上 下
49 / 52

46話《トゥルーエンド》

しおりを挟む
『んじゃ!俺らがめでたくお付き合いすんのは──お前がトゥルーエンドを、終えてからだッ!』
『は……ハイッ!』

 現実世界へ戻って、数日。
 無事両想いだと知ったりょうからそんな司令を受けた俺は、ついにエンエレのトゥルーエンドルートを進めることになった。
 まさかりょうからエーテルーフくんの約束と似たようなことを言われるなんて。でもこれも導きみたいなものなのかもしれない。好きな子と推しの子。両方から……こんなにも近しいことを望まれたんだから。

「よいしょ」

 トリップが終わった日から、エンエレは一度も起動していない。すぐに彼らと再会したらわんわん泣いちゃいそうで、なんとなく、起動するのを躊躇っていた。でも……俺は向き合わなきゃいけない。知らなきゃならない。この『エント‥エレメント』という物語の終わりを。開発者さんが、そこに籠めた想いを。
 ゲーム機をTVに繋いで起動すると、すぐにゲームが起動する。
 りょうがゲーム内にトリップしたあの日、同じように流れた画面。でももう、ゲームは新規に開始されることはない。俺は出てくるメニュー画面に「つづきから」を選んで、しゃんちゃんが見つけてきてくれた「ハジメ」のデータを再開する。

『やぁ、ハジメ』
「……久しぶり、エーテルーフくん」

 そこに映されるのは、エーテルーフくん。
 俺が一目惚れをして、四人の賢者さんを攻略してようやく会えた、エーテルの守護者。そして……エント‥エレメントのすべてを握る存在だ。
 ゲームの中のエーテルーフくんは立ち絵で表情差分があるだけで、俺が目の前で見ていたように豊かな変化をしない。でも画面越しのエーテルーフくんも俺にとっては間違いのない「ほんもの」で、彼を見ているだけでも、結局、涙が滲んだ。

『それでは行こう。この世界を知るための旅へ。ボク自身を──知るための旅へ』

 トゥルーエンドルートは、エーテルーフくんからメタフィクションの真実を聞かされた後、彼と一緒にエターニアを周ることで進行する。
 このルートで描かれるのは、 ゲームの中の造られた世界であるエターニア、そして『エント‥エレメント』というゲームの中の『システム』として独りで生きてきたエーテルーフくんの苦悩だ。
 そのシステムのために「造られた」自分自身を理解していても、毎回リセットを繰り返して世界をやり直して、『はじめ』へと戻る過程に、エーテルーフくんは納得しつつも空虚な気持ちを抱いていた。

 ──『この行為に、なんの意味があるんだろう』、と。

 それを問い掛けられるのは「プレイヤー」だ。いま、画面の目の前で、彼と対峙している「俺自身」。
 そこで『来訪者』は『来訪者』ではなくなる。「ゲームプレイヤー」として、「フィクション」を体験する者として、エーテルーフくんと対話をすることになる。彼の疑問に、彼なりの答えを出すために、彼を手助けすることになる。
 それが、エターニアを巡るこの旅だ。
 
『キミ達はどうして彼らと仮想の恋をする?架空の彼らに想いを寄せる?それは虚構。何も遺らない、一方的で利己的な搾取に過ぎないだろう?』
→「それでも彼らと交流することに意味はある」
 「愛を追体験するのに虚構も現実も関係ない」

 世界を巡る途中。ゲームの中でも相変わらず俺へ情熱的に求愛してきたサラマンダーさんと話した後に、そう問われる。
 現実。虚構。フィクション。キャラクター。ゲーム。プレイヤー。
 エーテルーフくんの質問はこんな風にどれもリアリスティックで辛辣だ。まるで開発者さんから直接問われているみたい。
 「このゲームをプレイする意味はなに?」って。
 俺は「それでも彼らと交流することに意味はある」を選ぶ。このゲームの中、その世界で出逢ってきた彼らを透かすように。例えそれが事実搾取と呼ばれるものだったとしても……彼らから受け取れるものはある。それを、彼へ示すように。

『そうか。それがキミの答え。ボクの選択への導……』

 でもこの選択ひとつひとつが、エーテルーフくん自身の『選択』へ繋がってゆく。エーテルーフくん自身が、答えを『選ぶ』ことに繋がっていく。
 それがこのゲームの肝。
 ゲームの中の仮想の存在が、プレイヤーの行動と返答によって自ら自分自身の最後を『選択』するのが、『エント‥エレメント』の最も大事な部分。
 ノアくんが言っていた「キングさまが与えた自由」っていうのは、きっとこのことなんだろう。すべてを強制される、常に役割を強いられるキャラクターが、ひとときに得る『自由』。開発者さんが示した、例えプログラムやシナリオであったとしても示した、キャラクターへ捧げた『自由』。
 それはキャラクターへの『祝福』で。
 ある種ひとつの『贈り物』でもある。
 ちっぽけで。取るに足らない。あまりにもささやかで……一方的な。

『ハジメ。キャラクターはどこまでもヒトの道具であり代替品だ。それは真理で、ボクの中でも揺らぐことのない真実であり続けるだろう』
『だが、現実とフィクションは不可侵で不相互だ。だからこそヒトは必死でそこへ手を伸ばし、ボクらに祈りを託し、ボクらを生み出す。親となり、ボクらをフィクションの世界へ産み落とす』
『架空の懐胎と出産はそれでも現実の痛みを伴い、ボクらは名前とカタチを与えられ、その痛みの具現体として存在を持ち、フィクションの世界に根ざし続ける。実存の代わりに永遠の残存を手に入れ、永遠に誰かの心へ存在し続ける。それは、キャラクターでしか為せない役割。ヒトでは決して不可能な到達点だ』
『その立場を。役割を。ボクは決して、不幸ではないと感じた。不幸なだけの存在ではないと感じた。それはキミとの旅……キミの答えによってボク自身が感じたことだ』
『幸と不幸は表裏にある。それはシステムとしてのボクであっても、決して変わりがないだろう。今のボクにも幸いはあり、それはこのボクでしか享受出来ない。だがボクは、キミが居たからこそそれを『観測』出来た。他者によって、初めて露わになる価値観があるのだと──キミと出逢ってボクは、初めて知ることが出来たんだ』
『ボクはこの世界の全てを知っていた。だが何も知らなかったのだと、キミに出逢って、この世界へ直に触れて気づいた。全てを知ることは全能でも王者でもない。ただ傍観者であるだけ。決して、当事者にはなれないんだ』
『ボクは『エント‥エレメント』を愛している。ボクなりに、とても大切な存在だと想っている。だからこそ、ボクはエント‥エレメントの当事者でありたい。内部に生きるものとして、キミたちに観測される立場でありたいんだ』
『キャラクターは世界へ閉ざされる代わりに永遠を得る。キミ達の愛を、観測を得る。ボクは──その全てを、このエターニアで享受したい』
『ボクはヒトではない。人間にはなれない。キミのような実存を得ることは出来ない。だからこそ──ボクは、選びたい。キミが居たからこそ、ボクは己の叡智を、己の無知を、己の欲望を、己の愛情を知ることが出来た。ここを愛しているのだと気づいた。エターニアを愛していると。ここで、彼らと、キミ達に眼差されながら、生きてゆきたいと──』
『だから……ハジメ。』
『ボクは、選択したい。』
『ボクだけの答えを。ボクだけの──生き方を。』
『ボクは、この、エターニアで。』
『……キャラクターとして、存在して、いたい。』

 そしてエーテルーフくんは選ぶ。
 『システム』としての自らを、「終える」ことを選ぶ。
 自らに与えられた役割を手放して、開発者さんの管理から離れることを望む。
 親の元から子が去るように。
 自らが望む将来を、選択するように。
 きっとそうだ。
 きっと……どんな「キャラクター」だって、そうなんだ。
 フィクションを創り上げるのはひとで。
 キャラクターを生み出すのもひとで。
 けれど、フィクションという世界そのものを、形にして維持していくのはキャラクターそのものなんだろう。
 役割を決められながらも、立場を強いられながらも、世界へ委ねられた時点で彼らは創った人々の手を離れて、自由に、豊かに、その世界の中で生きてゆく。
 このエーテルーフくんのように。
 このエーテルーフくんが……自ら「役割」を離れて、自分自身の望みを獲得するように。
 それを俺達は『観測』するだけだ。
 エーテルーフくんが言うように。こうやって。ゲームやマンガ、アニメや小説、さまざまな媒体を通して。その答えを、眺めるだけ。
 でもその『観測』の瞬間だけ、『存在』は確固たるものになる。
 自由に生きるキャラクター。
 それをただ観測する人々。
 現実とフィクション。
 キャラとひと。
 どちらもあってはじめて……フィクションは「存在」という幻想を獲得することができる。
 このシーンは、この選択はきっと、それを示すものなんだろう。
 それこそが『祝福』。
 俺が。『来訪者』が。
 俺という、ゲームプレイヤーという、人間が。
 キャラクターを自ら選んだきみへと贈る──紛れもない、『祝福』。

『口づけてくれ、ハジメ。ボクのために。ボクだけの、ために。』
→キスをする
 キスをしない

 この願いも、エーテルーフくんの願いであったらいい。開発者さんが考えたものじゃなく。俺が出逢ったエーテルーフくんが、このエーテルーフくんに託した、そんな願いであったらいい。
 俺は「キスをする」を選んで、彼に愛を捧げる。
 的夬利りょうではなく。
 『来訪者』のリョウとして。
 彼の答えを導く。
 このエターニアの中で唯一、キャラと関われる……ちっぽけな人間として。

『……ハジメ、ありがとう。ボクの答え。その答えは──。』

 エーテルーフくんは答えを選ぶ。俺が連れたその道筋、俺が答えたその言葉を抱いて、彼だけの答えを選ぶ。
 それを確かに、俺だけへの宣誓にする。
 他の誰にも語られない、ただ無垢な愛の誓い。
 そこに在るのは感謝。笑顔。
 それを見て、ああ、彼の感謝はこんなにも重かったんだ、とそう思う。

「……うん。俺も。ありがとう……エーテルーフくん。」

 俺は言う。
 かつてエーテルーフくんから受け取った言葉を、ここに還す。
 この世界に出逢えてよかった。
 きみに出逢えてよかった。
 リョウが、きみと、恋を育めてよかった。

「──。」

 エーテルーフくんが消えていく。
 俺が出逢ったエーテルーフくんが消えてゆく。
 エーテルーフくん自身が選んだ『おわり』は、この物語の終わり。
 真っ暗な画面にエンドロールが流れて、一番最後に、画面の右端に『了.』という文字が浮かび上がる。

「ああ……。」

 そこで俺は気づく。
 エーテルーフくんは、エント‥エレメントの中で『はじめ』と『おわり』を掌る存在だったんだって。
 そして俺達が、その象徴だったんだって。
 それはただの偶然。
 あるいはすべてが、最初から定められていた必然。
 でも……だけど、だからこそ。
 俺達が、この世界へ入ることを「選ばれた」のかもしれない、って。
 そんなことを、俺は思う。

「ふふ……あはは……っ」

 自然と笑みがこぼれてきた。
 涙だってこぼれてきた。
 でもそれは悲しいからじゃなくて。
 さみしいからでもなくて。
 はじめから終わりまでぜんぶ……決められていたわけじゃ、なくて。
 俺が、俺達が、自分の手でそのはじまりと終わりを選べた、ただその「実感」から生まれるものだった。
 俺達はトリップという大事件に巻き込まれた中で、確かに俺達だけの物語を選んで導いたんだって──。
 それをどこまでも、確信したからだった。

 ありがとう。
 ありがとう、エターニアのみんな。
 ありがとう、エント‥エレメント。
 俺達に物語を選ばせてくれて。
 結末を導かせてくれて。

 ──ああ。
 ──ほんとうに、ありがとう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

乙女ゲームが俺のせいでバグだらけになった件について

はかまる
BL
異世界転生配属係の神様に間違えて何の関係もない乙女ゲームの悪役令状ポジションに転生させられた元男子高校生が、世界がバグだらけになった世界で頑張る話。

処理中です...