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舌
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夢のようで。
悪夢のようで。
それは狂っているからこそ正常を保てていたような一瞬で。
目が醒めて、朝が来ても、昨日のすべては、俺の中に凝っていた。
起き上がる。壁を見る。塞がれた穴を見る。
これは恙無い毎日だろうか。わからない。
音はない。なにも隣からは、聞こえない。
仕事へ行く。仕事が終わる。
家へ帰り、鍵を開け、玄関を上がり、部屋へ入る。
コンコン。コンコン。
……俺を待っていたように、音がする。
「──」
無言のままそっと「穴」を開く。またオモチャの挿入ったスケベな尻が、俺を迎えるんだろうか。そう思っていた向こう側には、尻ではなく「口」があった。ちょうど穴へと宛てがうよう、縦長に開いた口から、舌がねとりと伸びている。並びの良い歯。桃色の口腔。舌は長く、薄かった。
何故か尻の時よりも淫猥さが増したように感じる光景は、その口がオナホのように見えるせいかもしれない。部屋の壁に空いた穴から覗く、舌を伸ばして開いた口。壁オナホとしては間違いなく、完璧な部類だろう。
「ぁ……♡」
俺の帰りを待っていたとしか思えないタイミングで漏れ出るか細い声は、変わらずに低く濁っている。けれどいつもよりどこかあどけない、期待の雑じって湿った音色が、俺のおかしな場所を疼かせた。不思議だった。初めてこの相手へ、「可愛さ」というものを感じたからだ。
尻ではなく口。
俺が前回望んだ五感と同じ部位を提示してきた相手が、なんだかやたら健気に思えてしまった。昨日あれほど好き勝手に扱った身体へそんなことを感じるなんて心底意外だ。けれど事実そう思ったのだから仕方なかった。理性は感情に勝れない。どう足掻いても、それが俺の現実だ。
「ぁ~……ッ♡」
「ッ……♡」
俺が動かないことへ焦れたのか、口を開けたまま強請るようにチロチロと動く舌。またチンポを欲しがってるんだろうか。それとも別のものが欲しいのか。どちらにせよ相手がこうして自ら部位を差し出した時点で、やはり主導権は俺にある。
……それなら。
「ぁ、ふッ♡」
俺は静かに手を伸ばして、ツ、と指でその舌へと触れた。そのまま指で舌をなぞっていければ、ざらついた薄い舌は紅く光って、俺の指へ反応するように淡くヒクつく。俺のチンポを躊躇いもなく咥えた口。俺のチンポを躊躇いもなく舐めた舌。俺のチンポを最大限感じさせて、射精させた小さな口腔。
「んぁ♡ぁ♡ふぁ……ッ♡」
それを褒めそやすように爪で軽く舌を掻けば、嬉しげに吐息が漏れる。その声にキュウっと腹の奥が疼いて、再び俺の感情をせり上げた。指を2本に増やして舌の上へ置くと、俺の望みを察したように舌が曲がって指を舐め、まるでフェラをするように口が窄まって俺の指をちゅぱちゅぱとしゃぶっていく。
それは前回の再現。
この口がどうやって俺のチンポをねぶっていたのかを俺の視界へ示す、明確な情景描写だ。
「ん、ぶッ♡ふ♡ぅ゛♡」
表面を舐めながら、舌ですくい取るように指の曲線を吸い上げられる。壁のせいで動けないからか前後のストロークはないものの、その射精を促す動きは正しく俺にしていた必死の愛撫を思い出させた。本当にこいつはこうやって俺のチンポをフェラしていたんだと伝わる、ひとつの加減も手抜きもない動きに、俺の感情は益々高まっていく。
「ン!♡」
指を咥え直そうと口が開いた隙を狙って、舌を掴む。そのまま捕らえて、自由を奪うように、緩く引っ張る。
「ぁ♡ぁ゛、ふ♡ぅあッ♡」
引っ張るたびに声が漏れる。いやらしい声が拡がっていく。逃げる様子はない。アナルビーズを引っ張っていた時も、引っ張るたびにこんな声を出していたんだろうか。或いはこれも再現の一端なのか。口を閉じられないせいではぁ、はぁ、と漏れ出る息が俺の指を撫でて、皮膚がゆっくり湿っていく。開いたままで口に溜まっていく唾液が、舌の内側で淀んだ湖になる。
「……」
口。唇。肌。
舌。唾。息。
すべてがこの男を、構成する一部。
「ぁ、ぁ、ぁ~……ッ♡ン゛、ふッ!?♡」
「ン、ぅ……ッ♡」
その事実を眺めているとどうしても指だけでは抑えられなくなって、俺は舌を指から離すと、衝動のままにその唇へと口づけた。口を開いたままだったから最初は歯で舌を食んで、キスの意思を示してから吸い付いた。
声を漏らして一瞬だけ固まったそこはそれでも俺を受け入れるようにまた窄まり、舌を絡めながらゆっくりと、動き始める。
「ふッ♡ふぅ゛♡ぅ゛♡ンぅ゛ッ♡」
「ン♡んッ♡んぅ゛ッ♡」
舌の動きはぎこちなく、フェラと同じようにキスにも慣れていないのが如実に伝わってくる。けれどそれが良かった。相手の不器用で下手糞で、けれど夢中でついてくる動きは俺の奥を尚も柔らかく擽って、更に口づけを深くする。
「んぅ♡ふっ♡ふぅ゛ッ♡」
「ん゛ッ♡ふぁ♡ぁ、ん゛ッ♡」
壁で爪を掻く。無意識に、相手を求める俺が居る。壁を隔てて、空いた穴だけを媒介にして、顔を合わせることも言葉を交わすこともなく、チンポを見せ、尻を見せ、口を見せ、キスをする。その行為の歪さは俺たちそのものを表しているようで、だからこそ、まったく「正しい」。けれどそんな正しさを振り切るほどの感情を示すように、俺の爪は何度も壁を掻き続ける。この壁を、この隔たりを、今すぐにでも消し去りたいと願うように。
「ぁ゛♡ふ、ぁ……ッ♡」
キスが離れ、唇が離れる。舌から唾液が伸びて、少しだけ糸を引いて切れる。はぁ、はぁ、と濡れた呼吸に、俺はじっと、穴を見つめる。口。唇。最初よりも開いていない、そして最初よりも距離が離れて乱れたそれは、相手がオナホなんかじゃなく生きているという証拠だ。
『こいつ』が。
『壁越し』に居る。
──その、証だ。
「……」
俺はそっと身を退いた。そしてコンコン、と浅く壁を叩いた。こいつが今まで、そうしてきたように。そしてスマホで短い文を打って、その画面を穴へと翳した。
お前が俺の部屋へ、この小さな穴を空けたように。
俺もお前の部屋のそれを、開けたいと願いながら。
『そこに行きたい』
悪夢のようで。
それは狂っているからこそ正常を保てていたような一瞬で。
目が醒めて、朝が来ても、昨日のすべては、俺の中に凝っていた。
起き上がる。壁を見る。塞がれた穴を見る。
これは恙無い毎日だろうか。わからない。
音はない。なにも隣からは、聞こえない。
仕事へ行く。仕事が終わる。
家へ帰り、鍵を開け、玄関を上がり、部屋へ入る。
コンコン。コンコン。
……俺を待っていたように、音がする。
「──」
無言のままそっと「穴」を開く。またオモチャの挿入ったスケベな尻が、俺を迎えるんだろうか。そう思っていた向こう側には、尻ではなく「口」があった。ちょうど穴へと宛てがうよう、縦長に開いた口から、舌がねとりと伸びている。並びの良い歯。桃色の口腔。舌は長く、薄かった。
何故か尻の時よりも淫猥さが増したように感じる光景は、その口がオナホのように見えるせいかもしれない。部屋の壁に空いた穴から覗く、舌を伸ばして開いた口。壁オナホとしては間違いなく、完璧な部類だろう。
「ぁ……♡」
俺の帰りを待っていたとしか思えないタイミングで漏れ出るか細い声は、変わらずに低く濁っている。けれどいつもよりどこかあどけない、期待の雑じって湿った音色が、俺のおかしな場所を疼かせた。不思議だった。初めてこの相手へ、「可愛さ」というものを感じたからだ。
尻ではなく口。
俺が前回望んだ五感と同じ部位を提示してきた相手が、なんだかやたら健気に思えてしまった。昨日あれほど好き勝手に扱った身体へそんなことを感じるなんて心底意外だ。けれど事実そう思ったのだから仕方なかった。理性は感情に勝れない。どう足掻いても、それが俺の現実だ。
「ぁ~……ッ♡」
「ッ……♡」
俺が動かないことへ焦れたのか、口を開けたまま強請るようにチロチロと動く舌。またチンポを欲しがってるんだろうか。それとも別のものが欲しいのか。どちらにせよ相手がこうして自ら部位を差し出した時点で、やはり主導権は俺にある。
……それなら。
「ぁ、ふッ♡」
俺は静かに手を伸ばして、ツ、と指でその舌へと触れた。そのまま指で舌をなぞっていければ、ざらついた薄い舌は紅く光って、俺の指へ反応するように淡くヒクつく。俺のチンポを躊躇いもなく咥えた口。俺のチンポを躊躇いもなく舐めた舌。俺のチンポを最大限感じさせて、射精させた小さな口腔。
「んぁ♡ぁ♡ふぁ……ッ♡」
それを褒めそやすように爪で軽く舌を掻けば、嬉しげに吐息が漏れる。その声にキュウっと腹の奥が疼いて、再び俺の感情をせり上げた。指を2本に増やして舌の上へ置くと、俺の望みを察したように舌が曲がって指を舐め、まるでフェラをするように口が窄まって俺の指をちゅぱちゅぱとしゃぶっていく。
それは前回の再現。
この口がどうやって俺のチンポをねぶっていたのかを俺の視界へ示す、明確な情景描写だ。
「ん、ぶッ♡ふ♡ぅ゛♡」
表面を舐めながら、舌ですくい取るように指の曲線を吸い上げられる。壁のせいで動けないからか前後のストロークはないものの、その射精を促す動きは正しく俺にしていた必死の愛撫を思い出させた。本当にこいつはこうやって俺のチンポをフェラしていたんだと伝わる、ひとつの加減も手抜きもない動きに、俺の感情は益々高まっていく。
「ン!♡」
指を咥え直そうと口が開いた隙を狙って、舌を掴む。そのまま捕らえて、自由を奪うように、緩く引っ張る。
「ぁ♡ぁ゛、ふ♡ぅあッ♡」
引っ張るたびに声が漏れる。いやらしい声が拡がっていく。逃げる様子はない。アナルビーズを引っ張っていた時も、引っ張るたびにこんな声を出していたんだろうか。或いはこれも再現の一端なのか。口を閉じられないせいではぁ、はぁ、と漏れ出る息が俺の指を撫でて、皮膚がゆっくり湿っていく。開いたままで口に溜まっていく唾液が、舌の内側で淀んだ湖になる。
「……」
口。唇。肌。
舌。唾。息。
すべてがこの男を、構成する一部。
「ぁ、ぁ、ぁ~……ッ♡ン゛、ふッ!?♡」
「ン、ぅ……ッ♡」
その事実を眺めているとどうしても指だけでは抑えられなくなって、俺は舌を指から離すと、衝動のままにその唇へと口づけた。口を開いたままだったから最初は歯で舌を食んで、キスの意思を示してから吸い付いた。
声を漏らして一瞬だけ固まったそこはそれでも俺を受け入れるようにまた窄まり、舌を絡めながらゆっくりと、動き始める。
「ふッ♡ふぅ゛♡ぅ゛♡ンぅ゛ッ♡」
「ン♡んッ♡んぅ゛ッ♡」
舌の動きはぎこちなく、フェラと同じようにキスにも慣れていないのが如実に伝わってくる。けれどそれが良かった。相手の不器用で下手糞で、けれど夢中でついてくる動きは俺の奥を尚も柔らかく擽って、更に口づけを深くする。
「んぅ♡ふっ♡ふぅ゛ッ♡」
「ん゛ッ♡ふぁ♡ぁ、ん゛ッ♡」
壁で爪を掻く。無意識に、相手を求める俺が居る。壁を隔てて、空いた穴だけを媒介にして、顔を合わせることも言葉を交わすこともなく、チンポを見せ、尻を見せ、口を見せ、キスをする。その行為の歪さは俺たちそのものを表しているようで、だからこそ、まったく「正しい」。けれどそんな正しさを振り切るほどの感情を示すように、俺の爪は何度も壁を掻き続ける。この壁を、この隔たりを、今すぐにでも消し去りたいと願うように。
「ぁ゛♡ふ、ぁ……ッ♡」
キスが離れ、唇が離れる。舌から唾液が伸びて、少しだけ糸を引いて切れる。はぁ、はぁ、と濡れた呼吸に、俺はじっと、穴を見つめる。口。唇。最初よりも開いていない、そして最初よりも距離が離れて乱れたそれは、相手がオナホなんかじゃなく生きているという証拠だ。
『こいつ』が。
『壁越し』に居る。
──その、証だ。
「……」
俺はそっと身を退いた。そしてコンコン、と浅く壁を叩いた。こいつが今まで、そうしてきたように。そしてスマホで短い文を打って、その画面を穴へと翳した。
お前が俺の部屋へ、この小さな穴を空けたように。
俺もお前の部屋のそれを、開けたいと願いながら。
『そこに行きたい』
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