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32話《皆で……。皆で一緒に!》

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「──ここが最下層か?」
「そうみたいね。私もこんな所まで降りるのは初めて。中層はかなり元素が濃かったけど……ここまで降りると逆に澄んでいるのね。ハジメくん、大丈夫?」
「う、うん。二人が守ってくれたお陰か全然苦しくなかったよ。途中、いろいろしてたけど……二人こそ大丈夫?」
「ありゃ結界だ。基本的に賢者一人じゃ解けない仕様になってるようだったからな。こいつと協力したわけだ」
「君、性格に負けず劣らず術の扱いが派手よねぇ。もう少し繊細にやりなさい?」
「元素は恋人と同じだろ。派手に、大胆に扱って然るべきだ」
「あらあら……情熱的ねぇ」

 俺の両隣からポンポンと会話を続けるサラマンダーさんとシルフさん。ここを降りた時から二人はずっとこんな調子だ。軽いけど遠慮がない様子は、やっぱり元々の性格だけじゃなく仲の良さも影響しているように思える。それにしてもほんと恋愛に関しては一貫してるな、サラマンダーさん……。

「さて。この奥まで行けば部屋があるはずよ。ハジメくん、行ってらっしゃい」
「あ?ハジメ独りで行かせるのか?」
「だって独りで行け、って言われたらしいじゃない。それなのに私達まで無理矢理押し入るのは流石に野暮でしょう?」
「だがここまでエスコートしてやったんなら、最後まで付き合うのが筋ってもんだろ?」

 ……とは言え、仲が良くてもいつもその意見が一致してる、ってわけじゃないようだ。

「もういいじゃないの。ここまで来るのだって普通は中々出来ることじゃないんだから。我欲ばっかり通してないで少しは我慢なさい。本当に、欲しいものに対しては抑えがきかないんだから……」
「先に関わってきたのはハジメのほうだぞ?その責任を最後まで負うのは当然だろう」
「あっ。た、確かに話が中途半端なままだったのは謝ります!だけどその、今はこっちを優先させなくちゃいけなくて……!」
「それは判ってる。ただどうしてそこに俺が同行しちゃ不味いのか、って聞いてんだ。賢者が世界の問題に介入出来ないなんて、それこそどうかしてるだろ。そのほうが異常事態じゃねぇか」
「あのねぇ……サラマンダー。賢者の地位や能力だって万能なわけじゃないのよ?権限を与えられていても、私達にはそれぞれ治めるべき領分がある。だから賢者は一人じゃなくて四人なんじゃないの。そこを履き違えちゃ駄目じゃない」
「それなら俺達四人を頼りゃいい。どうしていきなり現れたはずのハジメにそれを任せる?異変が起きてから解せねぇことばっかりだ。まるで俺達に不都合な部分を隠してるみたいにな」
「……」

 不都合な部分。その言葉にどきりとする。実際、現状はその通りとしか言いようがないからだ。俺も。エーテルーフくんも。しゃんちゃんも。恐らく……りょうだって。四人に、この世界のいちばん重要な部分は話していないはずだ。つまりそれを隠したまま、俺達はここで立ち回って、この世界を保存することになる。
 ここに来るまではそのやり方になんの疑問も持ってなかったけど……でも。こうやってサラマンダーさんの話を聞くと、それでいいのかな、と立ち止まってしまうのも事実だ。そしてその想いは、シルフさんもそう変わりがないようで……。

「……それは、私だって感じてる。何もかもが突然で、不可解で、原因不明だもの。でも、その解決策をハジメくんが握っているのなら、それを頼ることも必要よ。何もかもを賢者だけで解決出来ると思うのは、多大な驕りに他ならないもの」
「お前は風の賢者らしいな、シルフ。委ねて流されるがまま、何かを他者に託すのが苦にならねぇんだろう。だがな、俺はそうじゃねぇ。その地位も力もあるのに、除け者にされるなんて我慢がならねぇんだ。賢者と来訪者、互いが在っての本当の『祝福』だろうが。それをどうしてよりによって、こんな非常事態に来訪者だけの手に任せちまうんだよ。納得出来るはずがねぇ」
「……。」

 ……確かに、そうだ。
 少なくとも賢者さんたちとのルートでは、必ずお互いがお互いに感化されて、二人の力を合わせる形で結ばれていた。エターニアの中の賢者。現実からトリップしてきた来訪者。その異なる世界のふたりの価値観が擦り合わさって寄り添って、お互いを大切な存在だと、認識してゆく。
 それが賢者と来訪者の、エターニアでの関係性。俺も実際にゲームの中で体験してきた、とても尊い関係性だ。それなら俺もそれを汲んであげたい。いま、実際ここに居る来訪者として。そんな関係を、賢者さんたちと築けたら、と思ってしまう。ここに。目の前に居るひとたちを無視して。身勝手に。独りよがりに。世界を救う気になんて……なれない。

「さ……サラマンダーさん。」
「あ?」
「シルフさんも。一緒に、奥へ、行きましょう?」
「え?」
「……どういうことだ?」
「サラマンダーさんの言う通りだって思ったんです。この世界は元々、ここに生きる人達のものです。そのために、サラマンダーさんやシルフさん、ウンディーネさんやノームくん……賢者さん達は頑張ってきた。それなのに、こんな時になって、それを無視されちゃうなんて……それって……なんだか、おかしいなって。俺も、感じたんです」

 自分の中に生じた矛盾と、自分の中に生まれた意志を伝えると。心配そうに、シルフさんが俺へ歩み寄る。

「でもノアからはひとりで、って言われているんでしょう?それなのに……いいの?私達のことを優先したら、ハジメくんにも、この世界にも、良くない影響があるんじゃないかしら?」
「……。」

 そうかもしれない。少なくとも、ノアくんには迷惑を掛けてしまうだろう。だけど……だからそれでいいんだと、そう思いたくはない。

「だけど……でも……。賢者さんたちが納得できないまま、この問題が解決されてしまうのは違うなって俺も思うから。それで世界が救われても、個人個人が、本当に救われたことにはならないと思うから……」

「それなら、ちゃんと、一緒に、頑張りたいんです。だってサラマンダーさんだって、シルフさんだって、この世界をなんとかしたいって思ってるんだから。それなら二人とちゃんと協力して、ちゃんと胸を張って、『来訪者』としてここを守りたいって、俺はそう思うんです」

 そうだ。この事件が起こってからなにもできなかった俺が、なにかしたいと思って、そう覚悟を決めてここへ来た。この世界を助けたい。みんなを助けたい。りょうを、助けたい。それなら目の前のみんなの気持ちをちゃんと掬うことだって、ここへ来た俺だからこそできる、とても大切なことだろう。
 それなら……俺は、逃げたくない。
 自分が信じたように……行動、したい。

「だからっ……俺が、責任、負いますからっ!だから!みんなで!一緒に!行きましょうっ!!」

 むしろこっちからお願いをするように深く頭を下げると、その頭をぐっと強く掴まれる。えっ、これこのままアタマ潰される!?と一瞬本気で血が引くものの、その手は俺の頭を柔らかく、まるで慈しむように、ゆっくりと撫でる仕草に変わる。暖かくて、巨きくて、限りなく、天まで燃え上がってゆく炎のような熱。火の元素を擁する、この上ない熱量の説得力に、俺は驚いて顔を上げる。そこには盛った笑顔を輝かせて、堂々と俺を見据えた、サラマンダーさんが立っていた。

「──よし。よく言った!」
「え……っ」
「ここまで来てこんな短時間で、そこまで言えんのは悪くねぇ。お前が『来訪者』として、相応の意志を持ってここまで来たことは、充分判った」
「さ、サラマンダーさん……っ」
「さっきもディーネのことで背を押されちまったしな。そこまで言ってくれんなら、俺はお前の味方になってやろう。賢者と来訪者は共に在る限り、一心同体。俺の力は、お前のためにどうとでも扱ってくれ」
「あ、あわっ……っ!」

 そうしてサラマンダーさんは……俺の目の前へと跪く。
 来訪者へ仕えるその証。ゲーム内で俗に言う「エンディング到達可能な親密度」の証として扱われる、ゲーム内でも屈指のエモエモ仕草を、迷いもなく俺へ行う。
 えっ……いや、さすがにそれをするのは早くない!?世界がバグってるから、この辺も曖昧になってるのかな!?も、も、も、もちろんっ、サラマンダーさんにこんなことして貰えるのは、ものすごく光栄なんだけど……!
 ……あからさまに狼狽える俺に笑って、シルフさんがサラマンダーさんを小突いて起き上がらせる。

「ふふ……一気に心を許しちゃって。君も単純なんだから」
「だが、格好良かったろう?」
「ええ、とっても!私も一緒に跪きたいくらいにね!」
「そ、そんなっ!俺、そこまでのことは……!」
「本当よ?私はこいつほど単純じゃないけどね。でも……ハジメくん。この世界のことも、私達のことも、真剣に考えてくれてありがとう。私も、本当はとても不安だったの。私達は、賢者として世界にはもう必要ないんじゃないかって……そう、思い悩んでいたわ」
「シルフさん……」
「だから君が味方をしてくれることが、とても嬉しい。そして、心強いわ。私も、サラマンダーと同じように君の味方よ。一緒に、頑張りましょうね」
「う。うっ。うぅ゙ッ……」

 シルフさんが差し出してくる手に、じわ、と目の奥が熱くなる。自分の想いを伝えてそれが届いて返ってくることはこんなにも凄いことなんだって改めて実感して、感動と安堵でどっと気が抜けてしまう。ああ。良かった。二人に……伝わって、良かった。
 俺は抑えられずに、そのまま勝手にあふれてくる涙をぼろぼろと自由にこぼし続ける。だって単純にとめられなかったんだ。嬉しくて。安心して。なんだかやっと。ここに来た意味のひとつを。為せた気が、したんだ。

「うぅぅ゙……ッ。うあぁ゙~……!」
「あらあら!そこで泣いちゃうの!本当、可愛い子ねぇ!よしよし、よく頑張りました!!」
「ハハッ。中身はまだまだお子様か!」
「むぎゅうぅぅぅ~~~~!」

 シルフさんから抱き締められて、サラマンダーさんに頭を撫でられて。結局まったく格好がつかないまま、俺はなんとか涙を拭って、三人で揃って暗くなった部屋の奥へと向かう。するとほどなくして……大きな両手開きの扉が現れた。

「こ、ここが、扉……?えっと……鍵、鍵──っ」

 ごそごそとポケットを漁って、ノアくんに貰った鍵を取り出す。取っ手の下側にある鍵穴に、ぴったりはまりそうなサイズだった。俺は少しだけドキドキする心臓を抑えて、鍵を差し込んで右回しにくるりと回す。カチャリと鳴る音に、俺は二人に目配せをして、ゆっくりとドアノブに手を掛けて、それを押す──。

「え……!?」

 重い扉がゆっくりと開くと、そこから振り返ったのは……さっき別れたはずのノアくん。
 心底驚いた顔をして、俺達を見つめている。
 
「はあぁぁ゙~~~~……ッ!?!?なんでぇ゙!?どぉして……サラマンダーとシルフが、ここにぃ゙ぃ゙……ッ!?」
「えっ。こ、ここは……!?」

 そこは──よく、見慣れた空間。
 ここへトリップする前。何度も何度も、見ていた景色。
 雑然とした雰囲気。
 置かれた多数のダンボール。
 キャスターのついた椅子に座っているノアくん。
 その向こうの──古めかしいパソコン。
 つまり。
 つまり、そこは──。

「か、開発室……っ!?」


【EX‥TIPS】
・『開発室』の鍵は金属でできており、無垢の水晶をあしらった装飾が施されている。ネタバレアイテムのため、はじめがパッケージ版の『エン‥エレ』を購入した際にはりょうから「特典は俺がいいと言うまで開けるな!」と言われた。だがはじめはすぐに開封した。(辛うじて特典冊子は読まなかった。)
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