【完結!】すきおし↪だぶる↩とりっぷ

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33話《『開発室』》

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 ──開発室。
 蔵書舎を下って下って、やっと辿り着いた扉の向こう──ノアくんに願われて訪れたそこは、紛うことなき開発室だった。
 トリップする前は何度も画面越しに見てきた景色。画面からでも香ってきそうな埃臭い空気もまったくそのままで、どれだけ再現度が高いんだって笑いたくなってくる。なにしろ古臭くて分厚いパソコンだってそのまま。俺が生まれる前に作られたんじゃないかってレベルの、昔の時代のアイコンみたいな形のそれは、この世界ではノアくんのマシンのようだった。

「な……何、ここ?こんな場所が、蔵書舎の地下に……?」
「見たことねぇモンばっかだな。しかもここは一切元素を感じねぇ。なんなんだ?ここは」
「なんでぇ゙……ッ?なんで、賢者どもがここにいるワケぇぇ゙~……ッ!?はじめくん、どういうことおぉぉ゙~~……っ!?」

 きょろきょろと不審げに辺りを見回すサラマンダーさんシルフさんと、それを見て明らかに動揺して怒った様子のノアくん。ノアくんは「ひとりで来て」って言ったんだから、この光景に驚くのは当然だろう。この様子だと、俺をここで待ってたのかな。元々、どんなことを頼むつもりだったんだろう?

「俺がいいって言ったんです。今までずっと賢者さんたちに助けられてきたのに……俺がひとりで来るのは、卑怯だって思ったから」
「ひ、卑怯ってぇ゙……ッ。見たらわかるだろぉ゙~……ッ!?ここは世界の根幹ッ。限られた存在しか入れない、キングさまの絶対的な管理空間……ッ。「キャラ」如きが気安く入っていい場所じゃないんだよぉ゙ぉ゙~~……ッ!!!」

 鬼気迫った様子で俺を睨んで、絶叫するノアくん……。ゲーム内でノアくんとはNPC司書として絡む程度だったから、俺としてはそんなに印象に残らなかった子だけど……この言い方を聞くに、実際(?)にはかなり過激な思想みたいだ。「キングさま」なんて言ってるし、しゃんちゃんへの忠誠心もかなり高いみたい。
 だけど、ここまで来て俺だって引き下がれない。これからなにが起こっても、俺が決めた選択に責任を持つって決めたんだから。

「俺も、まさかここに繋がってるなんて思ってなかったけど……でも、関係ないよ!キャラとかヒトとか、そんなのただのこっち側の区別でしかないもん!ここに居る以上、全員がエターニアの関係者でしょ?それならみんなで協力すべきだよっ!」
「んあ゙ぁ゙ぁ゙~~~~~ッ!はじめくん、エン‥エレの主義主張丸無視ぃ……!あの至高のトゥルーエンド、ちゃんと解釈したのぉ゙~~~~ッ……!?」
「してない!だって俺、まだトゥルーエンド迎えてないし!!」
「そ、そ、そうだったぁぁ゙゙゙゙~~~~~!!!!」

 俺の今更覆せない実体験に、ノアくんは勝手に完全論破。頭を抱えて椅子から崩れ落ちると、そのまま蹲ってごろごろと転がり始める。なんだか既視感……などと思いながらも黙ってその姿を見守っていると、痺れを切らしたようにサラマンダーさんが一歩前に進み出た。

「オイ、ノア。とにかくこのことを説明しろ。この部屋もさっきのお前の発言も、何一つ理解出来ねぇ。知ってることがあるならとにかく吐け」
「ううぅ゙~……!」

 現状がわからないことに苛立っているのか、ノアくんを見下ろして脅すような態度をとるサラマンダーさん。でもノアくんも転がったままサラマンダーさんを威嚇して、まったく退く様子を見せない。まさに一触即発の雰囲気に、俺は慌てて間に割って入る。

「ま、待って!俺でもわかる範囲なら、説明するからっ!ええっとね、とりあえず……ええと……どこから話そうかな……?」

 勢い勇んで話を止めたものの、いざ自分が説明をしようとするとどこから話したらいいものか悩んでしまう。ええと、この世界がゲームってこと?それともトリップのこと?先にエーテルーフくんのことかな?あっ、でもそれならやっぱり先にゲームのことを説明しなくちゃいけないし……。

「え、え~っと……その、ええっと……ちょ、ちょっと待ってね……」

 うーんうーんと唸りながら頭の中で必死に内容を纏めていると、ゥゥゥゥ~と後ろから低い唸り声が響いてくる。

「ちょっとぉ゙、はじめくん゙……ッ!?!?」

 そこには、相変わらずごろごろと転がり、帆立ぬいを齧りながら俺を刺すような視線で見つめ続けているノアくんの姿。だけどその怒りは、俺の下手くそすぎる対応によって別のエネルギーへ置換されたようだった。

「自分から言ったクセになにそのドヘッタクソな準備ぃぃぃ゙~……!」
「ご、ごめん。いざ説明しようと思うと難しくて……」
「責任とるとか言ってたのに、ドショボすぎないぃ゙~……!?」
「ご、ごめん。ちょっと、勢いもあったかも……」
「勢いで、そういう大事な役割に、ドショボが立候補するわけぇ゙~……!?」
「ご、ごめん……。」
「君みたいな部外者にハンパなこと言われるぐらいなら僕が説明するぅ゙~……!はじめくんに説明されたら、僕の怒りでそっこぉ゙エターニアが崩壊するぅ゙~……!」
「ご、ごめん。よ……よろしく、お願いします。」

 ねちねちと繰り返される文句にごめんごめんと平謝りを繰り返すと、ようやくごろごろ転がりを止めてノアくんは起き上がった。そしてガジガジと帆立ぬいを噛みながら、改めて椅子へと戻る。

「この世界は「エターニア」ぁ゙……。端的に言えば、「ゲーム内」の世界ぃぃ゙~……」

 絶えず帆立のぬいぐるみをガジガジしたまま説明を始めるノアくん。その声にはなんとも言えない嫌らしさが残っているけど、さすがはこの蔵書舎の敏腕司書。その説明は驚くくらいに伝わりやすいものだった。
 エターニアが『エント‥エレメント』というゲームの中の世界であること。その内部のプログラムでバグが起きてゲーム内の「異変」が起き始めたこと。それによってりょうとエーテルーフくんのトリップが起きたこと。りょうのトリップによって世界のバグが加速したこと。このままだと「強制リセット」が起きてしまうこと。そのために俺とエーテルーフくんがゲーム内へトリップしてきたこと。
 これまでのいきさつを丁寧かつわかりやすく、それでいて適度にかいつまんで話してくれたノアくんの手腕はさすがと言える。まぁ、それでも俺達に刺々しい態度は一切変わらなかったんだけど……。

「──以上゙~……。説明は、これぐらいぃ゙~……。」
「……成程。正直内容は飲みねぇし信じられねぇが……俺達に詳細が伝えらなかった理由は、理解出来たな」
「私は納得よ。これまでの違和感も全部解決。ここが外部から管理された世界なら、私達が問題に直接関われないのも無理ないわ」
「あ……受け入れてくれるん、ですね?」

 説明を聞いても、意外と冷静な二人に俺は驚いてしまう。こんな途方もない話を聞いたら、もっと動揺するか混乱するかと思っていたのに。

「辻褄は合うからな。それに、お前が言ってたことも理解出来た」
「えっ?」
「ここへ来る前に話してただろう。俺の選択。俺の意志。そこに、お前は随分価値を見出していた。それが不思議だったが……この事実を、知ってたからなんだな」
「あ……。……はい。黙っていて……すみません」
「いや、良いんだ。確かに簡単に説明出来る内容じゃねぇからな。いきなりここへ来たっていうお前には、判断が難しかっただろう」
「ぅ」

 ぽすん、と頭に置かれる手。その笑みは、俺を安心させてくれるようだ。

「とにかく、一度飲み込んでやろう。嘘だって突っぱねた所で問題が解決するわけでもねぇ。それなら一回受け入れて、策を練ったほうが賢明だ」
「そうね……状況が判ればその分対応も出来る。思考停止してる暇なんて無いものね」
「そ、そっか。うん。……そう、ですよね」

 いかにも賢者らしい、この世界のことを第一に考えた思考。これだけでも『賢者』という立場がゲーム内でもとても重大な扱いをされているのがわかる。そうじゃなきゃ、キャラクターそれぞれの自我が独立した状態でここまで危機意識を高くもっねエターニアを第一に考えられるはずがない。

「だが……それにしてもふざけた話だな。造られた存在だからって、ハナから部外者扱いか?舐められてるにも程があるだろ」
「実際ガチの部外者なんだから部外者なことに文句言われてもぉ゙~……。今の、キャラが関わってる状況のほうが、よっぽどイレギュラーなワケだからぁ゙~……」
「あぁ゙?」
「あぁ゙~?」

 とはいえ、明らかに納得していないサラマンダーさんと、明らかに喧嘩腰のノアくんの睨み合いは絶えない。まさかこんな揉め方をするなんて……俺は慌ててもう一度二人の間に入る。

「だ、だからダメだってば!ノアくんもあんまり賢者さん達を敵視しないでよっ。二人を独断でここへ連れてきたのは俺なんだから、俺はともかく、二人とは冷静に話をしようよっ!」
「でもさぁ゙~……ッ。ここはキングさまとエーテルーフだけの、聖地とも言える場所なのにぃ゙~……!ただのキャラクターごときが秘密を知った上で好き勝手振る舞うとかぁ゙、マジ、地雷すぎてぇ゙~~~……!」
「あら……。ノア、随分言うじゃない?」

 最早帆立ぬいを歯で引きちぎるんじゃないかって勢いで苛立ちを露わにするノアくんに、今度はシルフさんが前へ出る。一見涼しい顔をしているけど、そこから滲み出ているのは、圧倒的な、嫌悪感と敵対心……っ!!!

「君は「キャラクター」を随分嫌ってるようだけど。もう一人の『来訪者』としてここへ来たハジメくんには、この世界の異変が直接視える訳じゃないんでしょう?それはつまり、君が崇拝してる開発者さんは「フィクション」という範疇に於いてはエターニアと私達という賢者のキャラクターをきちんと尊重してくれているということよ。一方的に私達を嫌うのは結構だけど、それが本当に「キング様」のお考えなのか、君自身も一度きちんと「解釈」したほうが宜しいんじゃないのかしら?」
「なにぃ゙~……!?」
「おらおら、だから喧嘩すんなって。お前も意外と大人気ねぇな、シルフ」
「あら。だって先に喧嘩売ってきたのはノアでしょ?」
「違いねぇ。一発殴っとくか?」
「おぉ゙ッ?やるかぁ゙~……っ!?僕は今更キャラども協力する気なんて、更々ない゙からなぁ゙~~~~……ッ!?」
「あ、あわわ……!」

 どう見てもこの世界じゃ歴戦の猛者でしかない賢者さん達を相手に、一切怯まずぬいぐるみを握りしめた細い腕を振り上げるノアくん。こ、これじゃ本当に殴り合いの喧嘩になりかねない。この世界のメタフィクション要素を受け入れられなくて賢者の二人が暴れるならともかく、まさかNPCvsキャラの構図でこんな争いが勃発するとは思わなかった。恐るべしダークホース……ノアくん!

「ちょ、ちょっと待って!一旦落ち着いてっ!正直、俺にはわかんないよ。キャラとか、人間とかさ、そこを、区別するなんて……。もちろんこのゲームでそこがすごく大事だっていうのはわかるけど、でも今ここに居る俺にはどっちがどっちかなんて全然判断がつかないんだ。みんな生きてて、世界を守ろうと思ってる。俺にとって大事なのはそこだけだよっ!」
「でも、ノアはそうじゃないようだしね。全然納得してる様子ないわよ?こんな調子で協力、出来る?」
「正直俺だってノアの言い分は気に食わねぇ。ここまで敵視されんなら、一回やり合ったほうが話が早ぇだろ」
「僕だって君らのことは最初から気に食わなかったんだけどぉ゙~……ッ!?そもそも強制リセット自体、僕は全然賛成だしぃ゙~……ッ!?」
「えっ!?そうなのぉ!?」
「トーゼンでしょお゙、僕にはりょうのデータもエターニアもどぉでもいいんだからさぁ゙~……ッ!あくまでキングさまのご意思だから僕も従ってたけど、はじめくんが勝手なことするなら、僕も協力なんてするつもりないからねぇぇ゙~~~~……ッ!?」
「どっちみちハジメが気に食わねぇってんならやるしかねぇな。俺はこいつの力になるって決めたんだからよ」
「いやいやいやッ、ちょっと……!」

 まさしく一触即発の空気。
 俺には到底止められない、険悪な空気……だけど。

「ちょ……ちょっと待ってください……ッ!!」
「! ディーネ……っ!?」

 ──そこに現れたのは、水の賢者。
 この世界のもうひとつの問題にして、りょうの願いの終着点。
 エターニアそのものを護ろうと、そうしゃんちゃんに思わせるに至ったそのひとり、ウンディーネさんが……息を荒げて、開発室の前に、立っていた。


【EX‥TIPS】
・ゲーム内の『開発室』はおまけの『開発室』とは独立した存在で、別物として扱われる。あくまでゲーム内で開発しゃんやエーテルーフ、NPCキャラが作業などをするための部屋。
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