝罪をした、と言うのならその点を修正することを貴様も了承した、と捉えて何も問題ない。そうだな、真野拓斗?」
「しゅ。修正?」
「ああ。修正。言質は取ったぞ」
確認のように強くそう言うと、弍王頭はすぐにスマホを取り出して、手早く何かを操作した。謝罪をした時点でもっと強く責め立てられて、責任を追求されるかと思っていた俺にとって、それは一見肩透かしな反応だ。けれど俺はその行動、そして「言質」という単語に新たな嫌な予感で悪寒が走るのを感じた。俺の勘は鈍い。でも、このヤバい珍獣経営者モンスターが相手だと、そんな俺でさえ本能的な勘が著しく働くようだった。そしてその勘を本物だと示すように、快活な笑顔で、弍王頭は俺達へ言い放つ。
「……よし!というわけで、現在をもって例のマニュアルには貴様らを正確なモデルにした『たぁくん♡まゆの特別補講マニュアル』の追加が完了した。これで貴様らのドスケベで濃密な指導マニュアル〈補講編〉が、尊みMAXの追加コンテンツとして全世界に頒布されるというわけだな。ああ問題ない。きちんと『この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません』という金言は入れておいた。加えて一切の責任も特別に俺が負ってやるぞ」
「……は?」
「え……?」
「俺のSNSでも今しがたそのアペンドファイルを大々的に告知をしてやった。過激なゴシップと過剰な炎上と過度な不謹慎を好むタチの悪いフォロワー共を抱えたインフルエンサーである俺の拡散力を、存分に味わうがいいぞ!」
「「……」」
人生でこれ以上絶句したことがあるだろうか、というレベルの絶句を今しがた経験した筈なのに、それ以上の絶句案件が襲い掛かり、いよいよ俺は生きるべきか死ぬべきかを本格的に検討する瀬戸際に立たされた。俺達の痴態が録画されていたどころか、販売したマニュアルに俺達の実名入りファイル(いや実名と言うには大袈裟だが……)が追加された挙げ句、それをこいつのSNSで宣伝された上に拡散。この2分程度の間に起きた情報量が凄まじすぎてまったくついていけない。いや、俺もインフルエンサーに拡散してほしいとは言ったが、こんなやつに拡散されてほしいとはまったく思ってなかったぞ!?多野なんてそのあまりにむごすぎる現実に耐え切れなかったのか、ふらりと俺の膝に倒れ込む始末だ。そうだな、お前の炎上の予言、当たっちまったしな……。
「あッ多野!!お、おい!大丈夫かッ!?」
「だ……駄目です……僕……もう……生きていけない……」
「ハッハッハ!この絶望的な状況でこそ燦然と輝く愛、か──。たまらんな。今まで黙っていて正解だった!」
「……」
俺の膝に蹲り、悲しく肩を震わせる多野をそっと抱き抱える俺──を見て、悪魔か鬼畜か大魔王かと言わんばかりにその様を笑う弍王頭。成程こいつは珍獣でも経営者でもモンスターでもなく、倒すべき諸悪の根源だったか、と俺は世界の真理にようやく気付き、多野が死ぬ前にこいつを殺るしかない、と覚悟を決めた。凶器はあるか、最悪拳、と俺はウロウロ部屋を見回すが、そんな殺意をハナから見透かしていたように、弍王頭は白旗の如く両手を上げた。
「おいおい、今から殺人鬼になります、という目で俺を見るな。そんな目で見られるのは慣れっこだ。まずは俺の話を聞け。本題はここからだからな」
「ほ、本題……ッ?」
「ああ。まず初めに言っておくことだが、俺にはコレをバラ撒く気はない」
「っ」
机に投げていたマイクロSDカードを手に取って、それを弍王頭は顔の横に翳す。『コレ』……つまりは俺達が散々ヤってきたマニュアルの実例動画、か。
「俺は炎上を愛する能動的なトラブルメーカーだが、人をオモチャにする趣味はあっても食い物にする趣味はないからな。そもそもコレは俺の珠玉の動画コレクションに加える目的で秘密裏に撮影したものだ。世間に拡散、なんて勿体ないことをする筈がない」
「ッ……」
「信じていない、という顔だな。安心しろ、今後撮影・録画を行う際は貴様らの了承を取った上で行うつもりだ。まぁ当然、貴様らに拒否権はないがな!」
「いやいやいやなんだそのアホみたいな条件ッ!?マッジでクッソにバッカかッ、おまえ!?」
「ハッハッハ。威勢が良いな」
いよいよ全力で食って掛かる俺に、ケラケラと弍王頭は笑うだけだ。マジのガチギレされてこの態度。コイツ……っ、修羅場に対する場数が違う。こんな態度を取られるなら遠慮するだけ時間の無駄だ。こいつは猛獣で経営者でモンスターで炎上を愛するトラブルメーカーで、つまりはただのバカでアホなイカれたやつだ。こっちだけ大人しくしていてもロクなことにならない。それならもう、思ったことを好きなだけブチ撒けたほうが、精神衛生上良いだろう。
「威勢も良くなるだろ。てめぇみたいなのに黙ってられるか」
「そう言うな。俺がここまで手心を加えるのは滅多にないことだぞ?」
「手心っていうか拷問だけどな?」
「俺の愛情はなにかと誤解されがちなのだ」
「お前の愛情とか要らないけどな?」
「貴様もか。皆揃って同じことを言う」
「てめぇが天災大怪獣だって周りも評価一致してんじゃねぇか……」
「ふむ。天才大怪獣、か。中々いいネーミングセンスだな。使わせて貰うぞ、真野拓斗」
「は?」
意味も意図も不明なくせ、テンポだけはやたら良い会話に弍王頭が更にスマホを操作すれば、そこでようやく息を吹き返したようにゆるりと多野が俺の膝から起き上がった。タイミングが良すぎて弍王頭がスマホで多野を起こしたように見えたのがあまりにシュールだ。
「っ、話は、それだけですか……っ?」
「多野っ!生き返ったかっ」
「こんな人のせいで死ぬのが悔しくなったので……。弍王頭さん。あなたは「本題」をまだ話されていないでしょう?動画を元に僕達を脅す意思がない、というのはあくまで前提であり交換条件です。そうですよね?」
「おお、流石だな多野繭人。いかにも。俺が話したい本題はそこではない」
多野の切り返しに、尚も弍王頭は楽しそうな雰囲気を隠さない。思えばこいつはずっと楽しげだ。自分もその周囲も含め、それを疎ましがられても、迷惑だと断じられても、強制的にすべてを巻き込んで楽しもうとしているような空気がある。いや、それが天災大怪獣なのはその通りなんだが、そういう楽しさを絶対的な自分の正義と価値にして、相手の負の感情も不満も全部抱えて突っ走れるのは、こいつの強さなのかもしれない、と思った。いや、それが天災大怪獣なのは、本当にその通りなんだが……。
「貴様らはこの企画で俺が予想した以上の成果を出した。商品の完成度や価値は勿論だが、それが生まれるに至った過程こそを俺は評価している。つまりは貴様らがそうやって恋人同士になったという過程、そのものだ」
「「……」」
だからこそ、こんな青臭い肯定もこれほど容易く吐けるのかもしれない。俺達は押し黙って、その言葉を受け止める。それが本心から言っているものであり、そもそもこいつが嘘をつかない人種だと言うことを、俺達は直感的に理解していた。こいつからは「俺の言うことはすべて正しいのだから嘘をつく意味がない」とでも言いたげな、尊大過ぎるバカ正直さが肌感で伝わってくる。それならこれも、嘘なんか言っていないんだろう。……いや、それが信用出来るか、好めるかどうかは、まったく別の話なんだが……。
「その素晴らしい過程の末に生まれたものを、終わったままにしておくのは勿体ない──俺はそう思った。つまり……」
「「つまり……??」」
俺と多野の声が揃う。それはつまり、俺達の嫌な予感がもう天井を突破して見えない場所まで昇っている証拠だろう。正直何を言われてももう驚く余力がない。だが、独りでノリノリに楽しそうにしている弍王頭の言葉は待たなければならない。正に拷問。一体どうしてこうなった。いや、結局、俺の人生を賭けたスケベへの執着が、コイツにハマっちまったのが原因だよな……。
「真野多野、いや……たぁくん、まゆッ!貴様らには今からマニュアルの続編を制作して貰う。名付けて──『たぁくん♡まゆのドスケベ指導マニュアルⅡ♡アブノーマル応用編♡』だッ!!!」
「「ッ──」」
ある種予想していた展開に、俺達は揃って頭を抱えた。驚く余力はなかったので、ただ無言で頭を抱えた。マニュアル名の時点で俺達の名前が入ってるのは何の悪夢だ、とか応用編とかアブノーマルって一体なんなんだ、と逐一ツッコミが入るものの、それ以上に無尽蔵の脱力が勝った。当然弍王頭は俺達の反応などまるで気にせず、嬉々として孤独に話を続けている。
「当然今回も貴様らの「実践指導」を元にレポート及びマニュアルを作成して貰う。ただ今回は場所が多岐に渡る予定のため撮影はしない方針だ。文章やイラストも1のマニュアルと同じ作家を使う予定になっている。アペンドファイルの作成に関して俺が直々に貴様らの情報提供を行ったが、こういった制作物は本人同士での擦り合せが何より大切。今後はその辺りも怠らないようにしろよ。ああ、勿論この件は俺が一切のサポートを行う予定だ!安心しろ!」
いや、情報提供ってなんだ……?
つうか安心……。安心ってなんだ……?
安心の定義が俺の中で著しく揺らぐ中、助けを求めるように多野が俺のシャツの袖口を掴んでくる。思わず多野を見やれば、そこにはどうにも潤んだ瞳。それは不安か、心配か。……それとも期待か、興奮か?
でも、けれど、あんなマニュアルを一緒に作った多野となら、また、なんだって出来てしまうような気がした。無茶で。無謀な。あんな企画を。こうして実現までこぎつけた、ドスケベで、無茶苦茶な、俺達なら。
「うむ、仲良き事は美しき哉。よろしく頼むぞ、真野多野♡」
「っ……」
見つめ合う俺達へ何も悪びれることなくニコニコと笑顔を向けてくる弍王頭に、俺も仕方なく腹を括る。どうせ断れる道なんかない。それにこの珍獣で経営者でモンスター以下略の男に見つけられちまった瞬間から、俺の命運はきっと決定していたんだろう。……それなら。
俺は勢い良く立ち上がり、俺へ特大の禍福を連れてきた弍王頭龍鶴を見た。そして今や俺の相棒にして恋人となった多野繭人の手を取った。そしてこうなりゃとことんアブノーマルに応用したドスケベマニュアルを作るまで、とスケベに命を賭ける真野拓斗らしく──大声で、新たな指導の宣言を行った。
「多野ッ……もう背に腹は代えられねぇ!早速会社行って内緒のドキドキ♡ロータープレイだ!!」
「真野拓斗……ッ!流石ッ、それでこそ俺の見込んだ男!!」
「ばっ……ばかですか!?真野君は!ほんとうに!!ばかですかっ!?!?!?」
・
・
・
「ねー浜松。龍鶴のアカ名なんでいきなり『天才大怪獣★龍鶴』になってんの?」
「さぁ?てかやッば!!!たぁまゆ先輩のマニュアルソッコーランキング1位ッ!!!」
「あーあ。……これ、あいつら、これから大変だなぁ……」
俺が覗き込んでいたPCに、多野が横から首を突っ込んでくる。見ているのは配信サイトの売上。すぐにOKを貰えると思っていた甘い見通しの俺を嘲笑うように散々リテイクを繰り返して、一時期はマジで死ぬかと思ったマニュアルの完成版がなんとか無事に発売されて1週間。俺達はまだ子会社のタクタに留まったまま、ここの手伝いや残った雑務なんかを付けながら、そこそこに平穏な日々を過ごしていた。相変わらず社内の評価は底辺な俺と違って多野は会社に戻ることも多いから、ここに居る頻度は前よりも低いけどな。
「ぼちぼち?担当はウチじゃかなり売れてるほうって言ってるけど……」
「それならもう少し様子見でも構わないんじゃないですか?利益目標はあってないようなものですし」
そのマニュアルの売上は、それなり、と言った所だ。最初はランキングの50位以内、今は100位前後をウロウロしている程度。販売元はアダルトじゃ名が知られてるとは言え、まったくの無名が出した書籍にしちゃそこそこ健闘している部類だろう。イラストがついてるとは言え、エロは元々文章弱いしな。
それでも浜松は自腹切って0時の販売と同時に購入したと報告をくれたし、その2時間後には「抜きました!」とシコり報告までしてくれた。新橋先輩も仲間内に紹介してくれて、その内の何人かは有難いことに購入もしてくれたようだ。身内頼りってのも情けないが、そういうとこからの口コミは大事だし、ページ内のレビューもそこそこついてるから、同じレビュアーとして面識のない同志達には頭が上がらない。それにしても痛い文書く自称宇宙人レビュアーやら、ギャル文字駆使する自称女子レビュアーやら、読ませるド長文書いてくる自称小説家レビュアーやら、レビューにやたら濃い面子が多いのは、類は友を呼ぶってやつなんだろうか。こんなカオスなレビュー欄初めて見たぞ。まぁ、感想が多いのは有難いことだが……ついでにこのまま有名レビュアーやインフルエンサーにでも拾われて、うまいこと売上も伸びないもんだろうか。
「まぁ……そうだな。こういうのっていきなり変なトコからバズったりもするし」
「そんな有りもしないチャンスに頼っているから真野君は駄目なんですよ。おかしな炎上商法などに巻き込まれたらどうするんです?」
「炎上?ないない。燃える要素がそもそもねぇだろ。多野の名前だって出すのやめたし」
「そういえばそうでしたね。どうしてサンプルを送った時点で名前を変えたんですか?」
「それは……プライバシーの保護ってやつだろ」
「へぇ。デリカシーのない真野君にしてはきちんと気を回してくれたんですね」
「……。」
いつものような嫌味は気付いているのか、いないのか。俺が独占欲により削除したレポートの「まゆ」の名はきっちり違う名前に差し替えられ、文を担当した作家の手によって指導を行った俺ともども、それはまったく俺達には関与しないフィクションのキャラクターへと変化した。つまり「たぁくん」と「まゆ」は今と変わらず、俺達が恋人モードの時だけに使用する、それだけの呼び名というわけだ。
これまで様々なことがあったが、これで本当に企画は終了。後は販売も管理も、タクタに任せることになる。今はこっちに居るものの、その内多野は会社に戻ることになるだろう。俺は……。もし会社が良いって言うなら、このままこっちに残ろうかと思っている。やっぱり俺は自分が好きだと思うものに関わってるほうが良いみたいだ。まぁ、今回は多野が一緒だったからその相乗効果、ってのもあったように思うけどな。でも一度会社に戻った時に、その話はきちんと俺から切り出す予定だ。……本当にそれが叶ったら、異動の前に多野とオフィスロータープレイ、きちんとやっとかねぇとな。
「真野君」
「んー?」
本日も浮かんでは消えないポワポワ妄想に浸っていると、そんな多野から声が掛かる。気の抜けた返事で顔を上げると、俺が座っている椅子の背もたれに片手を預けたまま、いつになく優しい顔で、多野が俺に笑い掛けていた。
「……お疲れ様です。頑張りましたね」
「なっ。……なんだよ、いきなり」
突然の労いに、俺は当然のように驚く。普段、こうして多野が素直に誰かを褒めるようなことは滅多にない。間違いなく俺はギョッとした顔をしていただろう。けれどそれを不満に思う素振りも見せず、平然と多野は続ける。
「いえ。そういえば、褒める約束をしていたなと思いまして」
「は?し……したっけ、そんなの」
「しましたよ。企画が上手く行ったら、真野君を褒めると。そう、約束しました」
「あ、ああ……そういえば……。でも上手く行ったらって、まだ売上は様子見……んむっ」
「ん……♡」
こっちの手を離れたとは言え、商品の行方自体はまだ半ばだろう、とあれこれ言葉を並べれば、問答無用で唇を押しつけられる。柔らかな感触に甘く啄むような仕草は、嫌々やっているわけじゃないのが繋がった瞬間伝わってきた。時に行動は言動よりも余程雄弁……。それはこれまで何度も多野が見せてきたやり方で、けれど、その行動と言動が一致しているのは滅多にない、とそう思った。
「た、多野」
「真野君の意識が変化したことが、この企画のなによりの成功ですよ。だから、それで、いいんです……っ♡」
「んっ♡た、多野っ♡ぅっ♡」
「今はまゆ、ですよ。たぁくん……っ♡」
「っ……!♡」
念を押すような甘い囁きに、悔しさと嬉しさが湧き上がる。恋愛に関しても最初は右も左も分からず俺に翻弄されるばかりだった多野も、元来の才能と地頭の良さで多くを学び、俺に対してこうして上手に出ることも増えてきた。それは俺にとってまったく都合の悪い展開で。けれど、誰もは無知で無垢なままではいられない。だからこそ、俺と多野はこうして恋人同士になれた。その結果を、その成果を、俺も蔑ろにするわけにはいかない。だから俺も文句を言いつつ、そんなまゆを引き寄せる。
「こ、このっ♡仕事中はサカらねぇって言ってただろ、この間っ♡」
「今日は特別、ですっ♡ん♡んぅ♡特別だからっ♡今日は♡たぁくんの、ために……ッ♡白のガーターベルトも、ちゃんとスーツの下に、着けてきたん、ですよ……っ?♡♡♡」
「ッ……!♡」
耳元で俺好みの白ガーター着用を告げるまゆに疑いようのない煽りを感じた俺は、まゆのケツに手を回して、乱暴に揉みしだく。するとまゆもそれを待っていたようにすぐ向かい合う形で俺の膝の上に乗り、首に両手を回してきた。俺の手付きに合わせて揺れる腰に、深く挿し込まれる舌。まゆが既にスケベな期待でムンムンなのは明白だ。俺は機嫌も良くその耳へ唇を押し当てると、硬くなった自分の股間をまゆのケツに沿わせてみせる。
「まゆ♡このままラブハメすっか♡当然、ガーターにゴムぶら下げるのもセットな♡」
「あ♡だめ♡たぁくん♡両方は、だめっ♡ラブハメなのにガーターゴムッ♡げ♡下品すぎて、だめなのぉ♡」
「んだよ♡下品大好きだろ♡散々ラブハメアクメした後、騎乗位ガニ股スクワットでガーターゴム振りマゾヘコダンスすんの、まゆ、大好きだもんな♡」
「ぁ♡あっ♡たぁくん♡言っちゃ、だめ♡まゆが♡騎乗位マゾヘコダンスだいすき、なの♡言っちゃ、だめぇ……っ♡」
「言うに決まってんだろ♡今日も俺のおちんぽ♡ちゃんと時間掛けてゆっくり挿入しろよ……ッ?♡」
「ほ、ぉ゛ッ♡ぉ♡おちんぽ、だめ♡だ、めぇ♡ゆっくりおちんぽ、挿入ッ♡っお゛♡ら゛め……ッ♡♡♡」
さっきのツンな態度はどこへやら、デレデレトロトロを丸出しにしてドスケベに甘えてくるまゆに、俺は何度も唇を吸い上げながらガーターご開帳♡とベルトへ手を掛ける。椅子に座ったままの対面座位甘ハメは、俺達の得意技だ。今日もまずはその流れで、後から背面座位の全身アクメに洒落込むか……ッ♡
「「!」」
しかしそこに、華麗なノックの音が響き渡り、俺達は硬直する。以前はまったく来訪者がなかったこの場所も、俺達に話をするため、あるいは雑務を頼むために他の社員が訪れることも増えていた。俺達は慌てて飛び退いて距離を取ると、何食わぬ顔で日常を取り繕う。あれから四六時中スケベに興じるようになった俺達は、途中で邪魔が入る頻度も四六時中レベルに増えた。故に、こうしてスケベを中断して平然と対応するのにもすっかり慣れてしまったわけだ。お互い乱れた服装をさりげなく直して、多野がドアの外へ声を掛ける。
「どうぞ」
「あ……真野多野くん!お邪魔します」
それはこの子会社、タクタの責任者であり、社長兼取締役である大麦さんだった。最初にここへ俺達が来た時、書籍部の人に連絡を取ってくれたりと、なにかにつけ親切にして貰った人だ。タクタのスケベ実働部隊が各々好きに性癖をブチかませるように毎度尽力してくれていた、俺にとっては神のような存在の人でもある(と、後で内情を知ってこの人の凄さを知った)。今は買収騒ぎで実権を握ってるお偉いさんに付き合わされて、なにかと振り回されて大変なことになっているようだ。
「ごめんね、ちょっとお客さんが来てて。その、2人に会いたいって話でさ」
「僕達に?お客……?どなたですか?」
「いや、とにかく会えば分かると思う。5番のスタジオに居るから、すぐに行ってくれるかな?」
「? はい……」
詳細を話してくれない大麦さんに俺達は「?」と顔を見合わせて、促されるままスタジオへ向かう。確か5番のスタジオセットは会社の社長室仕様だったか。秘書モノとか下剋上モノとかで良く使われてるやつ……。すぐにスタジオへは辿り着き、ノックをしてドアを開ける。そこには案の定、いかにも社長室ですという佇まいをしたスタジオがあり、その中心にある革張りのソファには、いかにも社長ですという佇まいをした男が脚と腕を組んでデンと座っていた。
「ああ、来たか真野多野。待ちくたびれたぞ」
「?」
俺達を座ったまま悠々と見やり、多野の数千倍不遜で大仰な態度を見せるやたら美形な男に、誰だコイツ、と俺は不審を露わにする。けれど俺の隣にいた多野はぱくぱくと口を開け、信じられない、と言いたげにその男を指差した。
「に、弍王頭龍鶴……ッ!!」
「ええぇぇッ!?こ、こいつがッ!?」
「いかにも!俺こそが弍王頭龍鶴。貴様らをここに招いた立役者だ!」
「「──」」
多野の叫びに俺は驚愕し、その反応を見て満足気にガッハッハと弍王頭は笑う。立役者ではなく戦犯だ、と言いたかった俺のツッコミは、弍王頭の自己肯定感MAXな圧倒的唯我独尊オーラの前にかき消える。ひと目見ただけでも常識外のとんでもない珍獣であることがビンビンに伝わってくる弍王頭の雰囲気に、俺達は企画を部長から仰せつかった時より数万倍顔面を蒼白にして、そっと顔を見合わせた。
「なにをつまらん顔をして見つめ合っている。ノロケか?見せつけか?俺に向かってそんな無礼を働くとはやはり見込みのある奴らだな。残念だがむしろそんな扱い俺にはご褒美。いいから座れ。真野は俺から見て左、多野は俺から見て右の位置だ。絶対に間違うなよ、間違ったら罰ゲームだぞ」
「「──」」
まるで台本でもあるかのようにスラスラと出てくるセリフめいた言葉に、いやその無礼ってなんだ、ご褒美ってなんだ、座り指定ってなんだ、罰ゲームってなんだ、というツッコミが湯水のように湧いては溢れて流れ出ていく。だが従わないわけにもいかず、俺達は無言のままソファへと向かう。ソファの前で弍王頭から見て左、右、どっち?こっち?とお互い混乱で若干ワチャワチャしながらもどうにか腰を下ろせば、まったく楽しそうに弍王頭は俺達を見つめていた。
「……うーん。良いな。以前の雰囲気を残しつつも共有する時間を経たからこその穏やかな距離感に空気感。これこそ俺の求める推しカップル……」
「「っ……?」」
ひとりでブツブツと呟く弍王頭に、一体こいつは何を言っているんだ、と俺は珍獣に辟易した表情を隠さない。既に多野もげんなりとして軽蔑に近い眼差しを弍王頭へと向けている。だがそんなことには一切構わず、弍王頭はようやく、本題らしき話を切り出した。
「おっと、思わず感慨に浸ってしまった。まずはこの話だな。真野多野、例の企画はご苦労だった。無事制作から発売にこぎつけ、それなりに売上も出ているようだな」
「は……はい。売上目標が設定されていなかったため利益の%や売上の推移などをすぐには提示出来ないのですが……」
「良い良い。元々俺があのマニュアルを読みたいがために貴様らへブン投げた企画だ。売上目標などハナから二の次──。とは言え、俺も道楽だけでビジネスをしようと思うほどノータリンではない。そこで貴様らを呼び出したわけだ」
こんな場面でも的確に受け答えをする多野に感心しつつ、「ブン投げた」と悪びれずに言い放つ弍王頭に分かりやすく腹が立つ。叶うなら一発ぶん殴ってやりたい気分……と思えば、その想いが伝わってしまったのか、バチリと弍王頭と目が合った。
「おお、真野拓斗。俺の目に狂いはなかったな。貴様のスケベへの情熱はまったく大したものだ。『タクト』の書いたレビューは粗方見させて貰った。どれも商品に対して真摯に向き合う姿勢に感心したが、特に『生意気秀才くんをトロメス調教♡放課後は先生の専属にゃんこ♡』のレビューは相当な熱量でこちらまで興奮が伝わってきたぞ。トップレビューとして掲載されているのも納得の出来だった」
「ゲッ!?あ、あんたなんでそれ!?」
「俺が名指しで企画を委ねる相手だぞ、予め調査をするのは当然だろう。それら実績があったからこそ俺は貴様を信頼して企画を託そうと思ったんだ」
「は、はぁ……。っ……???」
俺の素性を暴露されつつ褒められるという難易度SSの離れ業に、俺は脳内にクエスチョンマークを無限に出しながら返答する。『タクト』は俺のネットでのレビュアー名だ。エロ系の動画やオナグッズ、スケベ関係はすべてこの名前で統一して、あっちこっちのサイトでレビューを書いている。元々管理能力が最悪なのもあってほとんどはサイトの商品ページに好き勝手書き散らかすやり方で、記事をまとめたブログやらSNSやらはやってないわけだが……コイツ、それいちいち探し出して読んでたってのか。く……狂ってやがる。
「まったく、ここまで好みの男が横に居たのによくこれまで手も出さず耐えていたな。拗らせた自尊心の賜物か?まぁ、だからこそ企画は成功し、貴様もそれなりの成長を見せたわけか。そこは俺も大いに認めている所だ」
「は、はぁ……」
「だが、貴様の無能さを見逃すほど俺が甘くないこともよくよく覚えておけ。貴様のミスは貴様にしっかり拭って貰うぞ、『たぁくん』?」
「「たッ!?!?!?」」
なにやら意味不明な話題を自慢気に独りで話す弍王頭だが、突然の不穏な内容からブッ放された一言ですべては一瞬に崩壊した。……当然だ。なんでこいつが、俺と多野しか知らないその「呼び名」を知っている。お互い、有り得る筈のないヤバさに俺達は揃って絶叫し、先んじて、多野が震える声を吐き出した。
「な、な、なんで。あなたが……っ」
「おお、多野繭人。貴様のポテンシャルも相当だった。ドチョロさにドスケベのハイブリッド、マゾメスの神に愛されているとしか思えない身体・精神的素養……今回の企画の7割は貴様の潜在的なスケベさに助けられていたと言えるな、『まゆ』」
「「ま……ッ!!!!!!」」
怒涛のように繰り出されるもう一つの名前に、俺達はいよいよ絶望を隠さずに断末魔の悲鳴を上げた。どうしてこいつがその名前を知ってるのか理由はさっぱり分からないが、危機感知センサーが特大のエマージェンシーを鳴らしていることだけは理解出来る。だがこちらの反応は想定内だったのか、弍王頭は俺達を見比べて、弾けるように爆笑した。
「ハッハッハ!いい反応だ!それでこそわざわざ俺が出向いてきた甲斐があったというもの。結論から話してやる。まず真野多野、貴様らのここでの行いは、俺の権限により一切を録画・記録させて貰っていた。また貴様らが使用していたPC内のデータもすべて保存済みだ」
「「……」」
乱雑に机へ投げられる小指サイズのマイクロSDカードに、人生でこれ以上絶句したことがあるだろうか、というレベルで俺達は絶句する。ここでの。行いは。一切を。録画。記録。なんだ。つまり。要するに。俺達の。ドスケベの。アレコレは。こいつには。全部。筒抜けだったって。ことか……ッ!?呆気なく弾き出される結論に、頭が理解を全力で拒絶する。いや当然だろ。そんな無茶な話、あるかッ!?
「つまり企画に関して俺に隠し立ては一切通用しない、ということだ。俺はあのマニュアルが制作された『本当』の過程を、貴様ら以外で唯一知っている。つまりどんな嘘も誤魔化しも無意味。真野拓斗、貴様の無能ぶりもな」
「む、無能……っ?」
「ああそうだ。貴様がくだらない独占欲と日和見をしなければ現時点でもあのマニュアルは確実に売上が倍は伸びていた。つまり貴様は商品企画に携わる立場でありながら、自らのエゴでその商品価値を落としたわけだ」
「っ。そ。それ、って……」
「ま、真野君……?」
独占欲と日和見。突き付けられる言葉に、テンパっていた俺は思わず固まって冷や汗を掻く。それはその言葉に該当する心当たりがあったことに加えて、それを発した弍王頭が見世物じみたヤバい猛獣からいきなり殺気ムンムンの経営者に雰囲気を変えたからだ。そこで俺も、この弍王頭って男がただの自己中ボンボンなんじゃなく本当にデカい企業で生きてきた「本物」なのだと思い知った。一瞬に切り替わった空気に口ごもれば、多野も心配そうに俺を見つめてくる。弍王頭が言っているのは、間違いなく俺がレポートの「まゆ」呼びを消して提出するサンプル文を改竄した件だろう。……成程、その件の本当の理由はまだ多野にもバレていない。そこも込みで、俺を言及しつつ脅してるってわけか。
「心当たりはあるようだな?」
「い、一応……」
「反省する意思と謝罪する意思は?」
「っ……あ、あります」
「ならば態度で示せ。今すぐだ」
「すっ……すみません、でした!」
まくし立てるようなやり取りに、俺は速攻で頭を下げた。ここで謝罪しなけりゃ、何をされるのか見当もつかない。ただでさえ動画を撮られて弱味を握られている状態だ、謝罪以外のすべては悪手だろう。その姿勢のまましばらく流れる沈黙に、頭下げるだけじゃ足りなかったか土下座案件か!?と青ざめるものの、勢いしかなかった俺の謝罪を、弍王頭はすぐ……豪快に、笑い飛ばした。
「ハッハッハ!良し、それならこの件は終わりだ。元よりこの企画、そしてマニュアルに関して俺が不満だった点はそこだけだからな。そこを貴様が反省して謝罪をした、と言うのならその点を修正することを貴様も了承した、と捉えて何も問題ない。そうだな、真野拓斗?」
「しゅ。修正?」
「ああ。修正。言質は取ったぞ」
確認のように強くそう言うと、弍王頭はすぐにスマホを取り出して、手早く何かを操作した。謝罪をした時点でもっと強く責め立てられて、責任を追求されるかと思っていた俺にとって、それは一見肩透かしな反応だ。けれど俺はその行動、そして「言質」という単語に新たな嫌な予感で悪寒が走るのを感じた。俺の勘は鈍い。でも、このヤバい珍獣経営者モンスターが相手だと、そんな俺でさえ本能的な勘が著しく働くようだった。そしてその勘を本物だと示すように、快活な笑顔で、弍王頭は俺達へ言い放つ。
「……よし!というわけで、現在をもって例のマニュアルには貴様らを正確なモデルにした『たぁくん♡まゆの特別補講マニュアル』の追加が完了した。これで貴様らのドスケベで濃密な指導マニュアル〈補講編〉が、尊みMAXの追加コンテンツとして全世界に頒布されるというわけだな。ああ問題ない。きちんと『この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません』という金言は入れておいた。加えて一切の責任も特別に俺が負ってやるぞ」
「……は?」
「え……?」
「俺のSNSでも今しがたそのアペンドファイルを大々的に告知をしてやった。過激なゴシップと過剰な炎上と過度な不謹慎を好むタチの悪いフォロワー共を抱えたインフルエンサーである俺の拡散力を、存分に味わうがいいぞ!」
「「……」」
人生でこれ以上絶句したことがあるだろうか、というレベルの絶句を今しがた経験した筈なのに、それ以上の絶句案件が襲い掛かり、いよいよ俺は生きるべきか死ぬべきかを本格的に検討する瀬戸際に立たされた。俺達の痴態が録画されていたどころか、販売したマニュアルに俺達の実名入りファイル(いや実名と言うには大袈裟だが……)が追加された挙げ句、それをこいつのSNSで宣伝された上に拡散。この2分程度の間に起きた情報量が凄まじすぎてまったくついていけない。いや、俺もインフルエンサーに拡散してほしいとは言ったが、こんなやつに拡散されてほしいとはまったく思ってなかったぞ!?多野なんてそのあまりにむごすぎる現実に耐え切れなかったのか、ふらりと俺の膝に倒れ込む始末だ。そうだな、お前の炎上の予言、当たっちまったしな……。
「あッ多野!!お、おい!大丈夫かッ!?」
「だ……駄目です……僕……もう……生きていけない……」
「ハッハッハ!この絶望的な状況でこそ燦然と輝く愛、か──。たまらんな。今まで黙っていて正解だった!」
「……」
俺の膝に蹲り、悲しく肩を震わせる多野をそっと抱き抱える俺──を見て、悪魔か鬼畜か大魔王かと言わんばかりにその様を笑う弍王頭。成程こいつは珍獣でも経営者でもモンスターでもなく、倒すべき諸悪の根源だったか、と俺は世界の真理にようやく気付き、多野が死ぬ前にこいつを殺るしかない、と覚悟を決めた。凶器はあるか、最悪拳、と俺はウロウロ部屋を見回すが、そんな殺意をハナから見透かしていたように、弍王頭は白旗の如く両手を上げた。
「おいおい、今から殺人鬼になります、という目で俺を見るな。そんな目で見られるのは慣れっこだ。まずは俺の話を聞け。本題はここからだからな」
「ほ、本題……ッ?」
「ああ。まず初めに言っておくことだが、俺にはコレをバラ撒く気はない」
「っ」
机に投げていたマイクロSDカードを手に取って、それを弍王頭は顔の横に翳す。『コレ』……つまりは俺達が散々ヤってきたマニュアルの実例動画、か。
「俺は炎上を愛する能動的なトラブルメーカーだが、人をオモチャにする趣味はあっても食い物にする趣味はないからな。そもそもコレは俺の珠玉の動画コレクションに加える目的で秘密裏に撮影したものだ。世間に拡散、なんて勿体ないことをする筈がない」
「ッ……」
「信じていない、という顔だな。安心しろ、今後撮影・録画を行う際は貴様らの了承を取った上で行うつもりだ。まぁ当然、貴様らに拒否権はないがな!」
「いやいやいやなんだそのアホみたいな条件ッ!?マッジでクッソにバッカかッ、おまえ!?」
「ハッハッハ。威勢が良いな」
いよいよ全力で食って掛かる俺に、ケラケラと弍王頭は笑うだけだ。マジのガチギレされてこの態度。コイツ……っ、修羅場に対する場数が違う。こんな態度を取られるなら遠慮するだけ時間の無駄だ。こいつは猛獣で経営者でモンスターで炎上を愛するトラブルメーカーで、つまりはただのバカでアホなイカれたやつだ。こっちだけ大人しくしていてもロクなことにならない。それならもう、思ったことを好きなだけブチ撒けたほうが、精神衛生上良いだろう。
「威勢も良くなるだろ。てめぇみたいなのに黙ってられるか」
「そう言うな。俺がここまで手心を加えるのは滅多にないことだぞ?」
「手心っていうか拷問だけどな?」
「俺の愛情はなにかと誤解されがちなのだ」
「お前の愛情とか要らないけどな?」
「貴様もか。皆揃って同じことを言う」
「てめぇが天災大怪獣だって周りも評価一致してんじゃねぇか……」
「ふむ。天才大怪獣、か。中々いいネーミングセンスだな。使わせて貰うぞ、真野拓斗」
「は?」
意味も意図も不明なくせ、テンポだけはやたら良い会話に弍王頭が更にスマホを操作すれば、そこでようやく息を吹き返したようにゆるりと多野が俺の膝から起き上がった。タイミングが良すぎて弍王頭がスマホで多野を起こしたように見えたのがあまりにシュールだ。
「っ、話は、それだけですか……っ?」
「多野っ!生き返ったかっ」
「こんな人のせいで死ぬのが悔しくなったので……。弍王頭さん。あなたは「本題」をまだ話されていないでしょう?動画を元に僕達を脅す意思がない、というのはあくまで前提であり交換条件です。そうですよね?」
「おお、流石だな多野繭人。いかにも。俺が話したい本題はそこではない」
多野の切り返しに、尚も弍王頭は楽しそうな雰囲気を隠さない。思えばこいつはずっと楽しげだ。自分もその周囲も含め、それを疎ましがられても、迷惑だと断じられても、強制的にすべてを巻き込んで楽しもうとしているような空気がある。いや、それが天災大怪獣なのはその通りなんだが、そういう楽しさを絶対的な自分の正義と価値にして、相手の負の感情も不満も全部抱えて突っ走れるのは、こいつの強さなのかもしれない、と思った。いや、それが天災大怪獣なのは、本当にその通りなんだが……。
「貴様らはこの企画で俺が予想した以上の成果を出した。商品の完成度や価値は勿論だが、それが生まれるに至った過程こそを俺は評価している。つまりは貴様らがそうやって恋人同士になったという過程、そのものだ」
「「……」」
だからこそ、こんな青臭い肯定もこれほど容易く吐けるのかもしれない。俺達は押し黙って、その言葉を受け止める。それが本心から言っているものであり、そもそもこいつが嘘をつかない人種だと言うことを、俺達は直感的に理解していた。こいつからは「俺の言うことはすべて正しいのだから嘘をつく意味がない」とでも言いたげな、尊大過ぎるバカ正直さが肌感で伝わってくる。それならこれも、嘘なんか言っていないんだろう。……いや、それが信用出来るか、好めるかどうかは、まったく別の話なんだが……。
「その素晴らしい過程の末に生まれたものを、終わったままにしておくのは勿体ない──俺はそう思った。つまり……」
「「つまり……??」」
俺と多野の声が揃う。それはつまり、俺達の嫌な予感がもう天井を突破して見えない場所まで昇っている証拠だろう。正直何を言われてももう驚く余力がない。だが、独りでノリノリに楽しそうにしている弍王頭の言葉は待たなければならない。正に拷問。一体どうしてこうなった。いや、結局、俺の人生を賭けたスケベへの執着が、コイツにハマっちまったのが原因だよな……。
「真野多野、いや……たぁくん、まゆッ!貴様らには今からマニュアルの続編を制作して貰う。名付けて──『たぁくん♡まゆのドスケベ指導マニュアルⅡ♡アブノーマル応用編♡』だッ!!!」
「「ッ──」」
ある種予想していた展開に、俺達は揃って頭を抱えた。驚く余力はなかったので、ただ無言で頭を抱えた。マニュアル名の時点で俺達の名前が入ってるのは何の悪夢だ、とか応用編とかアブノーマルって一体なんなんだ、と逐一ツッコミが入るものの、それ以上に無尽蔵の脱力が勝った。当然弍王頭は俺達の反応などまるで気にせず、嬉々として孤独に話を続けている。
「当然今回も貴様らの「実践指導」を元にレポート及びマニュアルを作成して貰う。ただ今回は場所が多岐に渡る予定のため撮影はしない方針だ。文章やイラストも1のマニュアルと同じ作家を使う予定になっている。アペンドファイルの作成に関して俺が直々に貴様らの情報提供を行ったが、こういった制作物は本人同士での擦り合せが何より大切。今後はその辺りも怠らないようにしろよ。ああ、勿論この件は俺が一切のサポートを行う予定だ!安心しろ!」
いや、情報提供ってなんだ……?
つうか安心……。安心ってなんだ……?
安心の定義が俺の中で著しく揺らぐ中、助けを求めるように多野が俺のシャツの袖口を掴んでくる。思わず多野を見やれば、そこにはどうにも潤んだ瞳。それは不安か、心配か。……それとも期待か、興奮か?
でも、けれど、あんなマニュアルを一緒に作った多野となら、また、なんだって出来てしまうような気がした。無茶で。無謀な。あんな企画を。こうして実現までこぎつけた、ドスケベで、無茶苦茶な、俺達なら。
「うむ、仲良き事は美しき哉。よろしく頼むぞ、真野多野♡」
「っ……」
見つめ合う俺達へ何も悪びれることなくニコニコと笑顔を向けてくる弍王頭に、俺も仕方なく腹を括る。どうせ断れる道なんかない。それにこの珍獣で経営者でモンスター以下略の男に見つけられちまった瞬間から、俺の命運はきっと決定していたんだろう。……それなら。
俺は勢い良く立ち上がり、俺へ特大の禍福を連れてきた弍王頭龍鶴を見た。そして今や俺の相棒にして恋人となった多野繭人の手を取った。そしてこうなりゃとことんアブノーマルに応用したドスケベマニュアルを作るまで、とスケベに命を賭ける真野拓斗らしく──大声で、新たな指導の宣言を行った。
「多野ッ……もう背に腹は代えられねぇ!早速会社行って内緒のドキドキ♡ロータープレイだ!!」
「真野拓斗……ッ!流石ッ、それでこそ俺の見込んだ男!!」
「ばっ……ばかですか!?真野君は!ほんとうに!!ばかですかっ!?!?!?」
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「さぁ?てかやッば!!!たぁまゆ先輩のマニュアルソッコーランキング1位ッ!!!」
「あーあ。……これ、あいつら、これから大変だなぁ……」
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